New moon vol.0 【血池の産声】
人が持ちえる最強の力、神の代理人、神の力を宿し者、加護持ち。
それは人の身に余る力でありながら人が望む力。
発生原因は不明、選定基準も不明。産まれた瞬間にその膨大なマナ貯蔵量と、周囲のマナに愛されることから加護持ちと判断される。
後天的に加護持ちになる事は無いといわれているが、およそ500年前に一人、後天的に神の加護を得た人間が居たと言う。
それは不幸にも可能性を示し、その力の恩恵を得たい人間は暴走を始める。
帝国アールフォードは元は小国に過ぎなかった、しかし当時の王、アールフォード王国3代目セフィラ=ロンド=アールフォード、彼が加護を持ち生まれたことから情勢は変動する。
小国であるがゆえに飲まされる苦汁を、そして大国に捧げなければ成らない姉の苦悩を、そしてそれがまかり通るこの世界を彼は絶つ為に立ち上がる。
力が無いのならば、力を得よう、力が無くて苦汁を舐めるのならば、力を得よう、私には力がある、神に与えられた力が。
彼に与えられた力は運命の神アトロポスの加護、時代を絶つ者として力を授けられた。
そして当時の大国は滅び、アールフォード王国は領土を広げていく、いつからか名前も帝国アールフォードとなり、国王ではなく帝王と名乗るようになる。
彼は満足していた、もはや逆らうものは居ないと、我こそは最強だと、もはや理不尽を飲む必要もなく、そして必要の無い媚も売る必要は無い。無能に姉を渡す必要も無くなった。彼は満足していた、今度は己がその立場になったことに薄々ながら気づいていたとしても。
侵略行為は彼の死と共に終わる。打ち破ったのは一人の女性、運命の女神クロトの守護を受ける者、時代を紡ぐ者として力を授けられた一人の女性。
アリファルナ=アルナロス=カナディル、当時まだ連合国家として成り立つ前の小国の王女。その後、彼女を中心に連合国家として成り立つのはまた別の話である。
加護は加護でしか打ち破れない、神の戯れか、人の願いか、何故加護が生まれるのか、長年の月日が経てどもそれは明かされることの無い永遠の謎でもあった。
ここに一人の学者が居る、その男が面白い仮説を立てたことがある。
加護とはその神の役割と代行するものだ、と。
各々の神には己が得意とする力と、成すべき使命がある。それを人に授けるのだ、と。
人々は思う結局は神の戯れに過ぎないのか、神の手のひらの上にいるだけなのか。
生まれながらに指名を与えられ、それに翻弄されるだけなのか、と……。
戦争が起こる、人は常に愚かで過ちを繰り返す。開戦の理由は加護持ちが死んだから。唯一の加護持ちであったアリファルナが死んだことにより、好機だと考えた愚か者が戦を始める。
何度も、何度も繰り返す、人は過ちを。
加護持ちが居ない以上もはや物量が勝敗を決めるといっても良い、当時アリファルナに負けたとはいえ、最大の国土を持っていた帝国の勝ちは揺るがなかった、そう、誰もが思った。
だが此処で立った男が居た。けして負けぬと、両親と妹を殺され。怒り、それのみで偉業を成し遂げた男が。
彼は自力で加護を得たのだ。
得た力は全能の神ユピテル、彼はその力で帝国から一部の領土を奪い、差別の無い、そして争いの無い国を作った。
国の名はリメルカ。彼の名から取った名であり、いつの日からか敬意を表してか、彼の事をリメルカ王、そしてリメルカ王国と呼ばれるようになる。
他国にとって予定外であったことは一つ、その加護が彼個人ではなく、家系に加護を与えていたことであった。
全能の神と言われるだけあり、その力は絶大。家系に与えている為かなり能力としては落ちてはいるが、それでも普通の人間から見れば脅威である。
第三者としての強力な勢力が出現したことにより、大陸はまた表面上は静かになっていく。危険な火種を抱えたまま。
大きな戦争は暫く起きなかった、小さな小競り合いはあったものの、しかし帝国は牙を磨いていく。
自力で、後天的に加護を得た男が居たこと、これに目を付けた。
繰り返される人体実験、法に触れた実験、人を人と思わない実験。
延々と繰り返される、最後の戦争と言われる戦争で全てが明るみに出るまで血を流し続けることとなる。
人は何故力を求めるのか、それは恐ろしいから、恐怖心に負けるからだ。
貴方は隣に獅子が寝ていて大人しく寝れるだろうか、食べられる可能性があったとしても寝れるだろうか。
その獅子はその大きな口を開け、鋭く一瞬で噛み千切れる牙を見せて私は君を食べないよ、と言う。
それを信じて、ああ、わかったよと大人しく寝れる人間が居るだろうか。
陸続きで存在するそのリメルカ王国、家系に加護を持つ以上、半永久的に加護を得たかの国に対抗する為に、此方も相応の力を持つ必要がある。
誰もが考え至る結果であった。
違法の実験は終わる、膨大なデータと資料を残して。表面上は終わるのだった。
凶悪な仮説を立てたまま。
両親と妹を殺された人間が加護を得た、憤怒と、怒りと、それが引き金になるのではと。
その数十年後、初の成功例が誕生する。名はルージュ、その目、その赤い目に。そしてわずか6歳でその研究所の職員全てを皆殺しにし、血に塗れたその姿から付けられた。
彼女は産声を上げる、血の海の中で、初めての産声を。