phase-77 【大陸の鳴動】
「くくく、ははははは、あはははははは」
リメルカ王国、教主室、一人の男がわき目も振らず笑っている。
「まさか、まさか戦争すらないこの時代に門を開く者が現れるとは」
見つめるは先ほど部下が寄越してきた報告書、コンフェデルスの騒ぎを調べさせた結果だ。
「6翼の羽、間違いない加護持ちではなく神降ろしを行ったか。くくく、はははは、まさか諦めていたというのに覚醒するとは。これで神々が世界に近づく、加護持ちが増えるぞ。ふふふ、はははは、そうだ、力だ、力を持て人々よ、我らリメルカのために!」
あははははは、狂ったように笑い続けるその男。リメルカ王国の唯一の権力者であるゴルベッド=ナルノス全能の神ユピテルの加護を受ける者、いや、受ける家系、の者だ。
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5年後 5years later
「くそ、逃げろ、雷帝だっ! 早く下がれ死にたいのかっ! なぜだっ、なぜ彼らが我らを攻撃するのだっ」
言い終わるか終わらないか、同時に閃光が走り蹴散らされていく兵士達、彼らはカナディル連合国家の兵士だ。相対するは金髪の美女、見るものの目を奪うその美貌はもう立派な女性である、が……。
―――――ヒュゴッ
―――――ドォォォオオオン
およそ500は居たと思われる守護隊が壊滅する。3年前ほど前、とある事件で一気に名を広めた傭兵団、その幹部の一人魔術部隊隊長リリス。加護持ちであり、まさに最強の名を冠するに相応しい彼女は味方の援護など必要ないとばかりに敵を蹴散らし、蹂躙する。
「足らんな、この程度で私の前に立つなっ」
同時に走る閃光、振り払う腕と同時に降り注ぐ雷光、一瞬にして決着が付いた。
「リリス隊長、そろそろ」
同時に後ろから声がかかる、副官のミラ=アルトナス長い黒髪に青い目、黒髪はどことなくスゥイを思い出す。
「わかった、ライラは?」
「空挺部隊でしたら先ほどホームに戻りました。どうやら例の件、以前の事件のときに拾われたもののようです」
振り返り返事を返す。同時に伝えられる報告、やはり、と思う。スイルの外交官を殺した剣、スオウの予想通りと言ったところだ。
「ちっ、やはりか。となると……」
「はい、スオウ様の予定通りに動く必要があるかと」
くそっ、悪態をつきながらカナディル連合国家の首都が有る方向を睨む、既に父は居ない、居るのは傀儡に成り下がった第一王女と愚かな重鎮共だ。
リリス=アルナス=カナディル22歳、大陸戦争が始まる数ヶ月前の話である。
コンフェデルスにある一つの町、首都ほどではないが工業が発展したその町は年中職人の怒声が響き、騒がしい。
その町を歩く二人の男女、目深にフードを被るその男は剣を背中に吊るし、腰には奇怪な形状物がぶら下がっている。隣を歩く女性も同様にフードを被っている。背中には折りたたまれた魔弓、どの様な構造なのか折りたたみ式の魔弓など見たこともない、その構造はどこか朧のギミックを流用したようにも見受けられる。
「すまんな、遅くなった」
一つの工場で足を止め、目を合わせずに入り口に立っていた男に声をかける。
「旦那っ、そんな事ありません時間どおりですよ。もう皆さん中で待ってますよ」
へへっと笑いながら答えてくる男、軽薄そうに見えるが口が堅く、これでもそこそこ腕が立つので重宝している。
「スオウ、行きますよ。あまり待たせるのも失礼でしょう」
フードから覗く黒い髪と黒い目、そして整った口元が見える。
「へへっ、神弓のねぇさんに怒られないうちに行った方が良いですぜ旦那」
にやにやと笑いながら背中を押してくる、こういう所がなければ良いのだが……。ため息を付いて前を歩く彼女に付いて行く。
備え付けられている階段を上ではなく下に下りる。直ぐに見えてくる重厚な扉、横に立っている二人の男に声をかけ、中に入る。
同時に怒声が聞こえてきた。
「おらぁああ、餓鬼やぁ、なにやってんだぁっ! そいつはそこじゃねぇ、耳ついてんのか愚図がっ!」
工場全域に広がるほどの怒声、その工場は飛行機が丸々一つ入るほど大きく、大勢の技術者が行き来し仕事をしている。
「相変わらずだなブルムさん、進捗状況は?」
怒鳴り散らしているドワーフ族の彼に後ろから声を掛ける。
「お? おお、スオウの坊主じゃねぇか、首尾はどうだ?」
こちらを振り返り睨みつけてきたと思ったら、俺だとわかると態度を緩和させる、しかし未だに坊主はなぁ、これでも俺21歳になったんだが……。
そんな内心を知ってか知らずか、最近の若い者は使えない等、成ってない等愚痴を言ってくる、まぁ毎回の事だから良いのだが。
「大変だねブルムさんも、それで? 完成はいつ頃?」
苦笑しながら話を変えて最初の質問に戻る。
「あん? そうだなベルフェモッドとローズの資金提供も先細りだからな。まぁ、こんな情勢だ大っぴらに出来ないのはわかるがちときついぜ」
蓄えた髭を撫でながら言ってくる。まさに戦争がおきそうな緊張状態の今だ、余計なことをしたくないのは当然の話だろう。
「そうか、まぁしかたがあるまい。一応蓄えも有るそっちを使って構わない」
弟のロイドからの融資も有る、完全に枯渇する事は無い。
「悪いな坊主、となるとまぁ、あと1ヶ月ってところだな」
がりがりと頭をかきながら申し訳なさそうに言ってくる、金が無いのは彼のせいではない仕方が無いだろう。
頼んだよ、と言い残し、その場を離れる。そして横にある部屋に入る。そこにはアルフとライラが座って待っていた。
「リリスは?」
「守護隊を蹴散らしてる所だろう、多少遅れると言っていた。だがやはり……」
俺の方を見た後答えてくる、そしてギリ、と拳を握り食いしばるアルフ。
「やはり予想通りか、所詮遅らせることしか出来なかったか……」
ため息を付き、備え付けられている椅子に座る、予想通りとはいえ落胆を隠せない。
「私の諜報部隊からの報告、スオウ君の予想通り3年前の事件で使われた奴だよ、どうやらその頃から動いていたみたい」
ライラが資料を渡してくる、一部帝国からの資料も入っている、どうやらルージュが協力してくれたようだ。
「あの時殺しておくべきだったな」
ギリ、と歯軋りをする。あの時戸惑わなければ、もっと早くに止められていた可能性もあった。
「スオウ、しかたがありません。現状ローズ家とベルフェモッド家は此方側についてくれています」
「ああ、わかっているさ……」
悔やんでる時間は無い、もう止められない、憎しみは憎しみを呼び、そして膨れ上がり戦争となる。
「すまない、遅くなった」
リリスが副官を連れて部屋に入ってくる。視線を向けて彼女に座るように促す。
「アルフ、第二部隊隊長のロナはどうした?」
「ああ、アイツなら今はコンフェデルスの国境だ」
同時に足りないもう一人を確認する為にアルフに声をかけるが、何故か国境に居ると言う。
「早めたのか? お前が行く予定じゃ?」
「まぁ、な。だが俺が居たほうが良いだろう?」
この後の作戦でアルフが居たほうが助かることは助かるが、ロナが向かった場所も危険が無いわけではない。
「そうだが、良いのか? ロナの腕を信じていないわけじゃないが……」
「あいつの生まれた村が近くにあるんだとよ」
「なるほど、な」
理由を聞いて納得する、自分の生まれた村を自分で守りたかったのだろう。
「スオウ、やはりやるのか?」
「あぁ、傭兵団として動くのも良いかもしれない、それでも戦争は終わるだろう、だが」
リリスが眉を顰めて此方を見てくる、気持ちは分かる、俺が逆の立場ならおそらく決断できるかわからない。
「大勢の人が死ぬだろうな」
「俺が動いたからとて結局は人は死ぬ。むしろ混乱に陥れるだけだろう、人が死ぬのはもう止められない、ならば少しでも犠牲の少ない道を選ぶしかない」
恨まれようと、疎まれようと、このまま見ているだけは出来ない。あの時殺せなかった俺の罪だ。
ならば俺が引導を渡しに行く、せめて……。
「スオウ、お主が背負う必要はない、あの時止めたのは私だ」
「姉を庇うのは当然だ、リリスは悪くない。そしてこの後俺を恨んだとて、何もおかしくは無い」
首を振り言う、あの時、3年前のあの時、きっと殺していたとしても後悔していた。どっちが正しかったのかは分からない。
だから今、出来る事をやるしかない。
「恨める訳が、無いだろう……」
「リリちゃん……」
「隊長……」
心配そうに見つめるライラと副官のミラ。少しだけ目を瞑り、そして開いたその目にはいつもどおりのリリスの目、決意と意志が篭る目だ。
「さぁ、行こう、カナディルを滅ぼしに」
同時に皆席を立つ、思うところが無いわけではない、だが……。
ラウナ=ルージュ、どうやら君と戦う事になりそうだよ。世界はやはり何処まで行っても思うようには動かないものだね。