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Moon phase  作者: 檸檬
epilogue
81/123

phase-76 【各々の事情】

 一番最初に動いたのは帝国だった。


 目を付けたのはフォールス家の技術能力。異常とも言えるその着眼点と考案し形にする技術力、しかしまだ最初は問題ではなった、多少異常であっても常識の範囲内だったからだ。

 だが段々と情勢は変わっていく、一番の転機は船である。


 魔昌蒸気船と呼ばれるその船が出来上がったとき一部の人間は驚愕し戦慄する。恐ろしい、と。


 


 なぜ恐ろしいのか、それはその船が完成していたからである。

 完成していた事が恐ろしいのか? それは少し違う、完成していない船が無かったのが恐ろしかったのだ。

 

 技術が発展するに当たって必ず出てくる失敗作、それが無かったのだ。

 たしかに魔昌石を利用するに当たっての構造は試行錯誤していたようだ、だが見る人が見るとそれは違う。元々あった構造に魔昌石を組み込むことを試行錯誤していたのだ。


 それが如何したと言うだろうか、この恐ろしさが分からないだろうか。あの家は既に検討を飛び越え試作を飛び越え、無駄の無い完成型が出来ていたということになる。どれだけの天才か、どれだけの偉才か、フォールス家は此処で一部の人間に目を付けられる。


 もし彼らにとってこの船が通過点に過ぎなかったら? 技術の出し惜しみをしているとしたら? 疑念は尽きない、そして疑念は恐怖に変わる。

 我らも同様の力を得なければ、我らも同様の知識を得なければ。


 だが殆どの人間はそれに気が付かない、気づくのはほんの一部の技術者のみ、そして彼らも自分で何処か思っていたのだ、そんな馬鹿な、と。



 だが一人だけ行動を動かした男が居た、帝国で後に知将と呼ばれる男、まだただの一人の兵士に過ぎなかった男、ゼウルス=ボールドである。

 彼は元々は農民出身の唯の平民に過ぎなかった、しかしその知識と深い洞察力を見込まれ、帝国の加護持ちラウラ=ルージュに側近として仕える事になる。


 当時10歳と少しである彼女の部下として勤める事に疑問が無かった訳ではない、だが彼女の目が、その目がその男を引き付けた。

 そしてフォールス家の異常に気づく、だが彼は決定的な確証があった訳ではない、そのため余り表立っての行動は取れなかった。だからそのゼウルスは上司に報告だけしてこの時は表に出ることは無かった。


 幸運だったのがその上の人間が理解の有る人間だったことだろうか、こちらの言う内容を理解し、さらに上の人間と対策を練る事となったようだ。その男こそ暖炉の前で話し合っていた二人である。



 しばらくしてカナディルの船が手に入ったとの連絡が入る。そうだろう、誰だって金は欲しい、たとえ厳重に技術流出を禁じていても零れ出るものはあるのだ。そして確信する、その船を見てその技術力の高さを。


 しかしこの世界では加護を持つ者が最強の力を持つ、その意識が根深く根付いている。たとえ優れた技術でも脅威に感じるものは少なかった。だが此処で止まる訳にはいかない、その為一部の人間は考える。

 帝国として一番良いのは何か、それはこの技術を得ることが出来ることだ。


 ならばフォールス家を組み込むか? いや、それはカナディル連合国家が許すはずが無い、なにより突然来た帝国の使いに靡くわけが無い。ならば技術だけ盗むか? フォールス家の弱みは? 金で買うべきか? いや、それはあまり良い手ではない、我々が外に出ず、そして技術を得る方法。


 そんな時アウロラ家の取引の事を思い出す。帝国アールフォードとリメルカ王国に近いアルレ火山を守護しているアウロラ家は近年出来た魔昌蒸気船に警戒し、此方と関係を結ぼうと思案しているようだ。当然だろう、船はローズを通していると聞く、このままでは差が開く一方、手を広げたいのは分かる。


 そこで思いつく、ここは使えないか、と。たしかアウロラ家は長男が居たはずだ、調べた所かなり愚図、上手く使えば良い結果が得られるかもしれない。


 スオウ=フォールスの傍に常に居る女、スゥイ=エルメロイ、あの女の祖父も使える。

 アウロラの長男とスゥイ=エルメロイを結婚させれば良い。もちろんアウロラ家はフォールス家と敵対することになるが対外的には幼馴染にある彼らに気を使って取りやめにする、無様な話ではあるが結局は暴走したスゥイ=エルメロイの祖父が原因だと広めれば良い話しだし、顔は良いアウロラの長男だ、同情的な意見が出てくるだろう。

 

 だがこれで連合国家と連盟の同盟に小さな皹が入り、なおかつ技術書も手に入る。まぁ、動かなかった場合は一人の女性が不幸になるだけだ大した問題ではない。次の手を考えれば済む話だ。

 そして加護持ちの彼らが出てきたとしても問題無い、以前のトロール騒ぎで見る限り此方の白銀で対応は可能。


 問題は彼のプライドだったが積み上げた金貨で黙らせた。そうしてアウロラの当主は床に伏せる事になる。知らずに飲まされた毒のせいで。



 だが死ななかった、そう、ここで動いたのがローズ家だ。早急に事態を掴み、直ぐに医者に見せた、なんとか一命を取り留めるがしばらくは動けない状態となった。


 彼女は事態の収拾を付けようとする。このまま放っておけばスオウの弱みであるスゥイを利用され、カナディル連合国家とコンフェデルス連盟の同盟に罅が入る。さらに調べた所によるとスゥイと結婚するわけではなく、技術書と取引で引き渡すとの事。そんな簡単に上手くいくわけが無い、そう思うが確実に金をチラつかせれば靡くであろうアウロラの長男、駄目だ、この男は駄目だ。


 早急にカナディル連合国に連絡を取り事態の説明を行う、これで一安心だと思ったが、事態はそう甘くなかった。


 カナディル連合国家の軍部が戦争を望んでいたのだ。


 理由は簡単、加護持ちを二人持ち、そして海軍の実力差は明白、技術力で一つも二つも上に行っていると確信している彼らは増長し、帝国との戦争を望んでいたのだ。父上では抑えきれなくなっている現状、そんな状況でこの話をすればそれを理由に戦争を起こすだろう。


 どうする……、スオウに話すか? だが話してどうなる、スゥイを24時間拘束しろ、とでも言うつもりか、それでは意味が無い、ならば。






 私が主導を握るしかない。




 

 城に来た私を不振に思ったか、戦争を望む軍部の右翼から監視を付けられた。早急にアウロラ家と連絡を取る、今回の件で技術が流出し、戦争になったら最初は勝てたとしても国力で直ぐに巻き返されるだろう。

 カナディルが滅びれば次はコンフェデルスだ。いや、渡す技術が何かによるのだ、あのような船を作り出したのだから何が出てきてもおかしくない。

  

 そう、ナンナも気づいていた、いやローズ家も気づいていたフォールス家の不可思議さを、船を一番卸す立場にあったからこそ気が付けた。


 だから話をする、融資をしよう、と。その代わりフォールス家は抑えると。

 技術の件は聞かれた、さすがというかがめついと言うか。帝国からも報酬を頂くつもりか、そう思うがフォールス家が弱体すれば技術などいくらでも奪えるでしょうよ、と伝えると納得したようだ。


 扱いやすい。此方のメリットは告げたとおり、卸価格を下げたいから、他にも色々と理由は述べたがどうやら疑うことなく信じている様子。


 なにより彼はもともと結婚式を挙げるという事までして、花嫁を受け渡すなどと言う屈辱をあまり納得していなかった。だから話に乗ってくる、代わりににスゥイ=エルメロイは式までローズ家で預かることを約束させる、大聖堂を使うことなどを提案して、だ。前に当家に泊まっていたこともある、そちらの方が彼女にもいいだろうと。

 これで結婚式の前に彼女が辱められる可能性は無くなった。


 心の中で笑う、その椅子、精々かみ締めておけ、と。














 しとしとと雨が降る、昼間の晴天が嘘のように日が落ちたその時間、外は雨が降っていた。先ほどまでは国全体での大騒ぎ、国を守る広域結界が破壊されたのだ、早急に修復に回っている、今もおそらくかかり切りだろう。

 さらに問題だったのは守るべき結界がない状況で帝国が軍事演習を行ったという情報、それもスイル国でだ。


 結界が無い状況で攻めて来られたらひとたまりも無い、唯でさえ加護持ち二人に暴れまわられた後だ、帝国とて馬鹿では無い、こんな状況で攻めてくる訳は無いのだが国民感情はそうは行かないだろう。

 アウロラ家以外の六家もどこぞの花嫁追跡より至急の結界修復を、と声が高まる。当然だ、市民の支持を失えば次は転落するだけなのだから。


 加護持ち二人を相手にしたくなかったのかもしれないが、建前は出来たので我先にと追跡部隊を引き上げさせ、首都の警備に着かせて行く、目が覚めたバナードがわめき散らしていたがもう後の祭りである。既に彼らは消えてしまった。




「ふぅ、大変だったのよ、もう少し女性を労わるつもりは無いの?」

 声を掛ける、窓が開いており、そこから雨が降り注ぐ。いくつかの資料が濡れてしまっているがそんな事はさほど問題ではない。そこに立っている男、(オボロ)と言ったか、特殊な形状の武器を此方に向けているスオウ=フォールスに声を掛けた。


「もう少し驚くとか、慌てるとかして欲しい所ですがね?」

 銃口を下ろし、声を掛けるスオウ、その顔は苦笑しており、どこか疲れた顔をしている。


「あら、撃たないのかしら?」


「撃って欲しかったのですか?」

 銃口を下げた事を疑問に思ったのか声を掛けてくるナンナ、それに肩を竦めて返す。


「そうね、それで撃たれるのは許して欲しい所だけれど、一回なら黙って殴られるくらいの覚悟はあるわよ」

 

「まぁ、それは追々の為に取っておきましょうか」

 窓際に立つスオウを通り過ぎ、執務机に腰掛けるナンナ。それを目で追いながら答える。


「ふふ、怖いわね、さて、何処まで?」


「おそらく全部は」

  

「そう……」


「報酬はアウロラの椅子ですか?」


「えぇ、そうよ、フォールス家なら六家の一つになっても遜色無い。それに加護持ちが二人こちら側に付くようなもの、カナディルの軍部もこれで黙るでしょうね、あの愚図もいらないし」

 愚図がこれ以上増長すれば国が滅ぶ可能性が出てくる。今回の件、帝国への牽制と自国の引き締めに使ったのだ。


「スゥイには何て?」

 底冷えするような声でナンナに聞く、その目は濁り何も映していない。


「スオウ、私は私の国を守らなければならない、その中で最善を尽くしたつもりよ」

 その目を正面から見つめて話すナンナ、姿勢は変わらない数秒の沈黙が二人を包む。


「そうですね、確かにその通りです。貴方が手を回さなければ更に酷い状況になっていたかもしれない」


「気に入らないかしら?」

 数秒の沈黙の後、ふっと鼻で笑うスオウ。告げてくる言葉には感情が伴っていない。当然だろうな、とは思うが彼が此処まで怒るのも少し予定外ではあった。


「ええ、当然です」


「困ったわね、こちらとしては広域魔術結界まで壊されたのだけど……」

 ふぅ、とため息を付く、大聖堂の破壊、広域魔術結界の破壊、はたしていくら飛んでいくのか想像もしたくない。


「自業自得ですよ、なにより貴方がくれたのでしょう? まぁ、一撃で壊れてしまいましたが」

 ばらばらと砕けた黒魔昌石をばら撒くスオウ、私が彼にネロを通じて渡したものだ。元々は彼の物、それに増幅の魔術刻印を刻んだだけの物だ。

 彼が作った弾は10個、購入した黒魔昌石も10個、彼が最初に持ち込んだ黒魔昌石はずっとローズ家にあった。もう一つあった物も加工し一緒に渡したがおそらくもう担い手に渡っているだろう。


「さすがはわが妹、かしらね」

 ばらばらに砕けた残骸を見て呟く、膨大な力に耐え切れなかったのだろう。


「今回の件でアウロラは最早建て直しは難しいでしょう、帝国も見切りをつけるでしょうし」

 

「そうでないと此処までした意味はないのだけど」

 またこれを理由にカナディル連合国家への援助を渋ることも出来る、ある程度の押さえになるだろうそれに。


「アルレ火山の件は今回のどさくさに紛れて権利を奪う様、ベルフェモッドにお願いしておきました」


「そう、なら大丈夫ね。あそこも抑えたならアウロラも下手なことは出来ないでしょう」

 連絡は貰っていたが、やはり彼が指示したか。高性能の武器の流出を抑えられれば帝国の牽制も当然、カナディル連合国家にも強気に出れる。

 ベルフェモッドも国を守る為に動く人間だ、任せておいて大丈夫だろう。


「本来はローズ家で取りたかったのでは?」


「贅沢を言えば、よ。私はこの国が守られれば良いの」

 少しだけ不思議な顔をして聞いて来るスオウ、言いたい事は分かるけど、私がなすべき事はそれではないのだ。


「一人の少女を犠牲にしてもですか?」


「私の身を犠牲にしてもよ」

 睨みつけながら言ってくるスオウ、けれど私はぶれない、それは彼にもそして彼女にも失礼だから。


「ふぅ……、困りましたね。未だに来ない警備を見るにこれも予想済みですか」

 ナンナから視線を外し、手の中にある(オボロ)をくるくると回し扉の方を見る。


「本当に来るとは思って居なかったけれどね」

 

「良いのですか?」

 後ろを向いた彼に声を掛ける、同時に振り返る彼。その手に収まるその奇妙な形状をした武器の先端が私を向いている。


「言ったでしょう、私の身を犠牲にしても、と」

 にこりと笑い、武器の先端を見つめる、魔術刻印がびっしりと書き込まれたバレル、その暗い穴に吸い込まれそうな錯覚に陥る。 


「頑固な人だ」


「貴方ほどではないわ」

 半身のまま此方を見つめているスオウ、そんな彼を見つめたまま答える、沈黙……。暫くしたら腕を下ろして俯き、ため息を付いた。


 外は相変わらずしとしとと雨が降っている。


「国境警備隊の件は?」

 

「警備隊が動けない状態になれば此方から出して恩を売るつもりだったのよ、どうやら無傷で素通りされたようですけど」

 下を向いたまま聞いて来るスオウ、別に隠す必要も無い。


 コンフェデルスとカナディルの国境警備隊に損害が出れば此方から兵を出すことで恩を売れ、なおかつ加護持ちを此方で抱える理由にもなる。

 管理も出来ない愚か者の傍には置けない、と。


 軍部に攻撃を与えたことによる反発はあるだろう、だがそれならそれで問題は無い、すでにカナディルの上層部には話が通ってるし、損害的にはこちらが上だ、こちらが罰則を与えるとして保護してしまえば良い。


「カナディル連合国で止められないのは分かっていましたからね、トカゲの尻尾役をやらされたみたいですよ」


「そう、まぁ、司法は抑えているからそう酷いことにはならないと思うわ、父上も協力的ですし」


「リリスの揉み消しも?」


「ここまでやられるとは思ってなかったからこの後憂鬱だわ」


「参りましたね、貴方を殺すと後始末がとても大変そうだ」

 (オボロ)の銃口でカリカリとこめかみを掻く、まぁ、殺すつもりも無かったのだが。


「あら、ベルフェモッドとレイズにお願いすれば動いてくれると思うわよ」

 相変わらず机の上に座ったままで此方を見てくるナンナ、強い女性だ、おそらくガウェインと結婚したのも彼女としての意志だろう、国を守る為、平和を維持する為。愛情など理由付けに過ぎない。


 あらゆる人は相手に価値を求める。彼女にとってガウェインがそうだったのだろう、だから愛した。それが間違っているとは言えない。少なくともこの国の数千、数万の人は守られているのだから。


「さて、どうですかね。生憎と今回の件色々と思う所もありましたから」

 もともとの発端は俺の技術でもある、本当に今回は色々と勉強させられた。


「そう、それで如何するの? アウロラの椅子に座る?」


「そうですね、ありがたい申し出ですがお断りします」

 答えは分かっているだろうに再度聞いて来るナンナ、考える必要もない、断りを入れる。


「聞くのは野暮かもしれないけど何故かしら?」


「人だからですよ」

 銃口を壁に向ける、もうナンナの方は向いていない。


「え?」


「道理が通らない、納得がいかない、そんな事ばかりだ。利益損得、それで動く人も居るだろう、けれど今回俺はそれでは動けない」

 事情は分かる、理由も分かる、最善だったかは不明だが彼女が動かなければスゥイは綺麗な身体でいれたかすら分からない、だが、だがしかし。


「そう、だから」


「そう、だからこそ人だから、なんですよナンナ」

 トリガーに指をかける、冷たい鉄の感触、少しだけ力を入れれば簡単に暴力を振るうことが出来る兵器。


「俺たちは感情のある人だ、傍から見て間違っていても、馬鹿だと思われていても、そこは譲れない。分かっています、いつか譲らなければならない時がくると、だけど今はその時じゃない」

 人形にはなれない、そして人形にはならない。俺たちが間違っていたか、正しかったか、それは未来の歴史家が決めることだ。ならば後悔しない道を行く。


「これから如何するの?」

 

「監督一人一人に挨拶回りですよ」

 くすりと笑い継げる。横で苦笑しているのが分かる。


「帝国も?」


「当然です」

 当然だ、下がるつもりは無い、行き着くところまで走り抜けてやろう。 


「椅子も自分で作り上げましょう、座る場所が無いのなら自分で蹴落としましょう。俺は俺の力をこの手で作る事にします」

 誰も手を出せない立場などある訳が無い、だが、だがしかし、利用されてそのまま黙っているつもりなど無い。世界を動かせる立場にいないのならその立場を作り上げて見せよう、生憎と俺の周りは馬鹿な奴らばっかりだ。


「難儀な性格ね」


「自分も嫌っていないのが更に困った所で……」

 くすくすと笑う、本当に笑える、どうやら少しずつ壊れてきたのかもしれないな。


「ライラの両親の事ですが」

 最後の懸念だったことを告げる。


「わかってるわ、既に保護してる。手出しはさせない」


「じゃあ失礼するよ、彼らを待たせているのでね」

 さすがはナンナ、仕事が速い。そもそもそれの確認がメインだった、無駄話ししすぎたようだな。











―――――パァン









 トリガーを引き絞り、執務室の壁をぶち抜く、同時に舞い上がる資料、部屋にはいってくる雨。重要な書類か不要な書類かわからないが風に舞い、雨に濡れこの後の後片付けが大変だろうな、と人事のように思う。


 態々壊す必要があったのかしら、と聞いて来るナンナ、まぁ、これが合図だったのでしかたがない。諦めてもらおう。なんならこれが一発殴ったことにしても良いぞ、と告げると殴られたほうが良かったかしらと呟いている。





「ナンナ、俺はこれから力を付ける為にしばらく潜るよ」

 壁際に立つ、闇が世界を覆う時間、視線の先にぼんやりと光る何かが近づいてくる。

 ワイバーンだ、上には誰かが乗っている、棚引く金髪が遠くからでも光って見える。


「そう、わかったわ」

 返答が聞こえる、だが振り向かない。そしてそのまま穴から飛び降りる、同時に捕まるリリスの手。

 そのまま急旋回し、飛び去っていった。  




 パラパラとワイバーンによる風と入ってくる雨で大量の紙が舞う、その中で執務机の上に座り楽しそうに微笑む彼女が居た。

「ガウェイン様の前に貴方が居たらどうだったかしらね」

 ポツリと呟く独白、それは誰にも聞こえない。答を求めた問いではなかった事もあるのだが。
















「リリスよかったのか? 多少なら話す時間も取れたんだが」

 むしろそれもあってリリスに来てもらったのだけれども。勿論騒ぎになった時、戦力としての意味合いも強いが。 


「構わぬ、このまま会っても何を言ってしまうかわからなかったからの」

 前に座る彼女の顔は今どんな顔をしているのだろうか、風の防御魔術も纏わず雨に濡れる彼女はまるで泣いているようだ。


「風邪を引くぞ」

 着ていた上着を肩に掛けてやる。風で飛ばないように軽く抑えながら。


「……、すまん。間違っている、と思えれば楽なんだろうな」

 掛けた上着に袖を通し、風の防御魔術を纏う。宿に着いたらさっさと着替えさせるべきだろうな。

 

「一つの視点だけで見ても正しいことなのか悪いことなのか、そんな事は分からない。立場も違えば、状況も違う、正義なんて物は人の数ほどあるし、悪行だって人によって変わる」

 雨が降る、変わらずしとしとと、これはリリスの涙なのだろうか。共鳴した神の涙なのだろうか。


「そうだな、わかっているさ。だがなスオウ、私の友を巻き込んだ事あれほど許せない、そう思っていたのに……、今迷ってしまっている私自身が許せないのだ」

 あれほど強い彼女が小さく見える、その小さな背中で何を背負っていたのだろうか。

 その背中に声をかける、正面を向いたまま返してくるリリス。なんら変わりの無い声、心の中はどうなのだろうか、強い事が必ずしも良い事では無いと言うのに。





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