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Moon phase  作者: 檸檬
アウロラの花嫁
79/123

phase-74 【蒸気の世界】

 コンフェデルス首都、兵士詰め所でもある大きな屋敷、いや小さな城と言っても良いかもしれない。

 クラオスチャーチ大聖堂に一番近い詰め所でも有るその場所は、大聖堂で何かあった場合一番最初に駆けつけれる場所でもある。


 その場所が今混乱の極みに陥っていた。





「どうなっている! なんだこの霧は!」

 大聖堂が賊に襲撃を受けた、その報告が来る数秒前、詰め所の周囲が白い霧で覆われる。騒然と成る兵士達、走り回っている一人の兵士を捕まえて状況の確認を行う。


「隊長、これは霧では有りません蒸気です」

 敬礼をした後返してくる部下、その手は焼け爛れており、回復魔術を使いながら話してくる。


「くっ、誰か抜け出れたか?」

 蒸気だと、馬鹿な、そんな事が起きるわけが、温泉でも出たか、と一瞬ふざけた考えもよぎるがそんな事はありえない。確実に誰かから攻撃を受けている。


「駄目です、風の魔術を纏い外に出た瞬間、何者かが上空から舞い降りてきて詰め所に叩き戻されます」


「その瞬間を付けば良いだろう!」

 愚かな、来る方向が分かるのなら迎撃すれば済む話だ、何を言っているんだこいつは。


「前後左右視界がゼロでどうやってやるんですかっ」

 

「相手は此方を見つけているのだろう!?」

 蒸気の中、確かにその通りだ、だがしかし相手は此方を見つけているのだ、何故分からない、条件は一緒のはずだ。


「そんな事分かりませんよ!」

 どうやら彼も手酷くやられたのか、部下であるにも拘らず怒鳴ってくる、注意しようかとも思ったがそんな状況ではない。


「警戒しながら隊列を組んで……」

 

「時間をかければ蒸気に肺が焼かれます、風の防御魔術とて完璧ではありません!」

 どこまでこの蒸気が続いているのかすら分からないのですよ、と言ってくる。


「吹き飛ばすのは?」


「駄目です、直ぐに周りの蒸気が穴を埋めます」

 一番手っ取り早いであろう方法を告げる、しかしどうやら既に試した後、それに芳しい結果は得られなかったようだ。


「何人かで一気に行くしかないか?」

 これなら確実だ、話に聞く限り相手は上空から来るとは言うが一人だけだろう、ならば大人数で行き、対応できなくさせれば。


「それも駄目です……、先ほど10人で走り抜けようとしましたが……」


「どうなった?」

 項垂れて報告してくる部下、顔からして芳しい結果ではないのは良く分かる。

 

「轟音と共に詰め所の一部が半壊、雷系の魔術かと」

 今重装備で固めた者達で切り抜ける予定ではありますが……、今後の予定を話す部下、だがしかし一部を半壊させるほどの力を持った人間、少なくとも相手は二人居ると言う事だ。おそらく重装備に固めた所で吹き飛ばされる可能性が高い。大聖堂からは矢継ぎ早に増援の催促が来ていたが今はまったく来ない、どうなった、取り押さえれたのか、いやそんなはずは無い、それならば制圧完了の連絡が来るはずだ。

 大聖堂へ攻撃をした人間と此方に攻撃をしている人間、まず間違いなく仲間だ。


「くそ、一体誰がっ」

 ダン、と机をたたきつけ、傍にあった椅子を蹴り上げる、しかし状況は変わらない。矢継ぎ早に増援を願っていた大聖堂、どうやら加護持ちが現れたとの事。

どうなっている、カナディルが戦争を仕掛けてきたというのかっ、馬鹿な、ありえない、こんな状況で戦争など、帝国が喜ぶだけだ。


 ならば帝国の加護持ちか? いや、それこそまさかだ、コンフェデルスに戦争を仕掛けると言うことは同盟国のカナディルにも戦争を仕掛けると同義。2国相手に、それも今や船の性能で圧倒的力を持っているカナディルに喧嘩を売るなどとっ!


 一体どうなっている、ギリ、と歯軋りをし外を睨みつける。そこには変わらず漂う蒸気が存在していた。


















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


















 数十分前、スオウとアルフが式場で暴れる数分前、コンフェデルスの詰め所の一つ、その上空に美しい白翼を広げ舞う一人の女性が居た。


「そろそろスオウ君とアル君が突入する時間だね、こっちも始めようか」

 眼下を見下ろす、近くで六家の一つが結婚式を挙げるためだろう、いつもの数倍の兵士が集まっている。しかし此処を直接攻めてくる人間など居ないと思っているのか皆どこか緩んだ顔をしている。


「さぁ、いくよっ」

 少しだけ目を閉じ、そして魔術詠唱を唱える。


 彼女の答え、相反する属性を持ち生まれた彼女の答えの一つを実現する為に。











 スゥイ=エルメロイ、彼女と最初に会ったのは3歳。正直会った時の事は良く覚えていない、彼女の母親に連れられて年に1度か2度だけ会う程度だった。私にとっては無感情で口数の少ない不思議な子だった。いろいろなことを知っている彼女は私にとってはまるで天才、万能の魔法使いのようだった。

 スゥちゃん、スゥちゃんといつも彼女の後ろを付いていた私、いつも冷静で、何でも知っていて、私にお姉さんが出来たみたいだった。 


 


 彼女はいつも長い袖の服を着ていて不思議に思っていた、子供心、ちょっと見てやろうという愚かな感情。偶然を装ってその袖を捲り隠された腕を見ることが出来た事があった。

 痣、痣痣痣、真っ青な腕だった。

 

 同時に払いのけられ、思わず尻餅をついてしまう。慌てて彼女を見ると底冷えするような目で此方を見下ろしてくる。



 怖い、怖い、怖いっ……。


 

 そこに居たのは口数が少なくて、それでもなんだかんだで私に構ってくれる彼女は居なかった。誰? この子は誰……。

 今思い出せば逃げたのだろう、ただ泣く事しか出来なかった、勝手だ、自分で勝手に見て自分で勝手に泣いて。本当に恥ずかしい、彼女には謝っても許される事じゃないと思う。


 


 お母さん同士が何かしゃべってるけど怖くてそこに行けない、2度目だ、私は2度逃げた、彼女から。何も知らない、知らない事を武器に逃げたのだ。






 6歳、彼女が尋ねてきた、最後にあったのは彼女のお母さんが死んだとき。無感情だった彼女が更に感情を消し、まるで人形の様だった彼女。でも今日尋ねてきた彼女は違った。始めてみた彼女が笑うところを、ああ、綺麗だ、こんなに綺麗に笑うんだ。私は一度も笑わせることが出来なかったのに、どうして。


 話を聞くと魔術学院で知り合った人が居るそうだ。興味を持つ、そして嫉妬と、羨望と。おかしい話だ、1度、いや2度も逃げておいて今更嫉妬など……。

 今なら思う、あのときの感情は本当に愚かだったと。



 それでも幼かった私は彼女に笑顔を与えた人がどんな人か見たかった、楽しそうに話す彼女が言う彼らを見たかった。だから私も学院に行く事にした。もう試験期間は終わっていたが、希少種である翼人であり、魔術適性もあった私。何とか滑り込むことが出来た。


 お母さんとお父さんが色々やってくれたみたい、スゥイちゃんが不憫だ、と、当時は何を言っているのか分からなかったけど今は分かる。

 なにをいまさらっ、貴方達だって見てただけじゃない。両親に怒りも覚える、だが、だがそこで動けなかったとしても怒るのは筋違いだ。

 自分達の娘でもないのに人生を掛けろと、そんな事は言えない、納得できなくても……。




 だから御免なさいお父さん、お母さん。迷惑掛けると思います、不出来な娘で、親不孝な娘で御免なさい。


 私はもう2度逃げた、だから今度は逃げない、私の国を敵に回しても。















【Ici Mon monde】《此処は私の世界》




【Je suis un ennemi protège un ami】《我が敵を撃ち、我が友を守る》




【Ce que je veux seulement comme pour un】《この身に望は唯一つ》




【Je tiens une promesse】《誓いし約束を果たす事》




【Je ne l'attends pas Je le repeins】《世界がそれを望まぬならば》




【Je le repeins dans mon monde】《私の世界に塗り替える》















「私の答え、私の誓い、今度は逃げないよスゥちゃん」

 眼下を見下ろし、最後のワードを紡ぐ。さぁ、これが私の特性から導き出した答え、私の最強だ!






















【Le monde de la vapeur】《蒸気世界(スチーム・ワールド)
























・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

















 蒸気とは、物質が液体から蒸発、または固体から昇華して気体になった状態のものを指す。特に臨界温度以下の物質を言う。臨界温度はおよそ374度、人が触れれて無事で済む温度ではない。

 ライラが発生させた蒸気はおよそ150度、臨界温度程ではないが高熱のその蒸気は皮膚を焼き、吸い込めば肺を焼く、まさに地獄の領域である。

 同時に欠点もあり、気体となったその物質は急速に温度を下げていく、だがしかし彼女の強い精神と鍛え上げた魔術が一定時間の領域維持を約束させた。


 範囲は半径10メートル程、持続時間はおよそ5分。まだまだ修行が必要、だがしかし詰め所を包囲、入り口を封鎖。スゥイを奪い返す時間を稼ぐには十分だ。

 

 当然相手も馬鹿じゃない、蒸気を吸い込まないように息を止め、皮膚に触れないように風の魔術を纏い走りぬけようとするが、上空から見る蒸気の動きですぐに分かる。

 一瞬で狙いを定め、急降下、羽に纏った風魔術で標的の周囲の蒸気を吹き飛ばし、驚愕の目で此方を見ているその兵士を槍の柄で詰め所へ叩き返す。同時に急上昇、後にはまた蒸気が空間を埋め尽くす。


 考えたのだろう、今度は同時に数名詰め所から出てくる、だがしかし今度は雷光が光り、轟音が聞こえる。蒸気世界(スチーム・ワールド)の範囲外に立っているリリスだ。上空にいる私が攻撃場所を指示し、そこへ範囲魔法を放つリリス。吹き飛ぶ蒸気吹き飛ぶ兵士、そしてまた直ぐに世界が蒸気で埋め尽くされる。


 誰にやられているのかもわからない、何が起こっているのかも分からない、混乱の極み、いつ抜け出せるかわからない焦燥、他部署へ矢継ぎ早に連絡される、襲撃を受けている。至急救援を、と。


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