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Moon phase  作者: 檸檬
アウロラの花嫁
78/123

phase-73 【抱擁の花嫁】

 埃が舞う、荘厳な造詣、おそらくベルフェモッド家お抱えの有名な彫刻家辺りが長い歳月を使い作り上げた扉、それが一瞬で崩壊していく。


 驚いた顔でこちらを見てくる六家の人達、いや。ローズとレイズ、そしてベルフェモッドの当主はこちらを楽しそうに眺めている。自慢の大聖堂を壊された為かローザ=ベルフェモッドは顔を顰めているが、残念だ、先に謝っておこう。此処から先も派手にやるのだから。


 

 正面に立っている二人を見る、中央には神父だろうか、黒い礼服に身体を包んだ壮年の男性が驚いた顔でこちらを見ている。


 言葉を告げる、皆に聞こえるように大きく、丁寧に。

 膠着している一同を見渡した後一礼、そして……。


「き、貴様なにを!」

 新郎であろう男性、おそらく彼がバナード=アウロラ。彼が此方に叫ぶと同時に天井に向けて(オボロ)の引き金を引く。

 撃鉄が既に装填済みの黒魔昌石を叩く、甲高い音がすると同時に放たれるマナ。そのマナは誰にも止められる事無く天井に届き、その美しいステンドガラスを粉々に砕いた。





「きゃああぁぁぁあ」


「へ、兵士はどうした! くっ、頭を庇え!」


「に、逃げろ、賊だ! 外の兵士は如何した!」

 騒然となる式場、その中でスオウは一人だけ、ただ一人だけ見つめている。その場で呆然としたまま動かない、白く美しいウェディングドレスに身を纏い、化粧をし、まさに絶世の美女と化しているスゥイを。


 くすりと笑う、まったく、君が呆然としている姿を見ることが出来るとは、中々得がたい経験だ。ナンナに感謝してやっても良いかも知れんな。

 そう思いながら舞い落ちてくるステンドグラスを避ける、と同時に疾走、キラキラと太陽の光に反射され、7色の光を輝かせながら落ちてくるステンドグラスを風の防御魔術で弾きながらスゥイへ近づく。


「ひっ」

 悲鳴を上げ後ずさるバナード、ちらりとその男を見た後、問答無用で蹴り飛ばす。さすがは商人、魔術も何も使っていない一般人である彼は面白いくらいに宙を舞う。


「ス……オウ……?」

 今だ呆然としているスゥイ、焦点が合わない目で此方を見てくる。身近で見ると本当に美しいな、いやはや時が経つのは早いものだ。あの小さな小生意気な少女が此処まで育つとは。苦笑がこみ上げて来る、まったく俺も俺だ、本当に、くだらない事ばかり考えていた。大事なものはもう既に傍に居たのに。


「よう、悪いなスゥイ、一生に一度の晴れ舞台、ぶち壊しに来たぞ」

 にやりと笑い声を掛ける、段々と頭が理解をしてきたのか目の焦点が合って来る。と、同時に怒鳴られた。


「な、何をやっているのですか貴方は! 分かっているのですか自分がやっている事を!」


「分かっているさ、当然だろう?」

 手を振り払い、青筋でも立てていそうな剣幕で怒鳴るスゥイ。当然そんな事は分かっている、騒然としている会場をちらりと見た後、スゥイに視線を戻し、肩を竦めて返す。


「分かっていません! これは、これはコンフェデルスに戦争を仕掛けているのと同義ですよ!」

 

「ああ、そうだな」

 此方に詰め寄ってくるスゥイ、白いドレスをうっとおしそうに振り払い頭に被っていたベールを叩き付けてきた。こんなに怒っているスゥイを見るのも2度目だなぁ、と思いながら返事を返す。


「な……、じゃあどうしてっ……」


「簡単な事だ、国一つよりお前の方が俺にとっては大事だった」

 困惑顔で此方を見ていた彼女に、そう言い放つ。驚愕の顔で目を見開き、後ずさるスゥイ。その細い小さな手を掴み引き寄せる。

 びくりと震えるスゥイ。あぁ、こんな小さな手で、小さな身体で重荷を背負わせてしまった、巻き込んでしまった、俺が、俺が力が足りなかったばかりに、守りきれなかった。


 その小さな身体を強く、強く抱きしめる。


 すまない、許してくれとは言わない、だから。


「守るさ、俺の為に。悪いなスゥイ、巻き込むよ」

 抱きしめたスゥイが震える、胸の間に挟んでいた手が、此方を押し返していた手がだらりと落ちる。体重を此方にかけてきた後ため息を付いてきた。










「貴方は……、勝手です……」

 騒然となる式場で不思議と俺にだけ聞こえる小さな声で呟くスゥイ、声が掠れて聞こえる。


「そうだな」


「ずるいです……」

 彼女の手が腰に回る、ゆっくりと添えられるように抱きしめられる。


「そうだな」


「本当に……、最低の男ですねスオウ……」

 そして強く抱きしめてくる、同様に強く抱きしめ返す。壊れないように、消えていかないように、この場に居ることを噛み締めて。


「あぁ、最近自覚してきたよ」


「しかたがありませんね、傍に居ると言ったのですから、約束は守りましょう」

 もう声は掠れていない、いつもの彼女の声だ、後ろに回っていた手がぐりっと背中の肉を抓る。


「しかたがなく、か?」

 ぐっ、と声を上げそうになるのを我慢して苦笑しながら彼女を見下ろす。


「えぇ、しかたがなく、です」

 顔を上げる、涙に濡れたその顔は満面の笑みで、美しく、美しく、キラキラと舞い落ちるステンドグラスが彼女を際立たせる、まるで舞台の上に立つヒロインの様に。



「おーい、スオウ、通信魔昌石で増援を呼ばれちまってるだろうからさっさとずらかろうぜ。ライラとリリスが足止めしてるだろうけどそんなに持たないだろうしな」

 式場内部に居た兵士を叩きのめした後、その内の一人を椅子代わりにし、頬杖を付いてこちらに声を掛けてくるアルフ。たしかにのんびりしている時間は無い、抱きしめていたスゥイを解放した後アルフに向き直り脱出の準備をする。


「ま、まて! 貴様何をしているのか分かっているのか! スゥイ此方に来なさい! お前はアウロラ家と結婚するのだ!」

 そんな俺らに声を掛けてくる男、70近い初老の男、手に持った杖を此方に向け唾を飛ばしながら怒鳴ってくる。同時にスゥイがびくりと身体を縮ませて青褪める。そうか、こいつがそうか。


「アンタがスゥイの祖父か?」


「なんだ貴様は! 貴様の様な下賎な賊と話すことは無い! さぁさっさと来いスゥイ、ワシの言う事が聞けんのかっ」

 ギロリと睨んできたと思ったら杖を振りかぶり地面に叩き付ける、同時にスゥイに近づいて無理やり連れて行こうとする男。スゥイの祖父と聞いていたから我慢をしていたものをっ、スゥイの前に庇うように立つ。頭に血が上り殴りつけようと思った瞬間。


「うっせぇんだよ爺っ!」

 横からアルフがとび蹴りを食らわせて吹き飛んでいった……。


「お、おい……、一応70過ぎた老人だったと思ったんだが……」

 思わず呆然と飛んで言った方向を見て呟く。死んでないだろうな……?


「え、あれ? 俺なんかまずったか……?」

 あれ? 俺空気読めてなかった? と今にも言いそうな困惑顔のアルフ。飛び蹴りをした後、着地したままの態勢で固まっている。


「いや、まぁ、うん、いい、のか?」

 後ろのスゥイを見る。その顔は呆然としており口がぽかんと開いたままだ。


「おいスゥイ大丈夫か?」

 

「あはっ……、あははは、くすくす、うふふふ、あっはは、くくっ、あはははは」

 思わず声を掛ける、同時に此方を見上げてきた後、急に笑い出すスゥイ、大丈夫か、何処か打ったんじゃ。


「はぁはぁ……、すみませんスオウ。心配をおかけしました。私は大丈夫です」

 一しきり笑い終えた後、笑いすぎた為か息を切らしているスゥイ。息を整えた後、満足したのか此方に微笑みかけてくる。そして吹き飛んでいった祖父の方を見た。


「お爺様、私はもう貴方の人形ではありません。どうやら、大変誠に遺憾ながら勝手に私を人間にしてくれた人が居るようでして。

 私は彼と共に行きます、今まで有難う御座いました」

 並んで置いてあった長椅子をいくつか巻き込んで倒れている祖父に告げるスゥイ。まず確実に意識は無いだろう。そうして同時に椅子の陰に隠れている男、おそらくスゥイの父親だろう、その男に向かっても言い放つ。


「さようならお父さん」

 スゥイの左手が俺の手を握ってくる、少しだけ震えている手。だから俺も握り返す、優しく、強く。そしてそのまま大聖堂から飛び出した。












「人生で一度の晴れ舞台、悪かったな」

 後ろを走るスゥイに声を掛ける。声を掛けられた彼女は一瞬きょとんとした顔をした後、口に手を当てくすりと笑う。


「別に構いませんよ、どうやら一度だけでは無くなったようですから」

 

「む?」

 一度だけでは? 疑問に思い後ろを再度見ると、楽しそうに笑っているスゥイが居る。


「花嫁を迎えに来たのでしょう?」


「あぁ、そうだったな」

 何を今更、と言いそうな彼女。そうだったな、今思い返すと完全に愛の告白だよなあれ。

 

「次は大聖堂より大きな所が良いですね」


「おいおい……、それは勘弁してくれ……」

 あの場所一応五国一って言われていたんだが……、もう見る影も無いけれど……。


 まいったな、どうやら今回の救出より大きな難題が出来たようだ。

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