phase-70 【即興の輪舞】
最も人が少なくなる時間、そして朝日が昇る前。一つの洋服屋から4人の男女の声が聞こえてくる。
「むぅ……、胸がキツイの……」
鏡を前に、胸の部分を引っ張っているリリス、どうでも良いが更衣室があるんだからそこでやれよ、あんた本当に姫様かっ、思わず突っ込みを入れたくなるのをぐっと我慢をして、彼女達に背を向けながら着替えが終わるのを待つ。
コンフェデルスに潜入後、一番最初に見つけた服屋に潜入もとい押し入った俺たちは目立たなく不自然では無い服を適当に選び着替える事にした。
しかし、潜入してから15分未だに決まらない彼女達に段々とイライラが募る。
「うーん、私もちょっとこれは……、こっちはどうかな?」
どうやら遂にデザインまで拘り出した。
「お前ら時間が無いんだからさっさとしろ……」
とっくに着替えが終わっていた俺とアルフが部屋の隅でため息を付いた。
「いや、すまんかったの……」
「少しは緊張感を持て……、取り合えずアルフとライラは情報収集、リリスはライラの護衛を」
帽子を被り、ズボンを履いているリリスが謝ってくる。ぱっと見は綺麗な男性だ、これだけ化けられれば十分だろう。ため息を付き指示をだす。
「む、なぜじゃ? 私も情報収集をするぞ」
「あほう、ただでさえ目立つんだ、変装しているとはいえ人と接する時間が少ないに越したことは無い」
「そ、そうか」
「俺は至急ネロさんに会って来る。アルフはブルムさんに会って事情の説明を、一応以前会った事がある人には既に連絡済だが、コンフェデルスの関所で手紙を破棄されている可能性もあるからな。伝わっているようなら問題は無い。
手紙にも書いたが彼らにはこちらから指示をしない限りは何もしないでくれと伝えてある」
自分の美貌に今だ気が付いていないリリスに大人しくしているよう伝えた後、3人を見渡して今後の行動を伝える。
ネロさん経由でお願いしたから大丈夫だとは思うが、世の中に絶対は無い。
「あぁ」
「わかった」
「アルフ冒険者ギルドは向かうか?」
「あぁ、そのつもりだったが?」
「そこはやめておけ、手が回ってる可能性が高い」
「む、そうか」
冒険者ギルドの注意を念のためアルフにしておく。その場で取り押さえられることは考えにくいが、ばれる時間を遅く出来るならばそれに越したことは無い。六家が相手だ冒険者ギルドとて完全に敵対は出来ないだろう。
「それとばれた場合の行動だが、此処に逃げ込め」
「そこには何が?」
「以前ベルフェモッドと取引したときに借りておいた廃屋だ、誰も住んでいないし回りは森で隠れるにはもってこいだ。報告も此処で行おう、集合は今日の昼過ぎだ」
念には念を、本来であればアウロラの動きがキナ臭いと聞いていたので何らかのときに使えるだろうと思って確保しておいた場所だ。
まさかこんな状況で使うことになるとは思わなかったが、備えあれば憂いなし、何事もやっておくに越した事は無かったな。
手書きの地図を皆に手渡す。こちらを見て驚きながら地図を受け取っていくアルフとリリス、そしてライラ。
「わかった、が、こんな物いつのまに……」
「なに、あのときの金貨、別にそのまま持って帰ったわけじゃないさ」
「なに? あの時の金貨は殆ど剣の制作費に使ったぞ?」
「あぁ、そうかスゥイしか知らなかったな。念の為その3倍ほどの金貨を持ってきてたんだよ」
アルフから指摘をされて思い出す、そういえばあの時はスゥイしか居なかったな。なによりアルフに伝えると怒りそうな内容だった、隠すのは当然だろう。
「んなっ、てめぇ……、まぁいい、まさかこれに全部使ったのか?」
「いや、これは正直大してかかってない。使ったのはレイズ家にだ」
引っかかる所があったのか、むっとした顔をしたアルフだが直ぐに疑問顔へ変わり聞いて来る。
「そんな大金をなにに……」
「帝国に動いてもらう為にさ」
「どういう事だ? お前まさか帝国と繋がるつもりか!」
「まさか、もしもの時レイズ家から、ちょっと演習をしてくれるようお願いして貰うだけだ」
疑問顔だったアルフが帝国の名前を出した途端怒り出す、後ろに居るリリスとライラも困惑顔だ。しかし俺としては帝国と繋がるつもりも無い、コネも無ければ内情も知らない相手と組むなど自殺同然だ。手を組まないならば、どうするか。簡単な話だ、利用する、それだけの話である。
「てめぇ、何考えてる」
「その内分かる、とりあえずはスゥイの居場所だ。すまんが頼むぞ」
「ちっ、わかった行って来る」
こちらを睨んでくるアルフに微笑みかけて指示を出す、どうやら不満は有るようだが行ってくれる様だ。
「リリスも何か言いたそうだな」
「そうだな、思うところはあるが、お前の事だ私達の為なんだろう、ならば結果を見せてもらうまでさ」
「厳しいな」
くくく、思わず笑みが零れる、顔に明らかに一言言いたいです、と顔面に書き殴ってるほど現れているのに、そっぽを向いて聞いてこない。まったく、信用されたものだ。
「優しいと思うがな、ライラ行こうか」
笑った事が気に触ったのか、ライラに声を掛けて外に出て行く。彼女も成長したのだろう、城を壊したのまで成長とは言いたくないが。
「うん、スオウ君、あんまり無茶しちゃ駄目だからね」
「あぁ、ありがとうな」
唯一こちらの心配をしてくれるライラ。あぁ、なんか唯一の癒しな気がしてきた最近。
さて、まずはネロさんに会わなくては、送った手紙の件も勿論だが、流通を司っている彼女の事だ、情報も入っている可能性が高い。そしてその後はベルフェモッド家に顔を出す必要がある。ローズ家にも顔を出したいところだが、今回のカナディル連合国の動き、明らかにローズ家が関わっている可能性が高い。だがしかしリリスが抜け出せた事が多少引っかかる。加護持ちだということは分かっているはずだ、力を読み間違えたか? いや、あの婦人がそんなミスをするわけが無い。となるとこれも意味が有るな。
ちっ、以前集めたアウロラの情報、そして帝国への情報流出の危険性と位置関係、コンフェデルスとカナディルの同盟関係。
さらには国境警備隊の配置、クローナさんの事は分からないが、あれがコンフェデルスではなく、連合側の思惑だとすると……。
どうやらナンナの手の平である程度踊ってやる必要がありそうだ。
だが、分かっているなナンナ=アルナス=ローズ、舞台が最高級じゃなければ俺は踊らないぜ。
視線をローズ家が有る方向に向ける、剣の柄を握り締める。今は我慢だ、我慢しろスオウ、見ていろよ、最高の劇を見せてやるだから……。
その分の対価は貰っていくぞ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「お、スオウ! 来たね。手紙の件は依頼通り無事完了さ、後今回の件一応こっちで調べられることは調べといたよ」
開口一番言ってくる。路地裏で待ち合わせをした後、時間通りにその場所に向かうと、既に物流業の長、ネロ=パナウェルスがそこに居た。
「すまん、助かる、それで?」
「あぁ、まずはスゥイの嬢ちゃんだが明日結婚式を行うそうだ」
「なんだと?」
初っ端に計画が総崩れになるような情報を貰う、いや、だがこれで考えが読めてきた。どうやら本当に派手にやって欲しいようだ。
「そう怒鳴るなよ、10日後って話しだろ? そいつは対外的な奴だよ。明日行うのは身内での結婚式。でも身内だっつーのに大聖堂を使うらしい」
「……見栄か?」
「ま、それもあるだろうけどね。ナンナ様が進めたそうだよ」
「なに?」
大聖堂、コンフェデルスのベルフェモッド家管轄の一部に立っている聖堂だ。分かりやすい場所に立っているが、周りは特権階級が済む屋敷だ、一般人が一目見ようと来る場合はあるが、当日は人払いがされるであろうし、そうそう市井の人間は近づけないし近づかない。そしてそれをナンナが推し進めたという。
「警備はアウロラ家から出すそうだけどね。大聖堂の貸し出し料金はローズ家が少し持ったそうだ」
「……他には?」
大聖堂に居るのは六家の重鎮と新郎身内、そしてアウロラの警備隊のみ。なるほど、たしかに最高の舞台を用意してくれたようだ。
「スゥイの嬢ちゃんの名前はまだ外に出てないね、というよりこれは誰か抑えてる。ま、アンタなら誰か分かるだろ?」
「ローズ家とレイズ家か」
此処まで言われてわからない人間はいない、かなり散在して情報隠蔽を図ったのだろう。船を独占取引で儲けさせたのはこの為ではなかったのだがな。
「そ、あと頼まれてた別件、スオウ、アンタの予想通りだったよ。今回の件しょっぱなは帝国側からだね」
「それを上手く利用した、か」
ふぅ、と思わずため息が漏れる。ナンナ、アンタには同情するよ。だがスゥイは駄目だ、彼女を使ったのは駄目だ。落とし前はつけさせて貰わないと。
「スゥイの嬢ちゃんは今はローズ家に居るね。手厚く持てなされている様だよ、生憎と直接見たわけではないけどね」
「そうか……」
そうだろう、そうでなければ落し所が見つからない、だが……。少しだけ目を閉じて考える、このまま進めば何も問題ないだろう、そう、また平穏な日々が戻ってくる。だが、だが彼女の気持ちはどうなる、踊らされた彼女の気持ちは何処へ行く。
「後は言わなくてもわかるね?」
目を瞑っている俺に声を掛けてくるネロ、ゆっくりと目を開けて正面からじっと見る。最初に出会ってから数年、10歳にも満たない俺相手に完璧な仕事をしてくれた彼女。ふ、と笑いかけて答える。
「あぁ、一応アルフ達が拾ってくる情報も含めて精査しよう、しかし」
フォン、と一気に湖月を抜き放ち、ネロの首元に突きつける。目を細め彼女を睨む。
「ちょっちょ、待ってよ私は」
「俺に付くんじゃなかったのか?」
あわてて両手を挙げて話してくるネロに剣先を突きつけて問い詰める。後少しでも押し込めば彼女の肌を突き破り綺麗な血花が咲くだろう。
「はぁ……、勘弁してくれよ。私だってここで仕事をしていかなければならないんだ、アンタの事は好きだけどそれだけじゃ食べていけないんだよ」
「貸しにしとくぞ」
ヒュン、と剣を振るった後、チンと鞘に収め答える。
「でかい貸しになったもんだよ……」
「なんだ? 不満か?」
どんよりとした顔をして両肩を落とし腕をだらんと力なく垂らしている。そんな彼女ににやりと笑い問いかける。
「もう……、これ、リーズの姉さんと私からのプレゼント、これじゃ貸しはチャラには?」
「ふん、なるほど。俺が怒ることも予想済みか?」
こちらを見上げ苦笑した彼女は、掛けていた鞄から大き目の包みを出してきた。中を開いて見せてくる、見えるのは漆黒、なるほどどうやらローズ家も一枚噛んだか。
彼女から包みを受け取り、ネロを睨みつけて言う。
「剣を向けられるとは思わなかったけどねぇ……」
「駄目だなこんなんじゃ駄目だ」
首をさすりながら恨めしげな目を向けてくるネロ。だが、この程度では駄目だ、もう少し働いてもらわなくては困る。
「ちょっと、そりゃないんじゃ……、なんだいこれ?」
「そいつを明日の結婚式の最中に広めろ、ローズ家とレイズ家にも、だ。それでチャラにしてやる」
詰め寄ってきたネロに懐から折りたたまれた紙切れを渡す。内容は簡単な事、帝国の演習予定日時だ。
さぁ、アドリブを生かせて見せろナンナ=アルナス=ローズ、役者を使いこなせない監督は要らないぜ。
「まったく、良い男に育ったと思ったんだけどねぇ」
「期待に添えなくて残念だ」
ため息を付きながら渡した紙の内容を見、こちらを見てくる。そんな彼女が少しだけ自分より若く見えた気がして苦笑する。実際に生きた年齢で言えば若いのだけれども。
「ベルフェモッドに行くのかい?」
「ああ、伝えるか?」
次の行き先を聞いて来るネロ、どうやら予想は付いていた様だ、別に隠すことでもないので正直に伝える。止められた所で行く事には変わりは無いのだが、ローズ家に伝えるのか聞いてみる。
「いいや、切られたくは無いからね、黙っているさ」
「そこまでするつもりは無いんだけどね、じゃあまたな」
首を横に振り答えるネロ、正直伝えてくれても問題は無かったのだが、まぁ彼女が言うならそれで良いだろう。
手を振りあげ壁を蹴り上げる。加速魔術を掛け終えていた俺の体は宙に舞い、一気に隣接していた家の屋上に到達、そしてそのまま走り去った。
「そこまで、なのかい。はぁ、またね。今度は気持ちの良い仕事がしたいものだよ」
飛び上がり、走り去ったスオウが向かった先を見ながら呟く。その顔は苦渋に満ちていたが、どこか満足していた。
「おい! ここに男が来なかったか? 剣を背中に吊り下げて、腰に変な黒い物を吊るしている男だ。黒髪で背は180近いのだが」
スオウが飛び去った後、さて仕事に戻るか、とその場を後にしようとしたら警備隊の兵士が声を掛けてきた。
「ん? おいおい、私はちょいとここで着替えをしていたんだけど……、最近の警備隊は女の着替えを覗くのが趣味なのかい?」
「なっ、こんな所で着替えるほうがおかしいだろう!」
見えないようにニヤリと笑い、もって来た鞄から上着を取り出し、少しだけ裾を上げて話してきた警備隊に告げる。赤面した警備隊の兵士は慌てて返してくる。ま、たしかにごもっともな話ではあるのだが。
「いやぁ、おにいさん、こんな路地裏まで誰か来ると思うかい? あれ、まさか襲う気じゃ……」
やりたくも無い仕事をやらされて鬱憤が溜まっている彼女に会ってしまったのが運のつきだろう。なによりスオウを探している男の様だ、遠慮は要らないだろう。
「ちょ、ちょっとまて!」
ストレスの捌け口に指名された哀れな警備隊の兵士、慌ててこちらに手を伸ばして抑えようとする。その手をスルリと避わして……。
「きゃ、きゃああああぁぁあぁああ」
大絶叫を響かせた。
「だ、だまりなさ、ごふっ」
「誰かたすけてぇぇぇぇえ!」
血相を変えて口を塞ごうとするその男の鳩尾に膝を入れて、一気に大通りに走りぬけて再度大声を上げた。
その顔は逃げ回る哀れな女性の悲壮な顔、心の中はどうだったかは不明だが……。