phase-68 【戦友の再会】
晴れ渡る空、太陽が沈み始めるその時間、二匹のワイバーンが空を飛んでいる。淡く光っているその大きな翼を広げ、舞うように飛ぶワイバーンは背に数人少年と少女を乗せている。
いや、もはや少年と少女ではないだろう、立派に成長した彼らを乗せた二匹の飛竜。迷うことなく一直線に目的地へ飛ぶ。
「さて、どうする? 国境警備隊に話は?」
「いや、そんな時間は無いだろう。リリスが暴れたというなら許可が降りるはずも無い。強行突破だな」
後ろに乗っているアルフから声をかけられる。後ろを見なくても好戦的な感じが声から伝わってくる。
現状はリリスが城で暴れてしまった以上既に手配が済んでいる可能性が大いに高い。その状況下で許可を得るのは不可能だろう、なによりアルフとリリス二人連れて国外に出るのは無謀だ。となると手は一つしかない。
にやりと、笑う。ああ、頼もしい、本当に頼もしい。
「うっしゃぁ、腕がなるぜ」
「あんまり怪我させちゃだめだよアル君」
後ろでへっへっへ、と笑うアルフに、横を飛ぶワイバーンに乗っているライラが注意している。どこか諦めた顔している事から、言っても無駄だとは思っているのだろうが。
「とりあえずコンフェデルスに向かうぞ、アルフ捕まってろよ!」
「え、ちょちょちょ、ぎゃあぁぁぁあぁあ」
どちらにせよ包囲が終わる前に向かうほうが良い、ワイバーンの手綱を引き、速度を上げるように合図する。同時に輝きを増す両翼、ギュン、と速度を上げると同時に後ろでアルフの悲鳴が聞こえた。
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カナディル連合国家、コンフェデルス側国境警備隊、隊長室
「クローナ隊長、国からの指示が……」
コンコン、とノックをした後部下が入ってくる。手には国からの通知書だろうか、国印がされた封筒を持ちこちらを見てくる。
丁度新しい茶葉が入ったので紅茶を淹れていた所だった、気を使ってくれたのか語尾が小さくなっている。
「あぁ、君か、まいったな。僕は隊長なんて柄ではないのだけども」
かりかりと頭をかき、照れ隠しに笑いながら返す。やはり僕の中では隊長はあの人だけだ、僕に隊長なんて務まるとは思えない。
「そうは言いましても、あのスイルとの国境警備隊を副長として勤め、トロールの暴走時にも活躍したとの事ではないですか。十分ではないかと思いますが」
「あれは……、いや、なんでもないよ。ありがとう、さて、国からの指示とは何かね?」
以前のトロール騒ぎの件を持ち出される。表に出ているのはたったの5人で麓の村を守った、それだけだ。スオウ君の事は全く知らされることは無かった。これはどうやら彼本人の都合もあるようだが……。
その為一部の若い兵士には英雄扱いだ、その実自分の半分の子供に怪我を負わせ、殿を勤めさせ、本当に情けない事この上なかったというのに……。
黙ってしまった僕を不思議に思ったのか、声をかけにくいのか困った顔でこちらを見ている。申し訳ないことをしてしまったな、そう思い少しだけ笑い先を促す。
「あ、はい! どうやら至急の命令とのことです」
「なになに? …………なに?」
声をかけられた部下は、姿勢を正して手に持った封書を渡してくる。机の上にあったペーパーナイフで封を切り、中の指令書を確認する。
書かれている内容は捕獲指示、だったのだが対象の名前を見て固まった。
「どうかされましたか?」
「……どういう事だ」
思案顔になった僕を疑問に思ったのか声をかけてくるが耳に入ってこない。口から漏れるのは疑問、なぜ? どういう事だ。
「何が書かれていたのでしょうか?」
「……リリス皇女様が誘拐されたそうだ、賊が3名国境を越える可能性があるから救出し、捕縛せよ。だそうだ」
再度問いただされて初めて向き直る。少し考えた後そのままに内様を告げるが、ぽかん、とした顔でこちらを見てくる。
「は? 加護持ちのリリス皇女様が誘拐ですか?」
「そうだ、さらに捕縛できなかった場合、賊の生死は問わないとの事」
指示の間違いでは……ないですよね? と不思議そうな顔で聞いて来る部下に対して再度答える。国の印が入っているのだ間違っているなどと考えられない。
それにこの賊の特徴、まさかとは思うが。いや、彼らなら何かやっても違和感が無い気がするな。
「いえいえいえ、よしんば誘拐が事実だとしても、加護持ちを誘拐できるような相手に我ら等歯が立ちませんよ……」
「そんな事は中央も分かっているだろうな、なるほど……、私がここに着た意味はそういう事か」
そう、その通り、僕達国境警備隊などに止められる訳が無い、精鋭揃いだった前の部署はともかく、今居るのは新兵ばかりの部署だ。それどころか同盟国の隣と言うことで士気もかなり緩んでいる。時間稼ぎも出来るかどうか……。
そう思った瞬間、頭に閃く。当然止められない事等分かっている、そうだ、止められない事等分かっているのだ。
「は?」
「なんでもないよ、まったく、まいったね本当に」
ふぅ、とため息を付き部下に下がって良いと伝える。どうやら貧乏くじを引かされる様だ。
「ならば……、少々悪あがきさせてもらおうか」
にやりと笑い、後何回座れるか分からない隊長室の椅子に座る。その顔は笑みで溢れていた。
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「スオウ、そろそろ国境だ! どうやら話はまだ届いていなかったようだ! このまま素通りするぞ!」
国境警備隊とて全てのエリアに存在しているわけではない、なにより今回はワイバーンに乗っての移動だ、そう簡単に見つかるわけは無い。あまり北に行き過ぎると深遠の森に近いため南寄り、なおかつ南過ぎるとコンフェデルスの首都まで遠回りになる。
さらにリリスの件で包囲網が出来る前に出る必要があったのでおのずとルートは限られてくる。その中で一番手薄であろうと思われる場所では無く、2番目に手薄であろうと思われる場所を選択した。
理由としては一番手薄であろう場所は相手も同じことを思っている、そのため対策を取られている可能性が高い、ならば2番目に手薄な所。当然此処も対策を取られている可能性が高いが、消去法に過ぎない、最悪リリスとアルフの二人で蹴散らして進む予定だった。
どうやら運良く此処にはまだ手が回っていなかったようだ、内心で一息付き、リリスに返事をしようと思ったら後ろからアルフの叫び声が聞こえる。
「いや、まて! 誰か居るぞ。少数部隊か!?」
前方を指差し言ってくる。たしかに目を凝らすと誰かが居る。おそらく5,6人前後か……?
「ちっ、アルフ、直ぐに片付けるぞ!」
パリパリと右手に雷を溜め込み飛び降りようとするリリス。
「いや……、まて、あれは?」
だがしかし、近づいてみるとどうやら彼らは武装していない、どういうことだ? さらに近づきよく見ると見知った顔が中に居た。
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「クローナさん! なぜ此処に!」
「はっはっは、やっぱりスオウ君だったか、いやはや予想通りだったね」
ワイバーンから飛び降り声をかける、良く見ると他の4人も見たことが有る人達だ、そう、トロールの時一緒に戦った人達だ。
笑いながら声をかけてくる。後ろの4人もさすがクローナさん、賭けは当たりましたね、と話している。
「どうしてこんな所に」
「あぁ、まぁね、君らの捕縛命令が出ているんだ」
何故こんな所に居るのか不思議に思い問いかける、どうやら予想通り手配が回っていたようだ、しかし武装もしないでどう言うつもりだ。
後ろにいるアルフやリリスが身構えるのが分かる。そんな彼らを手で押さえ、クローナさんを見る。
「やはりそうですか、それで如何されます?」
「何もしないさ、僕が担当しているエリアには誰も来なかったからね」
俺も少し身構えて聞いて見るが、相手はあっけらかんと答えてくる。なぁ、そうだろう? と後ろに居る人にも声をかける。笑いながら返事をしている彼ら、何を考えて……。
「え?」
「予想通りと言うか、まぁ賭けだったんだけど、君ならなんとなく此処を通るんじゃないかと思ってね」
思わず気の抜けた声が口から出てしまい、呆然とクローナさんを見やる。当人はしてやったりといった顔をしており、苦笑しながら伝えてきた。
「どう言う事ですか?」
「はは、なに広い国境を警備しているんだ、こういった通信魔昌石を持って少人数で各々の地点に立ち監視をしているのだけど、おそらく君たちは此処を通ると思ってね。担当を僕達にしたのさ」
疑問顔で聞いた俺に対して、懐から小さな魔術刻印を刻まれた石を取り出し、こちらに見せて話してくる。
なるほど、それなら見つかったら直ぐに近くの砦等に連絡が行き、ワイバーン部隊等が対応に来るような状況になっているのか。
これは助かったの……か? しかし何故、こんな事をすれば彼らとて何らかの処罰が。
「不思議そうな顔をしているね。何、気に入らないのは何も君だけでは無いと言うことさ」
はっはっは、と笑いながらこちらを見た後、直ぐに真剣な顔になる。
「早く行きたまえ、我々も定期連絡をしなくてはならない、それに誤魔化せる時間も限られている。早急にコンフェデルスに入るんだ」
「しかし、それではクローナさんが……!」
ありがたい話だ、だがしかし確実に何らかのペナルティが彼らに与えられることになる。
「なに、借りを返しに来ただけさ、気にする事ではない」
顎に手を当て片目を瞑り告げてくる。その姿はどこか以前に出会ったブルームと呼ばれていた隊長にどこか似ている。いや、それは失礼かもしれない彼はあの男より数百倍は真面目な人間だ。
「……、ありがとうございます」
頭を下げて直ぐにワイバーンに飛び乗る。迷ってる暇は無い、ワイバーンが空に舞い上がる。これが終わった後、今度は俺が借りを返しに来ないとな、そう思いその場を後にした。
「よかったのかクローナ隊長。いや、今は副長って呼んだ方が良いかい?」
後ろに控えていた部下の一人が声をかけてくる、トロールの暴走時一緒に戦っていた部下だ、彼も僕同様に飛ばされた一人、他の3人も同様だが。おそらくブルーム隊長の選別だろう。
「貴方こそよかったのですか? 確実に減棒、いえ、問答無用で牢屋行きかもしれませんよ」
軽口を叩いてくる部下に声をかける、まず間違いなく後々で他の場所で見られなかった以上此処が怪しまれる。ばれない様に上手くやるつもりだが国から来た指令書、トカゲの尻尾役を言い渡してきた様なものだ。
ならばせめて噛み付いてやる。なにより彼らの為だ悔いは無い。
「しかたがねぇさ、あいつ等は戦友だ、手を貸すのは当然だろう」
「ええ、そうですね」
彼らが飛び立っていった空を見上げる、夕日がまぶしく照らしており、まるで一つの道のように赤い光が彼らの先を照らしていた。