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Moon phase  作者: 檸檬
アウロラの花嫁
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phase-64 【連合の思惑】

「スオウ、どう言う事かしら?」

 部屋に入るなり母上から声をかけられる。鋭くこちらを射抜き、口答えは許さないほどに厳しい。


「申し訳ありません、現状情報の統合を行っているところでして」


「そんな事は聞いていないわ、貴方が傍にいて何をしているの、と聞いているの」

 畳み掛けるように言ってくる。お気に入りだったスゥイがこの結果なのだ、それなりに怒っているのだろう。


「申し訳ありません……」

 謝罪する意外に無い、あれだけ手回しをして味方を作っていたのに、一番近くに居た人を守れなかった。


「すでに通知は終わっている、完全に後手に回ってしまっているわね。これでは手の出しようが無いわ」

 はぁ……、とため息を付き此方を見てくる。手元には調査資料とは別に俺が送った手紙も有る。封は既に開けられている。


「ある程度メリットのある物を提示すればあるいは……」

 ある程度有効活用できそうな技術を渡すのが一番良いだろう、将来的に利益が見込める技術であれば良い。いくつか考えられるものはあるが……、主要箇所に通知してしまったといえど、取り下げる不都合を大きく上回る物であれば相手側も首を縦に振るだろう。


 交渉の矢面に立つのは俺ではなくローズかレイズかベルフェモッドが適任だ。借りを作る形になるから何処にするかは悩み所ではあるが。


「えぇ、それも考えたわ、でもね」

 困った顔をして此方を見た後、机の上にあった書類を渡してくる。差出人はカナディル王家の印が記されている手紙だ。


「これは……?」

 カナディル王家から直接手紙が来るなど、確かに珍しいことではない。現在船の取引が一番多い相手だ、直接のやり取りなど何度もあったが、このタイミングは嫌な予感がする。


「中を御覧なさい」


「なっ……」

 母上に促され、書類に目をやる。そこには信じられないような内容が書かれていた。


「誰からの情報かは不明だけど、技術の国外流出を辞めろとのお達しよ。今その事についてお父様が抗議に行っているわ。勿論表立って他国に技術を売り渡したことは言ってはいないけど、その内容から見るに感づいているでしょうね」

 内容は技術の国外流出の停止。船の国外販売の一時停止と、フォールス家関係の人間の国内待機指示だ。


「ローズ家かレイズ家、もしくはベルフェモッド家……、予想は?」


「わからないわ、正直三家ともデメリットが多すぎるもの。魔昌蒸気船の件である程度過敏になっていたから、国が独自に調べ上げた可能性もあるわね」

 野郎……、誰だ、ふざけた真似を。となるとリリスも城から出られない可能性が高い。なぜだ、なぜここまで縛り付ける? 国にしてみればたかが一人の女が結婚するだけの話だ。相手がアウロラ家だからか? いやそれは無い、これは確実に俺を警戒している。となると俺を知っている人間、関係を作った三家の誰かだ。


 こうなると余計な技術を渡す場合、ローズ家はもちろんレイズやベルフェモッドから横槍が入る可能性がある。


 だがなぜ警戒する? この結婚を邪魔されるとまずいと言うのか、しかし大したメリットも無いはずだ。せいぜいアウロラ家の長男とやらが満足して終わり。エルメロイ家の復興は所詮副産物的なものだ。むしろ俺に対して悪感情を持たれるのは確実、アウロラだってその辺の情報が入っていない訳は無い、何がどうなってるっ。


「船の国への出荷停止は?」

 暫く考えた後、母上に聞いてみる。


「なんですって?」

 驚いた顔をして此方を見てくる。聞こえてはいるはずだ。


「カナディル国への船の販売停止です」

 再度伝える。カナディル国へ現在船の販売をしているのは当家と後1家程度、しかし技術的な問題から、軍関係の最新鋭の船は当家から全て出ていると言っても良い。

 それの出荷を停止するといえば国とて黙ってはいられない、かなりの圧力がかかる可能性があるが。


「貴方自分が何を言っているかわかっているの?」

 

「ええ」

 睨みつけて話してくる母上を見て答える。


「一人の女性の為に祖国に喧嘩を売るつもりかしら?」


「そこまでにはならないでしょう、牽制として使えば良いまでの話です」

 当然本当に停止するつもりは無い、たかが家一つ、大きくなったとはいえ国を相手に戦えるわけではない。仄めかす程度で良いのだ。


「頭を冷やしなさいスオウ、牽制であれ相手はそうは取らないわ、何か別の手を……」

 頭を抱えながら話してくる母上、悔しそうに顔を歪めている所から不本意なのは同様なのだろう。しかし思いつく手が無いのか沈黙が部屋に満ちる。


「母上」

 ゆっくりと話しかける。


「なにかしら」


「カナディルには喧嘩を売るつもりはありません。船の件は牽制程度に、それすらも霞む程度に派手にやりますので」

 そう、カナディルに喧嘩を売るつもりは無い、今回は売られた喧嘩を買う、そういう話だ。向こうが喧嘩を売ってきた、だから。


「貴方……なにを?」


「六家に、いえ、コンフェデルスの喧嘩を買ってきます」

 俺がそいつを買うまでだ。





「わかっているの? 貴方はフォールス家の名前も背負っているの。そんな事をしたらどうなるか分かっていない貴方じゃないでしょう?」

 額に皺を寄せ、眉間に手を当ててため息を付く母上、手の間からこちらを覗き、諭すように話してくる。


「ええ、わかっています、そう、そのフォールス家の名前で彼女は弄ばれた、ならばその尻拭いをしなくてはならない」

 懐から一通の手紙を出す、学院を出る前にライラから渡された手紙だ。綺麗に折りたたみ直されたその手紙を母上に渡す。


「これは?」

 手紙を受け取り疑問顔でこちらに問いただす。同時に手紙を開きだす。


「スゥイからの手紙です」

 簡潔に伝えた後、直ぐに目の色を変えて真剣に読み出す母上。段々と目が見開き、口元に手が行く、そして目に見えて怒りに染まっていく。


「なに……、これ……」


「どうやらそういう事らしいです」

 わなわなと震える母上を前に伝える。本心だろうがどうであろうが、六歳の少女にその様な真似をさせた事が母上には我慢がならないのだろう。渡した手紙を握り潰しそうになるくらい怒りに震えている。


「ずいぶんコケにされたものね、スオウ、良いわ買ってきなさい。私のスゥイちゃんにこんなふざけた真似させたのなら、その裏に居た奴全員滅ぼしてきなさい」

 母上のスゥイではなかったと思うのだが……、思わず突っ込みそうになったが雰囲気を読んで何も言わない。どちらにせよ味方をしてくれる、これ以上心強い味方はいない。


「国外にさえ出して頂ければ、後は此方で」

 一番の問題はそこだ、国から出られなければ何も出来ない。逆にコンフェデルスにまで行けば今度は母上の出来ることも限られる。であれば国外に出る事、これだけ何とかしてくれれば。


「策は?」


「概案でしたら、ですが詳細は現地で詰めるしかないでしょう」

 概案どころか骨格程度だ、しかし時間が無い、移動時間も含めて詰めていくしかない。


「そう、わかったわ。ワイバーンの手配は?」


「既にルナに」

 ワイバーンの確認も聞かれるが既に手配済みだ、馬車と違って移動時間が三分の一にはなる。物によっては四分の一、一日でコンフェデルスに付ける可能性も有る。最悪二日かかると見ても、猶予は八日間出来る。出国に二日かかったとして残り六日、十分だ。


「良いわ、じゃあコンフェデルスに観光旅行に行ってきなさい。許可は此方で取るわ。リリス皇女とライラちゃんは?」


「城にいます。ですが……」

 少し悩んだが伝える、多分今頃はリリスが暴れていそうだが……、いや、よそう想像したら本当になっていそうだ。

 

「迷惑はかけられないかしら? 置いていったら怒られるわよ」


「しかし彼女こそ立場があります。なにより加護持ち、リリスはもちろんアルフも連れて行けないでしょう」

 今回の件は下手をすれば国同士の諍いの種になる。それに加護持ちである彼らを連れて行くわけには行かない、余計な刺激を生むだけだ。さらにリリスはカナディルの皇女だ、連れて行くには問題がありすぎる。


「一人で出来ると?」


「やるしかありません」

 今回は面倒な内容だ、国家間の関係が関わってくる以上悪化させる原因を持っていくわけには行かない。


「頑固ね……、前回ので懲りたんじゃないの?」


「それは……」

 分かってはいる、頼るのは分かるのだが……、下手をすれば国を捨てなければならないのだ……。


「直接聞いてきなさい。いえ、貴方がそう言うって事は、言ったらなんて答えてくるか分かっているからじゃないの?」


「…………」


「少し考えなさい。アルフ君からの情報を待ってから出るのでしょう?」

 沈黙を肯定と取ったのか、そのまま話を続ける。


「ええ……」


「ワイバーンの手配も時間がかかる、それに国への許可も今日中には難しい、明日には取って見せるけど」

 お父様には私から伝えておくわ、一応夕食時貴方からも話しなさい、と話してくる。


「分かりました、宜しくお願いいたします」

 お礼を述べて自室に戻る。行くまでの準備と概案を纏めなければ……。


 まずは結婚式が開催されるといわれるクラオスチャーチ大聖堂、この場所からだ。








「まったく、ロイドもまだ小さいというのに。でも、これは黙ってはいられない、新参者だろうと私達にもプライドって物があるのよ」

 最愛の息子、スオウが部屋を退室した後、執務室で呟く。おそらく国に半分喧嘩を売る形になる、おそらく今後のやり取りがやりにくくなる上、国からの切り崩しが行われるかもしれない。後は……暗殺、謀殺。

 

「ふふ、冒険者時代の血が騒ぐわねルナ」

 今はそこにいないメイドの一人、ルナの名を呟く。冒険者時代とは毛色が違うが、商売の世界でも血で血を洗う争いがある。油断すれば死ぬ、それはこの世界でも変わらない。その顔は走り抜けた古い記憶、冒険者時代を思い出しているのか、薄く微笑んでいた。

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