phase-62 【困惑の学院】
「学院長、貴方が知っている全ての情報を頂きたい」
壁を殴りつけた後、ゆっくりと学院長の方を向き話す。ふつふつと湧き上がる怒りを押さえつけ、冷静に、そう冷静に物事に当たれ。まず、現状を理解しろ。
「……、わかったぞい。とは言ってもじゃな、正直こちら側も殆どわからないと言うのが現状じゃ。昼過ぎにスゥイ君の祖父と名乗る男が来よってな、スゥイ君を呼んでくれとの事だったので、講義時間が終われば可能じゃ、と伝えての? だが先方は急ぎだった用での、とりあえず使いを出して呼んだのじゃ。
スゥイ君は部屋に入ってくるまでは特に変わりは無かったのじゃ、しかしその祖父と名乗る男を見てからスゥイ君の様子が少しおかしかった。その男が暫く出て行く、とスゥイ君を連れて部屋を出て行き、30分程したらスゥイ君が一人で戻ってきての、何かと思ったら……」
少し考えた後、同意を示し話をしてくれる学院長、しかしどうやら大した情報は持っていないようだ、が、その祖父とやらがまず確実に関わっている可能性が高いな。
「退学届けを出したと?」
「そうじゃ……」
沈痛な顔で此方を見てくる。困惑も混ざっているのだろう、先ほどスゥイから渡されたと思われる書類を一瞥し、はぁ……、とため息を付いている。
「他には?」
「すまんが知ってることはそれだけじゃ、書類を出した後スオウ君だけ呼んでくれないか、と言われての」
念のために再度確認をしてみる。予想通りそれ以外の情報は無いようだ。俺だけ呼んでくれと言う話も学院長の意向ではなく、スゥイの意向だったか。
「そしてあれ、か」
「学院の方でも調べられることは調べておこう。それとこの退学届け、まだ受理しておらん事にしておこう」
深く頷き返してくる、その後机の上に無造作に置いてある書類を持ち、此方に見せた後、未処理と書かれたプレートが置いてある書類の束の上に置いた。
「有難う御座います」
学院長の気遣いだろう、素直に礼を言う。しかしどちらにせよ長期間学院に戻らない、また学院にお金が支払われなければ学院長としても退学にするしかない。あまり長い時間は無いだろう。
「スオウ君、あまり無茶はするんじゃないぞ」
後ろに立っていたガルフ先生から声をかけられる。心配してくれているのだろう。彼には今まで沢山助けてもらった、学院側で介入できる内容であるなら力を借りたい所ではあるが、今回は個人的な問題の可能性が高い、迷惑はかけられない。
「ガルフ先生、お気遣い有難う御座います」
ガルフ先生にも向き直り礼を述べる。その後学院長にも礼をし、部屋を退室した。
部屋を出た後、先ほど押さえた怒りがふつふつと湧き上がってくる。
くそがっ……、やってくれる、良いだろう。思い知らせてくれる、この俺に喧嘩を売る意味を。
スゥイが俺だけ呼んだ、あのスゥイが俺だけ態々呼んだのだ、それにはおそらく意味がある。今現状では思い当たることは無いが、取り急ぎ家に連絡を入れて情報の収集、あとは……。
ローズ、レイズ……、いや、ここはベルフェモッドだな。
早歩きだったのがもはや全力疾走で伝書室に向かう、前の世界で言う郵便局の様なものだがそんな事は今はどうでも良い。至急実家とベルフェモッドに連絡を取らなくては。
後はあいつらにどう説明するかだな、まったく面倒事を持ってきてくれたものだ。
焦っていた気持ちが少しだけ落ち着く、スゥイは昔から手が掛からなかった、聡明と言って良い。その分辛辣な言葉はかけられたが……、もっぱら問題を起こすのはアルフ、そしてリリスが加わってからはアルフとリリスの二人だ。中等部試験で一度やらかしてくれたがそれ1回のみ。それ以外では問題を起こすアルフとリリス、そして止める俺とライラ、1歩外で笑うスゥイ、今更ながらに良い位置に居たもんだ。
ほんとにやってくれるよ、まったく、ここに来てでかい面倒事を起こしてくれやがって。
あぁ、まかせろ、今度は守る。無様に寝てはいない、守ってみせる。今度はっ!
走り抜ける、目の前には伝書室の扉が見えてきた。
「皆集まっているな」
伝書室で実家とベルフェモッドへ速達便を出した後、寮の自室に戻る。学院長室に行く前に伝えた通り、全員が、いや、スゥイを除いた全員がそこに集まっている。
「あぁ、それでなんだったんだ?」
アルフが声をかけてくる。ライラとリリスはスゥイが一緒に居ないことに疑問を持っているようだ。
「スゥイが退学届けを出した。原因も詳細も不明だ。現状でわかっている情報としてはスゥイの祖父が現れて、二人で外に出て行った後、スゥイが自分で退学届けを持ってきたそうだ」
「なっ……!」
「何だその話は! 学院長はそれを受けたのか!」
現状を告げると同時に、アルフとリリスから声が上がる、アルフにいたっては立ち上がり此方を見てくる。二人とも表情は驚きで染まっている。
「現状では保留にしてもらっている。しかし学院に長期間来なかったり、お金が支払わなければ退学にするのもやむを得ないだろう」
学院長の対応を伝えるが所詮一時的なものだ、その辺は理解しているのかアルフは項垂れ、リリスは下唇を噛み、なにか考えている。
「そ、そんな……」
呆然と此方を見てくるライラ、そうだ彼女はスゥイの幼馴染だった。何か知っているかもしれない。
「ライラ、聞きたい事がある。スゥイと幼馴染だったな? スゥイの祖父はどういう人間だ?」
「え、あの……、その……。私その人と話した事無いの……」
スゥイの祖父とやらの話を聞いて見ると、申し訳なさそうな顔をして此方を見、目を泳がせて話してくる。
「なに?」
「スゥちゃんのおじいさん、私とスゥちゃんが遊んでいるのが気に入らないみたいで、たまに見かけても睨みつけてくるだけで……」
疑問に思い聞き返す、住んでいる場所が違うのか? 孫と祖父が離れて住んでいてもなんら不思議は無いが。
そう思ったがどうやら理由は違うようだ。本当にスゥイと遊んでいるのが気に入らないのか、ライラが気に入らないのか。どちらかは今段階では正確なところは分からないが、そこまで明確にするほど重要ではないな。少なくともライラに好感情は持っていなかったということか。
「ふむ……、では両親は?」
「え、ええと……、お父さんは押しの弱い感じで、スゥちゃんとは似ても似つかないよ。それに殆ど外に出てこないからあんまりしゃべったことは……」
今度は両親の事を聞いて見る。しかし同様に思い出すかのように考えた後、答えてくる。どうやら父親の情報もあまり芳しくは無い、か。
だがあまり社交的ではないようだな、押しが弱い、となると今回の件、いやエルメロイ家では祖父が主導権を握っているのか?
「母親は?」
「ううん……、スゥちゃんのお母さんは私が小さい頃に亡くなっちゃったからあまり覚えていないんだけど」
母親についても尋ねてみる、が、初めて聞く話に驚く。小さい頃だと……、おかしい彼女は。
「なに? 亡くなって……?」
思わず聞き返す。そうだ、良く考えてみれば生きているという表現をした事は無かった。母親に誇れるような、とは言っていたが……。
「うん、私とスゥちゃんが6歳の頃に、弟が生まれたと同時に亡くなったの。スゥちゃんのお母さんは優しい人だった、そして強い人だったよ。スゥちゃんの顔もだんだんそっくりになってきたし。うろ覚えだから絶対じゃないけど……」
「弟が……? 母親が死んでいた……?」
呆然と呟く、いや、そうだろう。態々親が死んでいることを伝える人間はそう居ない。だがしかし、10年も一緒に居たのにここまで知らないとは、本当につくづく馬鹿だな俺は。
「え、うん。聞いてなかったの?」
「初耳だ」
驚いて此方を見ながら聞いてくるライラ、知っていて当然だとでも思っているのだろうか。ふぅ……とため息を付いた後返事を返す。
そう……、と目を伏せて答えるライラ。君が落ち込むことではないのだがな。
「弟が生まれるという時、変な噂もあって……。確実に生めば死ぬ、と言われてたのにスゥちゃんのおじいちゃんが強行したとかなんとか……」
そのままライラがぼそぼそと話し出す。自信が無いのか、いや他人家の悪い噂だ、それも幼馴染の悪口の様なもの、あまり言いたくは無いのだろう。
「元貴族だったな?」
スゥイから、スイル国の元貴族という話しを以前聞いたことがあった。念のためライラにも確認を取る。
「う、うん。それで私のおばあちゃんがエルメロイ家に使えてたメイド長だったはずだよ。もう殆ど主従関係は薄れていたけど、私とスゥちゃんは偶然知り合う機会があって」
「ちっ……」
どうやら話しに差異は無いようだ、そして生まれたのが弟、6歳のときに産まれたのなら今は10歳か11歳と言った所か。
「それでどうするんだスオウ」
「情報が足りないな、一度実家に戻る事にする。お前らは如何する?」
急に黙って考え込んでしまった俺にアルフが声をかけてくる。そういえば彼らはそのまま放置してしまっていたな。
「何を言っている当然付いて行くに決まっているだろう」
「あぁ、ついて行くぜ」
「うん、私も。私も付いて行くよ」
ああ、本当に持つべきものは友達だな、まったく。大人しく待って居ろよスゥイ。
「じゃあ今日直に出るぞ、必要なものを持って来い1時間後に出る。俺は再度学院長室に戻って話しをしてくる」
行動は速いに越したことは無い、立ち上がり皆を見渡した後告げる。そのまま扉に向かっていく。
「あぁ、わかった!」
「カナディルでは私は別行動しよう、城になにか情報がはいっているかもしれん」
「私は……」
「ライラは部屋にスゥイが残した何かが無いか調べてくれ、上の階には俺は上がれんからな、学院長にもその辺話してみるが、可能であれば女性の教員と一緒に俺も入る」
同時にライラとリリスも付いてくる、彼女は自室に向かうのだろう。ライラが此方を見ながら何かする事は無いか伺ってくる。スゥイと同室だったこともあり、部屋の捜索をお願いする。
「なんか、変態ちっくだよスオウ君」
くすりと笑い返してくる。無理をしているのが分かる、彼女なりに俺を気遣ってくれているのかもしれない。
「ずいぶん余裕あるなライラ……」
くくっ、と笑った後、見られたくないものがあるなら隠しておけ、と伝え学院長室に向かった。