phase-60 【喜劇の幕開】
「疲れた……」
「まぁ、お疲れ……」
部屋に備え付けられている椅子にぐったりと座り、うなだれるスオウ。慰めの言葉をかける事すら申し訳ない気がする。
1時間程の説教なのか愚痴なのか分からない話を聞かされたようで、さきほどスゥイが部屋を出て行くのを見た後、部屋に入ってスオウに声をかけた。
「剣は?」
「あぁ、無事出来た。会心の出来だ、まだ手に馴染まないが吸い込まれそうになるぜ」
入ってきたアルフに声をかけられ、顔を向ける。そういえば、と思い直し、本日完成の予定だった剣について聞く。
背に背負っていた布に包まれている棒状の物を指で指し、答えてくる。その顔は本当に嬉しそうだ、どうやら満足のいく代物だったようでなにより。
「なら上出来だ、明日には学院に戻ろう。そろそろ高等部の講義が始まるし、2、3日は前に寮に戻っておきたいからな」
「そうだな、俺も少しスイルの冒険者ギルドに顔を出して、こいつで実戦経験しておくとするよ。しかし予想以上の出来だ、授業ではとてもじゃないが使えそうに無い」
そろそろ高等部の講義が始まる、さすがに真面目に講義も受けないと置いていかれる可能性もある。勿論以前蓄えた知識は有効に活用させてもらってはいるが。
しかしコンフェデルスから学院は長旅だ、3日程前に寮に戻って、少し休みを挟みたい所でもある。
アルフはどうやら手配書の処理をする様だが……。借金返済に充てる予定なのだろう。
「そういえばアルフ、卒業したら如何するんだ?」
「あぁ、親父の後をついで軍に入るのも良いと思ってたんだけどな。最近は冒険者になって暫く武者修行しようかな、とも思っているんだ」
以前は軍に入りたいといっていたが、一昨年のギルド登録の際、本人がかなり冒険者に乗り気だった為、気持ち的に変わっているのでは? と考え改めて聞いて見る。
案の定、どうやら卒業後は冒険者になりたい様だ。となると出る前に煩い蝿をいくつか処理して置かなければならないかも知れないな。
「なるほどねぇ、まぁグランさんなら喜んで出してくれそうだな」
「あぁ、スオウは如何するんだ?」
当然。とばかりに答えた後、逆に俺の進路を聞いてきた。
「そうだな、とりあえず実家を継ぐ予定だったが、弟も出来た事だしな。冒険者も悪くないかもしれないと思っている。とはいえカナディル国内に限るだろうけどな」
身内贔屓かもしれないが弟は優秀だ、家業にも興味がある。このままでもフォールス家は問題ないだろう。冒険者をやりながら支店を回って、いろいろ手助けするのも良いかもしれない。
「コンフェデルスは?」
「そっちは冒険じゃなくて駆け引きにしかならなそうでね……」
それも嫌いではないのだが……、疲労度が高いのは言うまでも無い。当然定期的な訪問は必要となってくるだろうが、積極的にやりたいものでもない。
「まぁ、たしかにな」
なんとなく察してくれたのか同意してくれるアルフ。
「ライラとリリスは如何するんだろうな? 何か聞いてるか?」
「ライラは、まぁ俺と一緒に冒険者も良いって言ってたな。リリスは城に戻るそうだ、本人としては不満気だったが……」
そういえば二人のは改めて聞いた事が無かったな、とアルフに聞いて見る。どうやら予想通りであるようだ、ライラの件で嬉しそうな顔をしていたから満更でもないのだろう。
リリスは仕方が無いとも言える、が、あまりふざけた状況にするなら俺が黙っているつもりも無い。その辺の牽制も在学中にやっておいたほうが良いだろうな、と思案する。
「そうか、立場もあるからな。リリスに言っておいてくれ何かあったら頼れ、とな」
「言わなくても頼っていると思うけどな」
「だといいが」
彼女は自分の中で溜め込む傾向があるような気がする。そして一気に突然暴発するのだろうが。
俺達相手では気軽に話はしているが、外面は皇女だ、切り分けはさすがと言ったところではあるが。だが逆に仲が良くなった事で、言え無くなる事もあるかもしれない。特に国が絡む可能性が出てくると面倒はかけられない、と引き下がる可能性もある。俺が気を付けて見るしかないか。
「それよりスゥイは?」
色々と思案中にアルフから聞かれる。
「ん、そうだな改めて聞いたことは無いが……」
そういえば彼女の進路も明確に聞いたことは無かった、コンフェデルスに戻るのだろうか。
「お前に付いて行くだろ、間違いなく。分かってない訳じゃないんだろう?」
「まぁ、な」
普段の態度からまず間違いないだろう、しかし……。
「いい加減何らかの反応をしたらどうなんだ? お前は昔っからそーいう所は淡白だったよな」
「お前に言われたくは無いが、俺も俺なりに葛藤があるんだよ」
今年はもう17歳だ。いい加減そろそろ答えを出すべきだろう、彼女に対しての答えを。
「あほくせぇ、サラさんに言われるぜ、考えすぎだって」
「分かってるさ。頭ではな」
手をひらひらと振り、馬鹿にしたように言ってくるアルフ、たしかに考えすぎなのは分かっている。
だが、ローズにレイズにベルフェモッド、今までの駆け引きから思考が考えすぎて損は無い、くらいの思考回路になってしまっている。
「どーだかねぇ」
頬杖をつきながら此方を見てくる。そういうお前はどうなんだ、と言いたくなるがやぶ蛇の様な気もする。だいたいリリスは如何するつもりなんだ? いや、リリス本人的にはそういう感情は無さそうではあるが。どうなんだろうか、自分の色恋もそうだが他人のも良く分からん。リリスに到っては18歳だ、そろそろ結婚している人も居るくらいだし……。
それにお互い加護持ちだ、不足は無いだろう。しかしライラの事も、というか別に俺が考えることでもなかった。いかんな最近どうも思考に陥りがちだ。
「どちらにせよ卒業が直ぐに出来るわけでもないしな、最低3年という話もある」
思考を捨て、現実的な話をする。
「むしろ俺は一生卒業できるかも分からんよ……」
どうやらアルフも現実を見ることにしたようだ。彼が3年で卒業できるかどうかでまた将来設計が変わっていく気もするが、また4人で勉強を見てやる日々が続くのだろう。
「やる前から諦めちゃ駄目だろ」
とりあえず今の段階で改善できる所を指摘してやった。
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新しい学部、高等部。新しい寮に変わるが幸か不幸かアルフと同室。まず間違いなく学院の操作が加わっているだろう。女性陣も同じなのだから最早疑うことすら馬鹿らしい。
別段問題があるわけではないので何も言わない、むしろメリットのほうが多いのだ。助かる話でもある。
そんなこんなで高等部、良くも悪くも平凡な数ヶ月が続いた。
アルフがたまの休みに冒険者の真似事をしたり、俺がそれに巻き込まれたり。リリスが便乗したり、それにライラが巻き込まれたり。そしてスゥイが煽ったり。まぁ、平凡で平和な日々だ。
「春も終わりが近づいてきましたね、そういえばスオウ、まだ数ヶ月ですが、早速講義に付いて行けていない人間が居るそうなのです、如何致しましょう」
「スゥイ、最近俺は気づいたんだ、現実とは見るべきものと見なくても良いものがある、と」
気づきたくなかった、だがやはり気づくべきだったのだ。まさか、こんな短い期間でこんな事になるとは……、予想していたさ!
「つまりこれは見なくても良いもの、だと」
「愚問だな」
ふっ、と笑い返す。当然である。
「失礼致しました」
軽く頭を下げてくるスゥイ、それに対して構わんよ、と返す。どこの主従だ、等の突っ込みは受け付けない。
「お前ら……」
胡乱な目で見てくるアルフ、しかし表情には力が無い、もはや言い返す気力も無いのだろうか。
「スゥちゃん、スオウ君、アル君は頑張ってるんだよ! 気持ちは!」
「ライラ……」
明らかにフォローになっていない応援をするライラ、その目を見るに自覚は無いようだが、天然で貶めるその性格も良い具合に育ってきているようで何よりだ。もはやアルフも訂正する気力も無いのだろう、心なしか小さく見える。
「なに、心配いらんだろう、私達は先に卒業していくぞ」
「リリス……」
追い討ちをかけるリリス、しかし現実本当にそうなる可能性が高いのは皮肉である。同様に胡乱な目でリリスを見た後、ため息を付き言い返しもしない。
そう、新しい学部になり講義が始まったのだが、1週間前に出た問題集を未だに処理出来ず、講義内容も理解出来ずで泣き付いてきたアルフである。
「ええ、と……、アル君、2年くらいなら待ってるね?」
とりあえず肩を叩きながら応援するライラ、その顔は慈愛に満ちている。言ってることは割とひどいが。
「うぅ……、酷すぎる。くそう! 実技で見てろよ!」
どんよりとして雰囲気を薙ぎ払うかのように、急に元気になり宣言するアルフ。その目には意志の炎が燃え滾っている。熱い、熱いぞアルフ。だがしかし。
「残念だがアルフ、今日は座学だけだ」
現実を教えてあげる。
「…………」
どうやら会話する事もやめてしまったようだ。
「ここに居たかスゥイ=エルメロイ、学院長がお呼びだ、至急院長室へ行ってくれ」
そんな話をしながら講義室に向かっている途中、研究部の人間だろうか、走ってこちらに来たと思えばスゥイに声をかける。
「構いませんが、今から講義ですので、それが終わってからで宜しいのでしょうか?」
「いや、すまんが至急行って欲しい。次の講義の先生には私から言っておく。ダーナ先生か?」
講義に向かう途中だったので確認するスゥイ、しかしどうやら急な案件の様だ。申し訳無さそうにスゥイに伝える20後半程の男性。どうやら講義のフォローも行ってくれるようで先生の確認もしている。
「いえ、ナロン先生です。瞬時詠唱の魔術言語講義ですから」
「わかった、では伝えておく。出席扱いになるので心配せずに行ってきてくれ」
先生の確認を行った後、すまんが頼む、と言った後また走っていった。どうやらナロン先生に会いに行くようだ。
「スオウ、済みませんが後で板書の写しを頂ければと」
先ほどの男性が去った後、スゥイが声をかけてくる。要するにノートを後で見せてくれとのことだ。それは全く問題ないのだが。
「わかった、俺は行かなくても?」
この時期に特に何かあったとも思えないのだが、至急の用件は何かありそうな気がする。最近気にし過ぎなのは分かってはいる、しかし取り返しの付かない状況になってからでは困るのは自分だ。
「もう子供ではありませんよ、ご心配なく、次の講義でお会いしましょう」
ふふ、と笑いながら学院長室に向かうスゥイ。たしかに彼女を騙せる、あるいは陥れる人間はそうはいないだろう。
では、分かりやすく板書を写して置かないとな。そう思い次の講義の教室へ向かった。