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Moon phase  作者: 檸檬
蠢く世界
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phase-59 【結婚の相談】

「なんだ鼻垂れ、ずいぶん来るのが遅かったじゃねぇか」

 場所はコンフェデルス、鍛冶職人ブルムの仕事場でアルフと話をしている。予め遅れる旨は伝えてあるのだから軽口だろう。声をかけられたアルフは口をへの字に曲げて答える。


「スオウが行かせてくれなかったんだよ。あの野郎何かあるたびに武器製作の金の事を持ち出しやがって……。」


「そりゃ鼻垂れが馬鹿なのが原因だろ、坊主は関係ねぇと思うがな。それより柄の部分と最終的な調整だ、こっちこい!」

 思う所があるのかぶつぶつと愚痴り始めるアルフを見てため息を付きながら声をかけるブルム、年も明けてそろそろ学院が始まるのだ、ゆっくりしている暇は無い。

 今だ呟いているアルフを置いて作業場に向かった。












「ご無沙汰しておりますエイリーン様、お変わり無いようで何より」


「貴方に様付けで呼ばれると薄ら寒いものを感じますね。本日はどういったご用件で?」

 ベルフェモッド家、客間。スオウとエイリーンが二人で話し合っている。エイリーンが用件を聞き出した所でスオウが不思議な顔をする、どうやらお互い呼ばれた立場の様だ。


「おかしいですね……、フォールス家の件で話があるから一人で来てくれ、とベルフェモッド家の使いの者が宿に来たのですが」


「私はおばあ様にこの時間空けておけと……、あ……」

 不思議そうに話す両者、しばし考え込んだエイリーンが何かを思いついたかのように声を上げた。


「どうかされましたか?」


「いえ、少し思い当たることがありまして……」


「思い当たる事、ですか、ローズ家かレイズ家から何か?」


「いえ、そう言う事ではないのですが」


「それ以外に、ですか。アルレ鋼の取引は終わりましたし、個人との関係を結んで頂けるとでも?」

 どうにも歯切れが悪いエイリーン、アルレ鋼の取引は一悶着あったがお互い満足できる結果だったはずだ。個人との関係は難しいとの事で断られていたが、あの何を考えているか分からない当主だ、それを餌に無理難題を吹っかけてきて来る可能性もある、か。


「そうですね、ある意味個人的な話でしょう。家の関係にも繋がりますし」


「個人的な後ろ盾が増える事には感謝いたしますが、あまり無理難題を申されても困りますね」

 人には出来ることと出来ない事、やりたくない事とやりたい事がある。出来ることでもやりたくは無い事なら避けたいところだ。エイリーンの表情からしてあまり良い話では無い様だが。


「でしょうね、私としても同意見です」

 

「それで思い当たる内容は?」

 同意をしてきた所から、彼女的にもあまり良い話ではないのか? となると当主の独断の可能性が高いな。困ったな、今回はアルフの剣の受け取りだけの予定だったから、あまり疲れるやり取りはしたくないのだが。

 

 面倒事は勘弁してくださいね、とばかりの顔でエイリーンを見て、先を促す。


「結婚です」

 即答される。


「…………、いや、まさか」


「さすがですねスオウ様、予想通りかと」


「頭が痛い……」

 面倒事の無理難題が降りかかってきやがった。












「エイリーン様は?」


「私としては当主の意見に従うまでです」

 はぁ……、とため息を付いた後正面に座っているエイリーンに聞いてみる。特に何も思っていないのか、ただ淡々と紅茶を飲み、答えてきた。


「それはずいぶん卑怯な返しだなぁ……」


「どうせ回答は決まっているのでしょう?」


「あぁ、貴方に魅力が無いわけではないよ。それだけは予め言っておく。が、断る」

 悩む必要すら無い、生憎と政略に使われるつもりもないし、おそらく婿養子だ、主導権を握れる可能性が低い上、面倒事に巻き込まれそうだ。

 あくまでも家はフォールス家で良い、ベルフェモッドに限らずコンフェデルスの名家とは、友好な関係を築いているだけで良いのだ。

 

 悪い言い方をすればベルフェモッドとそこまで親密になる必要は無い。そこまでのメリットが無いのだ。


「断っている時点で気遣いは不要ですよ。しかし、告白もしていないと言うのに振られるというのもなんだか複雑です」


「申し訳ないが、愚痴はベルフェモッドの当主に言って頂きたい所だ。なによりそれほど確率が高いとは思って居なかったんじゃないか?」

 くすくすと笑いながら答えてくるエイリーン、その顔は予想通りと言ったところだったのか。しかし、思うところも無いわけではなかったようで、若干毒を吐きこちらを見てくる。

 こちらも同様に寝耳に水状態で、お互い嵌められた様な物なのだから勘弁して頂きたい。


「そうでしょうね、おそらく貴方と私が二人で会っている、と言う状況が欲しかったのでは?」


「くそ、珍しくスゥイと別行動していたのが仇となったか」

 スゥイの体調が優れないようだったので、俺一人で魔具の店などを見て回っていたのだ。本人はなんとも無いと言っていたが。お陰様で長い付き合いだ、無理しているのがなんとなく分かる。

 しかし、これは何かスゥイに土産を買っていってやらんとまずいかもしれないな。


「さほど気にする事もないかと。学院での情報も入ってきていますが、貴方達二人の親密さは知れ渡っていますので、小石を一石投じる程度でしょう」


「ローズ家やレイズ家はそうかもしれんが他家はわからんだろ」

 ローズ家やレイズ家にしたってその程度のこと読みきるだろうし、俺が受ける訳が無い事も分かっているはずだ。今回の件、確実にベルフェモッドの当主の嫌がらせかただの暇つぶしだ。遊んでいるだけかもしれないが。

 エイリーンもその辺りは分かっているだろう。もしかしたら彼女は彼女なりに苦労しているのかもしれないな。


「生憎と今のフォールス家に手を出せるのはローズ家とレイズ家、そして当家くらいです。他の3家も出せないわけではないですが被害が大きいですから、よほどの利益を見込まない限り静観を決め込むかと」


「だと有り難いのだけれどね」

 予想通りの回答、本当にその通りだと良いのだが。また、逆に考えれば相当の利益を見込める場合は牙を剥く可能性がある。当然、六家全てに言える話ではあるが。

 

 あとは余程の無能であれば考えられるが、その様な者が六家に居るのなら早々に潰されているだろう。


「それよりもアルフロッド様とリリス皇女殿下の関係がもっぱら噂になっていますよ。加護持ち二人ですから、二人揃うだけで諸外国の牽制に使えますし」

 そんな事よりも、とアルフとリリスの話に変わる。確かにあの二人は利用価値が高い、コンフェデルスには今現在加護持ちが居ない、いくら同盟国とは言えお互い有利な条件で同盟を組みたいのは明白だ。

 言外に含ませる言い方をするより、明確に二人がカナディルの立場に立っている事を伝えたい所だろう。


 が、生憎とコンフェデルスのローズ家と繋がりの有るフォールス家の長男が、加護持ち二人と仲が良い。さらに、加護持ちの一人、アルフロッドは5歳からの付き合いだ。下手なことをすればフォールス家を敵に回す上、コンフェデルスにも悪感情をもたれる可能性がある。

 

 表立って知れているのが、ナンナの件もあり、親カナディルのローズ家だからこそ不満も抑えられている、また心配している人間も少ない。リリス皇女とアルフロッドが仲良くなったとしてもカナディルの為になるだろうと考えている人が大半だ。


 しかし一部の高官にはレイズ家とベルフェモッド家にもフォールス家は繋がりがあると知れている、それだけ見ればコンフェデルス寄りだと思われて当然だろう。

 余計な事をすればコンフェデルスに加護持ちが行く可能性がある、そのため下手な事は出来ない状況にあった。 


「そういう黒い馬鹿共を牽制する為に俺が傍に居るんだよ」

 ふん、と鼻で笑い返す。見えない力は重要だ。それに手を出したら不利益が大きい、と漠然と思わせることが出来れば、細かい部分は勝手に他人が抑えてくれる。


「カナディルとコンフェデルスでは問題ないでしょうね。カナディルでは国に船を出荷し、菓子関係で国民感情も良い。コンフェデルスでは六家の内、三家とつながりを持っている。二家は裏でですが、知る必要がある人には知れてますしね」


「おや、ベルフェモッド家も含めてくれるとは有りがたい話ですね」

 二家と言ってくれたことに対して返す。明確には今まで言ってくれなかったので有りがたい話だ。


「私個人の意見ですので」


「それは残念」

 どうやらこちら側には立って頂けるようだ。あくまで側、の様だが。


「しかし……、これは9年前、いえもっと前からですか。ご両親が考えているのだと思っていましたが、恐ろしいとしか言い様がありませんね」


「そんな事は無いよ。俺は何もやってない両親が考えた事さ」


「そういうことにしておきましょうか」

 くすくすと口に手を当てながら笑い、答えてくる。以前同じような事、いや何回か同じようなことを言われている気がする。 

 その目は鋭く、こちらの思惑まで見通してきそうな目だ。さすがは当主の孫、と言った所か。


「蛙の子は蛙、かね」


「どういった意味で?」


「当主に似ているな、って話だよ」

 言われたエイリーンは少しだけ目を見開き、楽しそうに笑っていた。

















・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・















「土産だ……」

 宿に帰り、部屋に戻ると何故か俺の部屋で横になっていたスゥイがむくりと起き上がり、こちらを睨みつけてくる。不穏な空気が流れる中、とりあえず土産を渡す。


「そこに置いて下さい」

 窓際に置かれているテーブルを指し、言う。

 

「あ、あぁ……」


「ベルフェモッドの件、言い訳があるなら先に聞きましょう」

 とりあえず色々な疑問は後にして、土産が入った紙袋をテーブルに置いた所でスゥイから声がかかった。


「その、な? 関係を深めれればと思ってな?」


「ほぉ、念願叶ったではないですか、で?」


「勿論断ったさ」

 よく分からないが、逆らってはいけない気がする。しかし断ったのだ文句を言われる筋合いは無いはずだ!


「で?」

 即断で切り捨てられた。どうやら筋合いがあるようだ……。


「いや、あの。断ったよ?」


「ですが二人で会っていたのですよね?」

 繰り返し確認の為に断った事を言うが、そこは問題ではないようだ。そういえばベルフェモッドの孫と会っている事など知れるはずが無い。


「誰がそんな事を……」

 なんとなく予想は付くが念のために聞いて見る。


「ベルフェモッドの使いの方がご丁寧にお手紙を下さいまして」


「くそ、あのばばぁ、やっぱり嫌がらせかっ!」

 やっぱりだった、予想通りだった、くそったれ、平和ボケしていたとでも言うのか! というかなんで俺が怒られなければならん! 俺は悪くないだろう!


「何か言いましたかスオウ? では土産の内容を確認させてもらいましょうか、それでこの後のお話を決めることにします」

 

「本当に考慮してくれるのか?」

 腐るほど溢れてくる不満は、心で思っていてもとりあえず下手に出ておく。いや、出ておかなければならない、そんな空気が……!


 馬鹿なっ、彼女は俺の半分も生きていないんだぞ! なぜ、なぜだっ! この空気は何だと言うんだっ!


「当然です、減ることは有りませんが、内容は考慮しましょう」


「なんでだっ……!」

 世の中は理不尽で溢れている。どうやらそれを俺に再認識させたいようだ……。









「な、なぁ……、武器が出来たから持ってきたんだが……」

 部屋の扉の前、こそこそと扉に耳をあてて何かを聞いている二人に話しかけるアルフ。その背には大きな布で包まれた何かがある。


「駄目だよアル君、今は部屋に入っちゃ駄目!」


「そうだぞアルフ、今は駄目だ、むしろ今日は駄目だ」

 今は話しかけるな、とばかりに返してくる二人。前回は一緒に来れなかったリリスも、今回は同行して来ている。

 二人のその目は同情の目と悲しみの目で彩られている。何かあったのだろうか。


「いや、でもかなりの出来栄えなんだが」

 だがしかし遂に出来上がった例の剣を持ってきたのだ、いろいろ助けてもらって皆に見せたいし、なにより職人を紹介してくれたスオウに一番に見せたかったのだが。


「そんな物はあとでも良いだろう、愚か者がっ!」


「そうだよ! スオウ君が大変なんだからそんな物どうでもいいよ!」

 

「ええぇ……、半年以上期待して待って……、ようやく手に入れたのに、そんな物って……」

 即答で二人に断られる。ブルムさんが聞いたら号泣しそうな扱いを受けるアルフの大剣、アルフも号泣しそうな感じだ。いや、既に薄っすらと涙が滲んでいる気がする。

 落ち込んでいるアルフを横目にライラとリリスが扉の外で聞き耳を立てている。リリスに到っては、なんかもう皇女の欠片もない気がするのは気のせいでは無いだろう。



 尚、アルフの大剣、銘は赤月(アカツキ)、夜に二つ空に上がる赤月と青月、その一つの赤月に名前を貰った。理由はその刀身、刃先にいけば向こう側まで見えそうなくらい透き通った薄い赤。しかし根元側は濃く、血の様な赤色である。その血の様に赤く揺らめく刀身に、不滅の魔術刻印が刻まれている。長さは2mといったところか、アルフの身長より若干長い剣だ。

 半年ほど待ってようやく手に入れた至宝の大剣、お披露目当日にそんな物、扱いされるとは、剣も思っていなかっただろう。

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