phase-58 【高等の祝賀】
高等部、それはカナディル魔術学院に置いて卒業の資格を得る時期に入ったと言う事である。
狭き門である事は言うまでも無く、ストレートでの合格率は5%とも言われている。
試験結果は良好、一人を除いては、だが。
「今回は流石にスオウも真面目に勉強していましたね」
「いつも真面目なつもりなんだが、まぁ、ここで落ちるわけにもいかなかったしな」
「どこぞの誰かのように追試になる可能性もありましたしね」
「むしろ追試にしてくれた、とも言えるがな……」
学院の中等部掲示板に試験の結果が張り出された後、高等部進級をお互い確認し、そして案の定の一人を確認。お互いにため息を付く。
「ライラとリリスは予想通り問題なかったか、しかしまぁ2年目で通るのだから優秀な人間ばかりだな」
「置いて行かれたく無い、という気持ちがあったでしょうから。それに1年猶予も出来ていましたし、トロールの件で実技評価は満点の様なものでしたから」
「アルフは、まぁ……、予想通り、と」
「そうですね、先ほどライラが付き添って行きましたので、大丈夫でしょう」
どんよりとした顔でライラに教員室に連れて行かれていったアルフ、彼は中等部掲示板の進級者欄に一応記載されていた。右下に、追試必須者として。
前代未聞なのか、わりかし出ることなのかは不明だが、一部の生徒が騒いでいたのでおそらく前代未聞なのだろう。
「しかし、追試とは……」
「実技は申し分ないからな、本音は俺達と離れると止めれる奴が居ないと言う事と。見栄えの問題だろう」
アルフとリリスの加護持ちが二人同じ学部に所属しているというのは箔になる。とくにここは帝国の考えを持つ人ばかりである。人が持てる最強の力を有している二人が居るとなると興味を惹かれる人は多いはずだ。良い意味でも悪い意味でも。
「厄介払いをしたいだけかもしれませんよ?」
「その可能性も大いにある」
むしろその可能性が一番高いかもしれない。
「お、帰ってきたか、どうだった?」
教員室に消えていったアルフとライラが戻ってくる。これ以上無いほど落ち込んでいるアルフと顎まで届きそうなくらいの資料を持ったライラがやってきた。
一部持ちますよ、とスゥイがライラから資料を受け取る。よく見ると問題集の様だ。
「あぁ、うん……、はぁ…」
「うーん。アル君頑張って?」
半分ほどスゥイに荷物を渡したライラが、落ち込んでいるアルフの肩を叩きながら声をかける。横では問題集を受け取ったスゥイが内容をぺらぺらと見ている。
「これは?」
一通り見終わったスゥイがライラに聞く。
「うーん、アル君の宿題、だね。あと冬休み1週間講義追加だってー」
どうやらこの問題集の束は彼の宿題の様だ、なんともまぁ……。さらに1週間講義か、剣を取りに行くのは暫く後になりそうだな。
アルフの剣だが先月ブルムさんより連絡があり、完成したとの事。最終的な調整は残ってはいるが、それはアルフと話しながら詰める内容である。
この夏、それも糧にかなり頑張ってはいたようだが。まぁ、あのアルフが高等部に2年目で曲がりなりにも進級できたのだがら進歩ではある。
「講義はどうにも出来ないが、問題集は手伝ってやろう……」
「うぅ、恩にきるぜスオウ……」
16歳の男が泣きそうな顔になっても気持ち悪いだけだぞアルフ。
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「リリス、これは?」
寮の調理場で3人の女性が慌しく動いている。スゥイ、ライラ、リリスの3人である。高等部進級祝いも兼ねて仲間内で祝おうか、という話になった。中等部進級者での打ち上げを早々に切り上げ、寮で軽食とデザートを作っている。
「おお、スオウが実家から取り寄せたと言っていたな。それは後にしよう」
「分かりました、では戻しておきます」
フォールス家特製和菓子である。見た目も美しく、カロリーも低く、味も美味しいという3点揃ったお菓子、しかし作れる人が少なく値段が割高なのが玉に傷。
途中で1個ほど摘もうかな、とでも思っていそうな目をしながら菓子箱を片付けるスゥイ。
「リリちゃん、こっちのお鍋かき混ぜてて~、私サラダ作っちゃうから」
「あぁ、まかせておけ!」
スゥイと話していたリリスに声をかける。もっぱら調理場の司令塔と化しているライラである。と、いうか自然と立ち位置的にそういった部分が得意になってしまったライラとも言える。
「ふむ、では私はデザートを、成長している所を見せなければならないですからね」
「う……、スゥちゃん、出す前にちゃんと味見してね?」
フルーツの皮むきで実が無くなる様な事はなくなったが、心配な部分が多すぎるスゥイの料理。とりあえず死にはしない料理だが。
引き攣った顔をしてスゥイを見た後、声をかけるライラ、前回味見をしないでそのまま出してなんともいえない雰囲気になったのを覚えている。
むしろ完全に食べられないほど不味ければ良かったのに……。
「何を言うのですかライラ、当然です。味見にはスオウを呼びますので」
「ごめんねスオウ君……」
何か問題があるのですか? と言いたげな顔で堂々と宣言するスゥイ。それを見て涙を拭う仕草をするライラ、勿論涙なんて出てはいないが。どうやら彼女も良い性格に育ってきたようだ。
「なんでこんな時まで……」
賑やかな調理場とは正反対、どんよりとした空気が漂う寮の一室。女性人が料理を作っている間勉強を見てやる、と机に向かわせたスオウ、そして向かわされたアルフがそこに居た。
「さっさとやれ、年明け直ぐには武器を取りに行きたいんだろう? 今の内に少しでも処理をしておかないと行けなくなるぞ」
「いや、だがまだ1ヶ月以上あるじゃねぇか。今日くらいは別に……」
机に向かうアルフの後ろから檄を飛ばすスオウ、しかし不満気な顔でこちらを見てきて文句を言う。
「明日やろう、と思うやつは明日もやらん。今日出来ないやつは明日も出来ん。膨大な数なんだから合間を見つけて処理をしないと駄目だ」
特にお前の場合は一生やらん、死んでもやらん、むしろやってたら世界が崩壊する。
「うぅ……、スオウのハゲ!」
「70年後はそうかも知れんな」
「悪魔!」
「知ってる」
「鬼!」
「角が生えてくるのが楽しみだ」
「ばか!」
「お前よりましなら構わん」
「くっそぉぉぉおおお」
雄たけびを上げて机に向かうアルフ、どうやら無駄な抵抗は諦めたようだ。
時間が掛かるにせよ始めた以上、いつかは終わる。
正月過ぎにはコンフェデルスに向かえるだろう。少し前に実家に戻って、移動中にやらせれば着く頃には終わるはずだ。
これを処理すれば進級できるのだ、文句を言わずやるべきである。
「アル君、スオウ君、出来たよ~」
およそ1時間と少し、アルフを地獄から救出する女神、もといライラが部屋に呼びに来た。
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「カナディルの魔昌蒸気船とやらの解明は進んでいるのか?」
「ええ、ほぼ構造は理解致しました。正直天才としか言い様がありません、この様な技術があるなどと……」
雪だ、カナディルとは比較できないほどの多くの雪が外で舞っている。冬の季節、凍りついた大地が世界を覆い、極寒の世界となる。
カナディルやコンフェデルスと違い、雪が多く、暖炉が欠かせない帝国、その中でも北の方に位置する帝国の首都アールフォード。
パチパチと音を立てながら室内を暖める暖炉の前に、男が二人座りながら話をしている。
「フォールス、と言ったか? さらに外輪船とやらも出した様だが」
「はい、あちらは魔昌蒸気船の応用ですね、たしかに言われれば誰にでも思いつく話ではありますが。ここまでスムーズに開発し、市場に出すレベルに仕上げるとは脅威です」
「応用は?」
「可能です。法外な金額を払っただけありました。十分に技術転用が可能です。帝国独自の魔昌蒸気船を近い内にお目にかけれるかと」
「ふん、一部の無能共は陸続きである事に船の必要性を軽んじている。カナディルが船で攻めてきた時に迎撃出来る必要があるだろうに、愚かもの共が」
「しかたがありません、スイルを属国としてから大陸の資源にばかり目が行っていましたし、カナディルのように島が多くある訳ではありませんから」
帝国は大陸の北半分を占める広大な国家である。一部に湖があり、西にコンフェデルスと隣接している島がある。帝国魔術研究所と言われる巨大な研究施設があるだけで他には研究員の住宅施設が建っているだけの離れ小島だ。
法に触れるような禁忌の実験を行っている事で、一部の高官には有名な施設である。しかし、一般にはただの魔術の利便性を高める施設として伝えられている。
「唯の言い訳に過ぎん、まぁ頭が無能ではなかっただけ良しとするべきだろうな」
「同様に神術兵器部門にもかなりの予算を割いたようですが」
「人工の神降ろしか? 拒絶反応が問題だったはずだが、前の戦争のときに数千と言う犠牲者を出して凍結していなかったか?」
神術兵器部門とは、生まれながらに神の力を持った人間に対抗する為、唯の人が人工的に神の力を身に付ける事を目的とした部門である。
しかし、巨大すぎる神の力に体が付いていけず、全身から血を流し死ぬ者や、爆発したかのように破裂し絶命する者が殆どであった。だが、力を求め続け、狂気に触れた研究者が多くの犠牲者を生み出した。
その数は当時の戦争相手の捕虜から、自国の犯罪者、はては誘拐まで行い数千人まで及んだと言われている。
「えぇ、ですがカナディルに二人加護持ちが生まれた為、かなり過敏になっているようで」
「たしかに加護持ちは脅威だが所詮人、神ではない。数を持てば殺せる話だ。むしろこの魔昌船の様な技術の方が危険だ、誰でも手軽に脅威を持つ可能性が出来るのだ。殆どの人間は加護ばかりに目が行き、そこに気づいていない!」
数千人殺す必要が無く、力を手に入れることが出来る技術は脅威である。そこらの子供が簡単に人を殺せる物を手に入れられる状況になってしまえば、最早世界に安息の場所など無い。
「しかたがありません、前の戦争で加護持ち一人に1万近い犠牲者が出ました。上にいる老人はその時の事が忘れられないのでしょう。所詮船、と侮っている可能性が高いかと」
「老いぼれが、帝国に蔓延る汚物でしかない。しかし資金を出してくれた事には感謝しなければならんな」
「そうですね、来年の中ごろには1号船が出来上がるでしょう。それを見せればある程度は静かになるかと」
開発しているのはなにも船だけの話では無い、応用をする以上は元にした技術を上回る必要がある。それでなければ上を説得する事は出来ない。説得できなければ支援は打ち切られる、特に反対派が少なくない部門なのだ、それなりの物を作り出さなくてはならない。
「期待しているぞ」
「はい、お任せ下さい」
それでは次の件ですが……、と議題は移る、問題は多い、人が生きているその数だけ問題と悩みは発生するのだから。