phase-57 【大剣の作成】
「おう! 坊主来たか! 材料は届いてるぜ。どうやって手に入れたのかはしらんが、これだけ有れば十分だ。最高の物を作ってやるぜ」
場所はブルムさんの工房。アルフを連れて朝一で尋ねた所、すでにアルレ鋼は届いていたようだ。さすがはベルフェモッド、仕事が速く正確だ。
ブルムさんの前には小山になったアルレ鋼が鎮座している。その独特な赤褐色の鋼は室内に入る日差しに反射し、キラキラと輝いている。
「へぇ、これがアルレ鋼なのか、思ってたより凄い赤いな、焼入れすると色が落ちるのか?」
積み上げられたアルレ鋼を見ながらアルフがブルムさんに聞く、確かにそれは俺も思ったところではある。アルフが持っていた剣はもっとくすんだ赤色、いや茶色に近かった。
焼き入れに限らず製作途中で色の変化が起きるのだろうか。刀も波紋が浮かび上がるように変化が起きる可能性はある。
「あん? なんだ鼻垂れ、なんもしらねぇのか。アルレ鋼は品質によって赤みが変わるのさ。こいつは最高品質のアルレ鋼だ、茶色やどす黒い赤は劣化もんだな。まぁそれでも十分な強度はあるんだけどよ」
まったく、最近のやつらは出来上がりしか見ちゃいねぇ、とぼやくブルムさん。
となると、以前のアルフの武器はそれほど良いアルレ鋼を使ってはいなかったと言う事か? 確かにそれもそうか、今回のアルレ鋼ですら金貨で200枚の価値、前の世界基準で言えば2000万だ、流石にそんな物を子供には渡さないだろう。日用品と違って武器は割高ではあるが、それにしても高すぎだ。
む、まてよ……、と言う事は不要な出費だったか……? しまったな、きちんと下調べしたつもりだったが。一生使う物だと思えば良いか、元々の目的は達成出来ている訳だしな。
「へぇ、そうなのか。ってことは前の武器よりも強度が上がるのか?」
「あたりめぇよ、これだけの素材で作り上げた武器を壊す奴が居るとしたら俺がぶっ殺してやる!」
「いやぁ、答えになってないと思うんだが……」
鼻息荒く答えてくるブルムさんにため息を付くアルフ、精々大事に扱うことだ。
「素材のほうが問題ないのなら後はアルフ指示をしておけ、こっちに長期的に居れる訳じゃない。一応後10日は居る予定だから詰めておけよ」
「あぁ、わかった。ブルムさん宜しく頼む!」
「ふん、邪魔だけはするんじゃねぇぞ。後、作業場に入ったらわかってんだろうなっ」
アルフに指示を出した後、返事を返すアルフ、それを見ていたブルムさんが俺に向かって言ってくる。
作業場の注意だ。作業場は彼らにとって聖地、俺ら部外者が立ち入る場所ではない。
「分かってますよ。アルフ、出来上がるものは一級品には間違いない、お前の癖と剣に望むものだけを伝えておけ、それで全て理解してくれる人だ」
細かい指示や調整はアルフには無理だ、それよりは、癖や希望をそのまま伝えたほうが理解してくれる可能性があるだろう。
後は精々柄や鞘あたりを決めるくらいだろうが、ブルムさんの事だアルフに合った物を作ってくれるだろう。
「じゃぁすまんが俺は少し出かけてくる。アルフ、夕方には宿に戻れ。ライラにも伝えてはいるが、お前は勉強も平行してやらないとならないんだからな」
「うぅ……」
さきほどまで輝いていた目は何処へやら、完全に落ち込んでしまったアルフを作業場へ放置し、外へ出た。
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「スオウ、こちらです」
晴れ渡る空の下、蒸し暑い作業場を出てきた後、少し歩いた後、軽食店の店先に出ているテーブルの一つで一人の女性が手を振り此方に声をかけてくる。
「ああ、すまん。先に食べていても良かったのに」
「それも考えましたが、一人で食べても味気ないので」
声をかけてきた女性の傍に行き、返事を返す。女性はスゥイ=エルメロイ、アルフの作業場に行っている間、折角だから人気店の料理を食べに行こうと言う事で、早めに場所取りをして貰っていたのだ。
予定より話は早く終わったが、待たせてしまった事には変わりない。それに店ももう少しで昼、そろそろ店も混み出す時間だ。注文しない客は、煙たがられていたかもしれない。
「じゃあ頼もうか、暑い場所に居たから冷たいものも欲しい所だ」
「それでしたらロロのジュースが出来たてで美味しいそうですよ。先ほど店員さんから紹介を受けました」
「ふぅむ、じゃあそれを一つ頼むかな、あとはこのサンドセットを」
「では私も飲み物は同じものを、食事はこのササラ魚のカルパッチョにしましょうか」
暑い部屋に居たので喉が渇く、冷たい飲み物を希望したい所だったが丁度出来立てで美味しいものがあるとの事、折角だしそれを頼む。
メニューが書かれた一覧表を見ておいしそうなサンドセットを頼み、スゥイを見る。
どうやら彼女は既に決めていたようで、同じ飲み物とササラ魚(前の世界の鮭の様な魚)のカルパッチョを頼んだ。
「ロロのジュースとカルパッチョの組み合わせは微妙じゃないか?」
甘いのとしょっぱめ? 魚介類だし……どうなんだろう。
「そうですか? あまり気にしないのですが、食べてみて微妙でしたら水を頼んで食べ終えた後にジュースを楽しむ事にします」
「まぁ、好みは人それぞれだからなぁ……」
しばらくすると頼んだメニューが机の上を埋めていく。人気店だけあって既に他の席は埋まってしまっている。
盛り付けもさすが、と言ったところか。
食べてみるとなるほど、人気店だけある。好みの差は有るだろうが、10人中9人は美味しいという料理だろう。向かいに座るスゥイも満足したのか嬉しそうな顔で食べている。
「スオウ、武器作成の方は?」
「あぁ、そちらは問題ないな、他家からの横槍も特に無い。材料も無事ブルムさんの所に届いていた。先ほどリーズさんにも会って刻印の件、再度お願いをしておいた。刻む刻印は不滅、これだけを刻む予定だ」
食事をしながらスゥイが話しかけてくる。先ほど行ってきたアルフの武器作りの件だ。期間は予定通り1ヵ月半。高等部試験後、冬休みには取りに行けるだろう。その時落ち込んで行くか、元気一杯で行くかは、これからの彼の頑張り次第ではあるが。
「そうですか、アルフでしたらそれが一番良いでしょうね。例の家からは何か?」
「特に何も、手紙に書いたしな」
アルフには余計な物は必要ない、それはスゥイも同意の様だ、単純に剣としての強さも大事だが、壊れないこと、これこそが求められるものだ。
例の家、レイズ家の件も聞かれたが特に進展もないのでそのまま話す。なにより手紙で今回の件は伝えてある。
「食事をされたのでは?」
不思議に思ったのかスゥイが聞いて来る。
「いいや? 手紙に書いたのはそんな事じゃないさ」
そう、手紙に書いたのは今回のベルフェモッドとの取引内容を伝える事、それともう一つ、アルレ鋼の相場変動状況とアルレ山で雇われている人について、だ。勿論対価は支払っている。
「ばれたら如何するつもりだったんですか……」
あきれた顔で此方を見てくるスゥイ、若干心配も入っている様だが。
「そうしたら次の手があったさ、切り札は常に持っておく事ってね」
「切り札を切るときは?」
「既に切り札では無い時さ」
「ほっほう! なるほどなるほど! おじさん勉強になるよ」
なっはっは、と隣の席に座っていた20も後半に差し掛かったであろう美男子が声をかけてきた。
服装から見るにそれなりに高い身分の人間だろうか、薄みがかった赤い髪と切れ目が高潔な感じを醸し出している。話し方で台無しだが。
最後のほうから此方に注意を向けているようだったのでスゥイがしゃべる内容を気を付けていた様だが、まさか話しに入ってくるとは思わなかった。
「おじさん、と言う年齢でもないように見受けられますが……」
たしかに髭を生やしているので若干年齢が上に見られるかもしれないが、全然若いといえるだろう。お兄さんの領域じゃないだろうか、言わないけど。
「はっはっは、君らから見たら私なんておじさんだろうさ。いやいや、その年でなかなかじゃないか!」
「そんな事はありませんよ、私程度の人間掃いて捨てるほど居るかと」
「謙遜かね少年、謙遜も行き過ぎると嫌味になるぞ、己が力を把握し適量を誇示する。力を示すことも大事なことだ。まぁ、君は分かっていそうだがね」
「いえ、勉強になります。有難う御座います」
腰に手を当て馬鹿笑いをした後、褒めてくる。どうも胡散臭いが、喧嘩を売る必要も無いだろう。適当に受け答えをしておく。
「はっはっは、それなら何よりだ。ではではデート中失礼したね! 後は若い者に任せて去るとするかね」
そう言って颯爽と去っていく男性、そういえば名前も聞かなかったな。だが、どこかで会った様な気もするんだが。
正面を見るとスゥイも同様なのかどこかであった様な、と呟いている。ううん、喉元まで出掛かっているのだが……。
「スオウ……」
「すまん駄目だ思い出せない。最近、いやずいぶん前にも見たような気がするんだが」
「はい、私もどこかで見た気がするのですが、気のせいかも知れませんが」
そう、どこかで、いや絵か……? 肖像画か……? いや、まさか絵にはさほど興味はないし、思い出せん。
スゥイと二人、しばらく出てきたデザートにも手を付けず悩んでいた。
「困ります! 突然居なくなられてはスケジュールが狂ってしまいます!」
手に持った資料をぱらぱらと捲りながら、先ほどの男に向かって叫ぶ30台中盤程の男、執事服に近いような服装をしている。
「はっはっは、すまんすまん、話に聞いていた少年を見つけたものでね。思わず話しかけてしまったよ」
「それにしたって一言申してください、この後の会談も押し気味なのですから!」
怒鳴ってくる男に対して悪びれもせず笑いながら答える赤髪の男、それに対してさらに文句を言ってくる。流石にちょっと悪いと思ったのかそっぽを向き頬を掻いている。
「まいったねぇ、休養が欲しいよ、帰ったらナンナに癒してもらうかな」
はぁ……、とため息を付きながら今は家に居るであろう愛しの妻を思い出す。
「仕事が終わってからでしたらどうぞご自由になさってください。さぁ、行きますよガウェイン様」
待たせていた馬車に秘書がガウェインを押し込む。
彼はガウェイン=ローズ。ローズ家現当主、六家一の若輩者であり。着任と同時に家の掃除、もとい粛清を行い、若干24歳でローズの名を不動の物にした男である。