phase-56 【建築の当主】
「本日お約束させて頂いております、スオウ=フォールスとスゥイ=エルメロイです。エイリーン様はいらっしゃいますでしょうか」
翌日、予定の時間にベルフェモッド家に顔を出す。扉をノックし出てきたメイドに要件を告げる。尚、ライラとアルフは宿で勉強中である。
「お待ち申し上げておりました。エイリーン様は応接室にてお待ちです。ご案内致します」
そう言って、出てきた30程の女性が、付いて来る様に促す。
以前話をした部屋とどうやら違うようだ。前よりも奥の部屋に連れて行かれる。
「此方です。どうぞ」
頭を下げた後、扉をノックし開ける。中にはエイリーン=ベルフェモッドそしてもう一人、70近い老婆が座っていた。
「ふん、見た目は餓鬼どころかおしめも取れてそうにないねぇ、ママは一緒にこなくてよかったのかぃ?」
ふぇっふぇっふぇ、と笑う老婆、おそらく彼女がローザ=ベルフェモッド。
子供のお遊戯場所は此処じゃないよ坊や、と話しかけてくる。
「これは失礼致しました。母は仕事が忙しい様子で来れなかったのですよ。そちらもお孫さんにおしめを付けられるお年ですから、おしめ同士仲良くしませんか?」
くすくすと笑いながら言う。
言った途端部屋の空気が凍る、目が笑っていない。スゥイに合図を送り、いざと言うときは逃げれるようにしておく。
「餓鬼ゃぁ、舐めてんじゃないよっ! あんたの家なんざその気になれば幾らでも潰せるんだよっ! ちょいと上手く行ってるからって調子に乗りすぎじゃないのかぃ!」
ダンッ、と机を叩きつけ吼える。流石は六家の一つベルフェモッド、覇気とはこう言う物なのかと思わせてくれるような圧迫感だ。
「舐めてるのは其方です。私はここに交渉、取引に来ました。遊びに来たわけではありません。遊戯の相手を探されるのでしたら此処で失礼いたします」
表情にはおくびにも出さず返事をする。口には微笑を、目には意志を篭めて。
「生意気な餓鬼だっ! ふざけんじゃないよっ、アルレ鋼なんざ手に入らないような立場にしてくれたって良いんだよっ」
ソファーにどかっと座りながら、指で此方を指し、殺しかねないくらい睨みつけながら言ってくるローザ=ベルフェモッド。
「どうぞご自由に、その際は此方の金貨とご希望の本、他家に行く事になるでしょうがね」
ダンッ、と机の上にほおる金貨の袋、勢い余って数枚袋の口から飛び散る。
「私の目的はアルレ鋼ではありません、ベルフェモッド家と関係を作るのが目的です。ですが、どうやら大きな勘違いをされているようだ。貴方達が私を選んだのでは無い、私が貴方達を選んだのですよ」
私としては別にレイズの関係強化でもかまいませんし? 直接アウロラでも構いませんが? と散らばる金貨には目もくれず話しかける。
睨み付けていた顔がさらに凄みを増す。皺の刻まれた顔、70近いであろう年齢など感じさせない気迫を感じる。
「へぇ……、餓鬼がっ、生意気言ってくれるね。ここで私が好きにしなって言ったらどうすんだい?」
睨みつけていた顔をにやりと笑いに変えながら話しかけてくる。
「くっくっく、まさか、それこそまさかです。商人が怒るのは交渉を有利に運ぶ為、私情で怒る人間など3流です。流れを持って行きたかった事など直ぐにわかる話です。利益が確実に出る話を捨てるとは思えません」
思わず笑いがこみ上げる、唯の餓鬼と思って交渉してくれているのなら助かるが、今回は俺個人を買ってもらうのも含まれている、いつまでも舐めてもらっては困る。
「商人は面子ってもんがある、それを失っちまうと今後の取引に大きな問題が出来る。わかってるんだろ? そいつぁどうすんだい?」
手の平を返し聞いてくる、その目は揺らがない、まさに当主ローザ=ベルフェモッドがそこに居る。
「対価で補う、当然の話でしょう?」
言いながら手に持っていた本を叩く。にやりと笑いかけローザの反応を待つ。じっとりと嘗め回すような目で見てくるローザ。
「対価の価値すら無かったら分かってんだろうね?」
ちらりと本を見た後。ギロリと此方を見てくる。
「価値? 価値すら無いと言いますか。では価値があったらどうされますか? 別に私は此処で帰っても構わないのですよ?」
面子を補うだけで済まない価値があった場合はそれ以上の報酬を頂けるのですよね、と言外に話す。
面子では飯は食えない、プライドでは腹は膨れない。しかし重要なのも当然の話だ、しかしこの場には他の人間が居るわけではない。今後の面子の問題があるとしても所詮フォールス家とは元々関係の薄いベルフェモッド家だ、断絶した所で大きな問題が出来るわけでは無い。
むしろベルフェモッドと繋がることによって、ローザとレイズに臍を曲げられるほうが厄介なのだ。そのため此方の希望通り、もしくは希望以上の条件でない限り手を組む必要は無い。
「ベルフェモッドに喧嘩を売って無事にこの町を出られると思ってんのかい?」
目だけでは無く、声にも凄みが増す。
「子供一人に必死になる六家の御当主ですか。それは恐ろしい、六家の誰かが聞いたら嬉々として突いてくれそうですね」
くっくっく、と、ソファーに深く座りローザに笑いかける。そうなると面白そうですねぇ、と話しながら。
「家から出られない可能性もあるから世の中は怖いんだよ坊や」
「おお、それは恐ろしい、では先日レイズ家の御党首に手紙でお願いしたことはどうやらお流れになりそうです、いやいや残念だ」
明らかに演技が分かる腐った芝居をする。
「おば様、先日レイズ家に訪問しているのは確認が取れていますが……」
エイリーンが横からローザに話しかける。どうやら監視が付いていたようだ。まぁ予想通り、でもあるのだが。
「なに、この後食事の約束をしましてね、食事が出来なければ、まぁこれ以上は言う必要はありませんよね?」
わかりますよね、と視線で話す。
「ふん、60点だね、エイリーン、アルレ鋼を持ってきな」
面白くなさそうに鼻を鳴らし、エイリーンに指示を出す。直ぐに部屋を出て行くエイリーン。やはり既にアルレ鋼は仕入れ済みだったようだ。
「それは残念、暴れるアルフとレイズ家を見てみたかったのですが、ね」
「対価はその本って所かい?」
手に持っている本を指差して言ってくる。さすがに予想できるか、当然だな。
「ええ、私が帰ってこないようならこれと同じものがレイズ家に届く手はずになってました」
もはや特に隠す必要もないので正直に話す。
「ふぇっふぇっふぇ、大人しく交渉すれば良かったんじゃないのかい?」
「一度ぶつかった方が力量を読めるでしょう?」
同様に笑いながら話しかける。それに最初に引き下がっていたらそのまま押し切られていた可能性もある。前の年齢を含めたとしても俺の倍以上生きている人なのだ。念には念を入れた上に、さらに念を入れても良いくらいだ。
「分の悪い賭けだと思うけどねぇ、物だけ貰ってさよなら、って世界でもあるんだよ餓鬼」
孫のエイリーンがアルレ鋼じゃなくて腕利きの殺し屋を連れてくるかもしれないよ? と続けてくる。
「信じていますので」
特に反応も示さず出されていた紅茶を飲む。香りを楽しんだ後カップを置き、そう答える。
「はっ、今日あった人間をかい?」
「いいえ? 商家ベルフェモッド、をです」
今日会った人を信じるつもりなど無い、ならば信じるのはその立場と状況だ。
「ふん、65点だ」
どうやら少しだけ加点してくれたようだ、が。
「これは手厳しい」
本当に手厳しい。
「たしかに、20キロですね。では鍛冶職人のブルムさんへ渡していただけますか?」
交渉後、準備が出来たとの事で、外にでる。
外に出ると小さな小山のように積み上げられているアルレ鋼を確認する。と、同時に配送手配もお願いする。
「分かりました、此方で手配しておきましょう。今日中が宜しいですか?」
エイリーンがそれに答える。
「いや、明日で構いません。その代わり明日の午前中にお願いいたします」
今日はもう夕方だ、今から送られてもブルムさんも困るだろう、明日アルフと一緒に現場で受け取ったほうが良さそうだ。
「分かりました。ではその様に」
頭を下げ、アルレ鋼を運んできた人達に指示を出している。
「おい、餓鬼。前貰った手紙の件だが、あいつぁ裏があんのかい?」
後ろから声を掛けられる。先ほどまで交渉していたローザ=ベルフェモッドだ。
「ありません。あくまで予想です。当たらなければ良いとは思っていますが」
どうやら前回来た時に渡した手紙の件の事の様だ。あくまでも予想の話だったのでそのまま話す。
「ふん、私も耄碌したかね、言われて気づくたぁ、老いぼれたもんだ。餓鬼、私も同じ意見だ、可能性は高い、だが誰かが火種になる必要がある。そいつをどうするかだねぇ」
どうやら彼女も同意見の様だ、となるとさらに確証は高まる。面倒な話にならなければ良いのだが。
「はい、そこまでは流石に……」
「まぁいい、アンタが面白い餓鬼だってのは分かった、けどね忠告してやる。この世界浮気しすぎたら寝首かかれるよ。覚えときな」
首をくいっと掻き切る仕草をした後、にやり、と笑いながら言ってくる。しかし目は笑っていない。やりすぎるな、との事だろう。
「義理人情の世界と言うやつですか?」
「そうさね、正確には義理と人情と金の世界だ、覚えときな」
一番偉いのは金だけどねぇ、と笑うローザ=ベルフェモッド。
「分かりました、ご高説有難う御座います」
出る杭は打たれる。どの世界でも同じ事だ。
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「どうしてお受けしたのですかおばあ様、断っても問題はなかったかと思いますが」
スオウとスゥイが帰った後、当主室で話をするのはエイリーン=ベルフェモッド。先ほどの交渉の件で思うところがあったようだ。
「それに結局金貨は受け取りませんでした。何かお考えが?」
窓の傍で立ち、外を見ているローザ=ベルフェモッドに声をかける。
ローザはゆっくりと振り返り、自分の執務机に向かい机の上にある本を指差して話す。
「一番の理由はこいつだねぇ、この技術は使える。他の家に行かれちゃ困る。今後もこういう技術が出てくる可能性がある以上、繋がりはあったほうが良いだろう」
机の上に置かれているのは、先ほどの取引で手に入れた技術書だ。内容はコンクリートの制作方法と活用方法だ。この技術は応用性が高い、今後の資金源になるだろう。これが他家に行かれるのはまずい、ただでさえローズ、レイズに一歩先に出られている。
どちらもフォールス家と関わってからだ。ならば関係を作っておくべきだ。
「なるほど、そこまでの物ですか」
ほぅ、とため息を付きながら本に目線をやるエイリーン。
「そうさね、それに私を前にしても怯みやしない、面白い餓鬼だ。エイリーンと4歳差かい?」
「はい、確か16歳ですからそうですね」
「あんたを嫁にやって私の下に置きたい所だね、育てがいがありそうだ」
「おばあ様……」
はぁ……、とため息を付き当主、いや祖母を見る。確かに20歳、婚礼期的には良い年頃でもある、が。
「ふん、別に嫌でもないんだろう? 顔は整っている、まぁ多少目つきは悪いが十分だ、身体も鍛えているようだし魔術学院でも優秀な成績と来たもんだ、優良物件じゃぁないか。極めつけはフォールス家のご長男だ、文句なんて無いだろう?」
「彼女に殺されるかもしれませんよ?」
最初に会ったとき、色目や身体を使って交渉をしている際、隣に座っていた彼女の目線が鋭かった。何の反応も示さないあの少年も如何かと思ったが、よりそちらの方が印象深かった。
「スゥイ=エルメロイっていったかい? あの子もなかなかに頭が切れるそうだねぇ、二人そろって手駒にしたい所だったが……」
ふぅむ、と顎に手を当てて考える。スゥイ=エルメロイの調査も学院では優秀であり、頭脳明晰、冷静沈着。今回の取引では人物像は分からなかったが、資料だけで見ると良い物件の様だ。
「噛まれますよ?」
まず確実に、と返してくる孫娘。
「だろうね、それに……」
駒にするよりは彼らの側に居たほうが得をする気がするねぇ、商人としての勘が、ね。