phase-4 【信念の原点】
扉を開けると紙と埃の匂いがする。
【Je l'allume】《明りよ灯せ》
魔術言語にて行使された魔術が形を持ち部屋を照らす。
目の前には整理されているようでされていない乱雑に積み上げられた本の山がある。
書斎の棚にある本は全てあらかた読みつくしてしまった。
今いるのは地下室、本の倉庫とでも言おうか。目の前にはとりあえず集めました、と言わんばかりの本が大量にある。
「集めるだけ集めたら大して読みもしないで満足してしまうのだから役に立たない趣味だよな、ほんと」
ここにいない父親に愚痴を吐き、使えそうな本を探し出す。
魔術理論の本をいくつか、展開理論と地に関する本をいくつか見繕う。
子供の体には重い荷物でもあるが鍛えているのもあり、さほど苦でもない。
役に立たない趣味ではあるが、今現在俺の役に立っているのだから有難い話でもある。
あらかた見繕った所で地下室を出る、魔術によって灯した明かりを消し、じめっとしたまとわり付く空気を置いて階段を上り外に出る。
時間は2時を少し過ぎたあたりか、いまからなら夕飯まで4時間ほど魔術の時間に当てれるだろう。
自室に戻ろうかと思ったが天気も良いので外での読書と洒落込むか
そう思い立ち、足は家の庭に生えている木に取り付けたハンモックへと向かう。
【Vent Rassemblez-vous Ce Du fond Il souffle】《風よ集え、吹き上げろ》
外に出たので積み上げて持っていた本を風の魔術で浮かせる。
「コントロールはイメージに寄る所が大きいな、魔術言語で細かく指示すれば補正は効くが、詠唱が長いと正直無駄が多いし隙になる。一応剣も学んではいるがアルフと共に学んでいるせいかどう考えても才能が無いとしか思えん」
まぁ、あいつを基準として考えることが間違いだ。父親と同じ茶髪の幼馴染を思い出す。
「今もどっかで剣を振ってるんだろうな、熱心な事だ」
さて、俺は俺に出来ることをしないとな。
ハンモックに仰向けに寝転がる。
春ももう終わり、暖かい日差しの中、まだ若干埃臭い本を手に取り読み始めた。
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魔術言語とは属性の指示である。
何をどうやってどうするのか、それを大気中のマナに指示を送る。
その際マナに伝わるように放つ言語が魔術言語である。
細かい指示を魔術言語によって行えば、個人の力量にもよるが指示通り(あるいは近い形)で魔術が行使される。
先にも述べたが行使される威力時間は個人の力量に左右される為、強い魔術を行使する場合力量のある者と無い者では言語数にも差が出てくる。
また、言語内容に関しても簡略化し行使することも可能であるが簡略化した部分は個人の想像力によるところが強い。
常に想像するべきは出来ると信じぬくこと、でもある。
こういう火を出す、こういう力を使う、こういう感じになれ
強い意志力と想像力が魔術を強くするとも言える。
抽象的な表現を記載するのは研究者として甚だ遺憾ではあるが、そうとしか言えないのだから仕方が無い。
また、現実に魔術を見ること、それ相応の力を持った人の魔術を見ることで能力が向上する事もある。
これは、想像がより現実的に見ることが出来、完成形、あるいは過程の結果がより顕著に想像できるからだ。
しかし、此処で気をつけなければならないのは、自分には決して出来ない等と思わないことだ。
魔術は想像力を具現化する、出来ないと一度でも思ってしまうとそこから抜け出すことが出来なくなる。
一度その深みに嵌ってしまうとそう簡単には抜け出せない。
自分の実力、自分の限界を自分で決め付けないこと。
それが魔術を使う上で大事な要素でもあるだろう。
この事から生まれながらに魔術を使えない者は、自分は魔術が使えないと幼い頃から言われ、刷り込みの様に記憶される為に使えなくなるのではないかと筆者は考える。
誕生の際、マナを吸収できないのが原因の一つではあるとは思われるが、生まれた後であれど濃度の差こそあれ、空気中にはマナが大量に含まれているのだ。
生後吸収されたとしてもなんらおかしくは無い、そのため筆者は上記の仮説を立てたのだが実証が難しいのが現状である。
なんにせよ魔術師となる者は想像力と、それを現実に実現させるだけの理論的な言語行使が必要となるだろう。
理論的な言語行使については『よくわかる言語行使Ⅱ これで貴方も一攫千金』を読んで頂ければ分かるかと思われる。
著:魔術理論研究者 ベン=ルードス
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「一攫千金はねーだろーよ……」
思わずやる気が0になった、俺は悪くない。
しかし想像力か、日本に居たときはゲームやら映画でそういったシーンは沢山見てきたからな、その辺もあるのだろうが、しかし使えるわけが無いという先入観もあったはずなのだがその辺はどうなのだろう。
あれか、ご都合主義ってヤツか。
ま、助かってるから別にかまわんが、俺に出来るはずが無いと思う事、か。
なかなかに難しいなこれは、というか既に思ってるしな……。
所詮は本の上の話、これが絶対と言う訳でもないだろうが意識はしておくべきだろう。
「うーん、でもこの一攫千金Ⅱは書庫にあったかなぁ、見た記憶が無いな。しょうがないアルフ拉致って探索と行くか、あいつのチート力があればすぐだろう。」
んっ、と しばらく同じ姿勢で居た為凝り固まった体を解しハンモックを飛び降りる。
「さて、あらかた本は読んだし夕飯まであと1時間と少し、魔術行使の実践練習と行きますかね」
口角を少し吊り上げ、裏庭にある林に目を向ける。
時間は夕方、人も少ない時間帯だ、目撃されることも林の中ならそうは無いだろう。
本を読みながらいくつか考え付いた魔術言語を頭の中でまとめながら林に向かっていった。
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今後冒険者と生きていく、などといった気持ちは正直無い。
未だに修練を積み重ねるのは無いよりあったほうが良いというのもあるが、守るべき者を守るべき時に守るべき力が無いと困るからだ。
この世界の父親と母親は俺をこれ以上無いくらい愛してくれているし、守ってくれている。
どう考えても年齢にあわない発言や行動が多々あると思うのにもかかわらず、変わらず息子として接してくれる。
昔、といってもそろそろ7歳の俺に昔と言う程の過去も無いが、母親に聞いてみたことがある。
貴方の本当の息子じゃないかもしれない と。
そうしたら母は笑って、母親が自分の息子を間違えるわけが無いでしょう、と言われた。
たとえ見た目が同じでも、たとえ見た目が変わっても、母は間違えないものなのよ。
たとえ、貴方が誰かの記憶を持っていたとしても私の息子には変わりないのよ、と。
俺は大きな勘違いをしていた、たとえ前の俺の記憶があろうとなかろうと俺はこの人の息子であり、この人にとって息子なんだろう。
大きいなと思った、きっと今まで出会った中できっと一番大きい、贔屓目に見てるのかもしれないけども大きいなと、心の底から感じた。
だから俺はこの世界で絶対に守るべきことを一つだけ決めた。
この両親を、母親を裏切らない事、悲しませない事、それを、それだけは絶対に守り抜こうと決めた。
もしかしたら殺してしまった、記憶を塗りつぶしてしまった、人格を消し去ってしまったこの人の子。
この先何があろうともそれだけは守り通して見せると、心に誓ったのだ。
守ることが出来なくなってしまったこの体の持ち主の代わりに。
「まぁ、なにより美人だしな、割と重要だよなそこ」
林の中で呟く、さて、さっさと始めないと夕飯の時間になる。
サシル魚は元の世界のホッケに近い味だ、冷めてしまうと途端に味が落ちる、出来立てで食べるべき魚なのだ。
「地に関しては未だ感覚がつかめん、ある程度割り切った上で火を伸ばすか、基礎能力の向上は順次やるとして現状使える力で威力を高める方法が優先だな」
右手を前に出し手の平を上に、半身で構え、先ほど考えた魔術言語を行使する。
【Feu Rassemblez-vous Ma main droite Vent Un tourbillon Le point Mince】《我が友たる火のマナよ集え、我が右手にて収束せよ。我が下僕たる風のマナよ我が道を切り裂きたる剣と化せ》
【Avance Donnez-lui un coup de pied au sujet de】《進め、貫け、蹂躙せよ》
【Une lance du feu】《火炎風槍撃》
――――――――ヒュン
風を切る音が聞こえる、予想より反動が大きく右手が腕ごと後ろに吹き飛ばされる。
――――――――ズドドドォォ……ン……
およそ10メートル先に1メートルほどのクレーターが出来た。
「うーん、威力が高すぎて反動が大きく狙いがずれたか、なにより詠唱時間が長いし微妙だな」
「そもそも一発で体内のマナ殆どふっとんじまった、苦手な火が主軸言語とはいえどもこりゃ使えんなー、もっと効率が良くて詠唱が早い魔術行使じゃないと一般人の俺には使えん」
いわゆるファイアランスと呼ばれる魔術を使った俺は全身の倦怠感からその場で寝転がった。
「とはいえ魔術言語の簡略化は想像力の強化が必要だ、やはり見本を見ないことには急激なレベルアップは見込めないか、とはいえ家庭教師を頼むのもなぁ……」
服が土まみれになるのもなんのその、うんうんと唸るその姿は年相応に見える気がしなくも無い。
しゃべっている内容はどうかと思うが。
それ以外にもいくつかの魔術言語を行使という名の実験をした後、どこぞのトロールが暴れたような林を後に帰路に着いた。