phase-54 【思出の夕日】
小さい子だと7歳、上は20近い人まで編入組みも含め、沢山の人が学院に入ってくる季節。
桜は無いが、どことなく前の世界の入学式を思い出す。
「懐かしい、と言うべきなのだろうな、もう15年、いや16年も経つのだから」
もう、後6年で向こうと同じ時間を過ごした事になるのか、不思議と此方の世界が自分の世界の様な錯覚に見舞われるな。
トロール騒ぎしかり、コンフェデルスの交渉しかり、どう考えてもこの世界のほうが、濃密な時間を過ごしている。
どれも今の所大きな問題は起きてはいない。あえて言うなら自分の怪我くらいかもしれんな。
「スオウ! つっ立っとらんで手伝わんか! ライラが大変では無いか!」
長い金髪を頭の上で団子状に纏め、調理をしやすくしているリリスから声をかけられる。彼女はもっぱら呼び込みだ。
最初は作る気満々だったが、真っ黒いクレープが出来たので却下した、俺が。
髪を団子状に纏めてきた所を見ると諦めてはいないのかも知れない。
「あぁ、今戻る。アルフは如何した?」
リリスと一緒に呼び込み組みであるアルフの姿が見えない。仕事をさぼる様な奴では無い筈だが。
「む、あやつか、先ほど絡んできた生徒何人かをぶちのめして、先生に連れて行かれてたな」
どうやら同年代か少し下くらいの編入生で、女子生徒に絡んでいた所を止めに入ったら絡まれたそうだ。無知と言うのは幸せな事なのかもしれん、いや、本人達は不幸だったか。
「まったく、ぶちのめすのは構わないが、ばれない様にやれよ。後で俺も小言言われるんだぞ」
「安心せい、私はばれん様にやるからな!」
まかせろ、とばかりに胸を張り堂々としている。彼女の場合ばれても本人はあまり言われない。俺が言われる。やってられん……。
「偉そうに言うなよ……」
「スオウ君! そもそもやっちゃだめでしょ! と言うか話してないで手伝って! ほら行くよ!」
いつまでも来ない俺を連れにライラがやってきた。
ぐいぐいと腕を引っ張られる。
「ああ、すまん今行く。リリス呼び込みもあんまり頑張らなくて良いからな。利益目的じゃないんだから無理はするなよー」
あんまり来られても困る、作るのは俺とライラだけなのだ。むしろ手が回らないからって、リリスが作るとか言う事になったら悲惨な事になる。スゥイは絶対面白くなるから、とか言って止め無いだろう。自信を持って言える。
集団食中毒とかになったら俺が怒られるのかなぁ……。怒られるだけで済めば良いんだけども。
リリスが聞いたら絶対怒るような事を考えながらライラに連れて行かれる。
「わかった! 絡まれたらばれないように、だな!」
あぁ! と右手を振り上げ返事をしてくる。満面の笑みは地の美しさもあって、とても綺麗なのだが……。
「ちげぇよ……」
まぁ、いいけど……。隣のライラも疲れた目をしている。ライラ、君がこの中で唯一の良心だ。そのまま、そのまま優しい心のまま育ってくれ、頼むから。
クレープはそもそもパンケーキの一種であり。洋菓子はわりと存在していたこの世界ではすでに存在していた、が、フード的な意味合いが強くデザートでは無かった。そのため果物と生クリームを沢山入れたデザートオンリーのクレープ屋台をやる事にしたのだ。
もちろんこの世界に全く無い訳ではないので、ゲテモノ扱いされる事もないだろう。
ちなみに余談だが、果物やアイスなどを挟んで食べるデザート的なクレープをクレープ・シュクレ。鶏肉や豚肉、野菜などを挟んで食べる軽食的な物をクレープ・サレと言う。
時間があればミルクレープも作ってみるのも良いかもしれないな、と思いながらライラと屋台に戻った。
「俺とライラが居ない10分間程の時間で何があった……」
屋台に着いた途端、俺たちの屋台の前で泣きながらスゥイに土下座している編入生諸君(推定年齢17歳前後)、なにをした、なにをしたんだお前……。
「おや、スオウ、ライラ戻りましたか。彼らには人生の厳しさを伝えただけですよ。何も問題はありません、私は」
お前は、かよ! と心で突っ込みを入れる。何を言ったのか知らんが、ご愁傷様としか言えないな……。ここは聞かない方が良いだろう、主にとばっちりの問題的に。
「スゥちゃん……、一体何したの……?」
聞いちゃうの!? ライラさん! 聞いちゃうんですか! そこ駄目でしょう、幼馴染なんだから分かるでしょう!
「いえ、大した事は……、彼らの身体的特徴を事細やかに侮辱した後に、人間性の否定と能力値の低さを嘲笑って、私特製のタバスコクレープを無理やり口に捻じ込んだだけです。ええ、本当にそれしかしてませんよ。不思議ですね」
何してくれちゃってんの!! ちょっと! あんた!! この屋台潰す気ですか! そんな子じゃなかったよね、なかったよね!
「スゥちゃんそれはちょっと……」
「何を言っているのですか、行き成りナンパしてきた挙句、断ったら馬鹿にしてきたのですよ。どうやらアルフに叩きのめされた人達だったようで、関係者だと知ると、まぁそれは素晴らしいくらいに言ってくれました」
「スゥちゃん……、スオウ君お願い、後お願い……」
そこで振るのかよ……。
「まぁ、な、スゥイ」
「なんでしょう」
「ばれないようにやれ、お前なら出来るだろう?」
先ほどリリスにも言った事を伝える。そう、これが真理、これこそが大事な事だ。
「そうでした、申し訳ありません。次は気をつけます」
はっとした顔をした後、申し訳なさそうな顔をして謝ってくるスゥイ。分かってくれれば良いんだ。
「そうじゃ……、うん、もういいよ。私クレープ焼いてくるね……」
ふふ……ふふふ、と笑っていたのは見なかったことにしよう。現実とはかくも厳しいものなのだ。
そんなこんなで先生に絞られたアルフも後から合流し、新入生相手の商売、では無いな、思い出作りが始まった。
そういえば高校生の時も大学生の時もバイト三昧であまりこういう経験は無かったな、両親は既に他界していたし、学費は自分で稼いでいたから……。
こっちに来たせいで墓参り出来なくなっちゃったな。こういうのは気持ちの問題なのかも知れないけど、俺が居ないとなると誰か墓の草むしりしてくれているだろうか。住職さんやってくれてるかなぁ。あの人も結構な年だった気がしたが。
なんだかこっちに来ても訓練やら勉強やら商売の事やらで休む暇があまり無かったのだろうか、俺としては楽しんでいたのだけども。しかし、そろそろ40にもなるのに屋台でクレープ焼くことになるとはなぁ、いや、でもこれは夏祭りとかで屋台をやっているおっちゃんを思い出すな。
小学生の頃、前の世界の親父とお袋が生きていた頃行ったな……。たこ焼きやのおっちゃん今も元気にやってるだろうか。
「……オウ? スオウ? どうしたのですか?」
急に意識が戻される、音が戻ってきて喧騒が聞こえてくる。
「あ、あぁ。すまん。ちょっと考え事してた」
どうやら完全に上の空になっていたようだ。まいった、本当に疲れているのだろうか。
「そうですか? それなら良いのですが……」
心配そうな目で此方を見てくるスゥイ、そんなに心配させるような顔をしていたのだろうか。
「なんだ、そんな変な顔していたか?」
「いえ、顔はいつもどおり腑抜けていましたが……」
少し考え込むしぐさをした後、答えてくる。
「腑抜けとは失礼な奴だな」
前も言われたような気がするが、何を持って腑抜けなのだ。
「どこか、違う物を見ているような、そんな気がしただけです。いえ、気のせいかもしれません」
こちらをじっと見ながら言ってくる。黒い目が此方を見ている。綺麗に整った顔、彼女ももう16歳だ、本当に見違えるようになった。いや、最初からその片鱗は持っていたか……。
この子の成長は俺がこの世界にいた証でもあるのだろうか、アルフもライラも、リリスはまぁあってまだ短いが、皆大きくなった。
それだけ俺がこの世界に居ると言う事だ、存在しているという事だ。子供の成長を見る、というのはこう言う事なのだろうか。まだ結婚もしていないのに変な話だ。
「む、そうだったか。うーん、ぼーっとしてたのは確かだけどな」
とりあえず適当にはぐらかす。
「そうですか、でしたら良いのですが。いえ、良くありません。早くクレープを裏返してください、焦げてしまいます」
「うお、すまん」
慌ててクレープを裏返す、どうやら焦げずに済んだようだ。
「いやー、思ったより好評だったな! 客引きしたかいがあったぜ!」
歓迎会も終わり、屋台の片付け最中。アルフが話しかけてくる。
「途中3回ほど先生に呼ばれていたのは誰だった……」
じと目でアルフを見る、客引きしたのはもっぱらリリスだ!
「うっ……」
目を逸らすアルフ、どうやら多少は悪いと思っているようだ。
「そうだぞアルフ、スオウが口を酸っぱく言っていただろう、ばれるな、と!」
まったく、困ったものだ、とリリスが腕を組みながら言う。
「リリちゃん、それ大きな声で言う事じゃないから……」
というか言いだしっぺのスオウ君が収拾つけてよね! とばかりに此方を見てくる。なんだと……。ついにライラまで、俺に厄介ごとを投げる様になったと言うのかっ!
「集計結果が出ましたよ、銀貨で12枚の利益ですね。まぁ上々でしょう」
スゥイが収益金を持ってきて話す。殆ど利益度外視だったし、それだけ儲けが出たのなら十分だろう。
「そんなもんなのか……。やっぱ魔獣狩ってたほうがはええな」
スオウの家が商売ですげぇ稼いでるから、結構いけるかと思ったんだけどなー、と呟いている。
「当たり前だ、こういう薄利多売の商品は数こなして稼ぐ代物だ。日にちも限られているし、見込める顧客数も限られている。大量入荷で原価も下げれないし当然の結果だ」
「まぁ、うん、なんだ、よくわからん!」
はっはっは、と笑いながら返してきたアルフ。お前高等部に進級できるのか本当に……。
「言った俺が馬鹿だったよ……」
俺だけでなくスゥイやライラ、リリスまでじと目でアルフを見ている。
「あぶく銭ってわけじゃないが、銀貨12枚分けたところでたかが知れてるし、この後この金でどこか皆で食べに行くか」
「それも良いですね。ライラとリリスは如何します?」
スゥイがライラとリリスに声をかける。
「私はそれで構わんぞ、元々皆でやって見たかっただけだからの」
頷きながら返す。皇女である彼女は、学院でしかこういった事はやり難いだろう。完全王制と言うわけではないが、王政ではあるのだ。立場的な問題もあるだろう。
「私もそれでいいよ~、クレープ以外の物なら何でも!」
クレープは暫くいいや、と、笑いながら言っている。たしかに俺も暫くクレープはいらんな……。
「アルフもいいだろ?」
皆にじと目で見られて少しへこんでいたアルフに声をかける。
「あぁ、もちろんだ、肉が食いてぇな。食べ過ぎたわけじゃないが、甘い物ばっかり見てたから違う物を希望する!」
うんざりした顔で言ってくる。俺は甘いものは全然平気なのだがアルフは若干苦手なようだ。だが餡子などの和菓子系は好きらしい。生クリームが胸焼けすると話していたことがあるのでその辺だろう。
夕日もそろそろ沈む、祭りも終わりだ。
さぁ、次は夏、アルレ鋼の交渉が待っている。ローズ家にレイズ家にベルフェモッド家、名家との駆け引きが始まる。
特に最近はレイズ家と疎遠気味だ、何か送っておくべきかもしれんが、あそこはローズ家寄りだ。出来れば勢力が違う所に顔を売っておきたい。
そして最終的には自分の勢力を持てれば……。
まぁ、いい……。しばらくはこの幸せな時間を楽しむとしよう。
前の世界と変わらない赤い夕日、少しずつ少しずつ地平線へ沈んでいくのを目を細め、懐かしげに見ていた。