phase-52 【資金の調達】
「ふん、その顔を見ると、丸め込むのは無理だったかい」
当主の部屋に報告に来た孫、エイリーン=ベルフェモットを見て話す、高齢の女性、ローザ=ベルフェモッド。
書き物をしていた手を止め、ペンを置く。
「はい、すみません、おばあ様。しかし此処まで胸元を開いたのに、何も思われないというのはそれはそれで自信を無くします」
自分の開いた服から見える谷間を覗きながら言う。その顔はどこか悲しそうだ。
「態々女性のツレを連れてくる当たり、その辺も考えているようだね。丸め込めるとは正直思って居なかったから、別に良いんだよ。しかし、15歳か……、面倒だね」
「ですが、優秀なのは間違いありません。本の件によってはフォールス家と協力関係になるのも良いかと。もちろん表立っては無理ですが」
それと彼、個人との関係も望んでいるようでしたが。と続けるエイリーン
「ほぅ、面白い事を言うね。へぇ……、まぁ、いいだろう。フォールス家と表立って関係を結ぶと、ローズの奴らと事を構える可能性がある。それも手の一つとしては良いかもしれないね。アルレ鋼はエイリーン、アンタが準備しときな。期間は多めに取ったんだろう?」
少し考えた後、答えてくる。スオウ個人と関係を結ぶにしても、ローズ家を刺激する可能性がある。しかし、フォールス家と直接繋がるよりは、まだ良いだろう。どちらを選ぶにせよ表立って大々的に、とはいかないが。
「ええ、もちろんですおばあ様。それと……、此方をおばあ様に渡してくれと、スオウ様からです」
懐から先ほどスオウから貰った手紙を渡す。
「手紙だってぇ? どれ、それなりに楽しませてくれる内容なんだろうね」
ふん、と鼻を鳴らし乱暴に手紙を取る。机の引き出しからペーパーナイフを取り出し封を切る。
中にはいっているのは白紙の紙が一枚と数行の文字が書かれた紙が一枚。その内容を流し読みする。
「こいつぁ……、なるほどねぇ……」
皺の刻まれた手を顎に当て、笑みを浮かべる。
なるほど、なるほど。これは優秀かもしれない、あまり下に見るとこっちが喰われちまうねぇ……。
「どうされましたか、おばあ様」
珍しく機嫌の良い祖母に、疑問を覚え聞いて見る。
「大した事じゃぁないさ、しかしスオウ=フォールスかい。これが本当の話なら、個人と手を組むのも悪くないかもしれないねぇ」
ひゃっひゃっひゃ、と笑い、スオウが出て行ったであろう先を窓から見る。その顔は笑みで溢れていた。
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とある村の傍の森、その奥
「うりゃぁぁあああっ」
森の中で動き回っているのはアルフロッド=ロイル、スオウから渡された手配書を処理している最中である。
以前の大剣程では無いにしても、そこそこの長さと太さを備えた剣を振るう。標的はファング。狼の様な形状をし、鋭い爪を持っている。多数で出現するその魔獣は油断すると、組織立った行動によって一方的に嬲られる可能性がある。相手が普通の戦士だったら、だが。
剣閃が走る、止まる事を知らないその剣は、標的を切り裂き両断する。標的は切られた事に気づいていないのか、数歩歩いた後、半分に別れ絶命した。
「ふぅ、これで此処の分は終わりだな。しかし予想以上に魔獣が流れてきてるな。トロールキングのせいで住処を追われた魔獣が此方まで流れてきたのか」
となると、スイルやカナディルはもっと大量の魔獣が流れている可能性があるな。と考える。その通り、今現在スイルとカナディルでは同様の討伐依頼が増えており、一部では軍が出ている箇所もある。
十数匹居たファングを数十分で始末を付け、討伐の証拠となる爪を剥ぎ取る。
「金を稼ぎたいのは山々だが、他人の不幸の上で得られるとなると複雑だな。我侭を言っている場合ではないのは分かってはいるが……」
悩んでいても仕方が無い、と気合を入れ。次の手配書に書かれている場所に向かって走り出した。
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1週間後
「スオウ! こっちだ! おーい!」
以前分かれた広場に大声が響く、目を向けるとアルフが此方を向き手を振っている。
「無事合流できたか、結果はどうだった?」
アルフの方へ向かい、話しかける。顔からして全く駄目だったという感じではなさそうだが。
「へっへっへ、聞いて驚くな! 冒険者ランクがCランクに上がったぜ! 討伐依頼を短期間で大量に処理したからな、そこが認められたそうだ!」
ギルドタグを見せながら言ってくるアルフ、たしかに右上のランクがC表記になっている。
「おお、それはおめでとう。となると受けれる物も大分幅が広がるな、それは朗報だ。それでいくら稼げたんだ?」
となると討伐系も受けれる物がまた変わるな、稼ぎの効率もまた良くなるかもしれない。
俺もランクを上げておいたほうが良いかもしれないな、BやAは無理だろうがC当たりなら直ぐのはずだ。資格も多いに越した事は無い。スゥイとライラにも声をかけておくか。リリスは……、本人はともかく国がなんて言うか、カナディル国内なら問題ないだろうか。
「いや、その、うーん……、正直金は微妙だ、金貨7枚と銀貨が20枚、普通の冒険者なら十分の稼ぎなんだろうがアルレ鋼となると……」
困った顔をして答えてくるアルフ、だが予想以上の稼ぎだ。休み期間中とはいえ、この結果なら来年の夏までにはそこそこ溜まりそうだな。
ちなみに平均的な家庭だと1ヶ月の収入は金貨で2枚~3枚程度だ。もちろん給与として支給する場合、金貨では換金する必要があるため銀貨、もしくは換金所(銀行の様な所)で交換してくれる手形が渡されるが。
尚、金貨は1枚約10万くらいのイメージが良いだろう。もちろん物価や商品価値の違うこの世界では一概に当てはまる訳ではないのだが。
銀貨は100枚で1枚の金貨、銅貨は10枚で1枚の銀貨となる。棒貨と呼ばれる棒状の貨幣がその下にくるが、割愛する。
「1週間でそれなら上出来だ、アルレ鋼はどちらにせよ来年の夏にならないと手に入らない。それまで金稼ぎだな。ツテは出来たから頑張れ」
アルフの肩を叩きながら言う、そうだ君の頑張り次第だ、頑張れアルフ。
「お、おう! 有難うよ! それでいくら稼げば良いんだ?」
そう言えばそこを知らなかったぜ、と聞いて来るアルフ。
様子から見るに、わりと楽観視しているようだ。
「200枚だ」
現実を告げてやる。
「え……?」
固まるアルフ、どうやら現実を脳が認めていないようだ。
「金貨で200枚だ、頑張れ」
もう一度、分かりやすく言ってやる。
「ま、まじか……」
崩れ落ちそうなほど落ち込むアルフ、というかこいつ最高峰の材料をそんな安く買えるとでも思っていたのか?
「1週間で7枚なら、1ヶ月で28枚、いや頑張って30枚。7ヶ月で集まるぞ、良かったな」
7ヶ月なら夏までに間に合う、十分な期間があるじゃないかアルフ。
「馬鹿野郎! 1週間、駆けずり回っての話だ! 学院もあるのにそんなに稼げるか!」
怒鳴られる。まぁ当然の話だな、一応考えてる様だ。
「まぁ、そうだろうな。一応その辺も考えてはいる。が、資金が多ければ多いほうが有利な交渉が出来るんでな、出来るだけ稼いでくれ。実戦経験も兼ねて俺もやるしな」
経験を積む必要があるのは前々から思っていた事だ。コンフェデルスでも思ったがトロールキングの件で討伐依頼が増えている。不謹慎かもしれないが、これを有効活用させてもらおう。残りの休暇は、実家に戻りながら道中の町の討伐依頼をこなし、が良いだろうな。
「む、そうかわかった。だがスオウ、お前が稼いだ分はお前が使え、そこまで甘えるわけにはいかねぇ」
急に深刻な顔をして言ってくるアルフ。気を使ってくれるのは有り難いのだが、な。
「お前の武器が充実していなかったから、で俺にまで被害が来るのは困るんだ。さっさと揃えて、その後返せ」
即答で断る。気持ちは分からなくは無いが、それで誰かがまた、怪我をするのは本当に間抜な話だ。
戦いに身を置く事になる場合、怪我をするのは当然の話ではあるが、準備不足で怪我をするのは悔やんでも悔やみきれん。
「ぐ……」
まだ納得がいっていない様だ、いや、頭では分かってはいるのだろうが。
「別に家の力を使うわけじゃないさ、俺が個人で稼いだ金だし、なにより俺の目的は実戦経験の充実だ、俺の目的を達成できてお前にもメリットがある。それで良いじゃないか。なんなら3倍返しにしてくれても良いぞ」
金に困っている訳ではない、もちろんあるに越した事はないが優先順位はアルフの剣が最優先だろう。
「いいぜ! わかった、じゃあ3倍返しにして返してやる!」
どうやら冗談で言った3倍返しに乗ってきたようだ。俺個人としては有り難いので別にいいのだが。
カナディル方面の馬車が来たので3人で乗り込む、いくつかの町を経由するとしてもう1週間程掛かると思ったほうが良い。実家には1週間も滞在できないかもしれないな。
心の中で両親に謝罪する。トロールキングの件が終わってからまだ数ヶ月なのにあまり顔を出せず申し訳ない、と。
その後、1週間では無く、10日程かけて実家に帰省。討伐依頼を殆どこなし、スオウ、スゥイ共に冒険者ランクがCに変更された。
酷使しすぎて剣が折れてしまったアルフ。学院にどう言い訳するのか楽しみでもある。