phase-51 【交渉の淑女】
城、いや、城ではない。しかし、そう言ってもおかしくない位の豪邸が、目の前に建っている。
ベルフェモッド家の本邸だそうだ、別邸もあるのか、とんでもねぇな。と思ったのは此処だけの話にしておこう。
「ようこそいらっしゃいました、スオウ=フォールス様とスゥイ=エルメロイ様ですね。私、エイリーン=ベルフェモッドと申します、本日はお忙しい所お時間頂き、誠に有難う御座います」
肩より下で切りそろえた薄い金髪、眼鏡をかけており、大きく胸元が開いた服を着た女性が声をかけてきた。どうやら彼女が案内人の様だ。
「いえ、こちらこそお忙しい所有難う御座います」
頭を下げて礼を言う、さて、どんな話をしてくれるのか。
「では、お部屋へご案内致します。此方へどうぞ」
前を歩いていくエイリーン=ベルフェモッド、どうやら彼女が相手をするのか?たしか孫だったはずだが、当主の考えではないのか?
暫く歩くとおよそ20畳はあるであろう大きな応接室に案内される。周りに置いてある調度品はどれも高級品だろう、アンティーク系の物もあるようだがおそらくそれも、だ。
「どうぞお座り下さい、今メイドが紅茶を淹れますので」
此方に微笑みかけながらソファーに座るよう手で促し、話をしてくる。さて、どんな話が出てくるやら。
紅茶が人数分で揃った所で話が始まる。
「スオウ=フォールス様、お会いできて光栄ですわ。今やフォールス家と言えば、造船業界と菓子業界で知らぬ者は居ない存在ですから」
足を揃え座りながら頭を下げてくる。そして上げた顔は微笑みであり、目は此方の目から逸らさない。
「申し訳有りませんが、あくまでそれは私個人の功績ではありませんので。父と母にそのままお伝えしておきます」
此方も頭を下げ、目を見る。眼鏡の奥にある瞳が何を映しているのか。
とりあえず言われた事に対する返事と、両親には伝える旨を話す。
「そうですか、それで、この連盟にはどういったご用件で? 私どもが力になれることがあれば言って頂ければと思うのですが」
特に気を悪くした感じにも見えず、紅茶をどうぞ、と勧めてくる。
エイリーンの手は変わらず膝の上に置かれており、此方に望みがないか聞いて来ている。
「ふむ、望みですか、では、一つだけアルレ鋼ご用意できますか?」
少し考えて伝える、紅茶には手を付けないままで。
「お幾つ御必要でしょうか?」
「そうですね20キロほど有れば十分です、もちろんアルレ鋼で20キロですが」
こびりついた土や不純物も含めての20キロでは困るのだ。
「ふむ、でしたら金貨で200枚程になりますが、ご用意は?」
少し考えた後答えてくる。金貨200枚なら先ほどのローズ家と然程変わらない価格だ、一塊500gで考えれば、の話だが。
「無い」
取引は正直どちらでも良い話だ、目的が何かを知りたい。即答しエルレーンを見る。
「おやおや、それでは申し訳ありませんがお売りする事は出来ませんね」
手を口に当て、困りましたねぇ、と言ってくる。
「そうだな、お金がなければ買う事は出来ない。残念だ。で、どうすれば貰えるので?」
上質な羽毛を使っているのか、毛皮を使っているのか柔らかなソファーに背を預け、手を広げて聞く。目は逸らさずにエイリーンを見続ける。
「スオウ様、ですから金貨を200枚程……」
困った顔をして答えてくる、その目は揺るがなく此方を見てくる。
「くだらない駆け引きは必要ない、どうすれば良いんだ?」
そんな話はするな、と手を振り払い。少し怒ったような声を出して言う。
「駆け引きとはまた、私どもはご協力できる事があると思いまして声をかけたまでで」
「なるほど、ね。では話は終わりだ、失礼する。スゥイ帰るぞ」
話は終わりだ、とまでに席を立つ。隣のスゥイに声をかけ帰る準備をする。
「はい」
スゥイも同様に立ち上がる。
「お待ち下さい、ベルフェモッド家を前にその発言、どういうおつもりですか」
エイリーンが声をかけてくる、目は此方を射抜くかのごとく鋭く、目の置くには若干の怒りが見える。しかし表情は微笑んでいる。流石は、と言った所か。
「アンタでは話にならんな、演技なら大した物だが。俺を此処に呼んだのは唯、取引したかっただけなのか? それならローズ家で十分、これ以上話すことは無い」
立っている為、見下ろす形で話す。腕は大仰に仰ぎ、振り払う。話すことは無い、と笑いながら話す。
「なるほど、これは失礼致しました」
くすくすと笑いながら話しかけてくる、その顔は本当に愉快だとでも言うかのように笑みで満たされている。
「お座り下さい、そちらも六家と事を構えるつもりはないのでしょう」
入ってきたときと同様に手でソファーを示し、言う。
いまだくすくすと笑ってはいるが。
「えぇ、勿論です。私の力はとても微弱ですから、ね」
同様に笑いかけ座りなおす、紅茶に手を伸ばし一口飲む。どうやらここの紅茶も、美味しいようだ。
「では、此方としてはフォールス家との繋がりが欲しいと言う事、そしてレイズ家に渡した本、あれに類似する物を私達にも渡して頂きたい。この2点です」
もちろんこれだけでお譲りするつもりはないですが、と続ける。
まぁ、おそらく内容次第と言った所だろう。あとは利益がどれだけ出るかを正確な数字で出せれば、と言った所か。
「そうか、じゃあ俺としては、俺個人との繋がりとアルレ鋼が欲しい、と言っておこうか」
アウロラの状況なども聞きたいが、ここで切るべき手札ではないな。
「スオウ様個人とでしょうか? 申し訳ありませんがそれは難しいでしょうね」
お分かりだとは思いますけどね? と微笑みながら此方を見てくる。
「あぁ、構わないよ、そう思ってると伝われば良いさ」
ローザ=ベルフェモッドにね、心の中で呟く。
「それで、如何でしょうか」
「どうだろうね、本は商人から買っている物だから、来年の夏頃になればもしかしたら出てくるかもしれないね」
少し悩み答える。おそらく情報は殆ど知られていると思っても良いかもしれないな、此方の話に付き合ってくれている段階で確信している可能性が半々、か。他の3家に比べたら優秀な可能性が高いな、事前情報とほぼ変わりなし、と言ったところか。
「そうですか、むしろそちらの方が助かりますね、アルレ鋼も直ぐ集まるものではありませんので」
此方の意味する所を理解したのか、頷き答えてくる。後はベルフェモッド家と近づく事によってローズ家に不満を感じさせてしまう事だが……。
「それとフォールス家との繋がりは両親とやってくれ、俺個人の判断では無理だ」
そちらは両親に任せる事にするか、あくまで個人の話はしたしな。
「そうですか、ではその様に」
頷き返す、そしてその後他愛のない雑談を挟み、スゥイから合図を受ける。丁度1時間経った様だ。
「すみません、話に夢中になってしまいましたね、もう一つお願いがありました。ローザ様にこの手紙を渡してもらえないでしょうか?」
懐から手紙を出す、見た目は質素な紙だが、わかる人にはわかる程度には上等な紙を使用している。
机の上に置き、エイリーンさんの前に差し出す。
「手紙……、ですか?」
不思議な顔をして此方を見てくる。
「えぇ、お願いいたします」
封を貴方が切るかどうかはお任せしますよ、と続ける。
「分かりました、確かに。スオウ様この後のお時間は?」
一瞬眉を潜めたが、手紙を机の上に置いたままで此方に声をかけてくる。
「すみません、これから行く所があるので、これで失礼させて頂きます」
「そうですか、ではまたの機会に」
「では、お招き頂き有難う御座いました」
スゥイと共に頭を下げ退室する。扉が閉まる瞬間までエイリーンは此方を見ていた。
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「スオウ、手紙には何を?」
先ほど出した手紙が気になったのかベルフェモッドの屋敷を出た後、スゥイから質問を受ける。
「ただの懸念さ、気にしすぎの話であれば問題ない、がそうでなかった場合恩を売れる可能性がある」
「恩、ですか?」
不思議な顔をして此方を見上げてくる、そういえば俺もずいぶん背が伸びた。
こんな時に改めて気づくのもなんだが、昔はスゥイと背が殆ど変わらなかったのにな……。
「あぁ、まぁ……、あたらない事を願うばかりではある、が。何にせよアルレ鋼の目処は立った、あとはアルフがどのくらい稼げるかによるな」
「そうですか、アルフの事ですから討伐系なら直ぐに終わらせるでしょう、カナディルとスメルでも同様の依頼をこなせば、それでも200枚はどう考えても無理ですが」
その辺はどう考えているのですか? と聞いて来る。
「どのくらい稼げたかによって出す物も変える予定だ、その辺はうまく匙加減するさ」
本の内容から渡す技術を選んで、あとは此方に恩を感じてくれる、もしくは敵に回すと面倒だと感じさせれる程度の物が適切だ。
既にフォールス家の名は大きなものとなり、ローズ家との繋がり、そしてレイズ家との繋がりがある。これでベルフェモッドも抱き込めばコンフェデルスとカナディルにおいて彼ら、アルフとリリス、ライラ、スゥイを守れるはずだ。勿論絶対では無い、彼らとてメリットがデメリットを下回ればどうなるか分からない。
「わかりました。では手紙の件、後ほど教えて頂けますか?」
「すまないが内緒だ、唯の懸念に過ぎないからな、俺の考え過ぎかもしれん」
「納得は行きませんが分かりました、スオウが言うならそれも必要な事なのでしょう」
むぅ、と少し怒った顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻り、仕方が無い、と言った顔になる。
「そこまで買いかぶられても困るんだが、な」
そんなスゥイがどこか微笑ましく、そして少し申し訳無く思った。