phase-50 【建築の接触】
「ご無沙汰しておりますナンナ様」
場所はローズ家、応接室で当主の妻ナンナ=アルナス=ローズと対面する。
隣にはスゥイが座る、ナンナ様の後ろには以前も会った執事が控えている。
「ええ、お久しぶりですスオウさん、スゥイさん、お互い見違えるかのように成長されたようで何よりですわ」
微笑みながら此方を見てくるナンナ=アルナス=ローズ、どうやら船の流通も問題なく行われているようだ。
「突然のご訪問となってしまった事、まず謝罪申し上げます。そして今回、ご訪問致しました理由は、アルレ火山の件でして……」
頭を下げ謝罪をする、忙しい中作ってもらった時間だ、当主では無いにしても彼女もそれなりに忙しいはず。早急に目的も告げる。
「アルレ火山ですか、どういった内容でしょうか?」
執事が淹れた紅茶に口を付け聞いて来る。その仕草は一つ一つ取っても精錬されている。
「ええ、実はアルレ火山で取れる鉱石が必要でして、アレは取りに行ける物なのでしょうか? もし購入するとしたらお幾ら位でしょうか?」
ナンナ様の顔を伺う、その顔は薄い微笑を浮かべたままだ。
「そうですわね、取りに行くとなりますとアウロラ家の許可が必要です、ですが……、許可を得たとしても採掘は難しいでしょう」
眉を潜め答える、許可を取る事ではなくそれ以外に問題がありそうだ。
「どう言う事でしょうか?」
「管理者はアウロラ家ですけども、実際に採掘しているのは委託を受けている子会社です。そこの作業者に直接許可を得ないと難しいでしょう、素人がいきなり現場に入ってくるのです、まず良い顔はされないでしょう」
アウロラ家も許可を出すとしても何らかの対価を要求するでしょうしね、と続ける。
「まぁ、そうでしょうね。ふむ……。では、単刀直入に申し上げます。アウロラ家に交渉に行ったほうが宜しいでしょうか? それとも私は此処にいたほうが宜しいでしょうか?」
ナンナ様の目を真っ直ぐ見つめて聞く、揺らがない目は此方を見ている、いや、俺を見ていない?
「ふふふ、そうですわね、直接行って頂いても結構ですが門前払いの可能性が高いですよ?」
紅茶を一口飲み答えてくる、ルージュを塗っているのか艶やかな唇が妖艶に笑う。
「なるほど、フォールス家の長男として行っても難しいですか」
念のため再度確認する、名を使っても難しいかどうか、と。
「えぇ、おそらくは、ですけどね?」
微笑み答えられる、となるとおそらくは……。
「そうですか、わかりました、尚、購入するとしたらお幾らでしょうか?」
頭を切り替え購入の場合を聞いて見る、後ろに立っていた執事が資料を渡す、相場表だろうか。
「そうですわね、1塊金貨で5枚当たりかしらね」
頬に手を当て少し考えた後答えてくる。
「なるほど……、良く分かりました参考にさせて頂きます」
頷き答える、先ほど町で聞いた価格より若干安い、フォールス家だからか、ローズ家だからかは不明だが。いや、町の相場を確認している事など分かっているはずだ、それ以外の理由、善意で取れば船の件でお世話になっているから、だろうが。
「ええ、もしご必要でしたらご用意致しますよ?」
資料から目を離しこちらを見て聞いて来る。
「はい、有難う御座います。ですが必要になるのはまだ先の話ですので此処までで十分です」
何よりこれだけの大金、さきほどアルフに渡した手配書だけではとてもじゃないが足りないだろう。
「あら、そうかしら? わかったわ」
あっさりと引き下がる、予想済みだったようだ。資料を後ろに控えている執事に返している。
「しかしナンナ様もお美しいままですね、いえ、より一層美しくなられたと言うべきですか?」
出された紅茶を飲み一言かける、少し驚いた顔をして微笑んでくる。
「あらあら、煽てても値段は変わらないわよ?」
くすくすと笑い、頬に手を当てる、リリスを大人しくさせたらこんな感じなのかもしれない。しかし彼女はどうもイメージできない、いや悪い意味ではないのだが。
「もちろんですよ、その様な事で値段を下げられたら逆に困ってしまいますから」
もう一口紅茶を飲む、どこの葉だろうか、なかなかに美味しい家でも仕入れているかもしれないな。
「うふふ、そうよね。あら、ごめんなさいちょっと仕事が入ったみたいなの。茶菓子も出しますからゆっくりして言って頂戴。妹の話も聞きたかったから今日は此処に泊まって行くと良いわ」
扉がノックされ、メイドの女性が入ってくる。後ろに控えていた執事が直ぐに扉の前に行き話を聞く、その後ナンナ様の方を見て何か合図を送った。
それを見たナンナ様が、飲んでいた紅茶を机の上に置き、話して来る。どうやら緊急の仕事の様だ。
「何から何まで申し訳ありません、お言葉に甘えさせて頂きます」
部屋の準備も既に終わっているようだ、予想通りでもあったが……。
「それじゃぁ、ごめんなさいね」
軽く頭を下げて部屋を退室する。
退室後、執事の方が声をかけてくる。部屋のご案内を致します、そちらで紅茶と茶菓子を振舞いましょうとの事だ。
特に反対する必要も無く、部屋に案内された。
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「さて、スゥイ、執事の様子はどうだった?」
客室に案内された後、茶菓子が振舞われた。少し長旅で疲れたから休みたいと執事にお願いし、スゥイと二人きりになり先ほどの件の話をする。
「特に変化は見られませんでしたね、スオウも分かってはいるとは思いますがそんな簡単に顔に出すとは思われませんが」
紅茶を飲みながら答えるスゥイ、なんか何処と無く機嫌が悪い、何かしただろうか……。
「まぁ、な……、しかしああまで露骨にアウロラに行くな、と言われるとは思わなかったが」
明確には言われなかったが間違い無いだろう、しかし理由が分からない、予想できるのはアウロラ家とフォールス家の繋がりが出来るのが嫌である、もしくはアウロラ家に問題があり繋がりがあるフォールス家まで影響を受けてローズ家に影響を及ぼすのを避ける為……、か?
「そうですね、ローズ家として、でしょうか? それともなにか都合が悪い理由が?」
「完全に家への不利益があるのなら正直に話すだろう、が、おそらくは……」
まさか……、とは思うが。いや、これはまだ予想に過ぎない。情報を集めておくか、父上にも話をしておこう。
「どういう事ですか?」
途中で話をきったのを疑問に思ったのかスゥイが聞いて来る。
「なに、予想に過ぎないさ、それに六家の絡みがあるのなら、おそらく誰かから連絡があるはずさ、予想はベルフェモッド、前回レイズに痛い目に合わされているだろうからね、船の件もあり、今はローズ家が力的には一番だろう、そして次がレイズ家、後は団子状態だ。ここで何かしてくるはずさ」
そう、まだ今の段階では不確定要素が多い。とりあえず話を変えた、スゥイは話を変えられた事に不満なようだが……。
「なるほど、だから此処へ来た御者に態々金を握らせ、ベルフェモッドにだけ伝えるように言ったのですね」
「まぁ、他の家から聞かれて黙っている可能性は少ないが、目的は前に来たときに会った職人に久しぶりに会いに行く事、で済む話だからな。嘘は言っていないさ馬車の中で武器を作るとは言ってないからな」
「屁理屈かと思いますが……」
じと目で見てくるスゥイ、なんか良心が痛むじゃないかやめてくれ。
なにより、誰にも言うな、と言うよりは誰かには言っても良い、と言う手は時と場合によっては使える。特に六家の全員相手にはぐらかすより、一人には真実を伝える事によって最悪の場合、頼る先が心の中で出来るからだ。
「別に良いのさ、分からないのが悪いだけだ。正確な情報をつかめない家なら組む必要も無い」
かといってあまり優秀すぎても困るのだが、さて、ベルフェモッドは喰いついてくれるかどうか。
「ブルドさんが話す可能性は?」
スゥイが返してくる、たしかにそれも考えたが。
「無いな、彼は職人だ。なおかつアレだけの腕を持っていてどの家にも属していない、おそらく権力争いが嫌いなのだろう、ローズ家に言われれば答えるかもしれないが……」
彼は六家の顔色は伺わないだろう、俺と親密な事もあるし、今や六家で頭一つ飛び出てるローズと親密だ。他の家に尻尾を振る必要など無い。
「ローズ家ならば問題ない、と言ったところですか?」
「安心しすぎるのも問題だけどな」
全て敵と思えとまでは言わないが、ある程度疑う事も必要だ、人間である限り欲はあるのだから。
「まぁ……、スオウらしさが出てきたので何よりですが」
はぁ……、とため息を付き急に気の抜けた声を出すスゥイ、その顔はどことなく呆れた顔をしている。
「なんだよそれ……」
俺らしさって、どの件だ……、交渉の件か? あの程度の駆け引きなら誰でもやるだろう……。
「知りません」
考慮の余地無し、即答された。
美しいなんて一度も言ってくれた事無い……、ぼそぼそと何か言っている。
「なんだ? 何か気になることがあるなら言ってくれると……」
先ほどの話で気になる事があるなら言って欲しい、俺だけでは抜けも出ることだし、二人で当たったほうが確実性は増す。
「知りません」
そのまま部屋を出て行った、なんかあったのか……?
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次の日、スゥイと町の中を歩く、久しぶりのコンフェデルスなので街中を見て回りたいと告げて外に出たのだ。
暫く歩いていると屋台のおばちゃんから声をかけられた。
「お、そこのにいちゃん! この串焼き買ってかないかい? 出来立てで美味いよ!」
思わず横を見て屋台を見る、たしかにおいしそうな串焼きが何本も店先に並んでいる……、が
「スゥイ、どうやらお出迎えの様だ」
横を歩くスゥイに声をかける。
「えぇ、上手くいったようで何よりです」
同じく屋台の方を向いていたが、直ぐに向き直り、違和感の無い程度に周りを警戒する。
串焼きの材料を出そうとしたのか、しゃがんだおばちゃんが出してきたのは独特な赤い褐色の色をしたアルレ鋼の塊だった。