phase-48 【訓練の日々】
「はぁぁぁああっ!」
演習場に響き渡るアルフの声、左足を踏み込み剣を振りぬく。
脇から横一線に振り切られる剣、しかし前方に立つ相手は、ぶつかる寸前回転しながら剣をかわし、その回転した力を加え剣の根元に一撃を加えてくる。
―――――ギィィン
「ぐおっ……」
根元に一撃を加えられ痺れる手、一瞬の硬直。
根元にぶつけた剣が滑るように顔へ向かってくる。
「うらぁっ!」
痺れる手を無理やり動かし防ぐ。
―――――ギャインッ
力では勝てる、そのまま鍔迫り合いに持って行こうと力を加える瞬間、軸足の甲に激痛が走る。
一瞬下を見ると先生の踵が足の甲に突き刺さっている。
腕から力が一瞬抜ける、前に踏み込むことも出来ない。
そのまま先生の左手が剣を持っているアルフの右手に伸び、掴まれ。
先生の右手に持っていた剣が振り下ろされる。
慌てて強化魔術をかけた左腕で、剣を防ぐ。
―――――ガン
「ぐっ……!」
衝撃が手に伝わる、これが真剣だったら両断までは行かなくとも剣が握れない程度には切られていた可能性が高い。
離れなければ、と、後ろに下がった瞬間体が宙に浮く、下がると同時に足払いをかけられた様だ。
どすんっ……。
尻餅をついてしまった。
アルフと相対しているのはガルフ=ティファナス。夏休みの後、試験期間が終わったあたりから、例のカリキュラムが始まった。
やることは実践訓練、それが基本である。もっぱら学院の優秀所を集めての訓練なので身にはなるが、此処まで明らかな贔屓はどうなんだろうか……。
まぁ、訓練内容の過酷さもあり、あまり学院の生徒からは苦情は出ていないようだが。
「剣の扱いや、小手先の技等はまだまだガルフ先生のが上ではあるな、同等の者や、戦うことに慣れた者と訓練を行えるのは身になるだろうな」
隣で学院にある魔術教本の中でも禁書指定されている本を読みながらリリスが話す。その凛とした佇まいはまさに王族、普段の彼女を知らなければ、お淑やかな美女と見られる事だろう、いや無いな、まず無いな。
「まぁ、な……、その分疲れきって座学で寝てなければプラスなんだろうが、相殺している気がするぞ……」
こっちは制御技術の向上だ、風の塊を6個空中に浮かべ、回転させている。これを10個まで上げないと、ガルフ先生から剣で追われながらのスパルタ授業になる、それは嫌だ……。がんばろう……。まて、こういう事を思ったらいけない、思ったがばっかりに実現するのは良くある事じゃないか……!
「しかたがありません、むしろアルフは剣一本に絞ったほうが効率か良いでしょう」
後ろから声が掛かる、振り返ると魔弓を背負ったスゥイが居た、どうやら一通り終ったようだ。
彼女は射撃性能の正確さは既にあった、一撃の威力向上と連射速度の向上が目下の課題。威力向上は魔弓の性能もあるのだが本人のマナ収束力も大きく影響する。連射速度も同様だ。
「スゥイか、ライラはどうした?」
一緒に訓練していたであろうライラが居なかったので聞いてみる。
「ダーナ先生の所です、火の魔術が彼女の得意としている所ですが、元々彼女は水にも好かれていますから、両方を合わせる方法が無いか模索中の様です」
ダーナ先生もほぼ付きっ切りで見てくれてはいる、スゥイが水に好かれていることもあり、ライラもまた水に好かれているからだ。もっぱら彼女ら二人の専任教師である。
「ううん、両方は難しい気もするが、掴めれば使える技になる、か」
火と水は反属性だ、別々で使う分には問題ないが合わせるのは難しいだろう。
「ええ、おそらく」
スゥイも同じことを思っているのか同意を示してきた。
結局の所一気にレベルアップなんて都合の良い話は無い、今までと同様に早朝訓練とは別に先生から個別で訓練をしてくれる、と言うだけの話だ。その時間は圧倒的に多くはあるのだが。皆遊びたい盛りだろうに余り文句は言わない、トロール騒ぎが原因だろうか、おそらくそうだろう、とは思うが。
あの件は俺達に全く非は無い、寧ろ良くやったほうである、結局帝国が出てきたり、調査が途中で流れてしまったりで報酬やら表彰やらは無かったが。
それは別に欲しかった訳ではないので問題は無い、が、冒険者としての評価を得られた可能性があったのは、少し勿体無かったかも知れない。
アルフとリリスの成長は著しい、だがしかし一定以上の力を得ると其処から先は技術的な駆け引きが大きくなる、後は先読みか……。
経験がものを言う、それは俺達も同様だ、結局の所、反復練習と実戦経験を積み重ねるしかない、何事も経験なのだ。
「あいたたた……」
アルフの気が抜けた声がする、どうやら実技は終ったようだ、次はライラと先生だった、かな?
「ほぅ、スオウ考え事をしながら魔術行使とは余裕がありそうだな、次は私の剣を避けながらそれを維持してみろ」
ティファナス先生が此方を見て言う、どうやら顔に出ていたようだ。
「ん、わかりました、制御をミスって一斉に射出されるかも知れませんが気をつけてくださいね。」
ライラでは無く、俺が先の様だ、まいったな、ものの見事に予想が当たったようだ。まぁ、力は欲しい、これが為になるならやってやるまでだ。
パンパン、と尻に付いた土を払い、ティファナス先生の方へ歩いていった。
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寮の自室、アルフと二人、話をしている。
「剣が融けた?」
アルフの剣が無い事に気づき、如何したのかと聞いてみると、融けた、と一言返された。
「あぁ、トロールキングとの戦いの時にな、リリスの魔術に巻き込まれてジュワッと融けた、というか、蒸発した」
もう跡形もないくらい見事に蒸発したぜ、と笑っている、笑い事じゃない気もするのだが。
「なるほど、今は如何してるんだ?」
「一応学院から貸し出しされる武器があるからまぁ良いんだが、どうも使い勝手がイマイチでな」
アルフの希望する長さの大剣はどうやら学院には置いていないようだ、また重さもイマイチだそうで。
「ふぅむ、そういやお前が使ってたのって親父さんのお下がりだったか、結構良いものじゃなかったか?」
「あぁ、魔術刻印こそ入ってないがアルレ火山から取れるアルレ鋼で作った剣だからな、強度は折り紙つきだ」
アルレ火山とはリメルカ王国の南トルロ湖に面している活火山である、またカナディル連合国家とコンフェデルス連盟の国境にもなっている。
その火山から取れる鉄鋼はアルレ鋼と呼ばれ強靭な硬さとしなやかさを併せ持っている。
高価で取引される事と、加工が難しいことから、一部の職人しか扱わず、市場にはあまり出回らない。
軍の武器には使われているようだが、全てではない様だ。
「あんな無茶苦茶な使い方をして壊れないんだから相当だろうな……」
アルフの戦い方を思い出して言う、むしろそのくらいの物じゃないと、アルフには付いていけないのかもしれない。
「とりあえずの代用としては良いんだがな、本気を出すと折れそうでなぁ……」
困っているんだよ、と話すアルフ。武器のせいで本気を出せないで負けるのは笑えない話だ、しかしアルレ鋼はともかく職人がな……。
「あ……!」
そうだ、すっかり忘れていた、凄腕の職人の知り合いがいるじゃないか。それも変に権力と結びついていない人が。
「あん? どうしたよスオウ、間抜な顔をして」
大丈夫か? と心配してくるアルフ、お前に言われたくない。
「うるさい、お前ほど間抜では無いから安心しろ」
「なんだと! 今日もスゥイに言われてたじゃねぇか!」
思うところがあったのか、言い返してくるアルフ、挙句、余計なことを思い出させてくれる。
「ふん、あれは間抜顔じゃなくて腑抜け顔って言われてた……、んだ…………よ」
自分で言っていて悲しくなってきた、別に腑抜けてたわけじゃないのに……。
「あ、なんかすまん……」
謝ってくるアルフ、むしろ謝られるほうがダメージが大きいのだが。
「いいさ別に……、それより剣の話だ、何とかなるかも知れんぞ」
「どういう事だ? 悪いがフォールス家の力を借りるつもりはないぞ」
おんぶ抱っこは嫌がるヤツだし、何より俺個人ならともかく、家相手には借りを作りたくないのだろう。それ以外の理由もあるだろうが。
「んー、まぁフォールス家っちゃフォールス家なんだが、どちらかと言うと俺個人の知り合いだ」
いや、ローズ家の知り合いと言う事にもなる……か? しかしアルフの知り合いを広めておくに越した事はない、問題は加護持ちが他国へ行くことに問題が発生するかどうかだが、帝国に行く訳でも無い、同盟国なのだから然程問題はないだろう、おそらくリリスは連れて行けないだろうが。
「どういう事だ?」
不思議に思ったのかアルフが聞き返してくる。
「一時期コンフェデルスに行っていただろう、その時に知り合った凄腕の鍛冶職人がいるのさ、今度の休みはその人に会いに行こう」
そう言えば前に会ってからもう2年……か、本当に月日が経つのは早いな。
「まじか! そいつはありがてぇ、っと、でもアルレ鋼はどうすんだ?」
よほど嬉しいのか顔は満面の笑みだ、が、しかし急に渋顔になって聞いてくる。
「買う」
一番手っ取り早い、間違いなく。
しかしアルレ鋼は学生に買える様な代物では無い、フォールス家を使えば買えるだろうがアルフも嫌がるだろうし、けど一応言ってみる。
「金がねぇよ……」
まぁ、予想通りの回答だ、ならば簡単な話。
「なら簡単だ、取りに行け」
チートならいけるだろ、素手で掘り起こしてくるが良い。
「いやいや、簡単じゃないから……」
さすがに断られた、が、今年の冬一応職人に会わせてみて、本当に取りに行くなら来年の夏、だな。
今年の休暇の予定は決まったな。