phase-46 【母親の愛情】
―――――バンッ!
扉が力強く開かれ、客人が来る、いや、母上が来る。
顔は青褪めており、走ってきたのだろう息も絶え絶えだ。
あぁ、こんなにも心配させてしまった、守ると誓ったのに不安にさせてしまった。本当に何をやっているのだろう俺は……。
「スオウ……」
心配そうに此方を見る母上、ああ、この人にこんな顔をさせるなんて……、俺は……。
「は……、ははう……」
申し訳ない、本当に、本当に、なにをやって……。
「このバカぁぁぁああっ!」
―――――ドゴンッ
「ぐふぉっっ……!」
えぇえぇええええええええ……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「痛いです母上……」
頭がひりひりと痛い、たんこぶが出来てなければ良いが……。
「当たり前、元冒険者侮っちゃいけないわ、まったくいろんな人に心配かけて、お父様が珍しく右往左往してたわ。さすがにお父様は仕事投げ出すわけにはいきませんから、置いてきましたけど」
困ったものね、と頬に手を当てため息を付く母上、とても2児の子を生んだとは思えない若々しさだ。
「ええ、と、その、すみません。いろいろご心配おかけ致しました」
深々と母上に頭を下げる、しかし母上は完全に此方を見ていない、スゥイと話している。悲しい、なんか悲しい。
「お義母様、私は席を外しますね」
一段楽したのかスゥイが母上に声をかける、その呼び方に違和感を覚えなくなってきた俺はまずいかもしれない。
「あら、いいのよスゥイちゃん、もう家族みたいなものじゃないの」
「それでしたら大変嬉しいのですが、此処は親子水入らずの方が良いかと」
「あら、そうかしら、じゃあごめんなさいね」
「いえ、ではスオウ、しっかりお話を聞いてくださいね」
宜しいですね、と念をおしてくるスゥイ、子供かよ俺は……。
「母親が二人いる気がするのは気のせいか……」
はぁ……、とため息が漏れた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「大体の事情は聞いたわ、アルフ君かなり落ち込んでたわよ、もっと早く駆けつけれればってね、後でフォローしときなさい。皇女様もライラちゃんも同様ね。スゥイちゃんはそうでもなかったみたいだけどあの子は自分を隠すのが上手いから気を付けなさい、同じ女の視点からの忠告よ」
腰に手を当ててわかったわね、と、指を指して来る母上。
「はい、申し訳ありません」
返す言葉もない、アルフは特に落ち込んでいそうだ、俺が余計な怪我をしたばっかりに、スゥイも内心いろいろ思うところはあったのだろう。
「ふぅ、謝る必要はもう無いわ、それで、なんでこんな事したの?」
ため息を付いた後、急に真剣な目になり此方を真っ直ぐに見つめてくる。
「え……?」
「貴方は昔から聡明だった、知識や言動、行動全てが子供とは思えなかったわ、いつだったか貴方が自分で私の子供じゃないかもしれないって言った事があったわね、それが関係してるのかしら?」
目から視線を逸らせない、その黒い瞳に吸い込まれそうになる。
「それ……、は……」
「スオウ忘れないで、貴方は誰がなんと言おうと私が10ヶ月もの間、お腹の中で守って、育てて、とっても痛い思いをして生んだ子なのよ。それを否定させはしないわ、私の痛みと苦労を渡すものですか」
「母上……」
「それで、なんでこんな事したの?」
俺と同じその黒い瞳は揺らがず、逸らさず、言葉を語る、話せ、と。
「以前……、母上にお話ししたかと思いますが……、本当の子供ではないというお話、覚えてますよね」
もはや隠すことは出来ない、いや、隠していたのか? 逃げていたのではないのか?
「えぇ、おそらく誰かの記憶、か、前世かしらね? その記憶があるのでしょう。そうでなければ行動に理由が付かないわ、ただ知識レベルが高すぎることは不思議だったけども」
言わないなら聞かない、なんであろうと子供である事は変わらないのよ、と言って微笑む母上。
「ふふ……、母上は強いですね、本当に尊敬します。貴方の子として生まれてよかったと。そして同様に申し訳無いと、謝罪しても謝罪しても許される事では無い、私は貴方の子供を奪ってしまったのかもしれない」
俯き話す、怖い、怖い?笑わせる本当に笑わせる、いまさらになって怖いだと、結局先延ばしにしてきた自分の弱さの付けが回ってきたのに、怖がる資格すら無いだろうスオウ、いや、坂上 奏。罪を受け入れろ、それがお前のするべき事だろう。
「何を謝るのかしらスオウ、貴方が何かをしたのかしら? 貴方が私の子として生まれてきて何が悪かったのかしら? 誰が何を言おうと貴方が私の息子なのよ」
何を言っているのやら、と、返してくる母上、むしろ、うだうだまだ言うようならもう一撃食らわそうかしら、とまで言っている。あれ、淑女で美しい母上はどこに……。
「で、なんでこんな事したの?」
そうしてまた同じ質問をしてきた。
「本当に、なんというか本当に勝てませんね、母は強し、ですかね……」
「そうよスオウ? 今更気づいたのかしら?」
「えぇ、お恥ずかしながら、今更です。そうですね、理由はいろいろありまして、少し長くなるかもしれません」
「いいわ、聞いてあげる、貴方の母親なんですから」
当然よ、とベットに腰掛けて此方を見てきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「母上が私を生んだのが20歳の時でしたね?」
知ってはいるが、一応確認の為、母上に聞く。
「えぇ、そうよ?」
あの頃は若かったわ~と話し出す母上、止まらなそうだから先にいこう。
「私が一番最後に記憶している自分の年は22歳です。私は母上より年上なんですよ、記憶にある生きて来た年数で言えば、ですけどね」
「あら、思っていたよりずいぶん若いのね、てっきり4,50あたりかと思っていたわ」
へぇ、と、どうでも良さそうに返してくる。
「そ、そうですか……。それで、前の私は工業大学の学生でした、そうですね此方の世界で言えば魔術学院みたいな学院で教えているのが魔術では無く技術、それも科学技術だと言う事です」
「科学……? それに、此方の世界、ですって?」
胡乱な目で此方を見る母上、驚愕と言うより疑念だろう。
「そうです母上、私はこの世界の人間ではありません。私の世界には魔法なんてものは夢物語に過ぎませんでした。その変わりに魔法とは異なる技術、科学技術が発展しており、そうですね、便利さで言えばこの世界より数百年は先だったと思われます。
もちろん私の生きていた世界の数万年先の世界と言う可能性もありますが……、月が二つはありませんでしたから」
それだって隕石の衝突や惑星の発生等0%とは言えないのだが……。
「はぁ……、なんというか何処から聞くべきなのか、魔昌蒸気船や外輪船の件は確かに説明が付くといえば付くわね、そうね、まずアレ以上の知識はある?」
「はい」
「兵器は?」
「大量に」
「そう……、スオウまずこの事は私以外に絶対にしゃべっては駄目よ」
じっ、と此方を見ながら話す母上、技術の危険さを理解した様だ。
「えぇ、わかっています」
「そうね、態々言うまでもなかったかしら、お父様にはそれとなく喋っておくけど、良い? スゥイちゃんにもしゃべったら駄目よ」
「そうですか……、わかりました」
「科学技術と言うのは良く分からないけど、今の世界より数百年のレベルで便利になっているのなら危険すぎるわ、理解しているとは思うけど技術の流出は最低限にしなさい」
「ええ、心得ています」
頷く。高度な技術、過度な発展は弊害を生む、それは人の死という形で現れる可能性が高い。
「ならいいわ、話の腰を折ってごめんなさいね、それで?」
「え、それだけなんですか?」
「ええ、そうよ?」
もう一々驚くのはよそう……。
「そうですか……、ええと、そうですね。私の年齢が22歳だったのは話したかと思います。
今は14歳、そろそろ15歳ですが単純に36年、私は生きているのです。その私が自分の年齢の半分にもいかない子供達を一番強敵に当てました。勝率が高いとそれだけの理由で。
だから引けなかったのです、倍以上生きている私が、警備隊の人よりも生きてきた私が、のうのうと、のうのうと逃げ回るなんて事は……」
目を閉じる、いまでもあのときの光景が目に浮かぶ、俺の言うことを疑いもせずに聞いてくれる彼ら、打算と勝率だけ考えて伝えただけなのに、それだけなのに信じてくれた。
「私は生まれてから必要な知識と技術、力を求めました、それは怖かったからです、いきなりこんな世界になっていて、気づいたら赤ん坊で、分けが分からなくて、でも死にたくなくて、必死に使える技術と知識と力を得ました。
魔術もそうです、理論的な考えは以前の世界では得意分野でしたから、それに何かに集中しているとき忘れることが出来た、必死になることで忘れることが出来たんです」
楽しさもあった、知らないこと未知なことに、だがそれは心の底からだったのか、逃げたかっただけだったのではないのか、今になってはもう良く分からない。
「けど、けれどこんな状況なのに母上と父上は愛情を注いでくれました、こんな訳の分からない男に。生まれてからずっと何も聞かずに守ってくれました。
だから、だから私も誰かを守りたかった、母上と父上を守りたいと最初に思いました、そして次に馬鹿なアルフ……、次は素直じゃないスゥイ、天真爛漫なライラ、我侭なリリス。こんな、こんな訳の分からない男の友人になってくれた、友達です。
そんな、そんな友達を私は死地へ送ったっ……! 加護があるから! 一番強いからって……!」
全員の出会いは今でも、今でも直ぐに思い出せる、そうまるで昨日のように。
「誰かを守りたいと、守ってくれたから今度は守りたいと思ったのにやっていることはこのザマだっ……!だから……、だから少しでも、少しでも減らして、役に立てればと……」
拳を握る、力が入らない左手、それが自分の罪を表しているかのようで……。
「ふふ……、結果はこれです、情けない事この上ない、本当に情けないっ……」
笑えてくる、なんのための14年間だったのか、俺は友達を売る為だけに努力していたのか。
「なるほど、ね、うーん……、まぁ、とりあえ……、ずっ!」
―――――ゴンッッ!
「いでぇっ……! は、ははうえ!?」
激痛に眉を顰め母上を見ようとしたら暖かい何かに包まれる。
「ばかねスオウ、それは友達なんて関係じゃないわ、貴方は彼らを侮辱しているのよ、彼らだって同じ事をきっと思っている、だから皆あなたが怪我をしたことを悲しんでいる」
抱きしめられていることが分かる、人の温もりを感じる。
「年齢なんて関係ないのよ、むしろ貴方は体の年齢は同い年でしょう? 余計気にする必要は無いわ、仕事だって40歳の人を部下に持つ事だってあるじゃない」
うちの部門だってそうよ? と続ける母上。
「母上、それはなんか違う気がするのですが……」
「我侭な子ね……、貴方は考えすぎなのよ、そんな所はお父様そっくり、やっぱり貴方は私達の息子よ」
「それは……」
悩んで決断できない父上を蹴り飛ばしてる母上のイメージが浮かぶ、たしかに似てるかもしれない。父上が俺、母上が一瞬スゥイに見えたのは気のせいだ、絶対。
「少しは子供らしくしなさい、ってのも変ね、友達を、彼らを信じてあげなさい。一人で出来る限界は貴方も良く分かっているのでしょう?」
頭を撫でられる、赤ん坊のとき以来かもしれない、赤ん坊、そうこの世界に来て頭を撫でられて安心していた気がする。
「どう……、だろうな、そうかも……、しれない……ね」
視界が歪む、そうだな、そうだったな、本当に、そうだったな……。
「ありがとう……、かあさん…………」