phase-45 【騒乱の其後】
「目が覚めたら知らない天井だった」
「何を言っているんですかスオウ、頭には直撃しなかったはずですが」
「いや、なんかずいぶん前に同じ事を思ったなぁ、と思ってな」
「よくわかりませんが、そうですか。とりあえず安静にしている分にはそこまで言いませんが、あまり変な行動はしないでくださいね」
ベットの横で椅子に座りながらロロの実を剥いているスゥイ、前の世界のリンゴみたいな食べ物だ、見た目は梨だが……。青リンゴってのもあったから、これはこれでありなのかも知れない。
ただ、実が殆ど無くなるのはどうしてだろう……。
「む、なんですか、仕方が無いではないですか、家ではマナー等は躾けられましたが、この様な事は……」
申し訳なさそうにスゥイが言う。あんまり素直なスゥイも怖い気がする。
「いや、でも初等部の最初に汚らしく食べてなかったか? 夕飯……」
「まだ覚えていたのですか、あれはアルフがそうでしたからそういう方が好かれるかと思いまして、ああ、いえ、まぁ、こちらの話です」
聞かなかったことに……は、しないほうが良いのだろうなぁ。
しかし、いかんせん、どうも子供にしか見えない。いや、俺も身体は子供なんだが、これでも、もうそろそろ37だ、いいおっさんだ、いや、まだ若いっ! って張り切る人もいるだろうが……。
まぁ、ともかく知り合いの娘さんとか、姪っ子とか、そんな感じにしか見れん、ううむ、困った。
「なにを唸っているのですか? 傷が開きましたか? 一応治癒魔術で表面は塞がってはいますが骨等は自然治癒のほうが良いのです、大人しくしていてくださいね」
そういって、どう考えても半分は損失したであろうロロの実を差し出してきた。
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「死者は0、重傷者1名、軽症者12名、あれだけのトロールの大群にトロールキングまで出たのにもかかわらず奇跡的な結果だな、まぁ、数字上では、だが」
報告資料を机の上に投げ、言う。
「重傷者が14歳の子供だと?しかも学院の野外実習中だそうじゃないか、さらに、さらにあのフォールス家のご子息ときたもんだ、お前らは俺を首にしたいのかっ!」
部屋に怒鳴り声が響く、場所は首都オールド、相対するのは国境警備隊の隊長ブルーム=コルトローレン、副長のクローナ=ハナウェスだ。
「今回の件、申し開きようがありません、いかような罰則でもお受けいたします」
土下座でもしかねないほどに頭を下げる副長、クローナ=ハナウェス。
「いや、お前の責任じゃねぇ、あの時いかなかった俺が悪い、全責任は俺にある、好きにしてくれ」
此方も神妙な顔で答えるブルーム=コルトローレン、いつもの軽薄さなど欠片も無い程、顔に力がない。
「ほぉぉ、良い度胸じゃないか! 査問会を楽しみにしておけっ! 余計なことをしてくれおって! フォールス家からはまだ何も言ってはこないが、あそこは軍にも船を出している、機嫌を損ねると貴様らの首だけで済むと思うなよ! 重症も死者も貴様らから出ればよかったものをっ!」
だんっと机を叩き、怒鳴り散らす。今にも掴みかからん勢いだ。
「おいっ! こいつ等をどこぞの牢屋にでも突っ込んでおけ!」
扉の前に立っていた部下に声をかける。
「はっ……、し、しかし犯罪を犯したわけでもなく、許可証も……」
「黙れ!! わしの言う事が聞けんのか! 黙ってさっさとぶち込んで来い!」
廊下まで聞こえる怒鳴り声が部屋に響く。
「はっ、はいっ!」
あわてて両者に声をかけ連れて行く、すみません、と小声で言っているのは彼の人の良さが出ているのかもしれない。
「なんであの餓鬼を止めなかったんだ?」
牢屋の中、隣の部屋に収監されたクローナに声をかける。
「なぜ……、ですか?」
質問の意図が分からず問い返す。
「あぁ、たしかにあの餓鬼、スオウつったか、他の子供に比べれば冷静で状況判断も出来る、実力だって認めたくはねぇがうちの部隊でも上から数えたほうが早いくらい強いだろう、だが子供には変わりはねぇ、責めるわけじゃねぇんだ、ただ、どうしてか、と思ってな」
「どうして、ですか、そうですね、どうしてあの時そう思ったのか……。何故か不思議と正しいと思えたのですよ、言い訳ではありませんが、彼の突出が無ければ援軍が来るまで持ち堪えれたかもしれません」
「つまり彼が悪い、と?」
「いえ、そんな事は毛頭、いや、そういう発言をする時点で、心の底で思ってしまってるのかもしれませんね。ですが、そうですね信じれる気がした、いえ、不思議と信じられたのですよ。彼ならやれるのでは、とね。だからこそ加護持ちの二人も何も言わずに従ったのでしょう」
「お前からそんなわけの分からんことを聞かされるとはね、だがまぁ不思議な子供ではあったな、加護持ち二人と仲良くしている子供なんてそうはいない、いや、いないと言っても良い、その上同い年、いや姫さんにしたら、年下なのにも関わらず言うことを聞かせられる、なんてな。それに彼ら5人は仲が良い、中心は間違いなくスオウと言われる子供だ、ま、何したのか知らんがな」
「どちらにせよ14歳の子供に重症を負わせ、また他の子にも戦わせたことには変わりありません、どんな処罰でも受けるつもりです」
「まぁ、な、それはその通りだ」
天井を仰ぎ見る、そこには薄暗い石の壁しか見えなかった。
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「どうされるおつもりですか学院長」
部屋に立つはガルフ=ティファナス、怒りの形相で学院長を睨みつけている。
「今回の件は事故、で済ますには明らかにおかしな点が多々あります、なにより学院長があれだけ問題ないと強行した結果がこれですかっ! 話になりませんな!」
ダンッと机に拳を叩きつけ怒鳴るティファナス先生。
「まいったのぅ……フォールス家からも直々に抗議が入ってきておってな……、今から憂鬱なんじゃが……」
はぁ……、とため息を付く、先ほどから何回付いたか分からないほどため息を付いている。
「自業自得です、さらに今回鎮圧に帝国も加わったそうではないですか、正式には出ていませんがあの強襲部隊が動いたとかいう話もあります、裏で誰がどう動いたのかは不明ですが、このタイミングで介入するなど怪しんでくれと言っている様なものです」
「まぁ、の……、そちらはそちらで連合の方から抗議がきとる、のじゃが……」
「どうかされましたか学院長?」
急に黙る学院長、不思議に思ったティファナス先生が声をかける。
「ふぅ……、連合の方は一度抗議文は来たのじゃ、たしかに来たのじゃが撤回しおったのだ……」
「な、ほぼ確実に相手側に加護持ちの力が知れた可能性が高いというのにですか!?」
信じられない事実に驚きの声を上げるティファナス先生、唯でさえ国が一度抗議したことを撤回する等、それ自体が異例中の異例だと言うのに、今回の件で撤回するなどと……。
「どうもな、今回の件、帝国は関係しておらん様での、これ以上の情報はわからんのじゃ、所詮学院の院長に過ぎんわしには其処まで伝手が有る訳でも無いしの……」
正直連合の件は不明だ、此方からもかなりの抗議がくると考えていたのだが、撤回されるなど思っても見なかった。
「そうですか、ですがフォールス家からは抗議がきているとの事でしたね、申し訳ありませんが今回の件、気持ちは学院側に立ちたくありません」
学院長を睨みつけ言う、その声はどこか諦めが入っている。
「ティファナス君、それは学院の教師として言ってはいかんことじゃぞ」
「えぇ、ですから気持ちは、です。ですがこれで最後です限度があります学院長、教師の一部には不信任を出す話も出ています、程々になされた方が宜しいかと」
それに私は教師です、生徒を売る為に物を教えているわけではありません! それを重々ご理解下さい。と学院長に話す。
「ふぅ……、わかったぞい」
さがってよいぞ、ティファナス先生に声をかけ、下がらせる、院長室には一人だけ残される。
「スオウ君の事は申し訳なかったと思う、しかしわしらは学院を守らなければならん。トロールが出てくるのは完全に予想外じゃった、しかしこれでアルフ君とリリス皇女の実力を見せることはできたじゃろうて……。今現在の、じゃがな。約束は果たしたのじゃ、これから実力をつけ見違えるようになっても文句を言われる筋合いはないじゃろうて」
ティファナス先生だけではなく、優先的に彼らの実力向上のカリキュラムを作らねばな……、それがわしに出来るせめてもの償いじゃ。わしとて生徒を売りたいわけではないのじゃ……。
空を見る、その空は学院長の心を映すかのごとく曇天の空だった。
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増援はわりと直ぐだった、予想していた帝国の妨害も無く、むしろ脅えきっていたスイル国の調査員に時間を取られたようで拍子抜けした、若干の怒りも感じたが。
増援が来て直ぐに俺は意識を失ってしまった、スゥイの治癒魔術で出血は止まっていたが予想以上に酷い状況だったようで肩の骨、肩甲骨は粉砕されており、腕の骨も同様、肋骨も一部折れており要するに左側がぼろぼろだったと言う訳だ。
この後はスゥイから聞いた話だが増援が来た後、急にトロールが引いて行ったそうだ、てっきり逃げたのかと思っていたのだが、その後に合流したアルフとリリスの話で違うことが分かった。どうやらキングが呼び寄せたようだ。
その後、残っているトロールの処分と平行して、そのリューイと言う男の捜索も開始されたが結局影も形も見つからずそのままに、そして逃げたトロールキングも翌朝森の中で数え切れぬ肉塊になって発見された。
誰がやったのかはいまだ不明、との事だ。
サイズが変化したとはいえトロールキングである事は変わらない、アルフでもこんな事は出来ないと言っていたから相当だろう。
その後力では負けない、とか言っていたが負け惜しみだろうきっと。
問題が多々残る結果にはなったがとりあえず麓の村は無事、皆生きてる、で万々歳である。
この後母上が来なければ…………。
「どうしましたスオウ? 急に青褪めて」
「いや、その、な、この後母上が来る事を思い出したらちょっとな……」
思い出したくないことを思い出し憂鬱になる。
「ええ、そうですね、あの手紙の内容ではもう心配と怒鳴りと説教と涙ともうわけがわからない状態でしたね、仕事を全て放り出して来るそうですから、もうそろそろ着く頃でしょう、同封されていたルナさんの手紙では覚悟しておけ、との事でしたのでご愁傷様です」
「たすけて……、は……」
「申し訳ありません、今回の件は私も加わってお説教をしたい位ですので」
にっこりと微笑み答えてくれた。