phase-41 【巨人の暴走】
―――――ヒュン
湖月を目の前に迫るトロールの攻撃を避け、足を切りつける。魔術刻印によって強化された剣ではあるが表面を切り裂くだけに終わり、骨まで断ち切ることは出来ない。
『グォォォアァァァァア』
痛みで怒りに達したのか、その手にもつ巨大な棍棒を手当たり次第に振り回し、ぶつけ、叩きつけてくる。
加速魔術が掛かっている身ではあるが、その巨大な棍棒を避けるのは一苦労だ、大気を巻き込み唸りを上げて迫る棍棒をかわし、棍棒を振りぬいた後、がら空きになったトロールの緑色の肘に朧打ち放つ。
―――――パァン
甲高い音がした後肘が爆発し、肉と血が飛び散る。あたりには血の匂いが充満しておりもはや嗅覚が麻痺している。
『ギャオオオォオオ』
たまらず棍棒を落とすトロール、右手で左手を押さえ、両手がふさがった瞬間。
―――――ドスッ、ドスドスッ
顔面に魔弓の矢が突き刺さる。威力は申し分なく頭蓋を打ち抜き絶命させる。
黒い弓、魔弓を構えそこに立つスゥイ、学院から貸し出し許可を得て持参してきた武器だ。
『グォォオオオォォォ……』
ドゥゥゥウン、俺に対する恨みか、この世に対する恨みか。最後の力を振り絞り此方を睨みつけながら、土埃をあげて倒れるトロール、これで3匹目、横では警備隊の人間が、奥ではアルフとリリス、そしてフォローにライラが回っている。時折閃光が光る事からあちらも無事だろう。
「くそ、予想通りか、ここまで手の内を晒すことになるとは」
悪態をつき剣に付いた血を払う。
「しかたがありません、このままでは警備隊が全滅してしまいます、逃げれば麓の村が全滅するでしょう。国の軍もおそらく遅れている可能性が高いです」
「ちっ、しかたがない、次だ、いくぞスゥイ」
返事の代わりに魔弓を構え、頷く。目の前にはまだ30匹近いトロールの大群が暴れていた。
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話は2週間前にさかのぼる。
当初調査は予定通り進んだ、やってきた国境警備隊とやらは軽薄な隊長こそどうかと思ったが実力は十分であり然程心配もしていなかった。副官は頭の切れる男で最初は子供と見ていたようだが直ぐに考えを改め魔獣に対する配置等、俺達を軍に組み込んだ編成を提案してきた。
スイル国の調査員は正直、完全に非戦闘員だった、こちらに警戒を抱かせない為か、単純に力を隠しているのかは不明だが、これで隠しているなら相当なものである。
何はともあれ調査は進み、時折ハウンド、ゴブリンといった魔獣と遭遇したが軍の人間が率先して排除。
何の問題も無かった。
問題があるとしたら俺の精神的な所だろう、しかし幼い頃、アルフが殺してきたグリズリーを冒険者であった母上が目の前で捌いてた事がある。あの美しい顔で、だ。
そもそも相手は此方を餌かなぶる為の生き物としか見ていない、そんな相手に感傷を覚えるほど広い心の持ち主ではない。
「同じ言語をしゃべる相手は多少思うところはあったが……」
殺しに慣れるつもりもない、感覚を鈍らせるわけにはいかない、しかし切り替えられる脳は持っている。
そうならない為に策略を巡らせる、が殺すときには殺す。割り切るべき所は、割り切る。守りたいものを守れなかった時、後悔するのは自分だ。
調査を開始して3ヶ月、予想していたより調査が長引いてしまったのは冬になった為、例年に比べ寒さが強く、調査できる時間が短かったからだ。カナディル国境警備隊の人間が愚痴っていたのを聞いた。
「今年は例年に比べて特に冷える、まぁ、俺らは全員国境に近い村に家があるからな、帰ろうと思えば帰れるし、そこまで不満ってわけじゃないんだが、いつもは正直2ヶ月~3ヶ月で終わるんだ。
うちらも3交代制で一人だいたい1ヶ月くらい、まぁ武者修行じゃないけど、来るだけで済むんだよ。今年は1ヶ月追加になりそうだから、折角だし新人をもう1ヶ月修行に行かせようって話になってる。
悪いが来月は新人が多めだ、お前らの実力ならむしろ足を引っ張られてしまうかも知れんな」
そう言いながら笑っていた警備隊の人。彼は年越しはやっぱり家でやらないとな、と帰っていった。
年越しはわりと穏やかに進んだ、学院で過ごそうか、という話も出た。アルフの勉強も見てやる必要もあった為だ。しかしリリスがこの辺境の村が気に入ったのか残るといった為、じゃあ、と全員残ることになった、もちろんアルフのお勉強は俺とライラでみっちりと行ったが。
調査団も3ヶ月間すべて同じ人だったわけではない、こちらも交代制の様で年が明けて直ぐ人がまた入れ替わった。毎月同様に全員非戦闘員だったのは言うまでもない。
学院への報告は殆どが俺とスゥイが行った、期間も半年で出していたから1ヶ月が伸びた程度で4ヶ月に過ぎない、問題は無いと考えていた。すこし緩んでいたのかもしれない。
国境警備隊からまた交代の人員が来た、半分が新人だとの事。どうやら子供と見て心配そうな顔や馬鹿にした顔が見える、が、副官のクローナ=ハナウェスと言ったか、彼が声を掛けると一律ピシッと締まる。さすがは軍人である。
「彼らを子供だと侮るな、良く覚えておけ彼らは全員貴様らより実力は上だ、とくに加護持ちと言われる者が二人居る、一人はよく知っているとは思うがリリス皇女だ、此処に来ているのはあくまでも学院の授業の一環だとの事、学院、そして本人からも特別扱いをしなくて良いと言われている、難しいとは思うが各自対応しろ、最低限の礼儀は忘れるなよ」
そう言ってこちらに近づいてくる。
「やぁ、久しぶりだねスオウ君、2ヶ月ぶりかな、元気そうで何よりだ」
「ええ、お久しぶりです、しかし1ヶ月で終わりではなかったのですか? またお会い出来るとは思いませんでした」
「あはは、まぁ、ね。本来なら隊長が来る予定だったんだけど面倒くさがってね、急遽僕が来ることになったんだ、すまないけど今月も宜しく頼むよ」
困ったものだね、と言いながら手を差し出してくるクローナさん。
「ええ、是非此方こそ宜しくお願い致します」
同じく手を出し握手をする。また今月も調査団の露払いのお仕事だ。
閃光が走る、リリスの雷魔術だ、警備隊の人間が驚いている、クローナさんはもう慣れたのか、むしろいつもどおりの光景だとばかりに見ている。
「うーん、しかしこれだと我々の訓練にならんな、スオウ君すまないけど彼女にもう少し仕事をくれるように言ってくれるかい?」
クローナさんが話しかけてくる、どうやら新人の訓練に使う予定だったのがすべてリリスに取られてしまい困っているようだ。
「まぁ、リリスもちまちまとした仕事に鬱憤が溜まってるようでして……。多少大目に見ていただければ、と」
出てきたとしてもゴブリンやハウンドだ、物足りないのだろう。たまにグリズリーが出てくるが雷を纏った拳でアッパーをかましていた。
「あははは、さすがの君も彼女には苦労しているようだね」
苦笑しながら言ってくる、分かってくれて何よりだ。
「彼女もそうですが、アルフも……、まぁ、そっちはライラに任せているので良いのですが」
「ライラ君も大変そうだね……、しかしバランスが良いともいえるが、君らならおそらく軍一個中隊くらいの実力はあるだろう」
アルフと何か話しながら後ろをついてくるライラを見ながら話す。アルフはどうやらリリスの鬱憤状態が分かっているのか、分かっていないのか、此処最近は大人しい。
「それはアルフとリリスが居るからでしょう? 俺らは大した事ありませんよ」
「そうかね? そういうことにしておこうか」
ほぅ、と少し感心したような声を出し返してくる。
「おい! お前ら何をしゃべっている、きちんと護衛をしないか、何かあったらどう責任を取るんだ!」
スイル国から派遣されてきた調査員が怒鳴ってくる。今までの人と違いどうやら彼は気が短いようだ、最初に会った時もこんな餓鬼がっ! って怒っていた。加護持ちの話をしたら大人しくはなったが不満はあるようだ。
最初は彼が帝国と関係があるか?とも思ったがこんな人間を監査に使うとは思えない、偽装してるのなら大したものだが、唯の短気なおっさんだ。
「おやおや、スイルの調査員がお怒りの様だ、行くとしようか」
「そうですね、ではお守りするとしますか」
頷き、調査員の傍に小走りで近づいていった。
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『ギャォオオオォオォオオオオオオオオオオオォオオオオ』
夕方に差し迫ったとき突然何かの生き物の叫び声が森に響き渡った。
瞬間調査団を守るように作られる陣形、緊張が走る。
「今のは?」
クローナさんに聞く、見るとその顔は青褪めている。
「まさか、ばかなこんな場所に現れるなど、考えられない」
ぶつぶつと呟きながら周囲を見渡すクローナさん
「な、どういう……」
「トロールですスオウ、おそらくではありますが先ほどアルフにも確認しました、どうやら父親から話を聞いたことがあるそうで確実ではありませんが、クローナさんの様子を見るに確実でしょう」
「な、くっ、声からするに此方に気づく可能性が高いな、クローナさん至急撤退を、殿は此方で受け持ちます。アルフ! リリス! ライラ! 聞いていたか!?」
そんな事が出来るわけが、と言うクローナさんを無視し3人に声を掛ける。
「ああ、当然だ、どうやら仕事が回ってきそうだな」
「ふん、ここ暫くつまらん相手ばっかりだったからな、腕が鳴るわ」
「私はどうすれば良い? 至急国に連絡をしに行く?」
「あぁ、頼むアルフ、リリスは殿を、ライラは至急増援を呼んでくれ、呼ぶ前に上空からどのあたりにいるか確認してもらえるか?」
分かった、と言った後ギュンッ、と飛び上がり空に舞うライラ、空中で旋廻しあたりを見渡している。と、瞬間硬直、あわてて降りてきた。
「どうした? 何か問題ごとか?」
「いけない、トロールキングがいる……! それにトロールも数がすごいよ、ありえないよこんな東の森で、深遠の森の奥地にでも行かないと生息していないのに!」
「どれくらいで此方と接触する?」
「このまま行けば接触しない、けど進行方向に村が……!」
「アルフ! リリス! 二人でトロールキングはどれだけ持たせられる!」
「ちっ、キングか、わかんねぇな、負けることは無いとは思うが他にトロールがいるんじゃ何とも言えねぇ」
頭をがりがりと掻きながら応えるアルフ、トロールキングと言えば国で対処する厄災の一つと言える、竜ほどではないがその怪力もさることながら知能が低いといわれるトロールの中で優秀な知能を持ち、トロールを統率する、また耐久力と体格も通常のトロールとは違い、その姿から不死の巨人と呼ばれる。
「トロールの殲滅は余裕だろう、しかしキングが居るとなると話は別、統率力も半端なものではない、同時に相手をするとなると零れる可能性がある」
リリスがアルフの言葉に補足する、その顔は苦渋に満ちている。
「だから我々が殿を……!」
怒鳴り口を挟むクローナさん、軍としての立場、大人としての立場、彼の葛藤があるのだろう。
「死ぬだけだ、やめておけ、どうするスオウ時間は無いぞ」
言い切る前にリリスがクローナさんに声をかけ、こちらを見てくる。
少し考えた後クローナさんに向き直る。
「クローナさん至急新人を集めてチームを作りスイル国の方を連れ、逃がしてください、そして国に早急に軍の手配依頼をかけるように、と」
新人がいたら足手まといだ、ライラに行かせた方が早いがトロールキングが村についてしまうと虐殺が始まる。
「なっ……」
絶句するクローナさん。言っていることが理解できていないようだ、しかし流石は軍人、直ぐに現状を把握し理解する、唇をかみ締め頷いた。
「リリス、アルフ、ライラ3人でキングの足止め、速攻で潰せ。その間俺とスゥイで零れたのを何とかする。クローナさんは熟練の方と俺とスゥイのフォローを、行くぞっ!」
死ぬつもりはない、しかし逃げるわけには行かない、知ってしまった以上やるべき事はやる、後で後悔したくは無い、やってみせる、己が力を駆使してみせろ。
声を掛けると同時に加速魔術を詠唱し走り出した。