phase-40 【山脈の道標】
ベルフェルス山脈はスイル国とカナディル連合国家の国境となり、北と南に分ける山脈である。
山そのものはスイル国に存在しているが一部カナディル連合国家にも存在し、年に数回、両国共同で調査が行われる。
スイル国の西に存在している深遠の森、魔木の伐採所としても有名なその森は、一個大隊で伐採に行く必要があるほど混沌としたマナに満ち溢れ、強力な魔獣が生息している。
その深遠の森と繋がっているベルフェルス山脈は稀に生息域を追われた魔獣が人の住む場所へ降りてくる。それを未然に防ぎ、数を調整するのが調査の主な目的である。
しかし魔獣は普通の人間で倒せるような安易な生物では無い。必ずカナディル連合国家とスメル国の軍人が共同で事に当たっている。
尚、蛇足ではあるが、この魔獣討伐がカナディル連合国家の国境警備隊で毎年恒例となっている新人歓迎会でもあったりする。
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「ブルーム隊長、学院からの餓鬼どもが今回の調査に参加するそうです。どうやら加護持ちが二人居るそうですよ」
此処は国境警備隊の一室、先ほどカナディル連合国家から通達を受けた連絡事項の報告を行う。
報告を受けているのはカナディル国境警備隊隊長ブルーム=コルトローレン、報告をしているのは部下であるクローナ=ハナウェスである。
「おいおい勘弁してくれよ、国同士の厄介事に巻き込まれそうじゃないか」
手をひらひらと振り、机の上に脚を乗せ、椅子にふんぞり返っている隊長が返事をする。
「なにを言っているのですか、国境警備隊なんですから国同士の厄介事に巻き込まれるのが仕事でしょう?」
「いや、それは違うぞクローナ君、絶対に違うぞクローナ君!」
何が違うんだとは言わない、きっとその場のノリで言っているだけに違いない。
「ともかく国からの指示は最低でも10名は此方から出せとの事です。あまり多すぎると帝国を刺激しかねないので人員は厳選しろ、だそうですよ」
「かぁ~、気楽に言ってくれるねぇ、これだから中央の豚どもはうまい飯を喰ってふんぞり返る事にしか興味がねぇときたもんだ」
ふんぞり返っているのは貴方も同じですが、と言いたいのを我慢して続ける。
「スイル国からも調査員として数名寄越すようです、が、まぁ建前ですね」
「けっ、どーせ帝国の人間だろーが、ま、表面上は仲良くお付き合いしてましょーかね」
「言動に気をつけてくださいね隊長、面倒事は避けるに越した事はありません、後こんな状況ですから今年の新人歓迎会は中止にしましょうか?」
「うんや、こんな事で伝統を反故にしちゃいかん! いかんぞクローム君!」
急に力説をしだす隊長、その拳は震えている、でも名前が違う。
「クローナです。まぁ、隊長が言うのでしたら構いませんが、では私と新人を一人、あとは隊長が決めてください、隊長を含めれば後7人ですね」
「あー、じゃあ此処から此処までで」
団員のリストを上から7人適当に選ぶ。
「隊長……、厳選しろとのお達しですが」
はぁ、とため息を付き返してくる。
「ふん、うちの人間は全員兵だ、中央でふんぞり返ってる豚共と違ってこちとら毎年魔獣を相手にしている、文句は言わせねぇよ」
スイル、いや帝国に舐められないように錬度だってそこらの兵と一緒にしてもらっちゃ困る。
「そうですか、ではその様に」
礼をして退室していく。
部屋に残るのは隊長が一人。
「まぁ~ったく、俺が任期中には面倒事が起こってくれない事を願うよ、悠々自適な老後生活が俺を待っているのさ~」
ぐっと、背を伸ばし、欠伸をする。その目は眠たそうに半分閉じているが、戦士の目であった。
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「準備はいいか? そろそろ出るぞ」
予定されている調査の開始日まで後5日、少し猶予を持って出ることにした俺達は学院の前に集まっている。
「予想より甘かったですね、まぁ、1ヶ月に1回は報告しろとの事ですが、誰か一人が戻れば良い様ですし」
5人全員もしくはアルフとリリスだけ一度戻せと言われるかと思ったがそんな事はなかった、もしかしたらカナディルから優秀な人間が来るのかもしれない。
「そうだな、まぁ全員戻していたら護衛役にはならんだろう、予想の範囲内でもある」
「スゥちゃん、スオウ君こっちは準備できたよー、馬車に先に乗ってるね」
ライラが自分の分の荷物を持ちアルフ、リリスと一緒に馬車に乗り込む。
「あぁ、わかった直ぐ行く」
ライラの方を振り返り応える、足元にある自分の荷物を持ち上げ馬車に向かう。
「そういえばこの依頼、最低3ヶ月となると冬はスオウの実家にお伺いできそうもありませんね」
同時に自分の荷物を持ち、隣を歩くスゥイから話しかけられる。
「まぁな、一応手紙は出しているが、あまり無理はするなよと心配されたしな、時間があれば顔を出したい所ではある」
お互い仕事が忙しいだろうに心配してくれている、ルナはどうも仕事が増えるから帰ってくるなと言っている様だが、メイドとしてそれはどうなんだ……。
「そうですね、ロイドも喜ぶでしょうし」
ロイドもそろそろ7歳だ、学院に入学してもおかしくない、がどうやら学院に入学するのは見送るようだ。魔術適性はあったのだがどうやらロイド、家業に興味を持ってきたらしい。個人的には嬉しい話だが弟と同じ学院に通うのも楽しみであったので複雑だ。
表立っては言わないが母上は内心安心しているかもしれない。俺は7歳で外に出てしまったから、やはり傍に居てくれるならそれに越した事はないと考えてる気がする、先日来た手紙の文もその辺が見て取れた。
「そういえばお前はいいのか? 余計なお世話かもしれんが実家に一度も帰ってない気がするんだが」
前にも考えたことではあるがスゥイは知る限り実家に帰っていない、もう7、8年だ大丈夫だろうか。
「ええ、まぁ家はいいのです、ライラから話もいっているでしょうし、手紙のやり取りは頻繁にしているので。」
「そうか、まぁ、お前が言うならいいが」
あまり無理強いするものでもない、か。まさか家庭内暴力とかじゃないだろうな、いや、スゥイに限って、でも決め付けるのも危険だな。
「ふふ、ご心配しているような事ではありませんよ、当家は元貴族というお話はしましたね?家に帰ってくるくらいなら日々精進して実力を磨け、と、言われるのですよ。祖父は厳しい人ですので。」
笑いながらそう言われる、どうやら顔に出ていたようだ。
「そうか、だが母親は? 心配するのではないか?」
「ええ……、まぁ。ですが、日々精進し、母に自慢できるような魔術師になって卒業したいのですよ」
少し困ったような顔で言う、どうやら余計なことを聞いてしまったようだ。
「そう、か。しかしあまり無理はするなよ」
「ええ、有難う御座います。それでは行きましょうか、目的地まで約二日です。早く着いて向こうでゆっくり出来る時間が欲しいです」
先ほどの顔はどこへやら、晴れやかな笑顔で言ってくる、たしかに二日馬車に揺られてすぐに仕事は辛い、早めに着いて休息を多く取る事に異論は無い。
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「そう言えばリリス、お前は冬、実家に帰る予定だったのか?」
馬車の中、そういえばと思い出した事をリリスに聞いて見る
「そうだの、私としては正直あそこは息が詰まるのでな、学院に居るつもりだったぞ、アルフやライラも残るつもりだったようだし、丁度良いかと思ってな」
斜向かいに座るリリスが応える
「なんだ、お前らも帰らないつもりだったのか?」
「うん、私はちょっと調べたいこともあったし、コンフェデルスまで戻るの大変だからね~。野外活動がどうなるか分からなかったし、今年は最初から帰らないつもりだったよ」
「あぁ、俺はちょっと違う、俺は一応帰るのは帰るんだが1ヶ月程で戻るつもりだったんだ。中等部も座学が、な。このままだと俺だけ皆に置いてかれる可能性が高くて勉強しようと思ってたんだ、リリスは1年待ってくれるって言ってるのにこれで俺が落ちたらな、と思ってさ」
アルフ以外の4人が驚いたようにアルフを見る。
「リリス、どうやら調査では竜が出るかも知れんぞ」
深刻な顔をしてリリスに向かって話す、話しかけられたリリスもまた深刻な顔をしている。
「ううむ、それは嬉しいがそれだけで済めば良いのだが」
もしかしたら山脈が噴火するかもしれないぞ、とのたまう、山脈が噴火なんてしたらそれこそ天変地異の前触れだ、いや既に天変地異の前触れがこの馬車の中で起こっているが。
「スゥちゃんどうしよう、世界の終わりが、世界の終わりが来たよ!」
あぁ、どうしよう、とばかりにスゥイに話しかけるライラ、現実を認めたくないのだろう顔をふるふると振っている。
「落ち着きなさいライラ、あの年頃の男性は夢を見たがるのです、消して叶わぬ夢を、だから私たちは温かく見守ってあげる事が大事なのですよ」
ライラの肩に手を置き慰めるスゥイ、その後アルフを見る目は慈愛に満ちている、いや侮蔑も入ってそうだ。
「お前らっ!」
アルフの怒鳴り声と共に馬車の中で笑い声が響き渡った。