phase-36 【騒乱の終結】
「案ずるより産むが易し、だったか、懐かしい言葉でもあるな……」
あの騒ぎから1週間、学院も表面上は沈静化し、俺達は中等部の授業を受けている。
「どうかしたのですかスオウ?」
「いや、なに、思っていたほど面倒事にならなかったと言うか、いや、むしろなったというか」
はぁ……、とため息を付きながら言う。
「そうですか?私としては好ましいかと思いますが、まぁ、ライラは複雑でしょうが」
「恋敵か? うーん、でもあれは違う気がするぞ……」
アルフを引っ張りながらこっちに来るリリスを見ながら言う。
「アルフ、ライラ、次の授業に行くぞ! スオウなにを呆けておる、唯でさえ間抜けな顔がさらに間抜になっておるぞ」
時間は確かに迫っているがそこまで急いでいくことはないだろう、というか間抜な顔をしていたのか俺は。
「リリス訂正してください、スオウの顔は間抜ではありません、腑抜けなのです」
「いや、おい、ちょっと……」
オチに俺を使うなよ……。
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あの後。
「とりあえず、だ。これからの事だが俺達はチームになる、5人一組のチームだ、だからふざけた真似は二度とするな。アルフもだぞ、聞いてるのか?」
ライラにまで裏切られたのが答えたのか部屋の隅でへこんでいるアルフに声をかける。
「わ、わかってるさ、もちろんだ」
声をかけられ、びくっ反応し此方を向いて返事をする。
「な……、チーム、とは、私は退学になるのではないのか……?」
少し驚いたのか、目を見開き此方を見てくるリリス。
「なんだ退学になりたかったのか?」
それなら申告してやろう、とばかりに聞き返す。
「いや、そんな事は……、ないが……」
通じたのか辛そうな顔をして答える。
「なら問題ないだろう」
「んー、ってことはスオウ君の予想通りって所? でもこのお姫様と私じゃ実力的に付いていけないよ……」
しょんぼりと羽をしおらせて話に入ってくるライラ、いや、そもそもこのじゃじゃ馬とアルフに付いて行ける奴は居ないから。
「お姫様じゃないじゃじゃ馬だ、こんなふざけた皇女がいるかっての」
「そーだな、たしかに居ないな」
どうやら落ち込みタイムは終わったようだ。
「今はお前に発言する権利は無い」
手の甲を向けて、しっしっと払う。
「ひどっ……、ちょ、ひどくない!?」
なんか騒いでるが無視だ、無視。
「ふぅ、真面目に話すと、だ。学院側としてはアンタを退学にする事は出来ない。今回の件は国の依頼を断るだけの理由にはならなかったようだ、先ほど学院長と話した感じでは間違いないだろう」
まぁ、おそらくそれが本当の所かも怪しいものだが。
「そうか、結局は皇女だから、か」
ふふっと、笑いながら言う、その笑いは何処が自虐に満ちている。
「そうだな」
そんな事はお構い無し、即答する。
「じゃあ、おぬしらも皇女で、学院からの命令だから仕方が無くといった所か」
結局はそうなるのか、どこか諦めた気持ちで聞く。
―――――だんっ
急にアルフが床を叩き、立ち上がる。
「ざっけんじゃねぇ、国だとか学院の思惑なんざ関係ねぇよ、そんな事でぐだぐだ言うようなやつは俺らの中にはいねぇっ!」
ギリッ、とリリスをにらめ付けて言う。
「いや、ぐだぐだは言わないが、俺は仕方が無く、だ」
何を言っているんだ? とばかりに口を挟むスオウ
「おい……」
「スオウ君……」
アルフとライラが同時に此方を見る、なんだ俺は悪くないぞ?
「ここはお前、ああ、そうだぜっ! って言って仲直りする所じゃないのかよ!?」
アルフが拳を握り締め熱く語る、その目は愛と、勇気と、友情とかが溢れてそうだ。
「どうやら違うらしいぞ、すまんな」
そんなのが溢れてくる前に答える。
「スゥちゃん……、スゥちゃんからもなんか言ってよ……」
「私が? ですか? ありえませんよライラ、スオウを増長させるならまだしも抑えるなんて、そんな事したらつまらな……では無く人権の侵害ですよ」
「スゥちゃん、増長させるって言ってる時点でもう駄目だと思う……」
なんか後ろでライラとスゥイが話している、ライラが疲れた目をして此方を見る、とりあえず置いておこう。
「学院長からは中等部に在籍するに当たって俺、スゥイ=エルメロイ、アルフロッド=ロイル、ライラ=ノートランド、リリス=アルナス=カナディルの5名でチームを組めとの事だ。だが、毎回あんな騒ぎを起こされてもらっては困る、なので学院長と条件を交わして来た。
一つ今後諍いが起こった場合、学院側が責任を持って対応し、それによって生じた賠償を引き受ける事。
後もう一つ、アンタに対する無礼を班員は一切免除される事。
わかったかじゃじゃ馬、今後俺はこうやって呼んでもまったく問題無いと言う訳だ、皆も皇女なんて呼ぶ必要はない、リリスかじゃじゃ馬と呼べ、俺としては後者がお勧めだ」
なんか質問はあるか? と、リリスに聞く。
「リリス……と?」
目が泳ぎ、視点が定まっていない、大丈夫だろうか。
「いや、じゃじゃ馬だ」
当然とばかりに返す。
「そうは言っても俺はもう呼んでるしな、そういえば不敬とかにあたるんだっけ? ま、いいやこれで丸く収まる? だろ? よろしくなリリス! 知ってるとは思うがアルフロッド=ロイルだ、俺と張り合える奴が居るとは思わなかったぜ、いやぁ、面白いダチが出来た!」
驚いてアルフを見るリリス、その顔は呆然として、その目はアルフを映していない。
「ええと、よろしくお願いしますリリスさん。たしかお一つ上でしたよね、ライラ=ノートランドと言います。ライラと呼んでください」
ぺこり、と頭を下げて微笑むライラ、うーん唯一の大人の対応かもしれない、でも今回の件、俺は自重しない。
「宜しくお願いしますリリス、スゥイ=エルメロイです。では迷惑を被った我々に紅茶でも振舞ってもらいましょうか?」
ふふ、と黒い笑みを浮かべ言い放つ。なんか昼ドラの悪女の役なんか向いてそうな気がする。懐かしいな昼ドラ……。
「あ、あぁ、紅茶か、わかった淹れて来よう」
どこか呆然としたまま立ち上がり、紅茶を淹れに行こうとするリリス。スゥイが珍しく驚き目を見開いている。
「えええぇええ、ちょっとまってちょっとまってリリスさん、紅茶なら私が淹れるから!」
あわてて立ち上がるライラ、いや、別にお前も淹れる必要はないぞ、スゥイに淹れさせろ。そんな事より、重要なことがある。
「そうだ紅茶なんぞ淹れてる暇は無い、そうか、そうだな友達か、ならば友達として最低限の常識を叩き込んでやるのが優しさだろう、そこに座れじゃじゃ馬、俺がためになる話をたっぷりとしてやろう」
くっくっく、と笑いながらリリスの前に椅子を持って行き座る。アルフとライラが青褪め、スゥイが無言で部屋を出て行く。
「え……、あ……、え?」
何が起こっているか分かっていないリリス、心配するな、これ以上面倒事を起こさないようしっかりと教育をだな。
その後3時間たっぷりと説教を食らった皇女殿下、もといリリスは半泣きであった様だが、とばっちりを避け、その場を離れたアルフとライラとスゥイはその事実を知らない、それはリリスにとって唯一の救いだっただろう。
そしてそれ以外、彼女しか知らない理由でも唯一の救いだったはずだ。
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「なぜだ、俺はきちんと常識を教え込んだはずだ……、3時間では足りなかったというのかっ……!」
「そもそも15年間生きてきた性格を3時間程度で修正しようと考えることがまず無謀だと思います」
「俺の努力は無駄だったとでも言うのか……」
思わず空を仰ぎたい気分になる。けど室内なので空は見えない、残念だ。
「そうでも無いとは思いますけどね」
微笑みながら前を見る、その後姿はどこにでもいる学生だ。
「まぁ……、そうかもしれんな」
目の前で歩くアルフとライラそして、リリス、その顔はとても華やかに笑っている。加護持ちでは無く、唯の15歳の少女にしか見えなかった。
「なわけあるかっ! 昨日さっそくアルフと二人で訓練場を半壊したそうじゃないか!」
「相乗効果と言うやつですね、まぁこの展開も読めていましたが。ライラも諦め気味ですし」
どうやらスオウの苦労は増える一方の様だ。