phase-31 【祝賀の終秋】
9月も終わり10月の頭、寒さがゆっくりと近づいてくる。
先月の9月末、木は葉がまだ緑だった時、夏の暑さも最後とばかりに気合を入れた残暑具合、寒さが始まる前の季節。
中等部進級試験が終了した。
「「「かんぱーーーいっ!」」」
今は初等部の寮ではなく学院の初等部教室の一部で合格祝いの祝賀会が開かれている。
殆ど学院にいなかった俺やスゥイは別として結構な知り合い、友達が出来ていたアルフとライラはどこかで見たような気がする子供たちと祝杯を挙げている。
もともと騒ぐほうではないスゥイは俺と一緒に部屋の隅で大量に盛られたブッフェ形式の料理を適当に見繕って食べている。
もはや俺も13歳となり、来年は14だ、前世とあわせると35歳……、いやいや、無理無理、あのテンションは付いていけない。
あぁ、でも鬱憤が溜まったサラリーマンとかはあんなテンションになるのかも知れない。
結局経験できなかったサラリーマン生活を想像する。
「そういえば言っていませんでしたね、スオウ、合格おめでとう御座います、そしてアルフの奇跡に神への感謝を捧げます」
思い出したかのように言う、アルフの件は目を閉じ空に向かって祈りを捧げていた。気持ちは分からなくもない。
「最後はほとんど詰め込んだからな、これで落ちたら俺の苦労はなんだったんだ、って話だ」
「そうでしたね、鬱憤が溜まったアルフが訓練室の壁を廊下ごと叩き切った時はさすがに責任を感じましたね」
「あぁ、あの試験勉強でくそ忙しいときに呼び出しを食らって怒られたんだよな、なぜか俺が」
叩ききって半壊した訓練室の修理も手伝わされた、2時間説教食らった後に、おかしい、きっと怒ってよかった筈だ、タイミングを逃してしまって怒るに怒れなくなってしまった。
世界は理不尽で満ち溢れてる事を再度理解した。
「ええ、本当にお疲れ様でした。私も大変だったのですよ笑いを堪えるのが特に」
ええ、もう本当に大変でした、本当に、と言うスゥイ。かいてもいない汗を拭うパフォーマンス付だ。
「この野郎……」
「あ、これ美味しいですよスオウ、食べますか?」
皿を差し出してくるスゥイ、反論する気もなくなりそのスパゲッティらしき物を食べる、本当に美味しかったから腹が立つ。
「おーい、二人とも、こっち来いよ。紹介してくれって人が多いんだよ、そんな所で壁の染みになってる場合じゃねぇぞ、来年からはチーム制になるんだから友達作っておいて損は無いって」
噂をすればなんとやら、右手にライラ、左手は先輩だろうか、年上のエルフの女性が立っている。
ライラの機嫌が悪いように見えるのは気のせいでは無い、絶対。
「友達云々の理由以外であまり行きたくないのは俺だけか」
「奇遇ですね、私もです」
なんかこっち戻ってからこんなパターンばっかりだ、これがあれか無意識ハーレム野郎ってやつか、死んでしまえ、いやそれには軍隊引き連れてこないとダメだな、よし小指をぶつけろ、扉の角に思いっきりぶつけろ。そうしたらとりあえず許してやる。
集団の中で話しているアルフがぶるっと震えたように見えた。
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「改めて始めまして、始めましてではない人も多いと思いますが、スオウ=フォールスと申します、暫く学院に居ませんでしたが私も無事進級が出来ました。皆さんと一緒に学ぶことが出来る事、嬉しく思います。今後ともお付き合い頂ければ幸いです」
軽く礼をする、と、ひそひそと話声が聞こえる。
(あの人が噂の天才児?)
(そうらしいよ、2年目で必要単位を全て取ったらしい、噂だけどね)
(まさか、たしかに3年目から見なかったような気がするけど、でも試験の時は居た気がするぞ)
(そうだとしても試験の時だけ来て単位を取ったって事だろ? それでも十分天才だろ)
(ねぇねぇ、私はそんな事よりスゥイさんとの仲が気になるんだけど、どうなの?)
(ああ、付き合ってるらしいぜ? 天才同士のカップルってかー)
(えぇぇええ、私狙ってたのにー)
(いや、あんた昨日はアルフ君かっこいい、言ってたじゃない……)
よーし、めんどくさい状況になってきたぞ、帰って寝よう、祝賀会とか良いから寮に帰って寝よう。
どうせ今月は何も無いし、来月は中等部進級者は簡単な説明と確認事項の通達で済む。
引きこもろう、よし、引きこもろう。
「私も挨拶をしたほうが宜しいですね、スゥイ=エルメロイです。そして皆さん勘違いをなされているようです、私とスオウは付き合ってはおりません」
おお、よく言ったスゥイ、言ってやれ、もっと言ってやれ
「既に夫婦です」
Oh....何言ってるんだこいつ、もっと言ってやれとは思ったが、そんな事言うとは、はは、ロリコンになれと、俺にロリコンになれと言うのかっ!
35歳のおやじが13歳の子供にどーやって恋愛感情をもてっちゅーんじゃあああぁあああああ。
おおおおおおおお、と騒ぐ同級生を横目に、崩れ落ちた俺、ぽんぽんと肩を叩く誰か。
振り向くと満面の笑みでサムズアップしているアルフ。とりあえず瞬時に強化魔術を詠唱、左足を踏み込む、同時に蜘蛛の巣状に皹が入る地面。
同時に唱える魔術詠唱
【Je questionne Le bras droit】《突っ込みの神の右腕》
そのまま右の拳をアルフに向かって打ち抜いた。
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そんなこんなで、10月が終わり、11月、確認事項の通達が終わり、実家に帰る。
今年はスゥイは当然、アルフとライラ(コンフェデルスまで帰るのが面倒な様だ、アルフと一緒にいたいから、じゃないだろうか、と思わないでもない)
次に学院に行くのは3月だ、多少長い休みであるが俺は外輪船の最終チェック、朧を使った戦闘訓練等々、やることは沢山ある。
正直な所で言えば隠しておくべきかと思ったがとりあえず両親とアルフ、ライラには伝えておいた。
両親は興味津々でいろいろ聞いて来たが、アルフとライラはなんか二人とも、まぁ、スオウだし。で済んだ、納得いかない。
そんなわけで12月、年が明ける前朧を使った戦闘訓練の最中である。
左手に湖月を逆手に持ち、アルフに向かって疾走する。
いつもと同じ形、アルフ対俺とスゥイとライラだ。
【Rassemblez-vous】《集え》
【Une salve】《一斉射撃》
もはや手馴れた風の射出魔術。右手から風の弾丸が射出される。寸分狂いなくアルフの足元に着弾。
土ぼこりを巻き上げ一瞬だけ姿を見えなくする。同時にライラが上空へ飛び立つ。
【Feu Rassemblez-vous Mon bras Ma lance】《我が友火のマナよ、集え集うは我が心槍》
【Il est attaché et le maintient】《留まれ、維持せよ、我が友よ》
空中で詠唱をするライラ、それに気づいたかミサイルの様に土埃の中から空中に飛び出すアルフ。
【Rassemblez-vous】《集え》
【Un pistolet de l'eau】《水の銃》
アルフがライラにたどり着く前に横からスゥイの水魔術を受け一瞬怯んだ隙にライラの詠唱が完了する。
右手に持つ木の棒が火を纏い、槍の形状を形成する。
背中が見えるほど後ろに身体を捻り槍を構える。
次の手に気づいたのかあわてて全身に強化魔術を重ねがけするアルフ。
強化魔術の強力さが傍目で分かるほど、アルフの全身が淡く青色に発光した瞬間
【Une lance du feu】《火槍斬撃》
元が木の棒とは思えない様な火の槍がアルフに直撃する。
ここで油断してはいけない、おそらく無傷の可能性が高い、ライラもその辺は理解している。既に次の詠唱に入っている。
《火槍斬撃》が放たれると同時にアルフの後ろを取っていた俺は右手で朧を抜き放ち
―――――パァン
即座に射撃、そしてその場を離脱し再装填した瞬間。
―――――ドガァァァアン
自分のいた場所に1mほどのクレーターが出来る。
《火槍斬撃》の直撃した煙が開けた所に拳を振り下ろしているアルフがいる。
どうやら素手で打ち返したようだ、さすがアルフ半端ない。と、同時に俺に向かって急降下。
ふっ、あまい、そう何度もやられてやると思うなよ。
加速魔術がかかっている俺は瞬時に後退、魔術詠唱の暇すらない神速の速度で迫るアルフ。朧の銃口を、流れるように見える横の木に向かって打ち出した。
―――――パァン
その射出されたマナは見当違いのほうに飛んでいく、しかしよく見るとロープが切られている。
唱え終わるライラの詠唱、アルフの頭上に2m程の水の塊、と思ったらその水の塊が水流となって突撃してくる、どうやらスゥイの詠唱も間に合ったようだ。
ぐっと足に力を入れその水流を切り裂こうとした瞬間。
足元に落とし穴が出現した。
「てめぇ! スオウっ、毎度毎度なんてことしやがる!」
「甘いぞアルフ、戦場では何が起こるか分からない、常に予想できる以上のことを考えて動くべきだ」
「馬鹿野郎! 此処は戦場でもないし鍛錬だろうがっ、罠に嵌めるやつがどこにいる!」
「此処にいるじゃないか。」
「ふ、ふふふ、ふふふ、このパターン懐かしいぜ……。懐かしいが、てめぇぇえええっ!」
落とし穴の底で吼えるアルフ。
水の魔術と泥でぐちゃぐちゃだ、かわいそうに。
怒り狂ったアルフに再戦を強要されボコボコにされた、しかし悔いは無い。
《突っ込みの神の右腕》は回避不能の必殺技です。