phase-28 【材料の形成】
工房の中、二人の男、一人は少年だろう、あどけない顔を残している。一人はドワーフ、こちらは壮年だ、その顔の皺が人生の経験と苦労を表している。
少し離れた位置には一人の少女、この場所には似つかわしくないその少女はその薄暗い工房の中でも一際目立つ、少年と同じ黒髪と黒目、同じくあどけなさを残した顔をしている。
―――――カンッ
台座に置かれた黒魔昌石を叩く音がする。と、同時にバシュン、と篭めていたマナが放出される。
作った黒魔昌石の弾は全部で10個、ネロさんが集めてきてくれた数と同数だ。
黒魔昌石の弾の出来具合はほぼ完璧といっても良い、刻印を済ませたハンマーで叩いた所込められたマナが放出するのを確認できた。
拡散してしまった為、威力はいまいちだったがこれをバレルで収束して放てばそれなりの結果が出るだろう、あとは魔木だ、魔木そのもので全体の増幅、補正を行うことが出来ればより望むものに近づけれるだろう。
1月頭、殆どの部材が揃った所で、加工済みの黒魔昌石のテストを工房内で行っていた。
あとは中旬~末には用意が出来るといっていた魔木が入荷するのを待つだけだ。
魔木は加工するのには特殊な刻印が入った工具が必要との事、当然その辺も抜かりの無いブルムさん、鉄加工だけでは無く、魔木の加工もやれるそうだ、さすがローズ家が自信を持って紹介しただけはある。
「加工期間はどのくらい必要ですか?」
あと2週間程で1度実家に帰る予定だ、それまでに組み立てて完成までこぎつければ助かる。そうすれば練習期間が役5ヶ月取れる、早めに学院に戻るとしても十分な期間だ。
湖月と組み合わせた戦闘方法もいくつか検討しないとな。
「ふん、そうだな3日もありゃぁ十分だ、届いた魔木の状態によっては乾燥をいれんきゃならんからな、まぁ、それを避ける為乾燥している冬に伐採するんだが、後は生息してる魔獣の行動が静かになる季節でもあるっつー理由もあるんだがな」
「乾燥していない可能性はありますか?」
おそらく無いとは思うが念のため聞いて見る。
「ねーな、そこら辺の木材業者ならまだしも用意するのはレイズ家の旦那なんだろう。まず間違い無く最高級品で状態も完璧なもんを持ってくるだろうよ」
六家のプライドっつーもんがあるからな、と蓄えた髭を撫でながら言う。
完成日当日はナンナさんとレイズ家のメイド長バラナさんが見に来るとの事、あまり手の内は晒すべきではないが……、どうした物か。
作成途中で分かったことが一つ、銃弾の形状に加工した黒魔昌石にマナを万遍にギリギリまで込めることが出きるのはおそらく宮廷魔術師でもそうは出来ないという事。高度な魔術制御と放出が必要だそうだ、込めるマナは驚くほど大きいと言う程の物では無いのだが、割れないように調節しながら注入するのは簡単な事では無いとの事。
以前スゥイにも言われてはいたが、まさか、と思い普通の魔昌石でネロさんやその従業員の人に試してもらったら、ものの見事に全部割れた。
そもそも魔昌石は小さいと使い難い事は有名な話である。その為最低でも手の拳程度の石が取引されるのが標準だ。ある程度の大きさが無いと篭めるマナを受け止めれない。
分かりやすく言えばマナが水、それを注ぐ為に皆がもっている者はバケツ。バケツの大きさは人それぞれだが大きければ大きいほど出てしまう量は多い。人によっては傾け具合などで調節する。
ちなみに魔昌石はコップだ、大きさによってそのサイズが変わりどんぶりや、それこそ同じようなバケツサイズの物もある。がしかし今回作成した銃弾形状の魔昌石は一升瓶の形状と言って良いだろう。
魔術刻印を表面に刻むことにより特殊な形状を持ってしまったといっても過言ではない。
溜め込む量は多いかもしれないが口が小さく、バケツなんかで注いでしまったら一気にこぼれ出てしまう。
しかしスオウは幼い頃からの鍛錬と、自分の扱えるマナの少なさを自覚。とは言え上級魔術を使って気づいたのだから標準以上ではあるとは思うのだが。
まぁそんなわけで各魔術の使用されるマナの配分量と放出量を正確に把握、天才的なまでの制御能力を手に入れていた。
スオウのバケツは先端の形状が漏斗になっていると言っても過言ではない、それもサイズ変更が可能な、だ。
いつぞやスゥイが言っていたことが実証された。
ほらみたことかと言われるのが目に浮かぶ。
そんな事からまさに自分専用の魔術銃たる魔術礼装が着々と完成に近づいて行く。
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おそらく俺以外に使える人が居ないと言う事と、ギミック等の設計図はリーズさんとブルムさんに分割して渡しているし、細かい部分は自分で作った箇所もある。見られて脅威と思われるのは仕方が無い、牽制として活用するとして、あまり脅威と思われないようにしなくては。
幸か不幸かローズ家もレイズ家も既に当家と手を結んだ形だ、いまさら敵対する事はないとは思うが強すぎる力は何を呼ぶか分からない。
篭めるマナは半分程度で射出するのが良いだろう、あくまでも魔術詠唱が必要ない便利な武器、程度の認識で治める必要がある。それでも十分脅威ではあるのだが……。
1月中旬を少し過ぎた所で、約束通りに魔木が手元に届いた。
約束どおり長方形の形状をした1本、そしてブロック状のが一つ。
その木は漆黒、ぼんやりと光を放ち、見ているだけで篭められているマナの力を感じる。
「これが魔木ですか、学院の加工済みの物よりずっと黒に近い、いえ、漆黒と言うべきでしょうか。」
驚きながら魔木を見るスゥイ、その黒い眼は大きく開かれて驚きを表している。
「そうだな、学院で使っていたのと比べると此方の方が黒い、学院のも黒いと思っていたが、これと比べると差が分かるな」
同じく同意する、記憶ベースではあるが学院の魔弓を横に並べたら一目瞭然だろう。
「おうよ、魔木はその品質は黒の深さで決まる、こいつぁ間違いないくらいの最高級品だな、どーやら坊主が渡した本はそれだけの価値があったと見たか、今後の投資か、貸しを作られた、かもしれんぞ?」
ふん、と鼻を鳴らして言ってくるブルムさん、しかしその目は嬉しそうだ、やはり最高級の材料で作れる喜びがあるのだろう。やはり彼にお願いして間違いはなかった。
「俺もここまでの魔木を使って仕事をするのはそうそうねぇ、長い職人生活でも数える程度だな、こいつぁ腕が鳴るぜ」
刻印を跡で入れる為にリーズの姉ちゃんにも声を掛けておかねぇとな、と外に出て行くブルムさん、どうやら加工作業を始めるようだ。
「じゃぁ、俺達は邪魔になるわけにも行かないしな、餅は餅屋、予定では3日かかるといっていたからな、外で時間を潰していよう」
加工していく様を見ていたかったが、あまり傍をうろちょろして集中を乱すのも申し訳無い、なにより今までの出来上がっている部品を見る限り彼の腕に問題は無い、信じて待つのも仕事だ。
「そうですね、そういえば欲しい服がありまして、着いて直ぐに工房に篭ってしまい買いに行く暇が有りませんでした、少し付き合っていただけませんか、というか付き合え」
こっちに着いてからずっと篭って仕事をしたのですから、息抜きも必要でしょう、ええ、必要でしょう。と言いながら俺の手を掴んで引っ張っていくスゥイ。
「あ、あれ? ちょっと、選択権は……」
「さぁ、行きますよスオウ、時間は待ってはくれないのです」
ふぅ、とかいても居ない汗を手の平で拭いながらそういうスゥイ。
まて、ちょっとまて、俺の扱いが最近さらに酷いのは何でだぶっっ! ろごふっっ!
鳩尾に一発、後頭部に一発、目にも留まらぬ早業でスオウを伸して引きずっていくスゥイ。
「貴方の実家を出るときにかわいいと言っていた服を買おうとしているのですよ、貴方の為に着飾ってあげようとしているのにずっと工房に篭りきりとはどういう事ですか。さっさと黙って付いてきなさい」
もはや意識もないスオウ、黙って付いて行く所か、黙らせられて連れ去られて行くスオウがそこに居た。