phase-27 【恐怖の赤月】
「トンネルを抜けたらそこは地獄だった」
「何を言っているのですかスオウ、現実を見てください」
oh...見たくない、俺見たくないよ。
学院、来年は中等部への進級試験を控えた12歳の日、久しぶりに会ったアルフとライラ、聞く所によると全てトップの成績で突き抜けてるようだ、格闘技系のみ……。
魔術理論や複合魔術、強化魔術応用などといった科目が軒並み全滅。
ライラが、ごめんなさい、がんばったんですけど……と、申し訳なさそうに言ってくる。
大丈夫、わかってる、わかってるよ君は悪くない。
ふふ、ふふふ、と笑いながらアルフを見る。目を合わせないようにしていたアルフがびくっと震えたのは気のせいではないだろう。
試験まであと1ヶ月、なんとかせねば……。
とりあえずライラが纏めておいてくれた欠点を重点的にやろう、となったが、どうやら正直全部ダメって言ったほうが早いようだ。
こうなったら詰め込み式でいくしかない、なに1ヶ月程ある大丈夫だ、後日アルフから俺の後ろに般若が見えたと言っていた。
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本日の詰め込み、もとい拷問時間終了、今はコンフェデルスから着た手紙を読んでいる。
差出人はローズ家のナンナさんからだ。内容は差し障りない近況報告と、父上から売ってもらった魔昌蒸気船の件についてだ。試作船が完成し、進水式も無事完了、両家の今後の発展を祈って、と早速ローズ家に破格で販売する事が決まったとの事。
もちろん金額面では安値だが技術の隠蔽等々、裏で色々と取引があったであろう事は間違い無い。
手紙にもさすが親子、と書いてある。
俺の場合は前世? の記憶もあるから、なのだけどな。とあまり素直に喜べなかったが、まぁ、評価してくれている分には構わない、大人しく喜んでおくべきだろう。
レイズ家との関係も親父含めフォールス家で結んだようだ、ローズ家に暗黙の了解済みで、だ。
ただ、表立っては結んでいない、物流のネロさん経由で仕入れる事で話を済ませた。六家の内二家と繋がると必要以上に力を持ってると対外的に見られてしまう、程々が良いのだこういう事は。
来年は中等部試験がある事だし、中等部は在籍期間はストレートで行けば2年だ、溜め込んだ知識でチートはまだ出来るだろうが、今までのようにあまりあちこちには行けないだろう。
野外学習も始まることだし、な。
手紙を折りたたみ引き出しにしまう。念のため施錠魔術をかけて、外に出た。
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試験期間が終了、いつもの通り真っ白に燃え尽きているアルフ、そしてそれを介抱するライラ。
なんか去年も見た光景だな、と思いつつスゥイと一緒に最近出たフォールス菓子、苺大福、に舌鼓を打つ。正確には苺ではないのだが、まぁ俺にとっては苺だ、細かいことは気にしない。
ちなみにこれ俺が発案した。最初は何考えてるんだこいつとまでに見られたが食べさせて納得させた。
問題はもち米がなかったので表面を覆う餅が問題だった。が、そこは創意工夫、ジャガイモでは無いがジャガイモと以前作った片栗粉ないし白粘粉で餅らしきものを作り上げた。
味はまぁ劣るが十分だろう。そんなこんなでそんな素材を使ったお菓子の開発に今は勤しんでる様だ。
「うう、もうだめだ、俺を置いて行ってくれ、お前は、お前は生きるんだ」
なんかわけのわからないことを言い出したアルフ君、大丈夫心配いらない、今日のノルマを覚えきるまでは置いてかないから。
テスト期間が終わったからと言って俺が居る間は逃げられると思うなよ。
やっぱり緑茶が欲しいよなぁ、と思う平凡な一日の一齣。
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10月頭、無事アルフが単位を取得している事を確認、俺も分割された単位を取得している事を確認後、出立の準備をする。
来年は進級試験もあるため、6月頃には戻っておきたい。レイド家の当主の話では来年頭には魔木が手に入るといっていたから、それの加工等々で殆ど時間がないだろう。試作品の試験と練習もしないとならんし……。
スゥイは当然の事ながら付いて来るそうだ。俺が作っている物がどんな物に仕上がるのか楽しみ、と言うのと自分の魔弓の件だ、自分が出来ることは言ってください、と言っていた。
一度帰省後、直ぐにコンフェデルスに立つ予定だったが、魔昌蒸気を利用した外輪船の件で行き詰っているとの事、修正案と代替案を出し、父上と一緒に検討。気付いたら1ヶ月ほど出立が遅れてしまった。
11月末、南に位置しているとはいえ肌寒くなってきた季節、コンフェデルスに向かって出立した。
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12月も半場、南に位置しているとはいえ寒いことには変わらないコンフェデルス。
特に首都は北部に位置してることもあり、特に冷え込む。学院とは違って雪が降るほどではないが、薄着で出たら次の日には高熱の親友と、ベットのお友達が出来ることだろう。
「今日は特に冷え込むせいか星が綺麗ですね、赤月と青月も良く見えます」
空を見上げながら言う、スゥイ、ずいぶん前に思った気がするがこの世界は月が二つある。もちろん太陽は一つだ。
太陽光の反射で光る月だと思うなかれ、さすが異世界、この世界の月は自分で淡く発光しているのだ。表面に散りばめられた魔昌石が空間のマナを吸収、放出を繰り返し、あまりにも濃いそのマナが淡く光っているように見えるそうだ。実際月に行ってみたわけではないので本当かどうかは知らない、ただのどこぞの研修者の受け売りだ。
青と赤で色が違うのは不明だ、伝承では住む神が違うとなってはいるが、生憎神は信じない、と言いたいが加護持ちとか言う分けの分からんものも居るし、本当に居るかも知れないと最近は思……いたく無い。
二つの月は移動する速度に差があり、二つの月が重なると月が半円を灯す、全て重なると月が円を灯すと言う。時間で言えば10時、12時くらいだ。実際は日によって時間にずれがあり正確ではない。
まぁ、昔の人が良く使っていた言葉で最近の人はあまり使わない表現の様、昔の日本の丑三つ時等と同じような感じだろう。
青い月が先導し、赤い月が追いかける、そして12時を過ぎると今度は青い月が赤い月を追いかける。
その様と色から青い月が男月、赤い月が女月と呼ばれることもある。
「いやぁ、そうは限らない場合も多いと思うんだがな、むしろ逆パターンのが割かし多いんじゃないか」
なんとなく伝承そのものに男の見栄の様なものが見えて、どの世界でも男は見栄っ張りなのかもしれないなぁと思う。
「急にどうしましたスオウ?暑さで頭がやられると言うのは良く聞きますが、寒さで頭がやられるとはさすがスオウですね、そこも常識の範囲内で収まらないとはさすがです」
大丈夫ですか? と顔は心配そうだが、口がひくひくと笑いを堪えているのが分かる。
「それ褒めてないよね、絶対褒めてないよね……」
この子相手には見栄を張ると碌な事にならない、絶対。
尚、月蝕も一応ある、30年程に一度だけあるそうだが前の世界と違い、こちらは喜ぶべき現象だそうで、二つの月が二つ重なり、姿を隠し生まれ変わる。新たなる月の誕生、だそうだ。つまり初夜と子供ですね、わかります。
ぶっちゃけ、単純に太陽に隠れるだけなんだけど、天動説のこの世界には説明は難しいだろう。
しかし丁度月が重なったときにさらに太陽に重なるとかありえねーよ、どんな天文学的確立だよ。いや、これはきっと魔術なんだ、魔術が全て解決してくれるんだ、なんて便利、魔術サイコー。
話は逸れたが、伝承はさまざまあるようで、世界に攻めてくる悪魔を共に倒しに行く、とか、疲れた二月を互いに癒す休みだ、とか、目を忍び貴方の傍に居続ける等々。
まぁ、常に二つ一組で考えられる月の伝承である。
疲れた二月を互いに癒す、とか貴方の傍に居続ける、はアルフとライラにぴったりかもしれんなぁ、とも思わないでもない。
「今度は何をにやけているのですか? 精神を病んでしまったのなら介錯を受け持ちましょう、不憫な貴方を見ているのは辛いです」
よよよ、と泣きまねをするスゥイ。
俺の方はどうやら一方的に青い月が赤い月に攻撃されてそろそろ墜落しそうです。これ以上無い位でかいクレーターを作ってやる、絶対。
大分前に書いた半円を灯すとかの説明、と、日常を書きたかった。設定はごめんなさい煮詰め具合が不十分かもです。