phase-25 【裏方の事情】
「予想以上でしたねナンナ様、しかしよろしかったので? 先ほど渡していた本、本当に取引に使えるほどの技術の場合、レイズ家の力が変動する可能性があります」
夜、私室で話すのはナンナ=アルナス=ローズと先ほどのモノクルをかけた執事。
「そうね、あの様子だとまず取引に使えるレベルの技術でしょうね、しかもそれを私が見ている前で渡すとは何を考えているのかしら。考えられることは自分の売り込みかしら? でもあまり権力には興味はなさそうに見受けられたけれど、他に考えられるかしら?」
淹れられた紅茶を飲みながら傍に控える執事に聞く。
「わかりませんな、ですが唯の12歳の子供と思わないほうが宜しいでしょう、おそらくその辺の策略家より頭が回ります、なにより度胸もある。フォールス家と手を組んだのは間違いではなかったようですね」
「ええ、けど油断は出来ないわ、完全に協力関係であるかどうかは分からないし、技術を渡す以上おそらくレイズ家とも関係を結ぼうと考えているのかもしれないわね、敵対するには不確定要素が大きすぎるし、対応に困るわね」
なにより本人が自分の年齢によって出来る事、出来ない事を把握している。普通の子供では無い。
「とりあえずコンフェデルスに居る間は出来るだけの支援をするべきかと、恩に報いる行動をする傾向があるようですし、それとこちらの資料を、学院に調べに向かっていた者の報告では敵対した相手には容赦をしていないようです。子供相手の喧嘩と回りは見ているようですが、方法が狡猾です、とても10歳やそこらの年齢で出来ることではありません。付き添いと言っていたスゥイ=エルメロイ、彼女もなかなかにやるようです」
「なるほどね、では対応は今までと変わらずに、と言ったことかしら、此処まで話されていると思われている位で考えていたほうが良いかもしれないわね」
「ええ、そう思います」
恭しく頭を下げて言う執事。
「ふふ、味方で居てくれる事を願うわ、敵に回ると少々面倒そうですから」
温くなった紅茶を飲みながら言う、その目は温和な15歳の姫様の目では無く、六家のうち一つローズ家の妻たるナンナ=アルナス=ローズがそこに居た。
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「と、話されているところでしょうね、スオウ」
俺に割り当てられた部屋で話す俺とスゥイ。
「まぁ、そんな所だろうな、あの後ナンナ様の目が笑っていなかったし、ちょっとやりすぎたかもしれん。まぁまともに魔木を手に入れる方法が思いつかなかったし、仕方が無いだろう」
首をすくめて返事をする。手にはフォールズ家の菓子、羊羹がある。コンフェデルスに2号店を出したようだ、仕事が速いというかなんというか……。
「ですが、先ほども聞きましたが本当によろしかったのですが? 私の分は自分で何とかするつもりだったのですが」
先ほど羊羹と一緒にメイドが持ってきてくれた紅茶を飲みながら此方を見るスゥイ。魔木を件、最初はすごい反対していた、施しのつもりですか、と。そんなつもりも無く、唯のついでであり、対価に見合わない情報は要らぬ警戒を招く可能性もあるため妥当である物を要求しただけの話だ。
「なに、どうせ渡した技術もどうせそのうち出てきたであろう技術だし、先んじて知るであろう利益で買った様なものだ、それに六家との関係を強化しておくに越したことはないからな、権力に興味は無いが、使える引き出しは大いに越したことは無い」
それに自分でなんとかできる物でもないだろう? と言う、個人のレベルでは魔木の素材など手に入れるのはほぼ不可能。ギルドのAランク所持者でなんとか、程度の代物だ。ギルド、冒険者の仕組みは又今度話そう。
ちなみに今回レイズ家に渡した技術は洋紙の性能向上の方法と燃えにくい木材、桐の育成方法と苗の提供、また木材加工における技術だ、日本の木材加工技術は芸術の粋に達している。最初は建築業のベルフェモッド家に売りつけることも考えたがレイズ家に提供する事にした。
おそらくレイズ家の人間がベルフェモッド家と交渉を行い利益を得るだろう。
この世界は木造の家も無い訳ではないがレンガ造りが多い、木で家を作る技術を提供すれば自然と必要とする木材も増え、出荷量も変わるだろう。また火に弱いのが木造だが、桐の提供と不燃液の技術の提供でクリア。
これでこちらを振り向いてくれないのならしかたが無い、他の方法をとるしかないな。
技術を受け取っただけ受け取って、はい、さよなら、と言うのも無いだろう、交渉を願ったのは物流の頭ネロ=パナウェルス、機嫌を損ねて痛い目を見るのは自分だ。ローズ家の後ろ盾もある。
戦争などに流用しにくい技術、提供するならこういった物なら問題は無い。
「ネロさんは勿論の事、思っていたよりリーズさんとブルムさんの方が最後は乗り気だったな。魔昌石そのものに加工する事は前からあったが、これだけ小さな魔昌石、しかも黒魔昌石に加工する考えはなかったようだし……」
「ブルムさんに到っては構造を理解してから暫く興奮が収まってませんでしたね、私はいまいち分からないのですがそれ程の物ですか?」
そもそもの使用目的は理解しているが、どういう仕組みなのかはいまいち理解できていないようだ。
「うーん、まぁ、ブルムさんの場合はギミックの部分でかなりの興味を示したようだからね、その性能自体では無いと思うよ」
「ですがそれ程の物なのでしょう?」
ふふ、と笑い聞いて来る。
「と、思うけどね」
此方もニヤリと笑い返す、物が出来上がるのが楽しみだ。
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一度実家に帰省後、再度コンフェデルスに訪問、訪問後直ぐにネロさんから報告があった。
良いことと悪いことの報告がある、と、まさに今の状況はそういう状況だろう。
レイズ家より魔木を頂ける約束は取り付けることが出来たとのこと。ネロさんより報告を受け、予定通りだな、と思ったところネロさんから申し訳なさそうに言われた。
「レイズ家の旦那からこの技術を考え出した人に会わせろ、って言われてな、そうすれば魔木はくれてやるって言うんだよ。悪いが会ってくれないかね? 任された以上申し訳ないとは思うんだが何を言っても聞いてくれない状態でね」
予想の範囲内ではあったが、まさかそこまで強く言われると思っていなかったな。予想していたより高い価値を見出したか?もしくはそれ以上の技術を求めたか……?
下手をうって拘束されるわけにもいかないが、さすがにローズ家の客として来てる、そんな事はしないだろう。
「あと、リーズの姉さんからの伝言でな、黒魔昌石なんだが指示された様な形状に加工するのは時間がかかるそうだ。まぁ、本人も本職の合間にやってる形だし、あんたも2年くらい余裕があるんだろ?」
「えぇ、そちらは構いません、急がせて中途半端なものを作られても困りますので」
特に黒魔昌石で作る弾は何度も使う物だ、使えないものを作られても困る。
「相変わらず言うねぇ、まぁ、そんなわけでレイズ家の旦那にあってくれよ、私も付き添うからさ」
ネロさんも付き合うならまぁ、大丈夫だろう、念の為逃走経路は調べてから行くべきだな。
「わかりました、ですがこちらもいろいろ調べていることもありまして、魔木に関してもさほど急いではいませんので来月再度こちらに来たときでも宜しいですか?」
「む、本当かい、そりゃこまったな、直ぐにでも会いたそうだったんだが……」
本当に困った顔をして言う、どうやら相手もかなり強気に出ているようだ。
「そうですか、でしたら明日の昼過ぎでしたら時間が取れると思います」
「そうか、わかった、じゃあそれで伝えておくよ。すまんねスオウ」
申し訳なさそうに言うネロさん、お尻に尻尾がたらん、と萎びてる。じゃあ明日な、と言って出て行く。
「スオウ、明日もそうですが暫くは特に用事はなかったと思うのですが、逃走経路等ですか? それでしたら今日中に調べられると思いますし、午前中でもよかったのでは?」
「なに、たいした意味はないよ、忙しい所で時間を作った、という認識にしたかっただけさ」
おそらく年齢で確実に嘗められるのは間違いが無い、まぁ嘗めてくれる分には全く問題は無いが今回は先に情報を渡してからの交渉だ、正直立場だけで言えばかなり弱い。相手の面子に寄る所が大きい。時間がないところ態々出向いたローズ家の客人、という立場を有効利用しないと。
魔木は既に渡すと言われているが所詮口約束、用心するに越したことはない。
調べた情報ではレイズ家の当主は優秀だが製造業や建築業に若干の劣等感を感じているとの事。優秀だとは聞いているが、さてはて、会ってみないことにはな。