phase-19 【副官の悪戯】
「この馬鹿者! 何を考えているんだっ、もし壁の後ろに人がいたら如何するつもりだったんだ!」
烈火の如く怒るのはガルフ=ティファナス先生、あの後騒然とした試験場を鎮め、試験は中断、主犯であるスゥイと介抱していた俺を無理やり学院長室に引っ張っていった。
ちなみにスゥイはおんぶして連れてきて、今はソファーで横になっている。
なぜか俺が怒られている。俺がやったわけじゃないのに……。
「いえ、先生さすがに上級魔術を行使するとは思っていなかった物ですから、そうと分かれば予め注意を……」
「思っていなかったで済む話ではない! 上級魔術を行使するならばそれ専用の場所があるのだ、あそこはあくまで中級魔術、それも下位の魔術を使う為の場所だ! 今回は怪我人も居なかったから良かった者の……!」
話し切る前にティファナス先生の怒声が響く、なんで俺がと思ってスゥイを見ると笑いを堪えている。あの野郎確信犯かっ!
「まぁまぁティファナス先生、当の本人はマナの枯渇で動けない状態ですし、今回は怪我人も居なかったことですからこの辺で良いでしょう」
仲裁をしてくれるのは試験官をしていた先生だ。どうやら予め注意をしていなかった事が若干負い目のようである。にしても9歳の子供が上級魔術を使うとは思って居ないのだから仕方が無いとは思う。
「ナロン先生は甘すぎます。今回のことは場合によっては死者も出ていたのかもしれないのですよ! 我が学院はそういった事が無い様、覚えられる魔術を年齢によって区分けし、それに沿って道徳観念を教え込むのではないですか!」
「それは確かにそうなのですが、今回は本人も予想していなかった結果でしょう、使用後マナが枯渇している所からそう考えれます」
「ですからそういう問題ではなくてですね!」
あーだ、こーだと言い合う先生方。それにナロン先生、本人……、多分予想済みの結果ですよ。と思ったが言わないことにする。これ以上ややこしくしてたまるか。
その後2時間ほど説教を受けた後、スゥイを背負って寮にもどった。
一応最後は学院長の鶴の一声で納まったが、それならそれでもっと早く納めて欲しかった。
きっと壁の修理費とかその辺の出費でちょっとイラっときちゃったのかもしれない。
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「はぁ、疲れた……」
とりあえずスゥイは俺の部屋に連れてくる。
4階以上は先生か女子じゃないと上れないのだ。先生に任せてもよかったのだがスゥイが嫌がったのでとりあえず俺の部屋に寝かせる。マナの枯渇だけだからもうしばらくすれば復活するだろう。
「ふふ、お疲れ様です」
「笑い事じゃないのだが、お前狙ってやっただろ……」
胡乱な目を向けて問い詰める。学院長室でも笑いを堪えていたことから確実に間違いない。
「あら、わかりましたか?」
とぼけた顔で聞いて来る。
「当たり前だ、お前が結果を想像できないとは思えん、むしろ俺が怒鳴られることまで予想済みだろ」
「さすがスオウですね、当たりです」
「やっぱりか、どうしてこんな事をした、怒られるのはまぁいいんだが確実に目立つぞ」
「ええ、ですがしかし此れで魔術行使の単位は全てもらえる可能性が高いです。というより今日の学院長の感じだと確定でしょうね」
ふふっと笑いながらスゥイが言う、それにしたってリスクが高すぎると思うのだが。
それに、とスゥイが続ける
「これで最後ですからね、3年もほったらかしにされるのです。これ位されても文句は言えないでしょう?」
出会ってから今までで一番の笑顔でそう言われた。黒い笑みだったのはご愛嬌だ
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後日、振り替えで行われた中級魔術試験は無事合格、スゥイの印象が強すぎたのか正直俺は殆ど注目されなかった。
学院内はスゥイの噂で持ちきりだ、さらに一緒に行動しているアルフも実技試験でかなり派手にやらかした様でたった1日でアルフロッド=ロイル、スゥイ=エルメロイは学院中が知ることに。
そして武のアルフ、術のスゥイと呼ばれるようになった。
「まさか学院で二つ名の様なものを得る事が出来るとは思いませんでした」
心底驚いたように言うスゥイ、そりゃそうだろうそこまで予想してたらそれはそれで怖い。
「お陰で寮でも落ち着ける場所が無いけどな」
はぁ、とため息をつき盆の上にのった夕飯を食べる。団欒室ではとてもじゃないが食べれない、外に出れば好奇の目にさらされる。そんなわけで今は寮の自室で4人揃って食事をしている。
「私もなんかスゥちゃんの事いっぱい聞かれたよ~、あとなんか彼氏はいるのか? とか聞いてくる子もいたよ!」
おいおい、9歳に告白する気か、ロリコンか!?ロリコンなのか?いや同年代なら良いのか?
「そうですか、スオウどうしますか?」
「む、俺に聞かれても困るのだが……」
そう言った途端盆に載っていた肉が一つ消えた。
「んなっ、ちょ!」
止める前に既に肉はスゥイの口の中に、もっきゅもっきゅと幸せそうに食べている。
「今のはスオウ君が悪いね~」
「そうだな、スオウが悪いな」
な(ね)ーと仲良く意気投合する二人。
恋愛感情とでも言うつもりか……、そんな訳あるか、こいつは俺で遊ぶことを至福としてる様な奴だぞ!説教の後はたしかにちょっとドキッとしたが、こいつは9歳なんだ、俺はもう30になるんだぞ、恋愛感情とか沸く訳無いだろ……。
それはあくまで自分の話であって相手からはどう思われているかが抜けているスオウであった。
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10月、試験結果が発表される、と同時に俺は学院長に呼び出しを受けた。
「失礼します」
ノックをしてから入室する。中にはいると担任であるダーナ=マナスス先生、副担任のガルフ=ティファナス先生が学院長の両脇に立っていた。
「すまんのう、態々来てもらったのは試験結果の事なんじゃが、君の事だ予想は付いておるのだろう?」
ほっほっほと笑いながら聞いてくる、ほっほっほって言わないと会話できないんだろうか
「いえ、申し訳御座いません、どう言った事でしょうか?」
とぼけて答える、予想できるのは体面あたりか? 試験結果はまず間違いなく合格ラインに達しているはずだ。となると考えられるのは9歳に合格できるような学校という評判を避ける為体面上合格させれない、か、あるいは別の要因か? 予想できないような人間に目を付けられたか?
「ふむ、ではダーナ君すまんの説明してやってもらえんかの」
「はい、院長先生。スオウ=フォールス君貴方の試験結果が全て出てきました。実技試験の方は既に合格通知が来ているかと思います、そして筆記の試験の方も全て合格という結果が出ております」
ダーナ先生が淡々と事実を述べる、どこか疲れた表情をしている。
「そうですか、有難う御座います。では此処に呼ばれた理由は何でしょうか?教えて頂けるとありがたいのですが」
「ええ、実はこの結果は前代未聞の事でして、いえ、貴方と良く一緒にいるスゥイ=エルメロイも前代未聞なのですが、こちらはまだ何とかなる領域なのですが、貴方の結果は簡潔に良いますと公表できない結果なのです。
此方の都合で申し訳ないのですが9歳の子供が学院の初等部試験を1年で全て履修等あってはならない事。また、それを公表する事により貴方に対する他国の評価が問題なのです。
行き過ぎた知能と技術は妬みや恨みを生み出します。それなりの年齢であれば良いのですがその年齢ではまだ早すぎるのです。
そのため学院はスオウ=フォールスとスゥイ=エルメロイの一部情報を遮断する事を決定しました。
スゥイ=エルメロイに関しましては水の魔術の件もありその点ではもう隠しようがありませんが学院で出来る限りの事はするつもりです」
なるほど、これは有り難い話だスゥイも言っていたが不必要に目立つと面倒ごとが増える。これはありがたく受けておくべきだろう。
「では、試験は再度受けなおす必要があるのですか?」
どちらかと言うと此方の方が重要だ、場合によっては今後の予定が変わる。
「いえ、その必要はありません。既に貴方は進級するだけの単位を所持しています、が、公には一度に単位を渡すのではなく毎年分割して渡す形になります。そのため試験月、9月だけで良いので学院に居て欲しいのです」
申し訳なさそうにお願いしてくる先生、むしろ此方からお願いしたいくらいの好条件だ、9月に関してもスゥイやアルフ、ライラに勉強を見る予定だったし問題が無い。
「いえ、此方からお願いしたいくらいの好条件です、ありがとうございます。では試験月、と、そうですね一月前の8月から学院に居る事にします」
それでよろしいですか? と先生に問いかける。
「ええ、それで構いません、あと、できればあまり問題を起こさないで頂けると有り難いのですが」
まぁ、無理でしょうね、と笑いながら言う、問題を起こしてるのは俺じゃなくてアルフやスゥイだと思うのだが……。
「と、言うわけじゃ、もちろん8月、9月だけじゃなくて1年中おってもかまわんのじゃぞ?」
ほっほっほと笑いながら言ってくる、学院長。態々呼び出してすまんかったの、と、スゥイ君にも伝えて置いてくれとの事
「では、失礼いたします」
と、退室する。
さて、とうまい具合に良い方向に転がったようだ、後は、そうだな出かける準備と実家に帰ってからの予定を立てるとするか。
予想以上の結果にほくほく顔で寮に戻る。この結果ならスゥイも満足するだろう。