phase-10α(幕間)
「どうします学院長、彼は異常です、すでに制御能力だけで言えば宮廷魔術師を超えています。なによりこれは予想ですが、あれで全力ではないでしょう。得意な魔術が火というのも信用できません」
おばぁちゃん先生こと、ダーナ=マナススが学院長室で話す、内容は先ほど入学試験をしたスオウ=フォールスの事だ。
「ふぅむ、しかし異常ではあるが脅威ではなかろうて、脅威だけで見るならその前に試験をしたアルフロッド=ロイル君のが十分脅威じゃぞ」
脅威というかチートなんだよあれは、と何処からかスオウの声が聞こえてきそうな話をしている。
「たしかにそうですが、彼、スオウ=フォールスの能力が未知数である以上注意は必要かと思われます。話した感じではさほど嫌な感じは受けませんでしたが控え室の件もありますので……」
「そうじゃったの、彼の容態はどうじゃ?」
「はい、何が起こったのか全く分かって居ない状態でした、起き上がった瞬間何処に居るのか判らない様子でして、おそらく衝撃を受けたと思われる腹部にも衝撃の後は確認できませんでした。一応極度の緊張と怒鳴ったことによる精神的な興奮で意識を失ったということで処理をしておきましたが」
「まぁ、現状証拠が何も無いからな、攻撃した事すら証拠に残されてないとは思っても見ませんでしたよ。」
部屋の隅で壁に背を向け、腕を組んで話す男、その身体は鍛え上げられており、腰には長剣が吊り下げられている。
「ガルフ君はどう見るかの? その被害者の子供は見たのじゃろう?」
「えぇ、おそらくではありますが内気系の技に近い攻撃方法があります、外傷を与えず体の内部にダメージを与える技です。素手で使う業ですがそれ相応の修練が必要になります。ちなみに完璧なものは私も使えません、もどき、であれば可能ですが(それにしたって痣くらいは出来るのだがな)」
「ほっほ、天才か、鬼才か、第三皇女が騒がれておるが、まさか同じ時代に原石たる存在が二人も我が学院に入ってくるとはのう」
蓄えた髭を撫でながら楽しそうに話す学院長。
「笑い事では有りませんよ学院長、アルフロッドについてはともかくとして、彼を倒した事もそうですが、試験で使った魔術、そこらの教師が見れば唯の下級魔術に風を少し纏わせただけの複合魔術です。たしかにあの年であれば優秀、で済む話ですがあれは違います。彼の行使した魔術言語には風言語が存在していませんでした、つまり意志力だけで複合魔術を行使したと言う事です。なにより魔術行使の際集められたマナと放出したマナ量が釣り合いません。明らかに出力を抑えて放たれていますよあれは」
「ほっほっほ、そうじゃのう、それに気づいておったかな?おそらく彼が得意とする魔術は火じゃないのは君が言った通りじゃろう、控え室の事、マナの残留も含めて考えると風が彼の得意な言語じゃろう。またこの資料から見るに彼の母親は水魔術の使い手、その事からおそらく火は彼の苦手分野じゃろうな」
「なっ……、それを抑えて出力したにもかかわらずあの結果ですかっ」
「第三皇女と比べれば劣るのは当然としておそらくこのまま宮廷に送り出してもやっていけるじゃろうな、末恐ろしい子供じゃ。それに……、いや、これはよかろうて」
一番恐ろしいのは抑えながらも正確に出力させた制御能力、なにより加護持ちであるアルフロッド=ロイル、彼の年齢から加護を与えられてしまった子供は加護の力に振り回されていることが殆どだ。その為国によって隔離されることが殆どだが、彼は力を制御コントロール出来ている。面接した感じだと彼に制御能力を鍛えるようなイメージは感じられなかった。また親であるグラン=ロイルも典型的な戦士系だ魔術制御のやり方を騎士団に属している以上ある程度は知っているとしても加護はまた別だろう。
となるとおそらく幼い頃から傍に居たというスオウ=フォールスがなにかしたのだろう。国で対応する加護持ちを個人で対応した上制御方法を不自然にならない程度に教え込んでいる。とても7歳の子供に出来る事ではない。
とても口に出していえることではない、なにせ考えている本人ですら信じられない話だ。
「ほっほっほ、来年が楽しみじゃのう」
「学院長なにをそんな気楽に……」
若干怒りが混じった声で学院長に声をかける。
「まぁ、いいではないか何かあれば我々で対応すれば良い、その為の学院教師でもあるだろう」
腰に下げた剣に触れて話す、剣術指南役の彼は学院内の規律を守っている教師でもある。
「ガルフ……、しかし!」
なおも食い下がるダーナ=マナスス、彼女は彼を学院に入れるべきではないという話では無く、危うい可能性がある以上なんらかの対策を取っておくべきだと考えているのだ。
「ふーむ、君が彼の担当教師にしよかの? それで何かあった場合はガルフ君と供に対応する事、そうじゃなガルフ君を副担任に任命して置こうかの? それでよいかの?」
「分かりました、責任を持って教育いたします」
直立したガルフ=ティファナス、右手を胸の前に持っていき礼ををする。
「仕方がありませんね、ではガルフ先生よろしくお願いいたします」
これ以上は無理だろうと諦め、ガルフ先生に向き直り礼をする。
学院一の剣の使い手でもあるガルフ先生だ、加護持ち相手でも、話に上っている彼相手でも渡り合えるだろう。
「では、そろそろ授業の時間ですのでこれで失礼いたします」
「ええ、では私もこれで」
二人が去った後、学院長一人残った学院長室。
「さてはて、どんな事がおきるか今から楽しみじゃわい」
ほっほっほ、笑いながらスオウ=フォールスとアルフロッド=ロイルの調査資料を見るのであった。
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場所は酒場、ガヤガヤと騒がしい中で豪快にジョッキごと酒を飲む男がいる。
男の名はグラン=ロイル、アルフロッド=ロイルの父親である。
「はっはっは、酒は水、水だぁああ! 次もってこいやぁあああ!」
温厚篤実は何処へやら、顔を真っ赤にして騒ぐ大男。
アルフと同じ茶髪に赤目、しかし竜族である彼は首の一部にうっすらと光る鱗らしきものが見える。
竜族である彼らは全身を竜化と呼ばれる変化をすることにより首、腕、上半身が鱗に覆われ、生半可な攻撃では傷を付けることが出来なくなる。その変化の一部が首に残っているのである。
カナディル連合国第一部隊の副隊長である彼は豪腕のグランの異名を持ち、その一振りは3人を屠ると言われている。
「そうだ水だ! 水なのだあああぁああああ!」
同じく騒ぐのはダールトン=フォールス。スオウ=フォールスの父親である。
塩田業も軌道に乗り、菓子部門も作り上げ、まさに順風満帆、成り上がりを地で行っている様な男である。
今やこの街で知らぬ者はいないどころか、塩田の件で国内に名が知れ渡ってしまった男である。
なぜそんな男が二人場末の酒場で飲んでいるかというと、この二人実は幼馴染なのである。
昔からの付き合いで一人は騎士として成功、一人は商人として成功した。
なによりお互いの息子が無事魔術学院に合格した、これは飲まないわけには行かないと二人そろって夜の街に繰り出したのだ。
「しかしよかったのかダールトン、あれだけ溺愛していた一人息子だろう? 学院に通うとなると殆ど寮生活だ、夏と冬には帰って来るだろうがそれにしたってよくサラさんが許したものだ」
「まぁ、な、俺もいろいろ考えたうえの決断さ。なにより親が子の才能を潰すことがあってはならんよ。才能を伸ばす場を与えられるのであれば最大限で協力してやるのが親ってもんだろう?」
「その割には事前に話してなかったらしいじゃないか、よかったのかそれで?」
「ああー、いや、な。事前に相談してしまうと決断が鈍りそうでな、やっぱり息子には家業を継いでもらいたいのは今でも変わらないし、家内も実は最初は反対だったんだ。しかし息子の魔術師としての才能は私より家内の方が理解していたのでね……」
息子の門出を祝う親としての顔の半面、まだたったの7年で親元を離れてしまうことに寂しさを感じる。
「そうか、お前んとこの息子には俺も感謝してるんだ、これで男同士じゃなければ嫁にやってもいいくらいには感謝してるんだぜ?」
加護持ちとして生まれてきたグランの息子アルフロッドは当初、国に預けるべきかかなり悩んだそうだ。
しかし軍に所属するグラン、なにかあれば俺がなんとかする、と周囲を説得し様子を見ることになった。
最初は大変だった、何かをするたびに力加減を間違え物を壊し、人を傷つける。
アルフの周りに人がいなくなるのはあっという間だった。
やはり国に預けるべきだったかと考えた矢先に現れたのがスオウ=フォールスだった。
出会ったと思われる初日、ぼろぼろな姿で帰ってきた息子を見たとき驚愕した、なにがあったのか聞いたところぼろ負けしたと言うのだ。どうやって負けたのかは未だに語ってくれないが、あのスオウ君の事だ。とんでもない方法を使ったのだろう。
その日を境に不思議と少しづつ力加減を覚え行き、生活に順応していったのだ。
なにより息子が笑う様になってくれたのだ、これに感謝しない親は居ないだろう。
「はっはっは、息子に伝えておくよ、なんていうか楽しみだ」
真っ青な顔をして冗談じゃないと叫ぶ息子が目に浮かぶ。
「まぁ、なんにせよ我らが息子たちに!」
「息子たちに!」
「「乾杯!」」
あっはっはっはと笑いあいジョッキを空ける、まだまだ夜の終わりは遠そうだ。