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Moon phase  作者: 檸檬
混乱と平穏と
122/123

New moon vol.37 【破滅の序曲】

 透き通る青空、白く聳え立つ堅牢な塔、スイル国首都スイルより少しだけ南へ落ちた場所にある街、スイルーン。第2首都として現在都市開発が行われている場所であり、また5国で今一番注目を受ける行事が行われようとしている所である。


 この世紀の瞬間を目にするために、帝国は当然、コンフェデルス、カナディルから大勢の人が押し寄せた。一般市民はさすがにスイル国に住むもの、それも近隣に住んでいる者だけだったが、有名所の商人などは商売の匂いを嗅ぎ付け馳せ参じていた。


「なぜこんなに人が……」


 そんな街の中心にしかめっ面で立つ銀髪の女性。抜群のプロポーションに整った顔、男なら誰でも振り返り声をかけられてもおかしくない。だが彼女の回りは不自然なほど空間が開いていた。


 その理由は簡単、羽織るマント、そして着込むその鎧に刻まれた紋章。帝国のファング、猟犬の名を知らぬものはいないからだ。

 それに加えて不機嫌であり、不穏な空気が漂っているのも理由の一つだろう。


 不機嫌な理由は一つ、この盛況振りだ。本来の流れではトップ連中だけで話を済ませて終わらせる予定だったはず、だが……。


「忌々しい」


 チ、と舌を打つ。この状況は【Crimeクライム】が情報を流したのが原因なのは明白。自身も警備が難しくなる事を考えていないのか。

 不穏な空気がさらに濃くなり、周りを歩いていた人々がそれを感じてさらに人がいない空間が広がったところで彼女、ラウナ=ルージュに男が声をかけてきた。


「おいおい、なんかカリカリしてんじゃねぇか。いけねぇなぁ、美人は笑ってないと男が寄ってこないぜぇ?」


 黒い鎧に身を包み、ケラケラと笑いながら声をかけてくる男。アッシュブロンドの髪を後ろで一つに束ね、双剣を身につけている。

 その声をかけた来た男を睨みつけて言い放つ。


「貴様、何をしている。警備はどうした、貴様がいるからこそ私が外れたのだろうがっ」


「くく、そんなにカリカリしてたら疲れるってーの。心配しなさんな、あんたの親父さんが今は付いている」


 肩を竦めて返事を返してくる、こんなのでも帝国軍部で最強と言われている部隊を率いているというのだから納得がいかない。剣の腕も義父と同等、状況によっては上だと聞く。


 しかし気に入らない、このふざけた態度も何を考えているのか分からない行動も、だ。


「だからと言って貴様が抜けて良い話では無い。わかっているのか? 今あの方に倒れられたら」


「あのおっさんが倒れる? おいおい何の冗談だっての、今現状であのおっさんを殺せるとしたらアンタか、そうだなぁ、例のあいつらくらいじゃねぇの?」


 ラウナの問いに笑って答え、指し示す先。そこには白く聳え立つ塔のその奥、空中に浮かび民衆の視線を一手に集めている船、移動式空中要塞(オーディン)が浮かんでいた。



◇◇◇◇◇



「参加者は?」

 

 白くそびえる塔の中、石畳の床を従者と共に歩く一人の男。普段の温和な顔は既に無い。今から行われるのは血の流れない戦争、油断などする暇は無いのだから。

 鷹のように鋭く前方を睨みながら問いかけた質問は、今から行われる会議の出席者の最終確認。当然あらかじめ出席者は決められている為、よほどの事が無い限り変更などされるわけが無いのだが。


「カナディル連合国家より女王のルナリア=アルナス=カナディル、軍部の頭としてロロゾ=ブロッサム、あと数名の文官。後商家の人間が紛れ込んでいるようで。コンフェデルス連盟は六家ガウェイン=ローズとボルゾ=レイズ、当然私設部隊を連れて来ていますね」


 返ってきた返事は、案の定。と言った所か。あらかじめ予定されていた出席者と相違無い。私設部隊に関しても人数制限はあるが暗黙の了解として認めている。丸裸で来るほど皆愚かではない。他人を信じることこそが、今は愚かな事なのだから。

 他人を信じるのではない、取引なのだ。これを渡すのでこれが欲しい、という等価交換。それを他人の目がある所でやる事で、反故にした場合のリスクを与え枷を渡す。


 今回の会議では北部の支援の話など出るわけが無い。だが、独立に対して全面的なバックアップを訴えること、そしてコンフェデルスとスイルの繋がりを強くするように話を持っていくのが仕事だ。カナディルがどう出てくるかが不明ではあるが……。こればかりは出たとこ勝負でやるしかないだろう。

 【Crimeクライム】より、襲撃の危険性があると言われていた。他のものは楽観的ではあったが正直可能性として無くは無いのだ。用心するに越した事は無い。用心することによって発生するデメリットなど、用心しないでいる事で発生するデメリットと比較するまでも無い。それが自身で出来る範囲であるならばやるべき事だ。


 まぁ、その程度の考えもできない人間が多いからこそ、南部貴族の連中は彼らに、スオウに搾取され、潰されたのだろうが。


「ま、そうだろうな。しかしナンナ=アルナス=ローズは来なかったか」

 

 そういえば、と思い出し従者に問う。ナンナ=アルナス=ローズ、もはやコンフェデルスのトップと言っても過言ではない女性。当然夫であるガウェインを立てている上、ガウェイン自身も狡猾であるのでどちらが上と言ったことは無いのだが。

 しかし、彼女はスオウと個人的に知り合いである。これは大きなアドバンテージなのだ。彼女が来てくれればまた多少は楽だったかもしれないが、と内心で思う。


「まぁ、そうでしょう。今コンフェデルスでローズ家の二人が抜けるとまずいですから。スイルからはゼノ=カルディナ、ガルフ=ティファナスですね。学院の後釜は暫定ですが既に決まったようで」


 スイル、そのトップとして出したのはゼノ=カルディナであった。予想通りとも無難とも言える人選ではあるが、本当に引っ張り出してくるとは思っていなかった。学院は中立だ、それは5国での共通認識でもある。だからこそカナディルの前王はリリス皇女を入学させ、アルフロッドも色々裏であったにせよ在籍を許された。(まぁ、他にも政治利用から避けるためなどの理由も考えられるのだが……)


 その為、あそこは所謂揺り篭に近い。あそこにいれば安全と言っても差し支えない。だがそこにメスを入れた。そのメスを入れた人間が他の人間だったら動かなかっただろう。だが、言ったのはおそらくスオウ=フォールス。国に喧嘩を売った男が言うその言葉の重みは計り知れない。

 脅したのか、取引したのか知らないが、私よりも数十は上であろう元学院長には同情を禁じえない。

 だが、それでも戦争が起こる事を考えればマシだ。おとなしく人身御供になって貰うしかない。


「学生を戦争には出したくないのだろう。その気持ちは分かるが、な。さて、此処が正念場だ、何とかして掴み取るぞ」


「はい、ワグナス様。ロロゾに関してはスオウ殿より抑えてくれると聞いていますので……」


 ロロゾ=ブロッサム、カナディル強硬派の筆頭と言われている人物。我欲が強く、今のカナディルはこの男の傀儡と言っても良い。だが、国は回っている、女王が未熟なのは間違いは無いのだ。ままならない、だが彼らの国など今は構っている暇は無い。混乱して力が落ちるなら助かるのだから。


「あぁ、帝国もラーノルド卿が出席する。面子を含めてアルバートン卿も含まれているが、目を光らせておけよ」


「はっ」


 帝国が火種になるわけにも行かない。たとえ勝てたとしても戦後復興でいくらかかる事か……。ただでさえ大変な領地経営をこれ以上、などと。なんとしてみせる、それが北部貴族として、代表として立っている私の仕事なのだから。



 しかし、決意は壊される。簡単に、圧倒的に、絶望的に、そう、彼の民を思う気持ち等塵芥の価値すらないのだと言わんばかりに。



「ロロゾ様、準備完了いたしました」


「よし、全員が揃ったら現スイル国の首相を殺せ、そして外交官も全て殺せ。けしてしくじるなよ」


「御意」


 ゆらりと揺れる影、包まれる暗器、溢れ出る殺意。会議開始まで後2時間。そして犯行決行まで後3時間。



◇◇◇◇◇



「クッククク、傑作だ、本当に」

 

 見下ろす先は、統率の取れた部隊。遠くには黒塗りの鎧、そして白銀が立っているのが見える。


「そう思わんかアベル?」


「はっ……」


 振り向いて問う先は屈強な男が一人、片膝をついて頭をたれている。帝国独立特殊諜報部隊ファング隊長のアベル=ブローズである。


「ワグナスもご苦労な事だ、縋った相手に腕ごと切り落とされるとも知らないで」

 

 くくく、と笑う顔は愉悦に満ちているが、その目は哀れんでいるようにも見える。

 

「ですが、宜しいので? これでは戦争が間違いなく……」


「構わん、それが世界の流れ。くだらぬ腐った世界の流れよ」


 問いかけてきたアベルに簡潔に答える男。豪華な服、何らかの魔術的処理がされていると思われるマントに腕輪。金色の髪を後ろへ撫で付けており、蓄えている髭はその顔に威厳を醸し出している。鋭い鷹のような目、その瞳は蒼。透き通るような蒼い目、その奥に潜むのは狂気か、それとも驚喜か。


 男の名はグリフィス=ロンド=アールフォード。帝国アールフォードの王、そして運命の神アトロポスの加護を受けし者である。


「運命、くだらん。くだらんわ、人は人の手でこそ生きる意味があるのだ、なればこの戦争は必然、そう必然にせねばならん」


 見下ろすその窓から降り注ぐ光、その根源である太陽を睨みつけ、その手で握りつぶすかのように空を掴む。

 

「スオウ=フォールスよ、我れの唯一の差し手たる男よ。残念だ、残念だが貴様の仕事はもう終わった」


 劣化品であれ、アレがコンフェデルスに渡っているのは確認済みなのだから。


 握った拳を睨みつけ、そしてその視線をずらす。その先には宙に浮かぶ船。加護なんてものが矮小に思えるほどの結晶。だが、それの真価は今だ民衆にも、世界にも知られていない。そう、本当の意味では知られていない。


 100人の兵士に聞こう、加護持ち一人を相手にするのと、あの船を相手にするのはどちらが良い? と。

 認識が違うのだ、この数百年で積み重ねられた認識が。前者を選ぶものが圧倒的に多い、そう、それは悪いことではない、なぜならば、知らないのだから。ならば如何すれば良い? 簡単、単純、知れば良い。


「舞台から降りてもらうぞ、スオウ=フォールス」


 ミシリ、と握ったその拳、まるで陽炎のように揺らめく空気を纏う。



――加護持ちなど、害悪に過ぎぬのだよスオウ。



「配置は問題ないな?」


「はっ」



――この世から消えるべき存在なのだ。



愚か者カナディルが動いたら【Crimeクライム】掃討と行く。我と最強たる部隊の貴様ら(ファングとケルベロス)でな」



――そう、神に踊らされる人形で終わる事など許されない。



 クク、と笑った顔は何処までも凶悪でありながら、その蒼い目は透き通っていた。



――我も、主らも、リメルカも、だ!

ちょっとした次回予告(笑


「良いのか?」


「それが行く行くの平和へと繋がるのならば、我が娘も己が立場を理解しておりますので」



「平和? しらんな。俺は俺の守りたいものだけ守る。他の事など知ったことか。それが傲慢だと言うなら貴様らの考えも傲慢だと断じてやる」

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