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Moon phase  作者: 檸檬
混乱と平穏と
121/123

New moon vol.36 【最後の調整】

「学院長どうされるおつもりですか?」

 カナディル魔術学院、学院長室。ガルフ=ティファナス、大陸有数の剣の使い手。眉間に皺を寄せ、対面に座る学院長に問いかける。


 答えの出ている問いではあるのだが……。


「受けるしかあるまいて、このままではスイルが蹂躙されるだけじゃ。帝国が完全に勝つとは思えんし、場合によっては生徒の徴兵もありえるからの」

 疲れた顔をして答えを返すゼノ学院長、その顔はただでさえ老いた顔がさらに老衰して見える。


「スオウ君の口車にのっても同じかと思いますが?」


「あの男、立たぬならこちらで用意すると言いおった。その上、我々が勝った場合学院の研究内容と技術がどうなるかわかりませんがね、と脅してきおったわ」


「しかし学院は中立地帯で……」


「あの男にそれが通用すると思うか? スイルが勝つとは思えんが、少なくとも帝国に対して何らかの要求は出来る段階には持って行くはずじゃ。それにカナディルとの戦争が起こったとすると、学院の中立がいつまでも守られるとは思えんわい」


「いっその事帝国側に付くのは如何でしょうか」


「無理じゃな、帝国から魔術学院への徴兵、そして前線に立たされるじゃろう。南部貴族が残されている事がそれを如実に表しておる。あの男が中途半端に潰したせいで余計じゃろう」


「逃げ道を潰されていましたか。カナディルに付いても良い事がなさそうですね」

 腰に手を当て忌々しそうに呟く、腰に吊るした剣が鳴り、麗美な細工が夕日に映える。


 【Crime】がその気になれば南部貴族を一掃できたのではないだろうか、と考えている。しかし、実際はそれは無理だった、スオウ達にその意思が無かったのもあったが、帝国もそれを認めなかった。さすがに本気になった帝国で暴れられるほどスオウ達は愚かではなかった。


「頭からカナディルに付くのも考えたが、あの国にとってそれにメリットは無い。握り潰されるだけじゃろう。カナディルに対抗できるだけの戦力も無いでな……。


 唯一のカード。あの男、スオウが生み出した独自技術に比べれば劣っておる。だが、それでも五国最優と言われるカルディナ魔術学院、魔術技術においては追随を許しておらん。それを使えばある程度は動けるかもしれんが、それをすればこの学院の優位性が失墜するじゃろう」

 隷属化、奴隷化、植民地化、所詮はそれだ。開放とは謳っているがあの国の目的は感じ取れる。

 握り潰されないとしても、足元は確実に見られるだろう。


 学院の技術流出もするわけには行かない、それをした途端この学院そしてこの国の利点が下がるだけだ。せめて、対等の立場、そこまで持っていかなくては取引すら出来ない。 


「そうすれば戦後、帝国の援助は打ち切り。カナディルも同様の支援をしてくれるとは思えない。ですか」


「フォールス家はもしかしたら出してくれるかもしれんがの」


「そして出来上がるのはフォールス家の研究所ですか、笑えませんね」

 見返りも無しに支援をする事などありえない、科学技術の裏はできた。ローズ家、いやコンフェデルスのお陰で。そして次は魔術技術の下地、大陸有数、最高峰と言われる魔術学院を傘下に収めればその利益は計り知れない。


 深遠の森、魔木はコンフェデルスとのパイプがあるフォールス家にとってそれほど重要度の高い物でもないのだ。


 学院としてもデメリットばかりではない、新たな技術を取り入れることが出来る為、それも手の一つではあるのだ。だがしかし、それを飲む訳にはいかない。プライド云々ではない、ここでそれを選べばコンフェデルスとの手が繋げない。あくまでスイル国とコンフェデルスで繋いだ方が良いのだ。フォールス家を挟むより断然に。


「スオウは脅してはきおったが、半分は情じゃろうて。今後の事を考えるとわしが立つ事もスイル、そして学院の事を考えれば良い事が多い。残りの半分は打算じゃろうが……、わしの知名度を利用したいのじゃろう。わしはその情の部分に掛けたいのじゃ、この年になってまだ駆り出されるとは思わんかったがのぅ」


「情、ですか。私が思うに情は1割に満たないと思いますが……」


「そこは言わないでおいてくれんかの……」

 ふぅ、とため息を吐く。しかし頭の中は忙しなく動く、最善の手を、最善の一手をと。


 今のスイル国は帝国、いや表向きにはスイル国から選出なのだが、帝国によって選ばれた代表が頂点に座っている。経済流通、関税及び物資の販売価格すべてが上に決められている。その見返りとして五国最強と言われている帝国の軍組織が防衛を司っている。簡単に言えば傭兵を雇っているようなものだ。


 長い、長い平和がまだ長く続けばこのシステムにスイル国内で不満が起こり何らかの問題が発生したかも知れない。だが、此処に来てカナディルの不穏な動き、帝国に守られる重要性を身に感じた。


 が、しかしその後直ぐに起きる帝国での不祥事及び、最強の陰り。【Crime】だ、本当に帝国に任せていても良いのだろうか、あの国に守られたままでいいのだろうか。


 だがスイルには軍なんてものは無い、ならばもっと帝国からの軍備の増強を、兵士をスイル国に呼んでもらうべきではないのか? 人の考えは移り行く。


「トップは軍備増強を帝国に打診したそうじゃな」


 軍備増強、それはカナディルに対しての牽制を含めた体制。スイルの民衆に対するパフォーマンスも多分に含まれてはいるが、そのあたりは仕方が無い。

 ただ、唯一の認識不足としてあげられるのはカナディルの増長具合が予想以上に酷く、腐敗している事だろうか。


 軍備増強は牽制に成り得ない、それはただ刺激の一つとなるだけ。


「ええ、およそ1万の国境警備隊が来るそうです。学院にも通達がありました」


 それに対してカナディルの国境警備隊は異常とも思える少数しか配置されていない、それは何を指すのか。


「国外の出入り制限、かの。増強に関しては帝国の対応もそう悪いものではないのぅ、しかしカナディルを刺激する事になっておる」

 

「民衆の不満を抑えるためには仕方が無いかと思いますが、やはりスオウ君の手で行くのが無難でしょう」


「帝国の北部貴族からも独立支援の話が来てるしの、その独立だけありがたく受け取るのが一番じゃの」


「頭の挿げ替えはやってくれるそうですし、帝国と対等になれる良い機会かもしれません」


「力は示した、名も売れた、利益も出る、差額を示せば国民は納得する、じゃろうな……」


「なんせ現在最強の部隊です。カナディルとコンフェデルスに喧嘩を売る形になりますが」


「コンフェデルスは黙認じゃろうな、でなければスオウが言ってくるわけなかろう」


「では」


「ふぅ、いい加減隠居したかったのだがのぅ……」

 ぽつりと呟いたその言葉、対面に立つガルフ=ティファナスの耳に届く。しかし彼は聞かなかったことにした、彼以外立つものがいないのだ、次世代の為、老骨に鞭打ってもらうしかない。


「しかたがあるまいて、スイル国首席として立とうかの、そして」


 ――【Crime】クライム、彼らをスイル国、専任の護衛部隊として雇おうではないか。


「ゼノ近衛兵とでも名づけますか?」


「ふぉっふぉ、そのくらい老人に鞭打ったんじゃ、我慢してもらおうかのぅ」


 ――大陸戦争の引き金となるスイル国外交官殺害事件まで後1ヶ月。




◇◇◇◇◇




「それ本当に飲むのか? 帝国が黙っているとは思えないが」


 移動式空中要塞(オーディン)の一角、赤いフルプレートを脱いだアルフが疑問顔で対面に座るスオウに話しかける。


「飲まざるを得ない、現状スイルでは武力と言うものが存在していない。学院ではあくまで中立の戦力である以上、スイル国としての武力が必要だからな。国同士の交渉ごとをする場合、力が強いものが発言力も高いのは当然の話だ」


 だからこそ、名前を売ったし、加護持ちであるお前等もいる。と存外に伝える。

 単体戦力ではもはや五国最強であろう。当然物量作戦に出られてしまえば正面からぶつかるのは下策だが、それでも対抗出来ない訳ではないレベルの戦力である。


 なにより、空に浮ぶ船の力は脅威であるのだから。


 しかし、それは諸外国にコンフェデルスの操り人形と取れなくも無い。

 だが、別に我々はコンフェデルス所属などと言った覚えは無いのだ。それに、だからこそ傭兵という立場でもある。


「面子はどうでしょうか? 帝国としての名がそれを許す可能性は低いのでは?」


 ふむ、と思案顔になっていたスゥイが横から口を出す。確かにごもっとも、それは一番懸念している点だ。


「北部貴族がコンフェデルスと仲を取り持とうとしているからな、余計な火種は生まないだろう。表立って言ってはいないが、ある意味では俺達はコンフェデルスの顔でもある」


 暗黙の了解、だがそれは先ほど同様、知らぬ存ぜぬをされてしまえば意味は無いのだが、こちらを切るメリットは現状コンフェデルスには無いだろう。


「後はカナディルですか」


「あぁ、予想以上に馬鹿な様だ。だが流石に帝国を相手取った上に、コンフェデルスとの関係悪化等望む所ではないはずだ」


 障害無しでスイルと国交を回復できるのならば文句は無いはずだ、流石にこの状況で戦端を開くほど馬鹿では無いと信じたい。

 軍部が外交官暗殺を企んでいる様ではある、その実行犯も方法も分かっては居ない。しかし、暗殺を企んでいる事が分かっているのだ、当日は我々で警備すればいい。


 カナディルの暗部程度相手ならお釣りが来るほどだ。


 最悪のパターンとして帝国がそれに便乗して犯行を行うことだが、もし行うとしても南部貴族辺り。

 十分に力は削いだし、ラーノルド辺境伯も押さえている。北部貴族も賛成している状態でそんな事をしても意味が無い。


 北部はコンフェデルスの支援を打ち切られ、力の削がれている南部貴族は、それを理由に北部に磨り潰されるのがオチだ。


 ――だが……


「どうしましたかスオウ?」


「いや、なんでもない」


 ――賢王と呼ばれる帝国の主、グリフィス=ロンド=アールフォード、彼は一体何を考えている。


 暴走気味の南部はラーノルドを筆頭に、コンフェデルスからの餌で北部を利用して押さえ込んでいる。

 帝王が出てきたところで帝国のメリットになる事があるか? かの国にとって戦争は畏避すべき状況。賢王と呼ばれるほどだ、そのくらい見極められるだろう。


 カナディルの軍部はフォールス家の力、それに削ぎに削いだあの国の諜報部相手ならば問題無い筈。

 もし暴走した所でこちらに正当性はある、場合によっては帝国の援護すら手札の一つとしてあり得るのだ。

 あの国とて我等に加えてカナディルにも好き勝手されれば面子が黙ってない。 


 コンフェデルスは……、それこそ文句は言わないだろう。穴は無い、そう穴は無い筈だが……。


 嫌な予感が、当たらなければ良いが。

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