New moon vol.35 【禍根の隠匿】
「やはり深遠の森は外せんじゃろ」
カナディル連合国家、首都にある建物の一室。集まっているのはカナディルでも有数の商家の人間、フォールス家の独占を良しとせず、己が力で今だ確立している者たち。
取らぬ狸の皮算用。しかし、戦後の領土分配は互いの牽制そして、協力の上では必要な事だ。
話すは初老の男アレッシオ、フォールス家が台等する前まではカナディル有数の造船家として名を馳せていた名家だ。
「然り、ようやく我が国にも魔木の量産場所が手に入るというわけだ」
返事を返すはノンフレームの眼鏡をかけた男。神経質そうな顔をしているその男はバルドヴィーノ、元々はコンフェデルスからの流通品を一手に引き受けていた男。しかしこの男もまたフォールス家のお陰で職を追われる事となっている。
カナディル連合国家には魔木の生産地が存在しない。マナを豊潤に含み、魔術効果を底上げする特殊な木材であるソレは、国内利益だけではなく、扱えることによってまず間違い無く成功するといっても過言ではない魅力がある。
スイル国を狙う理由の一つだ。スイル国の魔木生産地はコンフェデルス連盟と違い、深遠の森と言われる魔獣の住みかというリスクが存在している。だが、それを差し引きしたとしても十分なほどのメリットがある。
「フォールス家の締め出しはきちんと行っているだろうな?」
にらみを効かせ、何度も何度も確認をしている内容。これを実現できない事には意味が無い、現状あの家は戦争には非協力的、その時点で戦後の発言力は落ちる。販売先の確保、さらに魔木の取引にも参入できないとなればさらにその力を削ぎ落とす事が出来るはずだ。
男の名はエドゥアルド、国内の魔石加工技術等を取り扱っている。コンフェデルスからの性能の良すぎる魔石の流入、そしてフォールス家の技術独占に警戒している。
「当然、抜かりは無い。新参者に手出しさせるほど落ちぶれておらん」
当然だとばかりに返す男性。眼鏡を指で上げ、馬鹿にしたように返事を返し皮肉気に笑う。
「その割には此処まで増長されてしまっておろうに」
その言葉に反応し、軽蔑の目で見る初老の男。この場で一番の年寄りだ。
「人の事を言えるのか耄碌ジジイ」
言われた男は目を剥き、初老の男を睨みつける。
「若造が吼えるわ、良く吼える犬は何と言ったかのう」
しかし何処吹く風、積み重ねた経験がものを言うのか。それともただの性格か。
「よさないか、仲間内で争っている場合ではあるまい。コンフェデルスの参入はどうだ?」
見かねた男、エドゥアルドが場を治めて次の問題に入る。コンフェデルスの参入、表立ったものでなくても良い、物資の支援だけでもあの国の援助は助かるのだ。あの国とてメリットが大きいだろう、帝国を目の敵にしているのだから問題は無い。
実際の所、帝国とも渡りをつけて両方に良い顔をしているのだが、そんな情報は渡らない。情報統制、それはスオウからもたらされた技術も相まってあの国の隠蔽技術は今や高水準の位置にある。
「ふん、あの国とてフォールス家寄りだろうよ。参入するわけが無い」
「愚かよの、国を動かすものがその様な手を打つわけが無かろうて」
当然、そう当然だ。国を動かすものが利益が無くて動くわけが無い、そして保険をかけないわけが無いのだ。
コンフェデルスとて一枚岩では無い。そしてスオウが完全なコンフェデルスの味方と言うわけでもない。なのにも関わらず保険をかけないわけが無いのだ。
他の4国、いやリメルカ、そして帝王個人、ゼウルスは不明だが。スオウはコンフェデルスの意向で動いているのでは? という先入観念が存在している。それはコンフェデルスがカナディルに賠償請求を行わなかった事、そして空を飛ぶ船、なによりコンフェデルスが自分の戦力だと公表しなかった事に意味がある。
カナディルにとってはコンフェデルスに対してリリス皇女の件で正式な謝罪と賠償が必要である。それは実際の所追放というだけで済む話しではないだろう。あくまでもコンフェデルスがそれを求めなかったからこそそれで済んでいただけの話。それをカナディルは空飛ぶ船に対しての黙認と読んだ。全員が全員ではない、だが、此処にいる者たちはそう考えた。明言しないことがそれに拍車をかけた。
加護持ちを手放したのは痛いが、独立戦力として参戦してくれるだろう、という甘い希望を持ってしまうのは止むを得なかった。
敵対するとは考えていないのだ、彼らはあくまでコンフェデルスの戦力で帝国にだけ攻撃をしているのだから。
「然り、魔木の分配はともかくとして参入の確約は付いた。当然此方としても出すものは出したがな」
「ほぉ、リリス皇女を売ったかの?」
リリス皇女の放棄、それは商家からも国の後継者として認めないという事。
そして加護持ちたるその力をコンフェデルスに対して持つ事を認めるという事。
「元々コンフェデルスに対する賠償も必要だった、拒否はしていたがこれで帳尻は立つ」
そしてスイルの魔木取引、食料の配当、リリス皇女の受け渡し。これで援助をしてくれないわけが無い。
リリス皇女の件はコンフェデルスから明確に言われたわけではない、だが、あの船に乗っていることは明白、望むべき所も理解している。と、勝手に考えている。
「なるほどのぅ……、いや、まさかの……」
「どうしたジジイ」
急に考え込んだ初老の男に声をかける。眉間に皺を寄せ、何かを考え込む仕草。
初老の男は考える。
もし、スオウ=フォールスの目的がまったく別にあり、そしてコンフェデルスはソレすらも保険の一つとして考えていたとしたら……。
リリス=アルナス=カナディルは、これで本格的にカナディルから開放されて、こちらを攻撃出来る免罪符となりえないか、と。
ふ、と笑う。まさか自国を攻撃するような愚かな行為には走るわけが無い。彼女にとっては故郷なのだ、それを忘れた訳では有るまい。
頭を振り、愚かな考えを隅にやる。
彼らは忘れている。
友の為、自国を捨て、コンフェデルスに喧嘩を売り、広域魔術結界まで破壊した事を。
「ふん、欲人どもの集会はまだ終わらんのか」
高層な建造物、カナディルの首都に建つ斜塔、その頂上に近い場所で二人の男が会う。
目線の先には4階建て程の建物が見える。その一室、カーテンで仕切られて内部までは見えないが、おそらく碌でも無い話し合いをしている部屋を睨む。
「これは……、ロロゾ将軍。この様な所まで」
声をかけられて気が付いたのか、座っていた椅子から立ち上がり敬礼をする30は過ぎていると思われる男。軍の制服こそ着ていないが、その纏う空気は軍人の物だ。
「敬礼はいらん、どうだ?」
片手を上げて敬礼の不要を継げ、先を促す。
「はい、戦後の利益配分の話で盛り上がっているようで」
ため息を付きながら話す男。上司と部下の関係と思われるが、その男の雰囲気はリラックスしており緊張感は無い。まるで友人同士の様な感覚すら覚える。
「馬鹿共が、戦争が始まっていないのにその様な話など。まぁ、いい金さえ出してくれるのならば文句は言わん」
「それしか利用価値がありませんからね、まあ我々としては戦えれば問題はありません」
「進んだ技術、優れた兵器、使わないでどうすると言いたいな。折角良い理由があるのだ、我等の力を示す絶好の機会がそこに転がっているのだ。保守派共が足踏みする理由がわからん、軟弱共が」
「女王に代わってから随分とやりやすくなりましたから問題ないでしょう。例の作戦も順調です」
「当たり前だ、あのようなふざけた宣言などさせるわけにはいかん。あの国は我等の手で開放、いや奴隷化してもらわんとな」
「奴等が出てくるかも知れませんが」
唯一の懸念、予想できぬ武力集団。だが彼らはコンフェデルスのデメリットとなる事はしないだろう。明言はしていない、確かにしていないのだがそれで済ませることでもなかろう。
もし、関係が無い、知った事ではない、と言われたとしてカナディルとしてはどうしようもないのだが、それには気が付かない。
国際問題? 同盟問題? コンフェデルスとしてはスオウを切った所で痛くは無いのだ。現状関係が無いのだから。
むしろカナディルがそれを訴えてコンフェデルスとの関係を拗らせてしまうほうが問題だ。
「当然だな、だが、それならそれで構わん。奴等の仕業として擦り付けてしまえば良い。そう上手く行くとは思わんがな」
「帝国側からも同様に手配しているようですから、作戦事態は上手く行くとは思いますがね。擦り付けまで行ければ恩の字と言ったところですか」
「国境警備隊の数は?」
「さらに減らしておきました。あとは生贄用に町か村を一つ用意しておけば十分でしょう」
ク、と笑い告げる。戦争前に減らすのは危険が大きい、だから以前から少しづつ減らしていた。ここまで緊張状態になってしまえばもう無理だろう。むしろ矢継ぎ早に前線から増員の依頼が来ているくらいだ。そちらも抑えておくのが限界だろう。
そういう意味でも独立宣言の話は渡りに船でもあった。
「よし、では任せた。我等はあくまで被害者でなくてはならんのだ。場合によっては此方でそろえた者でやってしまえ。下手を打つなよ」
やってしまえ、それは自国民すら殺して理由を付けろと、それ以外の意味は無い。
「当然です」
敬礼をして立ち去って行くロロゾの後姿を見る。視線を先ほどの建物に戻す、どうやら話はあちらも終わったようだった。
どんなに、どんなにどんなにどんなに頑張った所で。
戦争をしたがる人間というものは居るのだよ。
そして欲に塗れて溺れて、そして酔う人間というのは居るのだよ。
そして力を持つ者に憧れ、嫉妬し、妬み、そして排斥しようとするそれが人間だ。それこそが人間の本質だ。
「コンフェデルスが裏に居る、国と言う化け物が裏に居る。だからこそ君らは細い糸の上で立っていられるのだ。そして戦争になれば力を求められる、力こそが正義、力こそが全て、望んでいるのだろう君等も、戦争を、心の何処かで。なぁ、【Crime】」
呟く男の名はディオニージ、カナディル連合国家諜報部特務隊、スオウによって弱体化された諜報組織。それを全て解体し新しく作り上げた新組織。そしてこの男はそこの隊長である。
カナディルはスオウのお陰で、情報収集技術の重要性に気が付けた。
――大陸戦争の引き金となるスイル国外交官殺害事件まで後2ヶ月。