New moon vol.34 【帝国の行方】
帝国アールフォード 首席貴族会議
北部貴族そして南部貴族、今この部屋では対立しているとも言える両者、そして中立の代表者であるラーノルド辺境伯の帝国内部でも大物の貴族が集まっている。
議題は一つ、現在の帝国の内情とカナディルの不穏な動きについてだ。
「つまり諸君はカナディルに制裁を加えるべきだと?」
「そうだ、奴等に第三皇女が加担しているのは間違いないのだ、それに対する賠償すら出ていないのだぞ」
声を荒げるのは南部貴族の一人、アルバートン伯爵。ダン、と叩いたテーブルが軋む。
「まぁ、図書館の件、そして研究所の件は言い様があるがな、馬鹿共の尻拭いは出来んぞ」
それに返すはラーノルド辺境伯、進行役として上座に座り、怒鳴り散らす南部貴族の一人に答える。
「研究所の件は無理でしょう、下手に痛いところを探られてはコンフェデルスにも睨まれます」
それに同調、そして修正を加えるのは北部貴族。南部貴族を冷めた目で見ている。その視線が南部貴族にとっては気に入らないのか、今にも喧嘩が起こりそうなくらいピリピリとした剣呑な空気が場を占めている。
「くだらん、我等最強たる帝国が下等な連中の目を気にする必要は無いわ!」
「だがしかしあの空飛ぶ船は脅威です」
変わらず怒鳴り声を上げる南部貴族、ため息を吐きながら対面に座る北部貴族が隣に座る別の貴族に話を振る。
「月神が落とせる所まで行ったのだろう? ならば問題ないのではないか?」
「量産できるとしたらどうする? さすがに2隻、3隻ときたら面倒だぞ」
「それは無いだろう、カナディルとて奴等とて、コンフェデルスに力を集中させるとは思えん」
「船さえ落としてしまえば、あとは力押しでか? 加護持ちが二人だぞ20万単位での消費を考えねばならん」
「最初に手を出してきたのは奴等だ、正義は我等に有る」
「研究所はおいて置いたとして、図書館の件と不法侵入、そして他国に対する武力介入が妥当ですかね。開いた領土は帝王が上手く治めてくれたお陰で奴等に対する印象が以前の様な英雄扱いではなくなっています。ここで犯罪者として扱ったとしてもそこまで酷い反感は起こらないでしょう」
「甘いわ! なぜそこまで民衆に気を使わねばならん! やつらはただの道具にすぎんだろうが!」
「おやおや、そんな事を言っていると奴等が来るかもしれませんぞ」
「来るなら来るが良いわ! 我が領土の魔術部隊をあの得体の知れぬガラクタに叩き込んでくれる!」
「まったく、あなたはそれで良いかも知れませんがね。道連れはごめんです、下手に刺激してカナディルと一緒になって攻められても困るのですから。勝てば官軍、負ければ賊軍。結局正義があろうがなかろうが勝たなければ意味が無いのですよ」
「この臆病者が! 話しにならんわ!」
バン、と言う激しい音と共に外へ出て行く男、恰幅の良い腹を揺らし顔を真っ赤に染め上げて歩くそのしぐさは何処か滑稽だ。
「困りましたね、これでは何の為にラーノルド辺境伯に来て頂いたのか分かりません」
上座に座るラーノルドに視線を移して肩を竦めて話す。さすがに先ほど出て行った男ほど短絡的な人間は居ないのか怒鳴り散らして出て行く、という事は無い。しかし、他の南部貴族も続いて席を立って行く、気が付いた時には会議室には北部そしてアーノルドしか残されていなかった。
「ふぅ、どうも過去の栄光しか目に映っておらんようでな、現状を理解できておらん。やはり切り捨てるしかないのかもしれん」
半分開け放たれたままの扉を見つめながらポツリと呟くラーノルド。
「しかし、負けてしまえば意味がありませんよ」
「かといって勝たれても困るがな。スゥゼン伯爵、北部はどうだ?」
「なんとかコンフェデルスとの渡りを付けたとの事です。代償はザルカ半島との事ですが……」
「ちっ、仕方が無いか、あの技術力は魅力的だ。今は劣っていたとしてもなんとしても追いつかなくてはならん。ザルカ半島を欲したのは帝国にいざと言う時攻め入る為だろう、拠点としてはベストだからな。研究所の始末と海岸線の防衛設備を上げておくしかあるまい。カナディル相手ならともかく、コンフェデルスまで相手にするとなるとリスクが高すぎる」
「あの技術力ですからね、そういう意味で言えば加護持ちがカナディルから離れたのは助かりました。コンフェデルス所属の様な形なのかもしれませんが」
「そこまで考えて帝王が指示を出したのかは不明だが、おそらくあんなわけの分からない空飛ぶ船までは予測できなかっただろうな」
「とりあえず月神で対処が可能なことが分かったので良しとしましょう、例の研究所の部隊もあることですし」
「南部貴族連中が裏でやっていた奴か、あんな者にまで手を染めるとは、腐ってるな」
「かといってカナディルに負ければこの国の国民がどうなるか分かったものではありません」
「分かっている、飲まなければいけない汚濁だ」
「スイル国に関しての北部からの提案ですが」
「あぁ、聞いている独立支援だろう? さすがに厳しいな、南部の連中を説得できる自身が無い。もはや脊髄反射の如く断っているからな。あの国をただの生産工場としてしか見ていない」
「この状態で独立させると鎮圧部隊が出来上がりそうですね」
「そして内乱か、それは非常に困る。もしそうなったら止むを得まい、我等は内乱こそ避けねばならん」
「実は、その件で我等北部は傍観に徹する予定です」
「なに!? 正気か、そんな事をすれば南部連中から袋叩きに合うだけではなく、反逆者としての烙印を押されるぞ。先ほど私が内乱こそ避けねばならないと言ったのを聞いていなかったのか!」
「わかっています、物資の支援等は送るつもりですが積極的に参戦は出来ません。これはコンフェデルスとの約束でもあるので、リメルカに対する牽制という名目がありますので多少は問題ないでしょう」
「厳しいぞ、もしそれでスイルの独立が失敗すれば貴様等に対する風当たりは酷くなる。さすがに庇えん。それに、それでは上手くスイルが独立すればコンフェデルスが後ろ盾になる寸法なのだろう? だがそれではあの国の一人勝ちだ、そういう訳にも行かん」
「ええ、ですからその場合は一度は独立に失敗して欲しい所です。その後我等の手で独立を促せれば……」
「そしてその前にカナディルと南部連中がぶつかってお互いに削れてくれれば御の字か、北部が割りを食うぞ?」
「仕方がありません、その分コンフェデルスからの支援を吊り上げる予定ですので。カナディルと南部のぶつかりについては、あまりに大きなダメージを受けては困るので一気に終戦に持って行きたい所です。しかし、適度に長引かなければコンフェデルスも手を出してくるでしょう。かといって一人勝ちにさせるわけには行きません。なので……、コンフェデルスの六家に個別に渡りをつけました」
「ほぅ、どこだ?」
「落ち目のアウロラとスーリです、戦後のスイル交渉権を高めることを条件に話をつけました。まぁ、何点か条件付ではありますが、これでコンフェデルスは暫く動けないでしょう。それにあの二家は他家にこれ以上引き離されない為にもスイルとの国交が回復した後も必死に妨害をしてくれるでしょうし」
「しかし、同盟国相手に非協力的ではその後のリスクが高いだろう」
「はい、ですから何点か条件があるのです。それに関しては有る意味カナディル頼みではありますが、おそらく時間の問題でしょう。あの国はスイルに独立されると困りますから、あくまでも自分達の力で開放させ、そして支配下に置きたい筈です。土地に加護を持つ宝の山ですからね、今後独立した後の発展性を考えると正直手放したくは無いのが心情ですが」
「そうも言ってられん状況だしな、奴等さえ現れなければまだしばらくは……」
「過去を嘆いても仕方がありません、今やれる事をやらなくては」
「ああ、わかっている。奴等に対してはどうする?」
「同様です、彼らの破壊行為に対する被害額を分かりやすい形で公表し、賠償請求を求める方法で行きましょう。民の血税で賄われたものなのです、ただ、一方的に叩くのはやめたほうが良い、彼らがやったこと自体は民衆にとって善ですからね。事実の流布だけで十分でしょう」
「敵対しないでも、無条件な味方にならない程度であれば良いか」
「ええ、我々はあくまでも事実だけを述べれば良いのです。述べて良い所だけですがね。上手く行けばフォールス家からの支援も再開するかもしれませんし、あの家が帝国に来てくれればクライムの罪状を全て取り下げても良い位なのですが」
「まぁ、な。だがカナディルが手放さんだろう、それにあの家が無くなればカナディルは暴走する。それこそ終わりを見ない戦い方をする可能性がある。軍部の増長が酷いのだろう?」
「ええ、フォールス家もそろそろ限界のようです」
「仕方が無い、南部連中の対応を早めるか、予定では独立はいつだ?」
「3ヵ月後、コンフェデルス、カナディル、そして帝国3国立会いの下独立宣言の予定です。首相となる人物はまだ未定ですが、とりあえず此方の手配した外交官数名が出席予定です」
「随分早いな、間に合うのか?」
「仕方がありません、予想以上にカナディルが緊張状態に入ってるので」
「綱渡りの状態で危なくないのか」
「仕方がありません、出来ることはします。ですから、お願いいたします」
「なにをだ」
「期間内に頭を揃えてください」
「私にか!? たしかにスイル国との繋がりは太いが、帝国の息がかかっていない人間をそうそう簡単には……」
「アーノルド辺境伯、我らとしても帝国を守りたいのです。彼らと繋がりがあるのは分かっています。既に見つけているのではないのですか? カナディルに対しても理由が立ち、そしてスイル国でも力ある人間が」
「何の事だ、悪いがそなたの思っているようなことは無い、先日の捜査でも結果は出ているだろう。不毛な押し問答でそなたとの関係を悪くしたくは無い」
「…………」
「いや、すまない捜査などと言っている時点で認めているようなものだな……。すまないがそっちは期待しないでくれ、色よい返事はまだ来ていないのだ」
「そうですか、わかりました。此方でも探しますが、お願いいたします」
「わかった」
――大陸戦争の引き金となるスイル国外交官殺害事件まで後3ヶ月。