New moon vol.30 【北部の思惑】
帝国アールフォード 北部領土貴族
「どうだ民の様子は?」
静まり返った一室、揺らめく明かりが横顔を照らしている。部屋には二人の男が座って話している。北部貴族の一人である男とその部下だ。
「幸運にも我等の支持は変わらぬようです。フォールス家の忠告が聞いたようで」
「他の奴等も政策には気を使っていたからな、支援を前提で言われた以上よっぽどの事でない限り逆らわんだろう」
「南部と違い現状を理解していますからね」
「そうだな、今だ奴等は帝国が最強だと信じて疑わない。確かに国土は有るが、技術的な点も含めればコンフェデルスに勝てんだろう」
「消耗戦になれば勝てるでしょうけどね」
「そんな事をすれば復興が何年かかるか分からん。戦後の事も考えないで行う戦争ほど愚かな物は無い、今は富国強兵の時だ」
「南部連中は行いそうですが」
「困ったものだ……。奴等は恵まれた大地に長年搾取し続けた蓄えが有るからな。こちらの利点は唯一、民衆の支持だけか、だがしかし」
「フォールス家が撤退した以上、もしスイル国がカナディルに取られるとなると民衆も黙ってはいられないでしょうね」
「だろうな、そして面子の問題もある。受け渡すのは無理だ、となると独立を促すしかない。独立であればカナディルも口出しできん、それ相応の力を持ってもらう必要もあるのだが、あまり力を持たれても困る。まぁ、独立そのものが難しい現状か」
「そうですね、南部連中が納得するわけが無いでしょう。我等も出来ることなら属国でいてくれた方がありがたい」
「カナディルと戦端を開いてまでか? 勝てるなら構わないがな……。アーノルドも反対しているのだろう?」
「属国によるメリットは大きいですからね。特に蒸気船が入って来てからの恩恵は大きい。しかしカナディルに受け渡すとなると話は変わってきます。フォールス家を押さえられ、スイル国を押さえられてしまうと北部は干上がるしかありません。そうなるくらいならば独立してもらったほうが良い、帝王に逆らってでも。
アーノルド辺境伯。彼は、上手くやりました。民衆の支持もあり、南部で一番栄えている街となりました。スイル国の取引もスイル国寄りですし、独立したとしても上手くやるでしょうね。しかし、彼としてもカナディルに取られるのは避けたいはず。戦争には反対とは言え、実際にカナディルが立てば動かざるを得ないでしょう。
辺境伯の領土の問題も有りますし、戦争を起こすメリットは無いのは明らかです。真っ先に戦火に飲まれますからね、出費も激しいでしょう」
「上手く、ね……」
はぁ、と内心ため息を付く。おそらくあの男はスイル国と既に取引か、なんらかの契約が済んでいる可能性が高い。おそらく独立の場合一番最初に支援するだろう、当然攻め込むに当たって彼の領土を横断する必要があるため表立っては行わないだろうが。
その辺も警戒してシャドウが探りを入れたようだが結果は白、逆に文句を言えない立場に追いやられてしまった。帝王はむしろそれを狙っていたようだが何を考えているのやら。帝王は五国統一を視野に入れていたと思ったのだが……。愚王ではない、まず間違い無く賢王、それは間違い無いのだが。
「どうかされましたか?」
目を瞑り考え込み黙ってしまった私を不審がり声をかけてくる部下。
それに対して軽く笑って手を振り、先を促した。
「いや、なんでもない。して、我らとしてはどうすれば良いだろうか」
「カナディルがスイル国解放に動くのであれば我等も動かざるを得ないでしょう、あの国をカナディルの属国にするわけには行きません。しかしスイルが独立するのであれば支援するべきです」
「南部に逆らってもかね? 帝王とて名言はしていないがスイルの独立は認めていないだろう」
「はい、なにも正面から支援する必要はありません。動きやすい駒があるではないですか、彼らを使えば良い」
「あの傭兵軍団か? 元犯罪者だぞ信用できるのか? それに支援といえど出せる金は無いぞ」
「失敗した所で所詮傭兵です。我等に害は無いでしょう、支援に関しては独立の支持を明言しておけば良いかと」
「同じ事ではないのか? 帝王と南部貴族を敵に回すだろう」
「ですがスイル国を味方につけれます。一時的ではありますがカナディルと、そしてコンフェデルスも。
カナディルは大義名分としてスイル国の解放を掲げています。それを最初に潰してしまえば話は早い、スイル国の解放を認める、とね。実際の取引は変わらない、カナディルとの交流が増えるだけの話しです。まぁ、南部貴族ともめる可能性が高いので、何らかの備えは必要ですが」
「頭が痛いな……、帝王の説得が必要不可欠ではないか」
「確かにそうですが恩恵は大きいです。カナディルはあくまでも民衆を、ですが、コンフェデルスは利益も含まれるので六家も入るでしょうから大きいと思います。
今現在北部は土地が余っていますが人が住むには厳しく、そして目新しい特産物も無く。鉄鋼山や塩山もありません、いえ、0ではありませんが、非常に厳しい土地です。ですが土地が余っている、そこに彼らの支店を工場を出してもらえば良い。あの国では近年鉄製の箱が高速で移動する技術や、魔法を使わなくても一定の気温を保つ技術の開発に成功しているそうです。スイルが開放されればあの国からの物資の流通も捗ります、海を経由しての輸送も可能ですし、さらにあの空飛ぶ船による空輸も可能です。そうすれば雇用が生まれ、街に金が落ち、北部の開発も進むでしょう」
「そんな事をすれば我等の土地が侵略されていくのと同義ではないか」
「ですから、今の段階で支援をしておくのですよ。今の段階であれば帝国の威光は残っています、現状で契約を結べば優位な立場で結べます、向こう側としてもこちらの支持が欲しいでしょうからね。属国であるスイル国を開放するとカナディルが言うのと、我等が言うのでは重みが違います。独立を支持するのもそうです、カナディルが言うのと我等が言うのでは重みが違うのです。
我等として一番恐れるべきことはスイルがカナディルに奪われる事です。それを間違えてはいけません、そしてその次は帝国の国力低下です。驕っていた南部の力が弱まっている状況で北部まで落ちてしまうと後がありません。ここで上手く立ち回れば南部に対しての発言権も上がります」
上手く行けば土地も手に入る可能性がある、とは口には出さない。それを言えば北部の貴族同士で牽制し合うことになる。それは現状良いことではない。
「北部の発展の為飲めと言うのか……」
「いずれ戦争は起こります、カナディルの軍部の様子や民衆の声を聞くに間違い無く起こります。で、あれば先を見ておくことが必要です」
「ぬぅ……」
「それに、今回の起こる戦争の勝者がカナディルでも帝国でも無い可能性も有り得ますからね」
「なに?」
「スイル国が勝つ可能性も有るという事ですよ」
「何を馬鹿なことを、あの国が勝つだと? もしそうだとしてもカナディルによる開放か、帝国による開放の違いだけだろう」
「ええ、その可能性が一番高いです。が、カナディルに対して不法な侵入に抗議しての宣誓布告、そして帝国に対しての独立宣言を同時に行うとしたらどうなりますか?」
「両国から叩き潰されて終わりだろう」
「それを逆に叩き潰したら?」
「なに?」
「もしそうなればスイル国の一人勝ちです。不当な侵略行為を行ったカナディルに対し賠償請求を行い、これまでの抑圧された行為に対しての賠償請求を帝国に行う。ただまぁ、現在のトップではそれは難しいでしょうね。スイルも長らく帝国に守られ戦争を味わっていませんし、考えが甘い。ですが此処最近は帝国に対する力への不信感が表れています」
「あの連中による不正暴露と武力介入か」
「はい、たかが一つの組織にそこまで暴れられ、さらに不正が続出。スイル国に近い南部である事が裏目に出ましたね。スイル国の帝国に対する印象は最悪ですよ」
「そんな状況でカナディルから救援の声明が高まっているならそちらに靡く可能性が高いか?」
「本当に靡きますかね、今まで我関せずと見ていて力を得た途端開放と叫ぶカナディル。本当の末端、民衆は気付きますよ、長年搾取される側だったのですから相手が変わるだけだと。そしてそこで彼らを束ねるものが立てば……」
所詮今のトップは帝国の言いなり、派遣者に過ぎない。本当の意味でスイルを束ねる力を持つ者が立ち、そして両国に対抗できるだけの力を持つ者がいれば。ありえない話だ、本来ならありえない話で、検討する必要も無い話だが。既にありえない話が帝国内部で起きているのだ、そこまで見通して考える必要がある。
民は愚かだが、だからといえ侮って良いものではない。それは何にでも言える事では有るが。
「そうなる前に主導を握る必要があると?」
「アーノルド辺境伯は既に先を見ています。もしこのままスイルの一人勝ちとなれば帝国の影響は一気に落ちる可能性を孕んでいます。辺境伯に対抗する為にも我等も力を付ける必要があります」
「スイル国が勝つ可能性も視野に入れれば支援も悪くは無いと言うことだな」
「はい、その通りです」
「わかった、では細かいことは任せる。奴等と連絡は取れるか?」
「帝国内部でなければ可能です。ザルカ半島で合うのが一番でしょう、それと同時に」
「コンフェデルスとも会合、か。わかった任せた」
「はっ、失礼致します」
足早に去っていく部下を横目に、筆をとる。まずは帝王の説得だ、帝王は話の分からない人ではない為利を話せば聞いてくれる可能性が高い。だがしかし、そう、話が分からない人というレベルではなく、間違い無くその上を行く優秀な人間。そういった者が現状を理解していないとは思えない。はぁ、とため息を付く。そしてどうやって説得するべきか、と頭を悩まし他の北部貴族へ向けての筆を走らせた。