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Moon phase  作者: 檸檬
混乱と平穏と
114/123

New moon vol.29 【最後の晩餐】

「南部は戦争を起こせと騒いでいるようだぜ」


「おいおい、冗談じゃねぇよ。確かに最近のカナディルの対応は目に余る物があるけどよ、そんな事してる場合じゃねぇだろ。現状を理解してないのか?」


「輸出規制もされたしな、色々と支援してくれたフォールス家も締め出されたらしい」


「くそったれ、こちとらようやく地盤が出来てきたってのに……」


「馬鹿共が押さえているからこんなザマだ。グリフィス様の直轄地になったところは改善されてるみたいだけどな」


「それにしたって動きが遅えよ、南部貴族が無能だからこんな結果なんだろうがよ、くそう帝王様は何やってんだよ」


「いや、それがよ。今回の締め出しと貴族内部の腐敗具合を流石に憂いたグリフィス様が元老院に手を出す事にしたらしいぜ」


「おいおい、まじかよ。名誉職だろ? 元老院って、禁忌に触れるようなもんじゃねぇか」


「それがどうも……。此処だけの話なんだが例の武装集団、クライムも嗅ぎ付けたらしいんだが、大分溜め込んでるらしいぜ」


「はぁ!? 俺達がこんだけ苦労して北部開拓してるっつぅのに、これだから南部の奴等は! どうせならクライムの連中に全部潰してもらいたかったぜ」


「馬鹿言え、犯罪者だぞ彼らは!?」


「犯罪者だろうと悪を捌いてくれる分には文句ねぇよ。まぁ、北部の貴族連中はまともだからな、南部の馬鹿どもを潰しまわってくれると嬉しいんだけどよ」


「そんな簡単に行くわけ無いだろう、実際問題があった所では犯罪者が増えたらしい。貴族による統治を反対してな、まぁ、上手い事グリフィス様が納めたらしいけど、天才だよあの人は」


「へへ、そいつぁ良かったぜ。加護持ちでそして賢王、さすがは我等が帝王様。上でふんぞり返ってる馬鹿貴族なんぞ全員潰して帝王様が統治すれば良いじゃねぇか」


「馬鹿お前、一人で全部なんて見れるわけ無いだろ、上手いこと人選考えて付けてくれる事を祈るしかねぇよ。元老院を潰せば大分自由になるんじゃないのか?」


「あの口だけ出す連中だろ、なんであんな部署が存在してんだか」


「さぁな、大昔に大功を上げたとか、そんなんだったと思ったけどな」


「でもよ、名誉職なんだろ? さすがに帝王様とは言え手を出したらまずいんじゃねぇのか?」


「いや、それがよ。アーノルド辺境伯も支持しているらしくてな、今回ばかりはマジらしいぜ」


「ちっ、どうせ同じ南部の連中だろう? かわりゃしねぇよ」


「そう言うなよ、あの人は南部でも唯一こちらに支援してくれてるんだ。ペニシリンのお陰で死者も減っただろう?」


「そうだけどよ」


「とにかくこっちの生活が改善されない事にはな、以前に比べたら格段に良くなったが頼みのフォールス家も居なくなっちまったし……」


「それもこれも締め出そうとしてた馬鹿貴族連中だろうが、やってらんねぇよまったく!」


「しっ、声がでけぇよ……」



 トン、と闇の中に動く人影、飛び降り立つ一人の女性。その下の建物の中では何人もの騒ぐ男たちの声が聞こえる。酒場だったのだろう、時たま怒鳴り声の様な声と笑い声の様なものが聞こえてくる。そして目の前に見えるは聳え立つ堅牢な建築物。日が落ちて尚その荘厳さに目を奪われる。

 

 トン、と再度宙を舞う、空を駆け、空を走り、目的の場所まで走り抜ける。およそ瞬きの間にたどり着いたその場所、数名居た警備兵をやり過ごし、建物の塀内部に潜入した。


 その建物では元老院と呼ばれる老人が会議を行っていることは既に判明している。その場所も、その人数も、そして警備の数も、だ。


 ちらりと明かりの灯る部屋に狙いをつけてそこへ向かって飛び上がる。空中で何度か壁を蹴り上げ目的の場所の縁に手をかけ、内部を覗く。どうやら誰もいないようだ。石造りの縁から滑るように建物の内部へ潜入する銀髪の女性、ラウナ=ルージュ。いつもの銀色の鎧ではなく、黒いマントを羽織、その銀色の髪も被った帽子から僅かに覗いているのが見えるだけである。


 高級そうな絨毯の上に窓から飛び降り、周りを見渡す。石造りの壁が続いており、等間隔に蝋燭が立てられている。蝋燭と言っても魔術で灯している為、若干形状が変わっているが今それはさほど問題ではない。


 頭の中に叩き込んでおいた配置図を思い出しながら先を急ぐ、時間をかけるわけにはいかない。今回の任務は迅速に、そして完璧に仕上げる必要がある。チャキと音を鳴らす腰に居る相棒に少しだけ目をやり廊下の角を走りぬけた。



「きさっ……!」

 それが最後の言葉とばかり、ずるり、と体が重力に従い崩れていく。先ほどラウナがやり過ごした警備兵の一人だ。腹部からは大量の血を流し既に事切れている。


「潜入したかね。さて、行くか。鼠一人見逃すな、ルーウィから連絡は入っている。この建物内部に居る全ての人間を始末しろ、ラウナ=ルージュが作戦を完了する前に、な」

 腰に下がる二本の剣をすらりと抜き、背後に居る部下に指示を出す。


「甘い、甘いねぇ、アーノルドちゃん。見せしめが必要なんだよ、研究所でクライムに対しての制裁は済んだ。倒せる状況まで行って、それで見逃したと言う結果だけで十分。その実はどうだかなんて関係ないのさ、そして次は自国内の締め付けが必要だ。例え名誉職だろうがなんだろうが、逆らえば死ぬ、という貴族連中への牽制。そして民には捕食者からの救援、くくく、はははは、所詮は愚か共の舞踏会パレード、さぁ! ぶちころせ! 渇きを癒せ! 野郎ども!」

 彼の背後に佇んでいた漆黒の鎧に身を纏った兵士達が一気に動き出す。まさに統率された部隊、音も出さず、完璧に連携された動作で次々と出会うものを殺していく。男も、女も、ただそこで働いていただけの者を全て。


 剣を振るい血糊を飛ばす、アッシュブロンドの髪を揺らし月明かりに照らされたその男の顔は凶悪に笑っていた。



「何だ……? 血の匂い、か?」

 走っていた足を緩め、あたりを見渡す。研ぎ澄まされた五感で周囲の変化を探る、どうも違和感を感じる。まるで戦場に居るようなそんなピリピリとした感覚。スン、と鼻から吸い込む空気に若干の血の匂いを感じる。おかしい、何かが起こっている、予定外の事か、それとも予定内の事か。そう考えているうちに目的の部屋にたどり着いた。


「まぁ、良い。任務完了後調査するか」

 たどり着いた部屋の中には予定通り5人・・の気配を感じ取れる。他に8名戦士の匂いを感じる。おそらく彼らは護衛だろう、内部の気配から配置図をイメージした後、その部屋の扉をノックした。



「む? 訪問の予定はあったかの?」

 初老の老人が近くの警備兵に目配せし、指示を出す。緊急の要件ならばノックの回数が違う、おそらく予定外の状況、状態になっている可能性が高いと考える。さすがは老獪、このあたりの判断の早さは見習いたいものでは有るが、甘い、あまりにも甘い危機感である事には間違いは無い。


 入り口に近づいた警備兵が扉を突き破ってきた剣に串刺しにされた瞬間、その甘さを思い知ることになった。


「なっ」

 驚きとともに座っていたその腰を上げ、驚愕の目で血を噴出しながら倒れる兵士を視界に納める。さすがは精鋭、選んで傍に付けただけはあり残っていた兵士は直ぐに陣形を取り元老院の老人達を守る。剣を鞘から抜き放ち、扉に向け体は既に臨戦態勢、魔術言語を紡ぎ、直ぐに行使できる状態で待機している。その時間およそ10秒足らず、優秀だ、間違い無く優秀だ、ただ、彼らの不幸は訪れたものが理不尽の塊だったことだろうか。


 風きり音が聞こえたかと思ったら重厚な扉が無数の欠片に解体され、粉塵を撒き散らしながら床へとばら撒かれる。

 開かれた、否、崩壊された扉から現れたのは黒いマントに包まれた女性。胸のふくらみやその腰のくびれ、そして整った顔から女性だと分かる。だが、だがしかし、一撃の下で扉の反対側から一人殺しめた技術、そして一瞬で切り裂かれた扉から見てもその姿のまま受け取るには愚か者であると経験が告げている。そしてそれ以上に戦ってはいけないと警告音をかき鳴らしている。


 だが逃げるわけには行かない、そう、それが仕事、自分達の仕事なのだから。扉から姿が見えてからコンマ数秒、一斉に侵入者に向かって魔術行使が放たれる。豪快な音と共に壁も、机も、椅子も、豪華な絵も全て焼き尽くし吹き飛ばす火炎魔術。数名同時に行使したことによる増幅効果も含め、唯の人ならば骨すら残さないほどの火力であった。そう、唯の人ならば。


 風きり音がまた聞こえる、視界に映せたのは僥倖か、ただの偶然か。爆風によって巻き起こった塵埃の流れを視界に納めていたからこその結果か。いつだろう、気が付いたらそこに居た。そう、真横にその侵入者は居た。彼女が羽織っていた黒いマントがふわりと翻り、被っていた帽子が落ちる。そこには目を張るような銀髪が流れ落ち、そして流水の如く流れるように抜かれた剣が煌いて。彼が見たのはそれが最後だった。


「ば、かな……、月神が、月神が何故こんな所におる! いや! おぬし何をしているか分かっているのか!」

 ごとりと周りに控えていた兵士の首が落ち、血の海の中で老人が叫ぶ。いや、首が落ちているのは兵士だけではない、先ほど語り合っていた老人も含まれている。


 老人の問いかけにも返答は無い、ただ感情を灯さない赤い瞳がこちらを射抜いてくる。ひぃ、という甲高い声がその男の最後の言葉となった。


「任務、完了」

 ぼそりと呟いた彼女の頬には一筋、雫が流れていた。だがその意味も価値も彼女は理解する事は無いだろうが。


◇◇◇◇◇


「処理完了しました。月神の元老院処分も済んだようです、引き上げますね」


「おーう、気ぃつけてな」

 剣の腹で肩を叩きながら振り返り、こちらに話しかけてきた部下に返事を返す。血を浴びた顔が露になるが、先ほどの凶悪な顔は鳴りを潜めいつも通りの小馬鹿にした笑い顔を浮かべている。


「承知しております。隊長もあまり彼女で遊ばないで下さいね」


「はっは、結構面白いから好きなんだけどだめかねぇ」


「こちらは面白くありません、早く引き上げてくださいね」

 呆れた目でこちらを見てくる部下に手を振って返す。ゆらりと影に消えていくのを確認した後ため息を付く。


「はぁ、どーにもねぇ。しっかし、良い女を見ると遊びたくなるんだよねぇ。操り人形なのがつまらんが、くくく、それを紐解くのもまた一興ってか」

 ぶん、と剣を振るった後鞘に納める。いつの間にかほどけてしまっていた髪を後ろで束ね、にやりと笑う。


 これで帝王の枷は消えた、だがこれはそれだけの意味に留まらない。帝国の名誉職たる彼らを殺したという事は、貴族に対しても殺害命令を下す可能性がある事を示唆した。そして、帝王の威信向上にも一役買う。貴族体制の改善を願っている民衆の的として分かりやすいトップを消したのだ。さらに溜め込んだ金を使って軍備増強に当てる。出来ることならこの件で歯向かって来る貴族を潰してさらに補填としたい所だろう。己の欲と目先の欲にしか動かない愚か者は必要ない。今回の件で分かりやすい内部の敵が出てくれれば助かるのだが。


 帝国の貴族は驕っている。己の立場に、だ。北部は違う、正反対といえるほど現状を理解している。だが強くは言えない、所詮は後から出てきた成り上がりがり者、南部の貴族連中が幅を利かせている現状では動けない。帝王は五国統一を目指している、しかし今戦争を行うのはまずい、だからこそ今回月神に指示を出したのだろう。あの男は冷酷だ、抑える所は抑え、利用できるものは何でも利用する。昨年のクライムの騒ぎも上手く利用した。


 一番良いのは南部貴族が暴走し、スイルに害を与え、それに対して彼らを殲滅し統率し、スイルに力を示せるのが一番だ。そうは簡単に行かないと思うが。


 窓の外を見ると宙を舞う銀髪の女性が見える。彼女はまだ10代、にもかかわらず何十人、何百人と人を殺している。自分の部隊にも10代の子供が所属している。そうしなければ生きて行けなかった者達だ、それが帝国の現状なのだ。それにも拘らず一部の貴族は己の温床に胡坐をかいている。今の帝王に変わってから大分改善されたが、それでも昔から居る貴族は変わらない、いや、変えられない。


 シャドウはその影響を一番に受けている。正確にいえば軍部だが、我等ケルベロスも軍部の一部隊ではあるが、嫌われ者の集まりでもある。掃き溜めとでも言おうか、先方を切り、先陣を駆け、一番最初に敵とぶつかる独立部隊。その為死亡率も高く、戦争の無かったここ数十年ではファングやシャドウと似た様な仕事か、深遠の森や、北部の魔獣退治が主だった。


 実力もあったので出世の話も多くあったが、俺が此処から動くわけには行かない、動けば間違い無くこの部隊は使い潰される事は分かっている。


「まったくもってめんどくせぇよなぁ、ただ剣を振って、合法的に人を殺したかっただけなんだが。なんでこーなっちまったかね」

 がりがりと頭を掻く、自分の中に居る殺人衝動。自分が狂っているのは分かっている、分かっているからこそこの仕事に就いた。


「矛盾してるよな、部隊の連中を死なせるわけにはいかねぇ、死なせたくねぇ、だけど」

 戦争になることを望んでいる自分も居る。合法的に人を殺せる場を望んでいる。


「本当に狂ってるな」

 くはは、と笑うその男の顔はどこか寂しげに見えた。 

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