New moon vol.28 【冥府の番犬】
過去、地球と言われる世界で使われていた貴族とは世襲貴族を指し、主にヨーロッパで使われた言葉である。当然他の意味での貴族と言う名も使われており、アメリカ合衆国ではその様な意味では使われていなかった。
単純に俗物的存在、俗物的根性等といった貶める意味合いで使われることもある。また、その反面、強い義務感、そして優雅な生活を志すものとしての意で使われることもある。かの有名なノブレス・オブリージュは此処に由来する。
そもそもの貴族というものは高潔さを表し、戦場で先駆けとなり、英雄となった者を指す言葉でもあった。しかし、権力と力に溺れ、その名声に酔い、時代の流れと共に彼らは戦場の先駆けとなることは無くなった。
完全なる安全地帯からの指示を送り、ただ椅子に座るだけのその姿、名君で有ればこそ意味を成す。しかし長い間それしか知らぬものは腐敗していく。死を知らず、戦場を知らず、人の重みを理解しない傲慢な物へと落ちていく。
結局の所金、そう、金があれば人を使え、己は戦場に立つ必要も無い。欲を満たし、我を通し、人の上に立つ。貴族政治が残る帝国ではそういった腐敗者が多く蔓延るのは有る意味しかたが無い事でもあった。しかし、現帝王グリフィス=ロンド=アールフォード、有能なる王は変化をもたらした。それは良くも悪くも帝国に新しい風を促す。
独裁政治とはまた違い、絶対君主制に近い体制である軍事国家の帝国アールフォード。一人に権力が固まる事は必ずしも絶対的に悪い事ではない。何事も例外が存在し、天上に立つものが限りなく優秀であった場合、その効果は最大限に現れる。極端な言い方をすれば民主制では結果を出すのも決意を出すのも遅く、行動力が無い。また、多数決による決定が正しいこととは限らないのだ。
正直な話、民衆は愚か者であり、生まれたての赤ん坊である。これは自信を持って言える事であり、民衆は無能である、それは間違いの無い事である。彼らは思考をせず、結果だけを求める、直ぐ先の物しか見ず、見える結果しか信じず、己の不幸にしか嘆かない。これが民衆である。その為、甘い蜜を渡し、上面の良い囀りを聞かせ、見せれぬ物には封をする。これが確実に出来るのは民主制より君主制のほうが優秀だ。良くも、悪くも、ではあるが。
まぁ、何を言いたいかと言うと、無能な貴族が排斥され、足かせたる元老院が居なくなった帝国は注意すべき存在だろう、という事だ。これもまた、良くも、悪くも、だが。
◇◇◇◇◇
コルフォートレス、帝国首都より西南、第2首都とも名高いその街。
物流がフォールス家の影響で活発となり、一部では雇用も増え、活気が戻ってきている。
その町の中央に聳え立つ建造物、城に似せた建物の中、一室。広いテーブルに備え付けられた麗美な椅子に6人の老人が座っている。
「フォールス家が帝国から撤退したようじゃの」
「ほっほ、ずいぶん金を落としてくれたようじゃ。しかしどの領土も懐に溜めておるわ、税金の引き上げは行わんのか?」
「帝王が沈黙をしているようですな、あの男も有能だがいまいち考えが読めん」
「以前の王は良かったの、己の領分を弁えておった」
「ふん、あれはグリフィスが殺したに決まっておろう。まぁ、よい、十分見返りは貰ったからの」
「あの男もずいぶん溜め込んでおったようだからの、それを全て我等にくれたのだから文句もあるまいて」
「カナディルとの取引はどうなったのじゃ?」
「研究所の成果を寄越せといってきおったわ、確かに研究費という名目でいくらか貰っておったがずうずうしいにも程が有る。まぁ、材料を融通してくれたからの、検討くらいはしてやろうか」
「渡すのは程ほどにしておけ、戦争で負ければ意味が無いのじゃ」
「心配いらぬよ、程ほどに戦って痛み分けで終わればよい。どうせ死ぬのはいくらでも湧いて出てくる帝国の民じゃろ?」
「スイルにも援軍要請を出さねばな、奴等は前線で使えばよかろう。後手柄が欲しい貴族の奴等を数人上げておこうかの」
「アルバートンの所が言ってきおったわ、構わんじゃろ?」
「ふむ、適当では有るか。それでは彼と、あと二人ほど適当に選んでくれたまえ」
「あの連中はどうする?」
「クライムだったか? あの餓鬼共は月神に任せておけばよかろう、ありがたい我等が帝国の剣なのじゃからの」
「わしは気に入らん。最強たるわれらが帝国がなぜあのような愚物に進入を許さねばならん、さっさと殺してしまえばよかろう」
「何度もグリフィスに忠告したわ、あの愚か者が聞く耳もたぬのじゃ。あれで加護持ちでなければすげ替えてやることも出来たのだがの」
「まぁ、よいあの男も我等の支援が無ければ軍を動かせん、そのうち泣き付いて来るじゃろ」
「あの船は手に入らんのか?」
「空飛ぶ船とやらか、スゥイ=フォールスとライラ=ノートランドのどちらかを攫えばすぐじゃろ、五体満足で戻すかどうか分からんがの」
「二人の加護持ちはどうするのだ?」
「研究所の成果がよかったのでな、既に指示を出しとる。ファルノ=ソルフィスが追加の研究材料を欲しておったわ」
「あの男もそろそろ切るべきかの? 既に結果はあるじゃろ、これ以上残しておっても毒にしかならん」
「もうしばらくは泳がせとけばよかろう。使えぬと分かってからでも問題あるまい」
「そうじゃな」
「スイルでは加護が離れることを恐れて腑分けできんかったからのぅ。じゃがフォールス家のお陰であの国に拘る必要は無くなった、掃除して深遠の森を独占せねばならん」
「フォールス家様様じゃの、おぬしも多少国内で暴れた程度で目くじらを立ててはいかんぞ」
「ふん、あのような成り上がりの下種共に帝国貴族が陥れられる等、貴様等少し考えが甘いのではないか」
「くかかか、構わんよ、所詮愚か者共よ。目先に欲に踊るに過ぎん。勝手に舞台から降りてくれたのだぞ、感謝しようではないか」
「お陰で帝王の発言力があがっとるぞ」
「研究所の実験はあの男も協力しとった、わしらに手は出せんよ」
「まぁ、もし手を出してきた場合」
「近衛を動かせばよいでしょう」
「24時間365日緊張して警戒出来る者ではないしの。帝国強襲突撃部隊も動かせばよかろ」
「そうだな、それで良いだろう」
「帝国は我等のお陰で成り立っていることを理解してもらわねば困る」
「あの王が使えぬなら代わりを立てるまで」
「然り、高貴なる貴族である我等の為にカナディルも帝国も大人しく従っておればよいのだ」
「くくく、今回の戦争でいくら金が動くか楽しみじゃのぅ」
己の価値観の違いも、己の立場の現状も理解していない愚か者共の会話は続く、その命の炎に陰りが見えている事すら気が付かずに。
コルフォートレスの下町、小さな公園の中。
くぁ、と言う表現が適していると言える、欠伸をした後。公園に備え付けられているベンチに寝そべる男。まさにだらけきった姿だ。
アッシュブロンドの長髪を後ろで縛り眠そうな顔を空に向けてまた欠伸をする。
そろそろ日が落ちるその時間、全身を気だるげにベンチに横たわらせ虚ろな目に銀髪の美女を視界に収める。
視界にその美女が入った瞬間、そこで寝そべっていた男に初めて堕落以外の表情が浮び、にやりと笑い呟いた。
「さぁて、喜劇の始まりかぁ。スオウ君も帝国とカナディルを締め付けてスイルを無理やり立たせたみたいだし、そろそろ老害もいらんっつーことかね」
がりがりと頭をかきながら寝そべっていた体を起こす。今だ顔はだらけきっているが目は鋭く、その真意を読み取ることは出来ない。
「ルーウィ、いるか?」
「はい、ここに」
スゥ、とベンチの後ろに浮き出るように現れた一人の女性。全身を黒い鎧で包んでおり、その身から放たれる雰囲気は不気味、その一言。
鎧の上から羽織っている黒いローブで顔は隠されているが、その僅かに見える口元には笑みが浮んでいる。
「予定通り一人拉致ってこい。5人捧げとけば十分だろ」
「了解しました」
腰を折り、丁寧に礼を述べた後同様に溶けるように視界から消える。まさに隠密の到達点、加護ではなく、人の技術を研磨したどり着いた境地の技術がそこにあった。
「さーて、これが終わったらアーノルドちゃんに会いにいくか」
よいしょっ、と一声放ちながらベンチから体を起こす。そして取り出す一通の指令書。そこには6人の元老院の処分命令を記された書類が見える。
ラウナ=ルージュに渡った指令書は5人の元老院の殺害であったのだが。
「グリフィスのおっさんも中々に卑劣だな、かわいい女の子は優しくしてあげないと殺されちゃうぜぇ?」
指令書を見ながら笑う、男の名はリューイ=ホーキンス。帝国強襲突撃部隊の隊長であり、双剣のリューイとして名を轟かせている男。その視線の先には小粒ほどになってしまった銀髪の少女が歩いている。
んっ、と言いながら硬いベンチの上で寝転がっていた為に固まってしまった筋肉を解す。いつの間にか傍に来ていた部下から剣を受け取り腰に刺す。そして放つ一言。
「さて、と。かわいいかわいいラウナちゃんのお手伝いと行きますか」
ゆらりと彼の後ろに現れた漆黒の部隊、血の匂いを撒き散らし、剣に飢え、戦いに飢え、血に飢えた獣の様相。まさに冥府の番犬の如き凶悪な雰囲気を醸し出していた。
申し訳ありません戦闘シーン入れませんでした。次こそ必ず……。