New moon vol.25 【王位の譲渡】
深遠暦664年
カナディル第一皇女 ルナリア=アルナス=カナディル。唯一の王位継承権を持つと認め、彼女を次のカナディルの王とする。
真夏、暑い日差しが照らされた城の外壁がその熱で境界がぼやけ、ゆらぐその場所。民衆に向かい宣言された。
その意味は、リリスの王位継承権を永久に剥奪し、そして彼女の帰る場所を無くさせる言葉だった。
民衆の支持はまばらだった、なぜならば民衆の味方であり、そして力を持つリリスを永久に追放すると謳ったのだ。加護持ちを放棄すると同義である。正直あまりメリットが無い。さらに言うなら【Crime】を刺激する理由の一つになる。とは言っても彼らは半分テロリスト的存在と今やなっている。たとえフォールス家の恩恵を生活に多くの分野で受けていたとしても、大手を振って言う事は難しいだろう。
カナディル連合国は彼等の処遇に大変頭を悩ませた。彼らはある意味ジョーカー的存在なのだ。加護持ちを二人所持し、そして経済界に大きな力を持つ家の長男が存在し、そして明らかにオーバーテクノロジーである空を飛ぶ船を持っている。彼等を手に入れることが出来ればそれに付随する恩恵は大きい。しかし、しかしだ。彼らは同盟国に攻撃を加え、そして敵対国である帝国で問題を起こしている。懐に入れればそれらの問題も付随してくるのだ。
同盟国に対する問題を起こした彼等を懐に入れればそれに対する賠償金、もしくは何らかの対価を求められる。これは面子の上で必須となってくる。顔に泥を塗られたままで黙っていては国が成り立たないのだ。帝国に対しては損害賠償の請求だ、こちらのほうが問題が大きい、圧倒的に犯罪に抵触しているのだ、つまり犯罪者を受け入れる国であり、そして帝国に対して宣戦布告とも思われる行為をした事を認めることになる。さすがにこれを飲み込むわけには行かない。強硬派としては望む所、とでも言うかもしれないが。
結局の所、今だどちら付かずの彼等を当てにはできない、という結論に至る。彼等が本格的に協力をしてくれるなら話は別だが、そうでない以上は当てにはできないのだ。
今回の王位継承、保守派は有る意味良い決断だと考えていた。
国はこれで加護持ちによる支援がなくなったと等しい、つまり強硬派が帝国と争う事に消極的になるのではないだろうか、と考えたのだ。元々あまり当てにできなかった彼らではあるが、これで明確な決別ともなるのだ。
実はこれが大きな理由であった、王としては娘を切る行為に苦悩したが、国を動かす以上そんな私情は必要ない。なにより今までは私情でリリスを軍に縛り付けなかったのだ、本当に今更の話でも有る。
だから、本当に単純な、簡単なことに気が付かなかった。そんな事で、リリスの尻拭いで、いまさらの理由で王位に付かされたルナリアの気持ちを、感情を、考えもしなかったのだ。
加護持ちの第三皇女、民衆の英雄第三皇女、リリス=アルナス=カナディル。
加護を持つ妹と比較される人生。長女としてのプライド、彼女は城に縛り付けられる。その地位と権力と立場に。
次女の様に他国へ嫁げばよかったのだろう。もしくは国内で良い相手を見つければよかったのかもしれない。だが王は別に男である必要は無い、彼女こそが王になれる。それゆえに次女が嫁いだ事で他国へと行く道は狭まり、そしてリリスの件で閉ざされた。
別にそれに不満が有ったわけではない、国の皇女として生まれた以上それは義務だ、責務だ。
だが、だが、だが、好き勝手やっている妹の尻拭いを理由に王位を譲られるなど、そんな理由で、そんな事で、民衆の支持を得られていない場所に送り出されるのか。
ここから盛り返せと? 支持を集めろと? あなたが甘かったせいで彼女は出て行き、あなたが甘かったせいで副長の息子は市井に落ちた。発言力は弱まり、支持は落ち、そして今更明け渡す? 笑わせるな。
そもそも加護をきちんと管理しなかった落ち度にある。平和な世界だから必要ない? それは違う、平和など薄氷の上に存在している儚い幻想。それをあなたの個人的な私情で国に縛り付けなかった。たしかに人としては正しいのかもしれない、ただ王としては失格だ。
今のこの現状、戦争の一歩手前の現状、たしかにフォールス家の影響は大きいだろう、だがしかし、あなたも原因の一つだ父上よ!
同年、カナディルはルナリアに王位を明け渡し、彼女が王、女王となる。その意志と覚悟を心に秘めて。
「これで第一段階は良い方向に行きましたな」
「なかなかの目をしていたが時代が悪かったな、まぁ彼女には頑張ってもらおう。国の顔なのだから」
連合国家軍部総司令官ロロゾ=フロッサム、暗躍するのはいつの時代もトップの人間ではない。
政治に限らず物事を上手く動かすにはナンバー2の能力に左右される、良くも、悪くも、だ。
これを機に急激に軍部の発言力が強まる。抑えようと、必死に抑えようとするが、所詮はまだ20代の娘、力量の差は激しかった。
彼女はフォールス家を筆頭とする勢力に助けられてなんとか維持できている現状だった。
「くそ、どいつもこいつも……」
「ルナリア様、即位したばかりですから仕方がありません」
「戦争は否定せん、絶対に勝てるのならばな! だが奴等は目先の利益ばかりだ、あの国を甘く見すぎている」
「加護を手放した状況であそこまで増長するとは……」
「ふん、もし居たらすでに戦争が始まっていた可能性が高いな。もしかしたらそれを見越して彼等をこの地から遠ざけたか?」
「ありえます、が。それでしたら別にあそこまで目立つ必要は無いのでは?」
「理由の一つと考えれば良い、どうせ一つの理由だけで動いてはいないだろう」
「確かに」
そしておそらく王が王位を譲らなくても同様の状況だった可能性は高いだろう。しかし民衆の支持はなんともいえないのが現状だ。
後から分かったことだが、父の退陣は必要不可欠でもあった。加護持ちを二人手放してしまったことは大きい。たとえコンフェデルスからのフォローがあったとしてもだ。
「どちらにせよ奴等の対応を考えねばならない。味方にするか、敵にするかをだ」
中途半端な椅子の上に座ってしまった彼女は自分の実績が欲しかった、言う事を聞かない軍部を黙らせ、支持の落ちた王の権力を戻すためには実績が必要だった。
彼等を味方にする問題を後回しにしたとしても、彼等が私の手の者だ、というアドバンテージはとてつもないカードとなる。
「いっその事我等の手の者だと公表するか?」
「帝国との戦端を開くと?」
「既に放って置いても開かれるだろう、問題は彼等が味方してくれるかどうかだがな」
「敵対するメリットはさほど無いですが」
「逆も同様だ。我等側についてメリットは無い、ならばメリットを作ってやれば良い」
「どういう事ですか?」
「囚われの第一皇女、傀儡政権の哀れな皇女。それを作り上げるさ、そして正義の味方【Crime】に開放してもらえば良い。暗躍している馬鹿共を無理やり探し出して押さえつけるには私には力が足りないのでな」
そうすれば彼等もカナディル内部で支持を得れるし、そして立場的には彼等の下に見受けられるがトップに立つことは出来ない。腐りきった軍部の連中を相手にするよりは彼等の方が幾分マシだ。リリスを王位にという話も出てくるかもしれないが、一度国を捨てた者、そう簡単には納得できない。国に残り最後まで健気に尽くした第一皇女、そして国を捨て己の力で同盟国との亀裂を生みかねない愚行をした妹、最終的にどちらを取るかは火を見るより明らかだ。
「問題はスオウ=フォールスか、逆に考えればあの男を味方につけれるのならば問題は無いとも言える」
「確かにそうですが、あの男の望みは良く分かりませぬ、使えるのでしょうか」
「くく、どいつもこいつも愚か者よ。あの男の望みを誰も理解できぬとはな。あの男は欲しいのだよ、誰よりも何よりも。彼の行動は全て一点に集約されている。そう、己が守りたいものの為に、というな」
「どういう事でしょうか」
「彼等を使えば戦争が起こったとしても落とし所も決まるだろう。それに我々としてもそうなってくれたほうがありがたい。帝国との壁も欲しい所だしな、なによりあの土地が我等の土地になることでまた問題が起きる。あそこは自立して貰わなくては困るのだよ、両国の為にもな」
「ルナリア王女様?」
疑問顔でこちらを見てくる男を横目に薄く笑う。問題はナンナだ、あの狡猾な妹はこの混乱に乗じて何か手を打ってくる可能性がある。あの女はコンフェデルスの利益を一番に考えて行動している、なればこそ私がトップに立っている事はメリットだ、しかし帝国との戦争もまた利益を生み出す。代理戦争として大量の物資を売りつける事で。帝国の力を削ぎ、そしてカナディルに恩を売る。
彼女が戦端を積極的に開く事は無いとは思うが、起こったら起こったでそれも良いだろうと考えていることは間違いない。となればやはり、帝国とのいざこざが起こる前に足元の確立と、そしてあの男を手に入れる方法を考えるのが先決。
あの男は必ず欲しているはずなのだ、明言される事を、国の代表者が、権力者が、それを認める発言をしてくれる事を。帝国の辺境伯を使う予定の様だが、それでは弱い、無いよりは良いのだろうが、それでは弱いのだ。となると、私にも可能性がある、あのバランスブレイカーたる彼等を手に入れる方法が間違いなくあるのだ。
「国境警備隊は未だ動かせんのだな?」
「はい、もはや彼等の増長は止められません。グラン=ロイルも最早ただの置物です」
「その内飛ばされる可能性も有るか、まぁいい、彼も使える。愚かな軍部のせいで死んだとなれば彼等も私側に付く可能性が高くなる。そのまま放っておけ」
「わかりました」
そして世界は動き出す。各々の思惑を内に秘め。そして増長しコントロールが取れなくなった軍部は暴走を始める、そして一人の男が演説を始めるのだ、首都の広場で、民衆の前で、世界の前で。
「皆の衆、今日はこの日、この場所、忙しい所集まってもらった事、礼を言う。
今日私はこの時間を使って皆に訴えたい事がある。既にご存知の事かと思うが、隣国スイル国の事である。あの国はご存知の通り長年属国として存在している。あの豊かな台地、平和を愛し温厚な人々を食い物にしている国が有る。そう、その通り、あのアールフォード帝国だ!
今まで彼等の傍若無人たる行動を見過ごしていた我等にも責任の一端は有る、隣国の友を、隣国の親友を見捨てていた我等にも責任は有る。だが、だがしかし! それで良いのか、それで良いというのか!
我等はあの国より数十年も先の技術を持ち、そして屈強な兵士、強力な兵器、そして豊かな国土を持っている。なのにも拘らず、我等は依然として今だ傍観しているだけなのか!
ここ最近のあの帝国の傍若無人ぶりは目を覆うものがある、人権を無視し、人を人と思わぬような奴隷制度、腐りきった貴族、そして搾取し続けられるスイル国。遂には人工的に作られた生体兵器なるものまで持ち出してきたと言うのだ! これはまさに人を人とは思わぬ所業、彼等はまさに悪魔の如き外道なのだ!
それを、それを見てみぬ振りでいいのか! 我等にはそれを打開できるだけの力があるというのにも関わらず!」
そして演説は続いていく、これで決起するほど簡単な話しではない。だが、だが確実に最初の一石を投じたのは間違いないのだ。