New moon vol.23 【世界の理由】
帝国の政治形態は現状特に問題なく動いている。あくまで貴族側の認識であり表面上での話ではあるが。
腐敗した貴族は居る、それは民主主義であろうと、社会主義であろうと存在する所である。
全体の割合で言えばまともな政策を行っている領土のほうが多く、また帝王も愚王ではなくむしろ賢王であろう。
帝国にとっては【Crime】が膿を勝手に出してくれているのだからそれに乗っかっていただけ。失敗すれば勝手に罪を被ってくれるわけだし、それを阻害する必要性はさほど大きくない。
【Crime】の帝国側から見て一番の問題点は、面子にある。五国一の戦力と力を有していると他国に示している国として恐れる点はそこだ。
たかが1組織に翻弄される国、そう見られるのは厄介であり、また火種の一つとなる。
内部から、特に南部貴族からの、そして軍部からの突き上げも多く。早急に討伐を、そしてあの驚異的な技術の入手を、という声は多かった。
逆に北部貴族は静観の立場を取った、先にも述べたが彼らは南部貴族の排斥を願っていたからだ。
南に位置する貴族は戦々恐々だ、早急に排除して貰いたいと思っているだろう。貴族それぞれの私兵、部隊を集め、武装する領土もあるくらいである。
だが同時期にフォールス家の撤退により、我先にと金儲けに走るものも居た。南部貴族で団結していればあるいは帝王も動かざるを得なかったかもしれないが、それは叶わぬ結果となる。
帝国はタイミングを計る、帝国としては膿は出しておきたい。しかし面子に比べれば些細な事、民衆と他国の認識が落ちるギリギリのタイミングで潰すのが一番だろう、と。
さて、そんな混乱箇所の多い帝国であるが、【Crime】が本当に英雄視されているか? そこも一つの疑問だ。
圧政から救ってくれた、腐敗貴族を排除してくれた、そう、たしかに感謝する理由としては十分だ。
だがしかし、それで民衆が味方するかといえば弱いのである。確かに一時的なもの、そして恒久的な物として、右と左で同等品ならどちらにする? と問われた時にクライムを選ぶ、その程度に落ち着くだろう。彼らが一番求めているのは生活の改善と、現状の向上。つまりは、その後善政を行った者に支持は向かう。帝王の直轄地となれば、帝王に向かう。
人は現金な物、圧政から救ってくれた彼等に一時的に感謝したとしても、驚異的な力を持っている彼等を恐れる。長い目で見れば必ず恐れ、羨み、嫉妬する、それが人だ、それが人間だ。これに加えて明確な対象を帝王が処分すれば動かぬものとなるだろう。
そういう箇所だけ見れば、帝国に上手く利用されたとも言える。また、彼等を理由に軍事部門も増強できた、必要性も民衆に訴えることが出来た。理由があれば多少無茶な徴収による不満も抑えることが出来る。不穏なカナディルに備える為にはありがたい話だった。
次にカナディル連合国家だが、彼等がスイル国。その豊かな領土が欲しいと言うのは分かり切った話。
だが、何故欲しいのか、そこに視点を当てよう。
スイル国、その豊かな国土により生み出される農業産物、酪農技術、等等。神の加護は伊達ではない。
それは理由としては十分である。そして大義名分としては、帝国の属国となっているスイル国を解放する。というなんとも聞こえの良い理由を使えるのだ。
ただここで一つ、属国が本当にスイル国にとって不利益なのか? という話がある。
帝国に出荷される食料類、それは確かに他国に比べて各安で出荷され、搾取されている認識を得る。しかしだ、その差額により彼等は帝国の保護を受けている。五国最強ともいえる軍事力を持った帝国に保護されているのだ。
むしろ耳障りの良い理由を使い、国土を荒らそうとしているカナディルの方がスイル国の上層部である人々にとっては面倒でもあった。
カナディルも土地だけが理由ではなかったのがまたより一層面倒でもあったのだ。
カナディル連合国家は良くも悪くもフォールス家により技術革新が起き、追いつけ追い越せの意志で有象無象の商家が我先にと新たな技術を追い求め、物を生産していった。
常に先端を走っていたのはフォールス家であり、他の商家は後塵に記す事となっていた。当然その辺の調節は行ってはいるが限界がある。国内での販売が窮屈な状態になっていたのだ。
フォールス家に組み込まれていく商家も多く居たが、全ての家がそういう訳ではない。その為彼等は売り先、そう顧客を求めた。自国以外の所での顧客を。
豊かな大地だけではなく、食い物としての販売先も欲しかったのだ。出来ることなら帝国に対して強固な姿勢で取引できる状況も欲しかった。
それがもし行われれば、スイル国は豊かになるだろう。それは間違いない、だがしかし上層部、中堅部たる彼ら、産業を牛耳っている者からすれば戦々恐々だ。まず間違い無く排斥され、潰され、吸収される。
フォールス家もその雰囲気は読んでいた。そのため多少無理をしてでも帝国、そしてそれに付随したスイルに技術提供をした。当然直ぐに強烈な横槍が入り、限界ギリギリで自作自演による撤退を行ったのだが、スイル国内で不満が起きたのは仕方が無いだろう。これがカナディルからの横槍だけならまだしもスイル、そして帝国からも横槍が入ったのだから救いようが無い。だがそれも予定内の話。フォールス家はあくまで撤退をせざるを得なかった、スイルと帝国とカナディルのせいで、民衆を見捨てざるを得なかったと言うその状況さえ作れれば問題なかった。
カナディルの商家、フォールス家以外の商家だが、コンフェデルスを売り先とするだけでは駄目だったのか? それは【Crime】の存在が響いてくる。あの技術をもつ国、いや明確に彼等の物とは誰も言ってはいないが、そこに需要は無い。何より曲がりなりにも同盟国だ、さほど強い態度には出れない。
そもそもあの国は技術が高い。さらにそこにスオウ=フォールスが居るのだ。何が出てきてもおかしくは無い、しかしあの国は出してはこないだろう、優れた技術を独占するのは同盟国同士ではあまり良い話しではない。
コンフェデルスとしては帝国に存在してもらわなくては困る。敵対国として欲しいのだ。軍事技術と軍部の必要性を訴える為に。平和に酔う民衆は軍縮を望む、必要とされない部分に金を使われるのは嫌なのだ、だからこそ敵は必要なのだ。
コンフェデルスは民主主義国家である。厳密に言えば違うのだが、大まかに言えばそうだろう。極端に言えば多数決で物事を決める国だ。
多数決の票数が多いのが六家と言うだけである。
多数決が常に正しい回答を得られるわけではない、間違った解答を出すことも有る。それを見れば優秀な指導者が居るのならば、独裁政治の方が良いくらいである。
それはともかくとして、コンフェデルスは帝国との間にカナディルが存在している事で正直な所、帝国にはさほど問題視していなかった。攻め入られるという点で見ればという話ではあるが。
そういう点でカナディルから多々支援を求められる事があるが、有る意味ここで代理戦争が成立する所だ。
コンフェデルスとしては今現状一番問題視しているのはリメルカである。広大な湖と川を間に挟んでいるとはいえ、フォールス家の魔昌蒸気船のお陰でほぼ意味を成していない。だがしかしあの国にそれを所持させたのはコンフェデルスである。当然帝国に売ったのもコンフェデルスである。
帝国に販売したのは先に述べた理由だ、だがリメルカには? なぜリメルカに売ったのか? それは帝国に対する牽制だ。陸続きであるリメルカにはそれなりに脅威になってもらわなくては困るのだ、帝国を後ろから牽制してもらう為にあの国は必要なのだ。そしてあの国もそれを理解している、だからこそコンフェデルスにそれを求めて来たのだから。もちろん帝国に対しての理由と同様、自国の軍強を兼ねてもいるのだが。
魔昌蒸気船の完成により、カナディルとコンフェデルスは優位な立場になった。だが逆にそれがカナディルを慢心させ、他国侵略を早めた原因の一つと見て間違いないだろう。コンフェデルスは幸いな事に六家が優秀であった、いや、無能だった者をナンナとスオウの二人で発言力を落としたとも言えようか。
魔昌蒸気船による戦争の引き金、スオウもそれは懸念していた。だがそれを作った。理由は主導を握れる為、流れを把握できる為、そしていざと言うときの為に権力を有していたほうが便利だと考えたからだ。
だが、当然その身に把握出来る力、そして影響力では無い。だからこそ彼はローズ家、ベルフェモッド家、そしてレイズ家との繋がりを欲したのだ。
人は一人で出来ることは少ない。なればこそ、優秀な人間を何人確保できるかが重要なのだ。
「つまりはどういうことだ……」
はぁ、とため息を付き、頭をかかえるラウナ=ルージュ。目の前に置かれたカップに注がれていた紅茶は既に底をついている。
「そうですね。簡単に言えばカナディルは戦争の理由が欲しく、帝国は富国強兵をしたく、そしてコンフェデルスは現状維持か、カナディルに代理戦争をして欲しい、と言った所でしょうか」
とても簡単ですが、と話すゼウルス=キーラー。彼も話しつかれたのか冷えてしまった紅茶を飲み、一息ついている。
「彼等は? 結局何を?」
そう、もともとはそこを知りたかったはずだ。確かに背景は必要だがずいぶんと話しがずれてしまった気がする。
「はい、もし彼等がコンフェデルスの意志を汲んで行動しているとすれば。帝国を混乱させ、なおかつフォールス家にカナディルの牽制と、読めます。カナディルの意志を汲んでいるとすれば、帝国の弱体化とカナディルの富国強兵と読めます」
「つまりは両国のために動いているのか?」
「いえ、帝国の意志を汲んでいると考えると、帝国の富国強兵と国内の整理とも見えるのですよ。正直何処から見ても彼等に大きなメリットはありません。もし大きなメリットがあるとすれば、副長も大きな貢献をしています」
「私か? どういう意味だ?」
「貴方を破ったという実績です。名前を売るという結果です。そういう意味では彼等は5国に知れ渡った、良い意味でも悪い意味でも」
「名か、だがそれなら別にあのような手でなくても」
「短時間で名前を売るなら一番ですよ。確かに他にも方法はありますがね。問題は名前を売ってどうしたいのか、ですが……」
「それだけでは納得できないか」
「はい、彼等がそんな事で動いているならとても楽で良いのですがね。ただ、それだけの理由なら他にも楽な方法があった。あれだけの情報収集能力を持っているのですから。武力による解決はデメリットが多すぎます。対談で済ませばよかったのです」
「たしかに、だがそれが必要なこともあるが、な。それの先鋒を走っているのが我等でもある事だしな」
「どちらにせよ明確な所は引き続き情報収集が必要です。予想できることはいくつか有りますが、まだ何とも言えませんし」
「そうか、わかった。何か掴んだらまた頼む」
「わかりました」
そうして部屋を出て行く。一人廊下に出た彼は呟く。
「今回の件で帝国の力に疑いがかかったのは間違いない。あの驚異的な空を飛ぶ船が理由で、さらに言えば北部と南部の亀裂も深まっている。ある程度は抑えられては居るが……。問題はスイル国の国内感情だ、力を示すことで抑えてきたものがどうなるか。力が無いのならば属国で居るメリットは無くなる。これを理由で何らかの交渉をしてくるのは間違いない。面倒な事にならなければ良いが……」
力があるのがカナディルとなれば、スイル国は属国を放棄しカナディルに尻尾を振るだろう。だが、民衆感情は分からない、そこで彼らが何をするか……。
この1ヵ月後、帝国の貴族の一人、アーノルド辺境伯。彼に軍事部門諜報部からの査察が入る。結果としては何も出てこなかったが、その事実が彼にとっては面倒でもあった。