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Moon phase  作者: 檸檬
混乱と平穏と
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New moon vol.22 【猟犬の部屋】

「なるほど、ふぅむ。いや、まさか、しかし……」

 帝国独立特殊部隊ファング執務室。無断欠勤に次ぎ無断独断行動による義父の説教しょばつの後、憔悴しきった体で部下の一人、ゼウルス=キーラーとスオウ=フォールスとの会話を話した後の回答だ。


「どうした? 何か気になることでも」


「そうですね……。私も疑問に思っていた事、その一つが予想できたといいますか。ただそれを教える理由が不明ですね、我等をどうしたいのか……」

 顎に当てていた手を離し、こちらをまっすぐと見てくるゼウルス。私の倍以上生きているその経験に基づく慧眼は帝国独立特殊部隊ファングの中でも随一だ。


「聞かせてくれ」

 では、浅慮ながら、と前置きをして軽く頭を下げてくる。それに手を振り制したところで彼の話が始まった。


「さきほど副長から教えて頂いたスオウ=フォールスの言葉、帝国が暗黙の了解をしているというのは間違いないでしょう。彼が言っていた通り、帝国とて無能ではありません、ここまで好き勝手出来るはずがない」


「だがしかし、このままでは帝国が不利益を被るばかりではないのか? たしかに腐った奴らばかりだが、帝国を動かす為には必要だ」


「ええ、たしかにそうなのですが。そうですね、ではそこからいきましょう。


 帝国では帝王が頂点に君臨し、その下に貴族階級があり、その階級に基づいて領地を与えられます。その領地は戦時中の戦果によって得られたもの、また国にとって多大な貢献をした物に与えられます」

 

「ああ、それは誰でも知っていることだ」


「帝国は広い国土を持っています。ですが北の部分は正直、人が安易に住める環境ではありません。確かに住もうと思えば可能ですが、物資の配給がなければすぐに死街となるでしょう。作物も育たないのではどうしようもありません、だからこそのスイル国なのです。


 元々帝国は北部に位置する領土を持っていたため、作物が育たない領土が多く有りました。その領土は長い間放置されていましたが、配当する領土が減ってしまったため北部を現在の褒章として与えているのが現状です。


 帝国の中でも有益な土地というのは南に位置している部分ですが、その有益な土地はすでに昔の戦果で満員状態、入れる者は居ないため、自然と北の土地を得るしかないのです。まぁ、例外はあるとは思いますがね」


「つまり使えない土地を報酬として与えられるという事か?」


「そうですね。国からの補助もある程度は出ますが、限度があります。そのため北の人間はスイル国の輸出品におんぶだっこ状態な訳です。正直かなりの低価格で仕入れているはずですのでその部分で大きく助かっているでしょう。しかし北の大地までは距離がある、どうしても乾物などの長持ちする食品が主要となり、あまり新鮮度の高い物は送れませんでした。それになにより陸路で運ぶ場合他の領土を横断します、それによって生じることはなんだと思います?」


「関税、か? 帝国内部で足を引っ張り合ってるという事か」


「南部の人間が北部に嫌われているのは此処が一番の原因です。しかし北部の人間はあまり大きくは言えません。戦争での報酬で地位を上げた者とそうでない者では発言力が違うのです。実力主義の弊害ですね、国家に貢献した技術等は大きく取り上げられず、何人殺したかで評価される、愚かな話しです」


「なるほどな、だがしかしフォールス家の船で海路も出来ただろう? かなり改善されたのではないか?」


「ええ、そうです。それでかなりの改善がされました。ワイバーンで運ぶのでは金が掛かりすぎますし、今までの船では時間も、そして危険も多かったですから。帝国の北の人間は喜んだことでしょう」


「だが船は帝国に当初入ってこなかったはずだな」


「ええ、その通りです。ですが今はそれなりの数が入ってきています。なぜだか分かりますか?」


「所詮金だろう? 積めば売る人間とて居る。あの国も一枚岩ではないだろう」


「たしかにそれもあります、が。おそらくコンフェデルスからの販売です。フォールス家からの指示でね」


「なに?」


「フォールス家の船は必ずローズ家を経由しなければ販売できません。つまり最終的に納入されるところを知っているのはローズ家だけです。そしてそれを握りつぶせるのもローズ家だけです。まさか敵対している国から売られているとは思わないでしょうし、今やローズ家の力は絶大です。口を出す人間もそうそういないでしょう。勿論予想と想像ですが、現状考えられる点はそこだと思われます」


「なぜそんな事を?」


「理由はいろいろと考えられます。一つはカナディルの暴走を防ぐために帝国の増強を計りたかった。単純な金儲け、取引における優位的な立場の確保。そして、おそらく北部の貴族を味方に付けることもあるでしょう」


「そんなことで味方に付くのか?」


「貴族とて年間、月間国に対して税金を納めなくてはなりません。それでなくては国が回りませんから。当然領地によって接収される量は変わります、豊かなところは多く、貧しいところは少なく。ですが貧しい少ないところで多くの税収が見込めるとなると余剰分は全て懐に入ります。利益が出るのならば諸手をあげて歓迎するでしょう。北部の経営は本当に大変な様ですので」


「だが、それも国から査察が出ればそれに対応した形で税収も変わるだろう?」


「ええ、そうです。とはいえ税収が増えたところで領土が豊かになるほうが優先すべき事です。北部貴族は民衆よりの政策を取っていますからね、あの土地で民の支持を失えば残るのは荒れ果てた台地に立つお山の大将。そのくらいは分かりきっているはずです。


 しかしここで一つ問題が生じました、豊かだった大地を納めていた貴族が連続して検挙されたのです。まさにスオウ=フォールスのお陰とも、せい、とも言えますが。お陰で帝国の南部は民衆の支持がガタ落ちです、今までの政策も仇となりましたね。しかし帝王直轄地になり迅速に収めたことにより帝王に対する指示は上がっています。これはまさに手腕を誇るべきでしょう、決断力と統率力、そして判断力は並外れたものではありません。これを見越して彼らを利用したのだとすればある意味恐ろしい行為です……」


「さて、ここで豊かな大地が、領主の居ない大地ができました。一時的に現在は帝王直轄となっていますが、いつまでもそう言うわけにはいきません、人は限られていますからね。ではそこで土地を持っていない貴族を当てますか? いえいえ、それは無理です。あれだけ大変な苦労をして北部の領地を切り盛りしていた人から見て、どこぞの人がその土地に入ることなど見過ごせることではない。かといってそれなりに育った自分の領土を簡単に捨てることもできない、さて、どうなるでしょう」


「牽制か」


「そうです。民衆の支持をようやく得て、フォールス家のお陰で軌道に乗ってきた領土を移動するわけにも行かず、かといってようやく関税から開放される可能性も出てきたと言うのに変な奴に収められても困る。帝王としては指示の上昇を得たのだから極力このままで行きたい、しかし貴族連中からの領土譲渡の依頼も多い、といった感じでしょうか。誰に渡すかは不明ですが、位置的に南部貴族の誰かか、もしくはそれ相応の貢献をした貴族に渡すのが落とし所でしょう。


 帝国が黙認していると言うのはそこだと思われます。北部貴族としては流通ルートの確立の為に南部の改革を推し進めて欲しい。帝王は腐った貴族の改革と自分個人の威信向上と言った所でしょうか、南部貴族はなにをしているんだとせっついている者も多いでしょうが、そういう者に限って後ろめたい理由があります、そういう奴等を炙り出すのにも一役買っている事でしょうね」

 

「なるほどな。しかし帝王自分個人か、貴族ではなく民衆からの支持と言う事か?」


「そうです、貴族はかの王が着任する前からある制度で、同様に着任する前から居た者も居ます。いくら加護持ちで絶対的な力を持ち賢王と呼ばれる存在でも従うものと従わないものが居ます。帝国内部の締め付けと自分に付いて来る者の選別でしょうか……?


 あるいは、不穏分子の除外、溜め込んだ貴金属の接収による国庫充実、いやしかし領民に大部分配したと聞いている。ふぅむ……」


「ゼウルス」


「あぁ、すみません。話を続けましょう。とりあえず不穏分子の除外と前置きまして話を続けますと、彼らクライムは善政を敷いているところには特に何も行っていない、良くも悪くもですが。その為民衆の受けは良いです、苛酷な環境に居れば居るほど」


「一部では英雄扱い、とも聞いてはいるが。帝王の権力に皹が入るのではないか?」


「当然その可能性もあります、が。あくまで治めていた貴族に問題があったのです、そこを間違えてはいけません。そして圧政から救ってくれた人ではあるが、その後何もせず放置。圧制を助けようと思ったが助けられず、という前提で救われた者に食料を与えた者、どちらを信頼すると思いますか?」


「それは……、わからんな」


「ええ、現状では分かりません。ですが、圧政を行う理由、現況、明確な対象が現れたら。そしてそれを帝王が対処した場合おそらく後者へと傾くでしょう」


「明確な対象、だと?」


「はい、それを何とするかはまだ分かりませんがね」


「ふむ……」


「後、副長が隊に戻られる間、フォールス家が帝国より撤退するとの旨が各貴族にあったそうです」


「なに? なぜ今更そんなことを、利益が出なかったか?」


「それもあるでしょうが、おそらくカナディルからの圧力でしょうな。これ以上帝国に手を出すな、という」


「なるほどな、技術提供も含んでいたから当然の対応か。あの国としては帝国に力を持って欲しくないだろうしな」


「まぁ、そうなのですが、おそらくそれすら茶番でしょう。カナディルから圧力が掛かるように手を回したのでしょうね。タイミングが良すぎます。強行派の牽制にも使えましたし」


「まさか……、いや、ありえる、か」


「どの国でもそうですが、個人が大きな力を持つのは嫌われます。それはフォールス家にも言えるでしょう。だからこそ敵対する相手を作り出した、把握できるために自分達でね。強行派を全て掌握は難しいでしょうから、ガス抜きを自分達で行ったと言ったところでしょうか。

 また、献金もすごい額です、ただ、同盟国のナンナ元第2皇女にですが。対面上の理由は強行派の者に人を殺すための道具を作る資金にされたくはない、ですか。おそらくあの空飛ぶ船の資金になったのは間違いないと思うのですがね」


「彼らはなぜそこまでしてカナディルにいるのだ?」


「人質ですよ、カナディルに対してのね。ちなみにコンフェデルスではノートランド家が人質です」


「なぜだ? 救い出さないのか?」


「いえ、救い出さないのではないのです。彼らがそこにいることで空飛ぶ船の安全性を訴えているような物なのですから。家族が居るから襲わない、逆を言えば何かあれば分からないとも言えますが。

 人質の存在が彼らを守り、そして同時に自分達も守っているのです。そこまで読んでの話でしょうけどね」


「そう言うことか……、しかし彼らの目的は何だ? ここまできてもまだ読めん」


「正確なところは私も分かりません。ただ、戦争を止めようとしている感じは見受けられません」


「どういうことだ」


「今帝国とカナディルの間で緊張状態が続いているのは分かりますか? カナディル側の和平派の人間が押さえ込んでいるようですが、彼らクライムのせいでそれも危うい状況です。むしろ彼らならカナディル内部の強行派を潰して回った方が効率的です。


 帝国内部にはたしかに5国統一など掲げている者もいます。しかし、スイルを属国とした関係ですでに物資の流通はそこそこ満たされていますし、フォールス家の船の関係で北部も発展してきています。技術提供で革新も起きてますしね、正直戦争なんてしている暇はないですし、戦争をする意味はないのですよ。


 であれば彼らは貴族潰しに走るよりはカナディル内部で動いた方がより効率的なのです。自国だから、という感情があるのなら考える余地はありますが、今までの彼らの行動や言動からそれはあり得ないと思われます」


「つまり戦争をしたいのは帝国ではなくてカナディルだと? 彼らはそれの手助けをしている?」


「と、思います。が、おそらく違います」


「わからん、わかるように説明してくれ」


「先ほどお話しした帝国北部ですが、フォールス家の蒸気船のお陰で軌道に乗ってきた事はお話ししましたね。そのフォールス家が撤退するという事は蒸気船、つまり海路の問題がまた浮き出てくるわけです。フォールス家の茶番とは言えどそれを証明するものはありませんし、そもそも私も予測の上でお話していますからね。そのため追い出しに一役買った南部貴族との対立はさらに深まるでしょう。


 そして同様に陸路の確保が重要となってきます、さきほど彼らクライムがあけた空白の領土、ここに誰が来るのかがさらに重要視されます。いっその事帝王がそのまま治めてくれた方が良いと考えるほどに」


「それによる彼らのメリットがわからんな……」


「彼らがどこにも所属していないのはご存じかと思いますが」


「コンフェデルス所属だろう」


「いいえ、証拠もなければ、明言もしていません。あくまで予想の話です、確かにコンフェデルスで作られたのは間違いないのでしょうがね、所属ではない、そう私は考えています」


 クライム、彼等はあくまで、一つの組織であり、どの国にも所属していない。これはもはやアールフォード、カナディル、スイル、そしてコンフェデルスの共通の認識だ。おそらくリメルカも、だが。


 彼等が何かをする事によって責任を負うのは彼等であり、どの国でも無い、それが何を指すのか、単独勢力の突出化だ。

 当然彼等単体で国を相手に出来るわけが無い、確かに驚異的な戦力ではあるが、国を相手取るには不足だ。個人が国を相手取れるわけが無いのだから。


 そしてここまで名を知らしめた以上、彼等に帰る土地は無い。誰かが、どこかが受け入れるまでは。

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