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Moon phase  作者: 檸檬
帝国魔術研究所
105/123

New moon vol.20 【月神の拘束】

「これはまた見事な大穴を空けてくれた物だな」

 気圧差による風で銀の髪が棚引く、くり貫いた船体から中に滑り込んだと同時に聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「ずいぶん準備万端だな、私が来ることも予想済みか?」

 腰に手を当ててくすりと笑う。目の前に立つはアルフロッド=ロイル。赤い大剣を構え、同じく赤い鎧が全身を覆っている。


「12通り、あいつが考えた可能性だ。このパターンは3つ目だと聞いている。右舷を落とされたのは予定外だったみたいだがな」

 

「許容範囲とでも言いそうだな。気に入らん、それで? この後の流れは?」

 剣先をアルフに向けて言い放つ。先ほどの大量に消費されたマナの影響が依然として体を蝕んではいるが、彼一人ならば問題は無いはずだ。

 スオウ=フォールス相手に油断をする事の愚かさは身を持って知っている、先ほどから何もしてこない事は怪しいことこの上ないが、此処まで来て引く訳にはいかない。


「なに、あんたを無力化してお茶会さ」

 口元を歪め、大剣を振るうアルフ。豪快な風きり音が耳に届き、全身から強化魔術の淡い光が放たれているのが分かる。


「はっ、笑わせる。貴様一人で私を止められるとでも思っているのか?」


「そいつは、やってみねぇとわかんねぇだろ!」

 軽い挑発と、それに返してくるアルフ。言い終わると同時に剣を上段に構え、此方に踏み込んできた。


 ギャリン、金属が打ち合う音が聞こえ火花が散る、眼前に迫るアルフの顔は肉食獣のごとく歯を剥き出しにし、全身から迸る殺意が私の全身を叩く。


「ずいぶんと今日は遠慮が無いな、焦っているのか?」


「生憎とこっから先、通すわけにはいかねぇんでな」

 ガン、と地面を蹴り上げ距離を測るアルフ、しかしそう簡単には離さない。後方へ飛びのくアルフに追いすがり剣を振るう。狭い船体も相まって直ぐに追いつき剣を打ち合う。

 さすがは加護持ち、私の体力が消耗してることもあり短期での決着は難しそうだ。しかし、少しずつ抑えきれなくなっている事は明白。さらにそこに揺さぶりをかける。


「くく、ライラ=ノートランドだったか?」


「―――――はぁっ!」

 名を出した途端、大剣がぶれて神速に達する斬撃が繰り出される。


「ふんっ!」

 目の端に映る軌道から先を予測し剣を振るう。同時に響く金属音。しかしその勢いに押され、数メートル吹き飛ばされる。

 空中で姿勢を制御、叩き付けられそうになった壁に両足で着地。

 迫るアルフの剣をいなし、再度剣を振るう。そしてまた始まる剣の応酬。


「これは失礼、だが女一人に乱されているようではまだまだ」


「何の話かわかんねぇな、とりあえずさっさと終わらせるぜ」

 狭い船内では彼の武器は不利だ、しかし彼が装備しているアルレ鋼製の鎧はそれなりに力を入れなくては切れない。船内の構造を上手く使い此方を翻弄してくるアルフ、しかしそろそろ場所の把握も終わった。そろそろ終わらせるか。


「是非頑張ってくれ、口だけではない所を見せてくれると有り難いな」

 柄を握り締め、ニヤリと笑ったところで船体に取り付けられていたと思われる通信魔昌石から声が聞こえてきた。


『―――――あぁ、是非そうさせて貰おう。茶菓子の準備は出来た、客人を招待してくれアルフ』


「―――――? なに?」

 声の主はあの男、スオウ=フォールスだ。聞き間違えるはずが無い、この私が一度取り逃がした男なのだ。しかし何を言っている? 茶菓子だと?


「はぁっ!」

 その声に気を取られている所にアルフの剣が迫る、すんでの所で剣を構え腹で切っ先を逸らす。


「ちっ」

 愚かな、戦闘中に別事に気を取られるなど。前の男は加護持ちだ、私ほどの力が無いとしても加護持ちには変わらない、油断する訳にはいかない。


 剣を突き刺す形で此方に突撃してきたアルフ、その剣を逸らしていた所から体をずらしながら正中に戻し、迫るアルフに備えた瞬間。

 アルフが剣を放り投げた。


「は?」

 あっけに取られた瞬間、両手を彼の手で捕まれる。馬鹿が、その程度で私を捉えたつもりか。ギロリと睨みつけ手首を捻り切り捨てようとした瞬間、彼の小手がバカンと開き、強力な雷魔術が発動した。


「ぐあぁっ」

 全身を貫く電撃、ダメージは問題ではない。電撃による神経の強制反応によって全身が痙攣し剣を手からすべり落としてしまう。


「スオウ!」

 目の前に立つ男から声が上がる、くそ、だめだ動けない、後5秒、いや3秒あればっ。

 痺れる体を叱咤して前方を睨みつけると、周囲の壁がガコンと音を鳴らしながら口を開き、中からワイヤーが飛び出してきた。


「ぐぉっ」

 一気に全身を巻かれ、簀巻きにされていく体。だがしかし所詮は金属、力を入れて引きちぎろうとした瞬間、ビリッと電撃が流れ再度全身が痙攣した。


「ふぅ、やっぱり密着しないと使えないのは欠点だと思うぜスオウ。さらに絶縁体とやらも仕込まなければならないし、長時間こいつを取り付けるのは結構きついな。まぁ隠し玉には良いけどよ」

 つーかこれ普通の人が食らったら即死するほどの電撃なんだが、なんで意識あるんだろうなぁ、と呟いているアルフロッド。

 貴様ら、この程度で私を拘束できるとでも思っているのか。


『やはりそうか、瞬時発動するから使えると思ったんだがな。そう簡単にはいかないか』


「だな」

 ため息を付きながらこちらを見下ろしてくる、全身に走る電撃に顔を顰めながら殺意を溢れさせ彼に叩き付ける。


『さて、取引だラウナ=ルージュ。お前の知りたい情報をくれてやるからこれ以上暴れないで頂きたい』






◇◇◇◇◇





 場所は変わって地上、帝国魔術研究所


「これは、酷いな」

 目の前にあるのは巨大なクレーター、プスプスと黒煙を今だ上げており、周囲には焦げ臭い匂いが充満している。空から落ちてきた金属の固まりが地上にぶつかったと同時に発生した爆発。鼓膜が破れるかと思える程の轟音が周囲に響き、配備されていた兵士達の生存が絶望的かと思われていたが、所属不明の部隊がその衝撃を押さえ込んでいた。


 およそ10名ほどで構成されたその部隊は皆無表情であり、独特の統一された黒い服装を身に纏っていた。

 一瞬敵かと思ったが、直ぐに出てきた研究所の所長であるファルノ=ソルフィス、その男から声がかかり、直ぐに警戒体制は取り除かれた。


 部隊の説明を求めたが、返ってくる答えは「貴様が知る必要は無い」それだけ。ちなみにその所長はあの空とぶ船から落ちてきたと思われる残骸を調査している。かなり破損され原形を留めていない為無駄だとは思うのだが。


「しかし奴らには逃げられたか。地下に潜入していたという女も行方不明、これは厳罰物だな。報告が今から憂鬱だ」

 明らかにおかしい部隊、だが軍人である自分には分かる。これは握り潰される現実だ。あの威力の爆発を押さえ込んだ彼らはそこらの軍人より力を持っている。加護持ちに比べれば劣るだろうが、それでも十分な力を所持しているだろう。

 

 例の噂の部隊か、明確な有用性は提示できなかったが、まぁ及第点と言った所なのだろう。帝国独立特殊諜報部隊ファングがどう動くかだが……。


「隊長、部隊の引き上げ命令が本土から出ました。どうしますか?」


「なに? 誰から出た?」


「は? ええと軍事部門諜報部長官からですが?」


「早すぎるな。此方の被害状況すらまだ伝わっていないのに本土から撤退命令等ありえん。戦闘が始まる前、どんなに急いだとしても昨日に通達しない限り、此処まで届かない」


「ですが指示内容は間違い無いです。認証コードも確かに長官の物です」


帝国独立特殊諜報部隊ファングは?」


「分かりません、ですがあちらも同様に撤退命令が下るのでは?」


「それはまだ下っていないという事か?」


「はい、私が聞いた内容では、ですが」


「冗談ではないぞ、この失態の上、手柄を帝国独立特殊諜報部隊ファングにやれという事か!」


「そうはいわれましても長官のご命令ですので……」


「ち、分かった。引き上げさせろ、だが一部は残しておけ、多少遅れる程度なら問題あるまい」


「はっ、了解いたしました」

 馬鹿が、何故このタイミングでそんな指示を出す。上とてファングに手柄を取られるのは面白くないだろうに。それともこの件には関わるなという事か? だがそれにしてもタイミングが良すぎる。初めからこの襲撃のタイミングが分かっていないと出来ない話だ。まさか帝国上層部があの組織と関わりがあるわけではないだろうな……。


 なにが帝国で起こっている? 奴等の目的は何だ、ただ混乱に陥れているだけにしか見えないが……。







◇◇◇◇◇





「くはは、撤退とな? 文で予め聞いてはいたが本気だったとはな。勝手に来ておいてそんな話が通じるとでも? そうだなぁ、こんどは立ち退き料を払って貰おう。まぁ構わんよ払わなくても、それならその技術を置いて行けば良いだけの話だからな」


「ふむ、それは工場をそのままにしておけ、と言うことで宜しいでしょうか?」


「人員もだ、当然だろう? 我が国の、いや我が領土の大切な民なのだ。野蛮な貴様らに持っていかれるわけにはいかんよ」


「そうですか、ではその様に。立ち退き料はお支払いできませんが工場と人員はそのままにしておきましょう」


「はっはっは、話が早くて助かるよ君。カナディルに戻っても良い関係を築ければ良いねぇ」


「是非ご贔屓にして頂ければと。それでは私はこれで失礼致します」

 恭しく頭を下げて退室していくフォールス家の使いの男。話の内容は帝国からの撤退。奴等からの献金がなくなるのは痛かったが、売れる技術をそのまま置いて言ってくれるというのだ、ならば何も問題は無い。是非出て行ってくれと言いたい所だ。


「旦那様よろしかったので? 何か裏があると思うのですが」

 使いの者が退室した後、入れ替わるかのように入ってきた執事の男から声をかけられる。どうやら心配しているようだ、確かに此方に旨味がありすぎる話だから分からなくも無いが。


「どうせ我々と正面切って喧嘩を売るのが恐ろしかっただけだろう。カナディル一の商家とはいえ、帝国ではさほど力は無い。それに十分金は払ってもらった上に今後も収入が見込める技術を置いていってくれた。あの国の人間もたまには役に立つではないか」


「それでしたら良いのですが……」


「それよりも早急に指示を出せ、材料を大量に買い占めて作れるだけ物を作れ。あやつらは他の領土にも同様の報告をすると言っていた、利益を上げれるうちに上げてしまえ」

 頭を下げて指示に従う執事の男を後にほくそ笑む。獲らぬ狸の皮算用ではないが今までフォールス家の利益となっていた部分も含めて全額自分の利益となるのだ。予想される売上高を想像するだけで頬が緩む。他の貴族共に取られる前に行動に移らなくてはならん、他のやつらも同様に考えるだろうからな。


 金さえあれば私も出世できる、あの男、アルバートン共に媚を売る必要も無くなるのだ。欲深いその男の頭には、大金と女に埋もれて過ごす自分の姿がありありと想像できていた。


「さて、次は東部だったか」


「少し手を広げすぎていましたね、まぁだからこそ効果が有るのですが」


「そうだな、さて、急ぐぞ。研究所の件が公になる前に全ての領地に通知せねばならん」


「はい、分かっています」

 竜舎につながれていたワイバーンの手綱を握り空へ舞い上がる二人の男。手には貴族の名が書かれたリストが持たされており、既に訪問済みのところには横線が記入され、潰されている。

 

 そして今一人また名を消された貴族、バーウィン男爵の名前もそこに記載されていた。

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