New moon vol.19 【空挺の潜入】
「アンカー射出、めんどくさいのが出てくる前に潜入部隊を引き上げるぞ」
カンカン、と床を鳴らしメインブリッジを歩き中央の椅子の前に立つスオウ、大勢の兵士と巨大に聳え立つ研究所を眼下に見下ろし、指示を出す。
移動速度は100kオーバー、高速で迫り一気に引き上げ離脱する。
「了解。座標軸指定、研究所屋上にてポインター確認しました。アンカー射出します」
バシュン、という音が艦内に響き、研究所の屋根に金属製の矛が突き刺さる。そこから伸びるワイヤーに誰かが取り付け作業を行っている。
「一応回転式魔昌石砲を起動しておけ。ライラ航空部隊は動けるな?」
手元に半円状に設置されている操作パネル、その一部にある通信魔昌石に向かって声をかける。
直ぐに淡く光り、相手の声を届かせてくれる。
「勿論、こっちは準備おっけー。出来れば出撃したくない所だけどね」
いつもどおりの声が返ってきた。だがおそらく緊張している事だろう。眼下に広がるのはそこらの雑兵ではない。帝国の情報機関、シャドウ、そしておそらく研究所の実験体が出てくる可能性があるのだ。
「バックアップが有るところで実戦経験を積ませるのも一つだ。だが、今回は出撃しない方が良いけどな」
「アンカーターゲット装着確認しました。引き上げます。っと、地上より魔術行使が確認されました。簡易断絶展開します」
ドン、という軽い衝撃と共に、淡く光る破裂光が視界に入る。船体の数メートル先に展開された魔術結界に、敵が行使した魔術が防がれた証拠だ。リリスの魔術を流用した防御結界である。彼女が行使するほどの耐久性は無いが、これだけ距離が離れていれば十分な性能を保ってくれる。
「ワイバーン部隊が出てきたら回転式魔昌石砲を使え。その前に引き上げて離脱が一番だがな」
「了解。おそらく問題ないでしょう」
「ルージュは地下に缶詰、ワイバーン部隊は上昇までの時間がある。何も問題は無いと思うが」
嫌な予感がする。こういうときの予感は必ずと言って良いほど当たる。経験上の話しではあるが。
◇◇◇◇◇
部屋の外で変わらぬ怒声が響き渡る。そこに混じる雑音、どうやら待ち焦がれた相手が出てきてくれたようだ。
この研究施設は極秘扱い、こうやって駆けつけてきている部隊は所詮子飼いだ。地上に配属されている軍事部門諜報部が出てくる可能性は低い。機密保持を最優先にするだろう。
だが、彼らが来た為、秘蔵の研究成果を出す可能性は高い。その結果を持ってごり押しするつもりと思われる。シャドウもファングも結果があるのなら黙認をするはずだ。所詮は国の奴隷に過ぎない。
ああ、だが、この思いを如何してくれよう。この気持ちを、この焦燥を。これの首謀者は誰だ、実行犯は誰だ、そいつを寄越せ、この私に寄越せ!
剣が伸びる。【月涙演舞】赤く光る刀身に半透明の殺意が伸びていく。
「事実は白日の下に、真実は私の元に、世界は誰にでも狡猾で、誰にでも残酷で。そして誰よりも優しい」
ギリ、と奥歯をかみしめ剣を構える。睨み付けるは天井の一角。息を止める、踏みしめる足、周りで騒ぐ兵士の怒声が聞こえなくなるほどの集中。
私は殺す事、私の価値は殺す事に有る。父を母を殺されようと、帝国の道具として扱われていようと、もはや私には他の生き方は無い。
何人殺してきた、子供も大人も、女も男も、何人私は殺してきた。たかがこの程度の事で揺らいでいる暇は無い。
血で汚れたこの手は所詮、同じ穴の狢に過ぎない、それが生み出された存在だとしても。
だからこそこれから行うことは唯の憂さ晴らしだ。
義父に対する恩も有る。部隊に対する恩も有る。
何処まで知っていたのか、誰まで知っていたのか、しかし加護持ちである私に対しての態度は感謝すべき事だ。
「さぁ、上手く避けろ。そして首謀者を私に寄越せ、スオウ=フォールス!」
はぁぁぁっ、室内に満ちる膨大なマナと声。ビリビリと空気が振動し、石造りの壁に皹が入る。
剣を地面と水平に構える、延びた刀身が周囲の書類を切り刻み、石壁に線を引いていく。
ラウナの目が見開かれ、黒く染めた髪が浮かび上がる。髪の1本1本膨大なマナが目に見えるほど集まり妖艶に纏い、景色が歪んでいる。
振り上げられる剣、そして前に踏みしめる足。地面にはくもの巣状に皹が入り、突きが放たれる。
天井を斜めに貫いたその剣、そして叫ぶラウナ。
【Ouvrir】《開放》
部屋に満ちていたマナが一瞬で消え去る。ドクン、という擬似的な心音が体に伝わり、まるで自分の剣が一つの生き物のように生命を宿す感覚に囚われていく。延ばした腕からスラリと一本の線となり天井に突き刺さる半透明の刀身。その半透明の刀身が輝き大地を切り裂き、空を貫いた。
◇◇◇◇◇
「急激なマナの収束を確認、発生場所は研究所、これはっ……」
「船首を左に、急速旋廻。発生場所から極力離れろ!」
首筋にピリピリと電気が走ったかのような危険信号が体に伝わる。嫌な汗が流れていく、予想できない領域が。積み重ねてきた物を吹き飛ばすような非現実が現れる。
―――――ガゴォォォン
轟音と共に、船体を激しい衝撃が襲う。一気に傾いて行く船、倒れないように机にしがみ付き体を支える。
「ダメージコントロール! 何が起こった!」
船体が悲鳴を上げて軋む音がメインブリッジに響き渡る。指示を出す自分の声が騒ぐ部下を落ち着かせていく。
「簡易断絶貫通されました! 右舷回転式魔昌石砲破損、使用不可能です! 船体機関部影響ありません。至急姿勢制御行います!」
返ってくる返事は最悪の状況ではないが、それでも予想外の返答。機関部がやられていないのは不幸中の幸いだ。
「至急原因の究明を! 回収は完了したか?」
立ち上がり指示を出す。あの距離から攻撃されるほどの力を持った者は地上にいなかったはず。帝国秘蔵の研究体が出てきたという情報も入っていない状況で一体誰が。
「回収は完了しています! 原因は、まさか……!」
船体内部の報告を矢継ぎ早に処理をし、報告を受けていたオペレーターから驚愕の声が上がる。何度も繰り返し確認をしている事から、余程信じられないことなのだろう。
「何だ!」
「月神の刀身です! 半透明の刀身が右舷の回転式魔昌石砲を貫いています!」
泣きそうな顔をして此方に報告を上げてくる。地下に閉じ込めたとしてもこの仕業、まだまだ甘く見ていたという事か。
「ちぃ、予想以上にやってくれる。嫌な予感が当たったな。至急パージしろ! そのまま切り落とされるっ。今はリリスもスゥイも居ない、遠距離での打ち合いは不利だ!」
アルフロッドは出せない、あいつは近接での戦闘がメイン、再度回収を考えると相手が体制を整える時間を与える事になる。
仕方が無い、手土産を暮れてやろう。
「それでは技術流出になるのでは? 電磁式音速射出魔術砲起動しますか!?」
「駄目だ、移動速度が格段に落ちる。ワイバーンを振り切れない」
なにより発動まで時間がかかりすぎる、それでは意味が無い。
「ですが回転式魔昌石砲が敵方に渡ると面倒です。機密の塊ですよあれは」
「構わん、魔昌石を全て半換装状態で落とせ!」
落下衝撃による魔昌石の発動と制御されていない塊の暴走、悪いが無料でやるつもりは無い。
「了解しました」
意味を理解したのか顔を引き攣らせたあと、敬礼をし、右舷に指示を出す。当然相手側から怒声が響き渡るが命令だ、聞かぬなら人を変えるだけの話し。
「ついでに面倒なお客さんも見えたようだ、あれがご自慢の生体兵器か。左舷回転式魔昌石砲放て、反動を利用してそのまま反転、離脱するぞ」
ピ、という音が鳴りライラから情報が入る。どうやら地上で見慣れない服装の部隊が研究所から出てきたとの事。
前方を見ると確かにそれらしき部隊が見える。表情までは見えないが幽鬼の様にゆらゆらと蠢いており、ここからでもマナが濃密に淀んでいるのが分かるほど景色がぼやけて見える。
「了解、左舷回転式魔昌石砲発射、連続射撃許可。目標地上研究所正門」
ガガン、という音がして右舷の回転式魔昌石砲がパージされ落とされていく。同時に伸びていた剣が動き、空を走り、突き出ていた地表の周囲が切り取られ爆発した。
◇◇◇◇◇
「あぁぁぁぁあああああああっ!!」
頭の中が真っ白になっていく、全身から吸い取られていくように消えていくマナ。天井を貫いた剣を声を張り上げて振り回し、そのまま丸く天井の世界を切り取っていく。
その重さを支えきれなくなった天井は即座に崩落、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく瓦礫を避けて地上を駆け上っていく。
「貴様! 何者だっ!」
地上に出、土埃が舞う空間から体を踊りだし、地に足を付けた所で何者かから声をかけられる。おそらく崩落した大地を警戒して此方へやってきたのだろう。兵士の服装からこの研究所に所属している警備兵だと認識、説明している暇が無く、なにより面倒だ。
「黙れ」
ゴン、と右手を振りぬき、その兵士を殴り飛ばす。宙を舞い地面を跳ね、ゴロゴロと転がって行くソレに目もくれず、空に浮び黒煙を出している船を睨む。
「ふん、落ちなかったか。まぁいい、これだけ地下の書類も手に入れた事だ、もう此処には用は無い。さて、あの時の借りを返しに行くとするか」
空を切り裂くまでに伸びた刀身を戻し、呟く。同時に全身を押そう倦怠感、流石に無茶をしすぎたようだ気だるい体に鞭を打ち今度は地面に剣を刺す。
「後1回といったところか」
口から漏れる荒れた呼吸を整える暇も無く剣に集中する。
私は剣
研ぎ澄まされた一本の剣
悪を斬り
正義を斬り
世界を斬る
ただ一本の剣也
鳴け
【Ouvrir】《開放》
ゴッ、空気を切り裂き空へ舞い上がる体。地に刺していた剣が刀身を延ばしラウナの体を空へと舞い上がらせていた。
フッ、と消える長く延びた刀身、額には汗が流れ、膨大なマナを連続で使用したことから疲れが見える。しかし休む必要は無い、剣に休息は要らない。
くるりと空中で姿勢を正し剣を構える、目の前には黒と赤の空飛ぶ船が迫っていた。
刀身の加速度は凡そ560 m/s2(概算)、現在の滞空領域から換算して到着まで28秒、それに彼女の予想体重及び空気抵抗、さらには地面の対加重計算も含めて再度考察。
空中での姿勢制御を行い、そこで微力ながら使える風魔術で接近、これらの事を含めた到着時間を算出。
「と、いうわけでアルフ。客人をもてなしてくれ。茶菓子と紅茶は俺が直々に入れておこう。到着するまで後10秒……5秒……、3、2、1、今」
ゴン、と言う音が船体に響き渡った。