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Moon phase  作者: 檸檬
帝国魔術研究所
103/123

New moon vol.18 【真実の白日】

「スオウさん、ラウナ=ルージュの件、本当に漏らして良かったんですか?」

 メインブリッチ、その一角。大将が座るべき場所は今は誰もおらず、その横、サブデスクの前でぐるぐるに巻かれた包帯を鬱陶しそうに外している黒髪の男が座っている。そこへ、金髪を短く刈上げ、鍛えられた体なのだろう、通常の人と比べて一回り大柄な男が声をかける。


「ロナか、構わんよ」

 ちらりと此方に視線を向けた後、また包帯との格闘に戻る。包帯をはずした事を知られると奥さんに怒られるのだろうに、勉強をしないのだろうかこの人は……。ついには鼻歌を歌いながら包帯を外しだした。

 いつまで経っても包帯の格闘戦に終わりが見えそうに無かったので、そのまま話を続ける事にする。


「いくらシャドウとファングの仲が悪いとは言え、帝国には変わらないと思うのですが。特にこれといった混乱は起きないのでは? 多少はまぁ有るかもしれませんが」


「別にラウナ=ルージュが紛れ込んだとは言っていない。黒髪の女が潜入したと伝えただけだ。ラウナ=ルージュとは似ても似つかない、な」

 染髪という概念は有るけど、濡れても取れない染髪料ってのはまだ無いからねこの世界、とニヤリと笑いながら続ける。鼻歌がどす黒いテーマに聞こえるのは気のせいだろう。


「げ……。で、ですがそれでも直ぐに本人だと分かるのでは? 会った事のある人間も居るでしょうし」

 顔立ちや剣の腕はごまかしようが無い、すぐに気づかれるはずだ。


「それならそれで構わないさ、彼女に前掃除してもらった部屋へ潜入できるだけの騒ぎが起これば良いだけの話しだしな。帝国の膿は帝国に出してもらうさ」

 包帯を取り終えた腕を眺めながら話す。今だ青痣が薄っすらと残り、腫れが若干残っている。この程度なら治癒魔術で治せるだろう。

 スゥイ副長の回復魔術はかなりのレベルであるが、スオウさんに使うことをあまり良しとしていない。凡人が無茶しないように、しっかりと痛みを感じていなさい。と良く言っている……。


 副長、どうやらあまり効果はなさそうですよ。

 

「気づかなかった場合はどうなるのですかね……」

 まずありえないとは思うが、可能性の一つとして無い訳ではない。もしかしたらそのまま帝国魔術研究所からラウナ=ルージュが手を引くかもしれない。大した証拠も掴めないままに。 


「相手の諜報機関が弱体してくれるだろ。そうなった場合はルージュに手土産でも送るとしよう。ルージュがそのまま尻尾巻いて帰るならそれはそれで構わない。漠然としたものは掴んでいる、どうせ帝国から一度離れるからな、ばら撒くだけばら撒いてさっさと去るさ」

 ついでにどこぞの伯爵の性癖もばら撒いたら面白そうだな、と呟いている。黒い、笑顔が黒い、入る組織を間違えたんじゃなかろうか……。


「ひでぇ……」

 思わず頭を抱えて呟く。

 こうは言っているが、おそらく此方の希望通りの展開になるのだろう。


 現在研究所でラウナ=ルージュを知る人物は現地に滞在しているシャドウの隊長格と、部下のボード、サラルトの二人。後者二人は港の警備をしており、城で問題が起こっても直には駆けつけれない。隊長の男は冷静沈着だが、同期の人間に比べると一歩出遅れており、手柄が欲しい状況。前回の奴隷売買でラウナ=ルージュに手柄を取られたことを根に持っている様だ。命令系統に私情が入る可能性が高い。

 

 銀髪と赤目、そして剣の腕、ならば誰でも分かるだろうが。黒髪、黒目となると難しいだろう。帝国の兵士はスオウとスゥイのせいと赤と黒のコントラストではあるが、黒が強く印象に残る船の関係で黒に対するイメージが【Crimeクライム】と直結しかかりつつある。その状況下で黒髪、黒目。さらに極めツケでこの男は何かを行う可能性がある。


 少しだけ相手に同情するロナ=ロドウィン。未来の2番隊隊長、ライラと同じ槍の使い手であり、この時はまだアルフロッドの部隊の一隊員である。




 ちらりと疲れた顔をしている部下を見る。なにか失礼な事を考えていそうだが気にしないでおこう。

 さて、ラウナ=ルージュは何処まで頑張ってくれるか。正義感に溢れかえっている訳ではないが彼女なりのプライドがある。何かを掴むまではあそこを出る事は無いだろう。そして見つかった後は……。


 くく。ま、誰か一人が発砲すると、本人かどうかなんてのは二の次になることが多い。極限の緊張状態だとな。


 その呟きは、傍らでため息を付いている部下には聞こえなかった様だ。






◇◇◇◇◇




「むー、むぐぐぐー、むぅぅうー、ごっ、ごふっ―――――」

 簀巻きにされた裸の女。最低限の下着は付けているが縄で腕を縛られ、猿轡を付けられ、まさに極悪非道。さらに騒ぎ出したその女性の鳩尾を体が少し浮ぶほど殴りつけ意識を失わせる。

 誰がどう見てもやりすぎだ。少しだけ申し訳なさそうな顔をした黒髪の美女は、自分の着ていた兵士の服を着せてあげる事にした。優しいのか優しくないのか微妙な所である。


「これ……は」

 隠し扉の奥、座敷牢へ入り込んだラウナ=ルージュ。服装は他の研究者らしき者と同じ服装をしている。言うまでも無く先ほど奪ったものであるのだが。


 牢の中に入れられていた人を見て思わず顔を顰める。全員が朦朧とした目をしており、誰かが入ってきたことに気が付いていない。おそらく、これは……麻薬を投与されている。


 面倒なことを、これでは救出する際手間だ。となるとやはり機密を盗むか、此処を壊すかだな。

 心の中ですまない、と呟いた後その部屋を後にする。そしてその奥にあった金属の扉を開き魔術の明かりがぼんやりと光る長い廊下へ体を進めた。


 廊下は暫く行った所で十字に分かれており、それぞれの通路の先に扉が見える。右側は突き当たりの壁、その左右に対面するように二つの扉。

 正面はそのまま扉が見え、左側は通路に等間隔に扉が対面で付いている。宿舎か……、それとも……?


 十字路の真ん中で立ち止まっていたら正面の扉から人が出てくる。同時に嫌な音、いや声が聞こえてきた。





―――――あ゛ぁぁあ゛あ゛ぁ゛だず、だずがげごごごごご


―――――イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ


―――――ごろしてぐだざざいざざいざざざ


―――――ギモヂイ、イイ? イィヒヒヒ






 声、違う、頭の中に直接響いてくるような嫌な音、気持ちが悪い。

 

 はぁはぁ、と呼吸が荒くなり、指先が痺れ、視野が急激に狭くなる。

 地面はまるで泥のように沈み、膝は付いているのか不明瞭になるほど力が入らない。


「だいじょじょじょじょじょ――――――――――」

 壁に手を付き、下を向く私に先ほど正面の扉から出てきた男から声をかけられているようだ。しかし、何を言っているのか分からない、分からない、分からない。

 何を、イッテイルノカ、わから、なイ。


 研究者、白い服、血の匂い、薬品の香り、笑い声、下品な笑い声が、耳にこびりつく笑い声が……。


「大丈夫です。少し疲れているようで」


「そうか、仮眠を取ったほうが良いだろう。上に戻れば部屋はあるだろう」


「いえ、大丈夫ですので」

 少しだけ頭を振った後、彼から離れる。ちょっと、声をかけて来ようとした所で、右横の通路の先から別の研究者が出てくる。此方に視線を寄越すと直ぐに眉にしわを寄せ、先ほど心配してくれた男に怒ったような口調で声をかけきた。


 上手く注目から逃れたと思い、その別の研究者が出てきた右の通路の先の部屋に滑り込んで半分開いていた扉を閉めた。


「ふぅ……」

 あぶなかったな、と心の中で呟く。まるで白昼夢の様に変な物が見えたような、聞こえたような。一息付き、先ほどの動悸がようやく収まってきた所で、改めて入った部屋を見るとそこは資料室。これほどツイている日は無いと思った。






◇◇◇◇◇





 人として最低限のモラル、最低限の常識、最低限の理性そして価値観。だが、それを超えることによって人はまた新たな境地へ進むことが出来る。

 医療を発展させるのは戦争、技術を発展させるのも戦争、人は人を犠牲にして始めて先に進むことが出来る。


 そこには死にたくない、と言う生に対する願望と、強い意志があるからなのだろうか。


 力を得ることは悪い事ではない、それが己の中で研磨する事ならば。ただ、それが人を利用し、その苦悩を他人に与え、他人を使い力を得ることは果たして良いことであるのだろうか。


 国を救う為、民の為、その力を欲する。民を犠牲にして、国を貶めて得る力が果たして……。


「なるほど、なるほど、私はそうして産まれたのか。そうか、そうして産まれたのか」

 肩を震わせて乱雑とした部屋の中で一心不乱に書物を読むラウナ、いくつもの書類がばら撒かれており、所々に血が飛び散っている。外では怒声が聞こえており既に包囲網が作られているのだろう。突入の合図の声が聞こえてくる。何度目の合図かは覚えていないが。


 ぐちゃりと床に転がる研究者だったモノを踏みつけ次の書物を棚から引き出す。


「さらに挙句に今だ同じ事を続ける、か。なんとも、な」

 背を壁に横たえ、扉から顔を覗かせた兵士を剣の腹で廊下へ叩き返す。

 ぎゃん、と声を上げて後ろで警戒していた兵士含めて吹き飛んでいく。先ほどからそれの繰り返し、狭い廊下と強固な壁がそれを可能にしていた。


 彼女は兵士一人として死者は出していない。研究者は最初に入ってきた一人こそばらばらに惨殺したが、それ以降は落ち着いている。


「わかっている、わかっているさ。義父さんは知っていたのだろうな、だからこそ私を止めた。だが、それでも……」

 パタン、と読んでいた書類をとじる。くく、と笑う。その笑い声はどこか自虐に満ちており、乾いた声で空中へ消えていく。目に付いていたコンタクトを外し、鮮やかな赤目が現れる。その赤い目で正面を睨みつけ―――――。


「さぁ、思い通りに踊ってやったぞスオウ。さっさと、――――――――――来いっ!!」

 この苛立ち、貴様にぶつけてくれよう!




――――――――――研究所上空にて未確認飛行物体を確認、【Crimeクライム】と思われる。総員迎撃体制を取れ。同時に魔昌実験体の使用を許可する。

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