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Moon phase  作者: 檸檬
帝国魔術研究所
100/123

怨恨の果てに流れた涙は誰の為か 100話記念(ラウナ番外編 前編)

 スイルベーン。帝国貴族、アンドロッド伯爵が治める土地。

 帝国の中でも南側に位置したその大地は、スイルほどでは無いが、森と言える場所があり、農業も行われていた。アンドロット伯爵の評判も悪くなく、年に数回行われるパーティーでは帝国でも有数の名家が集まると有名である。


 その年に数回行われるパーティーが行われる数日前、会議室にて未だ終わらないやり取りが行われている。

「断る、なぜ私がいかなければならない」

 ギロリと上司件義父でもある男を睨みつけ、吐き捨てるラウナ=ルージュ。白銀の髪と赤い目。つい、と顔を背けるその仕草は絵になっているが、美人が怒ると怖い。周りの部下は生唾を飲み込み成り行きを見守っている。


「内部で不足の事態があった場合、単独で殲滅脱出が可能だからだ」

 ふぅ、とため息を付きながら返すのは帝国独立特殊諜報部隊ファングの隊長であり、ラウナの育ての親でもあるアベル=ブローズ。大柄な体格に似合わず綿密な計画を好んで使い、前線でも戦える万能な戦士だ。


「ならば警備として潜り込めばいいだろう」

 

「警備では奥まで行けないのは分かっているだろう? 招待客として行く必要がある」

 彼らが話しているのはアンドロッド伯爵の屋敷で行われているパーティーへの潜入の話である。始まりは2年前、とある事件から発覚した帝国での麻薬密売捜査である。犯人は一応捕まっているのだが、元をたどっていくと、このパーティーで何者かから購入した線が濃厚となった。

 主催者のアンドロット伯爵では無く、それを隠れ蓑に誰かが中で回しているのだろうと思われる。いくつか理由としてあるが、今回の潜入の件も当の伯爵の協力があった為、出来た事でもある。


「ち、だがこんなドレスは着ないぞ。動けないだろうが」

 くそ、と悪態を付きながら目の端に映る黒いドレスを見る。胸元が大きく開けられており欲情的な催しを醸し出している。


「駄目だ、貴族の目に付く程度に着飾れ。カツラも用意した」

 嫌そうな顔をしているのが分かっているだろうに、問答無用でドレスの横においてある金髪のカツラにも指差す。ラウナの髪を隠せるだけの長さを有した金髪のカツラは机の上でこれでもかと自己主張している。


「冗談ではない、私は剣だ! その様な事が出来るわけがない!」

 駄目元で逆切れしてみるが、返ってくるのは無言。そしてギロリと睨みつけられ。


「命令だ、やれ」

 決定的な台詞を吐かれた。


「ぐっ、わかり……ました……」

 本当にやってられない。




◇◇◇◇◇




「フォッド男爵、シトン子爵、ゾルディア宮中伯あたりか、目星を付けるのは」

 ふぅ、とため息を付きながら黒のドレスを着込み、金髪のカツラを被ったラウナが腕輪に仕込んだ通信魔昌石で連絡を取る。

 くるぶしまで伸びる緩やかなカーブを描いた黒いドレスは、足元に行くにつれ薄く白くグラデーションになっており、普通の人であれば着こなせないその色合いも、背が高く、細くしなやかな彼女に合っている。また、彼女の鍛えられたその腰、くびれが、大きく巻かれた太いベルトでその緩やかな女性的なカーブをこれでもかと表している。

 そして極めつけは胸、巻かれたコルセットで押し上げられ、そして大きく開いたその首元は、男性の目線を釘付けにせんばかりの谷間がこれでもかと見えていた。


「くそ、目線が面倒だ。斬って良いか」


『駄目です副長、我慢してください』

 大体こんな服装目立つだけだろうに、まったくもって不本意だ。


『仕方がありません、此方から話しかけるよりは向こうから近づいてくれたほうが楽ですから。アンドロッド伯爵の位置も常に把握して置いてくださいね』


「あぁ、分かっている」

 袖元が大きめに開かれた服で通信魔昌石を隠し、パーティー会場に入る。目の前に広がるは豪華絢爛な会場。さすがは貴族、無駄に金を使っている。

 天井に見えるはいくつものシャンデリア、1個いくらするのか不明だが、私の年間の給料よりは上だろう。そして考えるのが馬鹿らしくなるほどの広いフロア。1個中隊くらいなら平気で入れそうな広さである。


 壁には長テーブルが設置されており、既に料理が並べられている。給仕らしき男と女がワインだろうか、客人に酒を振舞っているのが見える。


「ようこそラーナ嬢」

 疲れた顔をしながら周囲を見回していたところ、急に後ろから声を掛けられる。近づいてきていたのは分かっていたがまさか話しかけられるとは思っていなかった。


「これはどうもアンドロッド伯爵、ですが私に話しかけないほうが宜しいのでは?」


「気遣いは無用だよ。協力を申し出たのは私の方なのだからね。私と話しておくことで、周りの貴族に対するある程度の牽制と信用にはなるだろう?」

 警戒心も生むかもしれませんがね、とは口には出さず、微笑み礼を言う。


 とりあえずは知り合いである、という肩書きは警戒心を生むリスクよりは良い方向に転ぶだろう。何の後ろ盾も無い女が近づくよりはマシだ。もっとも近づいて貰う作戦だが。


「それでは私は失礼するよ、挨拶する相手が多くてね。頑張ってくれたまえ」


「ええ、良いご報告をお持ち出来る事を楽しみにしていて下さい」

 離れていくアンドロッド伯爵を見ながら、近くに来た給仕からワインを貰う。さて、ねずみが尻尾を出してくれるのをゆっくりと待つとするか。




◇◇◇◇◇




「アインス配置完了しました」


「ツヴァイこちらも完了」

 パーティー会場が開かれている屋敷の外、森の中で数人の男が真っ黒な服装で息を潜め、通信魔書石に向かって声をかける。


「よし、まだ動くなよ。うちの女神様が頑張ってるんだ、台無しにしたら分かってるんだろうな?」

 そこからさらに離れた場所、簡易テントが張られ、数個の通信魔昌石を前に座りながら軽口を叩く男、アベル=ブローズ。

 声だけ聞けばふざけているように見えるが、顔は真剣だ。なにせ2年越しの事件解決、しかも帝都を侵しかけている薬物の大本の検挙だ。そこらの野党あたりならどうでも良かったが、貴族が関わっていると話は別だ。帝国の番犬、帝国独立特殊諜報部隊ファングが出るしかない。


「はっは、当然ですよ。この時期の裸寒中水泳はさすがに勘弁ですからね」


「副長容赦ねぇからなぁ……」

 以前の失敗で裸に剥かれ、氷が浮ぶ海へ突き落とされたことを思い出す部下の一人。ぶるりと体を震わせる。もうさすがにあれは勘弁して欲しい。

 だがしかし正直な所、副長の罰は甘い。闇から闇へ動く仕事をする彼らは一つの失敗が死に直結する。場合によっては帝国が関与しない、と切り捨てられる場合もある。だがその中でも彼女は甘い、その温情を分かっている彼らは故に、期待に答えようと努力する、加護持ちとしての彼女にではなく、ラウナ=ルージュである彼女に。不純な理由も多分に含まれていそうだが……。


「しっかし副長綺麗だったなー、あれで眉間に皺が寄って無けりゃな」


「ばっか言え、見た目に騙されちゃいけねぇよ。あれは竜すら切り裂く剣鬼だぜ」


「剣鬼でもいいなぁ、副長最高っす」


「あの胸と足たまんねぇよなぁ、むしろ蹴られたい」

 お前ら真面目に仕事しろ、と隊長から通信魔昌石経由で怒鳴られるのはこの数秒後である。




◇◇◇◇◇




「なんだ、何か嫌な悪寒が……」

 出された食事を黙々と食べている所で急にぶるりと体を振るわせるラウナ、きょろきょろと周りを見渡すが特に変なところは見当たらない。気のせいだろう、と思っていた瞬間、一人の視線が此方を向いた事を察知する。


「(シトン子爵か、ビンゴだな。さて、上手く釣れてくれるかな。しかしなかなかに性欲的な視線だ、斬りたいが我慢しろ私)」

 目線から隠れず、なおかつ合わせず、絶妙な場所とりで背を向けて離れるラウナ。付いてくるのを確認し、少しだけ人が少ない場所で止まりまた食事を続ける。

 

「こんばんわ、マドモアゼル。お一人ですかな?」

 うっ……。近くで見ると見事に肥えて太ってるな。これを斬るのは剣が油で汚れそうだ、血と油が付く前に振り切るしかない。


「え、えぇ。招待されたのですが、連れが急に来れなくなったもので。折角ですので来て見たのですが……、やはり私のような者には場違いだったようで」

 

「はっはっは。そんな事はありませんぞ、貴方ほどの美女が場違いなどと。会場の皆に聞いて見ましょうか? 皆が貴方の美を称えると思いますぞ。それほどまでに貴方は美しいのですから自身を持たれると宜しい」

 目線が胸にしか向いてないのはどうなのだこの男。目を向いてしゃべれ、私の目はそこには無いぞ馬鹿が。


「ふふ、面白い方ですわね。もし宜しければお相手頂けませんでしょうか。あぁ、ですがかなりのご高名の方とお見受けします……、私ではお相手が務まるでしょうか」


「はは、しがない子爵ですよマドモアゼル。っと失礼、私としたことが名前も名乗らずに。シトン=シルヴェニアと申します。貴方のお名前をお聞きしても?」

 これでもか、と優雅に腕を振りながら頭を下げて挨拶してくるシトン子爵。

 

 ウザイ、この上なくウザイ。この仕草がかっこいいと思っているのだろうかこの男は。3歳からやり直したほうが良い。


「ラーナ=ホゼットと申します」


「ホゼット? まさかアンドロッド伯爵殿とご関係が?」

 驚いた顔をして両手を挙げて少しだけ仰け反るシトン子爵。うわぁ、駄目だこいつ、生理的に駄目だ。男がやって良い仕草じゃない、気持ち悪い、もう駄目斬り捨てたい。


「ええ、ですが物凄い遠縁でして。アンドロッド伯爵様のご好意で御呼ばれしたに過ぎません。私には何の立場も御座いませんわ」


「そ、そうですか。では失礼が無いようにしなくてはなりませんな」

 ほぅ、目の色が変わったな。アンロッド伯爵との関係を強めたい所か、ふむ……、腐っても豚か。その辺の小賢しい考えは回るようだな。


 さて、こいつから情報が貰えれば楽だが、潜入チームが上手く行くとは限らないし、念には念をかけておくか。


「そんな事、お気になさらないで結構ですわ。なによりシトン子爵様はとても紳士に対応してくださっています。私このパーティーに来て良かったと、今思っていますのよ」

 思ってない、心の底から思ってない、あぁでもこいつら三枚に卸せるなら心の底から思ってやっても良いぞこの豚。


「おお、それは嬉しい事を。そうだ、私の秘蔵の品を見ないかね? 実は領地からいくつかアンドロッド伯爵殿に差し上げる為貴金属を持ってきているのだ」

 だから胸を見ながらしゃべるな豚、この豚。汗を拭け、臭い、寄るな、近づくな、ええい、斬らせろ!


「それはなんとまぁ、私などが見ても宜しいのですか?」


「はは、貴方の様なお美しい方なら宝石も喜ぶというものです、是非お願いしたいくらいですよ」

 私は是非お前を斬らせて欲しいとお願いしたいところだ、きっと宝石も喜ぶぞシトン子爵。お前の脂ぎった指で触られるよりお前の血で汚れたほうが多少溜飲も下がるだろう。


「それではお言葉に甘えましょうかしら」


「では此方へ、別室を用意してますので」

 下心が見え見えだ、私が暗殺者だったらどうするんだか。下半身でしか物事を考えられない下等生物が。まぁ、良いこっちにとっては好都合だ。


 暫く続く長い廊下を歩き、一つの部屋の前で止まる。喧騒は離れ、少しだけ届く賑わいが舞踏会の盛り上がりを表している。

 部屋に入ると直ぐに見えるのはメイド服を来た女性、扉を開けた子爵の顔を見た後ビクリと体を震わせて姿勢を正す。


「ご、ご主人様、ご用件は御座いますでしょうか」


「ふん、見えんのか? 客人に土産を見せてやろうと思ってな、分かったらさっさと出て行け」


「は、はい! 申し訳御座いませんっ」

 パタパタと走り去る女性、いや少女が、近くを通った時にツンと鼻を突く匂い。普通の人間と比べて優れすぎるその5感が彼女の役割を鮮明に把握させた。

 13歳、いや14歳といったところか。下種が、畜生にも劣る。


 気付かれないように前でネックレスや指輪を選んでいる男を睨みつけ、殺気を叩き付ける。戦士の意志も覚悟の欠片もない豚は、一瞬だけびくりと震え意識を失った。


「豚が、貴様のナニ削いでやろうか」

 ギリギリと奥歯をかみ締め射殺さんばかりに気絶している子爵を睨む、だが此処で事を起こすわけには行かない。豚の懐を嫌々探り、鍵を取り出した後、入ってきた扉の鍵を閉め、家捜しを開始した。


「ふん、やはりか……」

 しばらく家捜しした後、ネックレスや指輪が詰め込まれていた箱の底、そこから30cm四方の箱が出てきた。鍵は付いてなく、魔術によるロックがかかっており、簡単には破壊できないようになっていた、が。


「私には紙切れに過ぎんな」

 懐から先ほどくすねてきた食事用のナイフを取り出しマナを纏う。【月涙演舞ゲツルイエンブ】、パカリと綺麗に切り取られたその箱の中には、麻薬の原料たる葉、どころか、それを精製して凝縮した麻薬の結晶が入っていた。


「とんでもないな、これだけで街一つ薬漬けだ。終わりだなシトン子爵、洗いざらいしゃべってもらおうか」

 今だ暢気に気絶している男に近づき、髪を鷲掴みにして持ち上げる。うう、と呻くその顔、もう片方の手で正面から打ち抜くように殴りつけ、壁まで吹き飛ばした。


「ぎゃばっ、げばっ、いた、痛い! なん、痛い、痛い痛い、私の顔が、顔がああぁああ」

 ぎゃぁぎゃぁと騒ぐ男の顔の横の壁を足で打ち抜く、ドゴッという音と同時に蜘蛛の巣状の亀裂が壁を走り、破片が地面へと落下する。


「―――――――――!!」

 ぱくぱくと口を開け閉めし、痙攣しながら涙を流す子爵。ツンと鼻を付く匂い、どうやら下を催した様だ。


「少し強く脅しすぎたか、臭すぎる。まぁ、馬鹿な豚が証拠を出してくれた、我慢するとしよう」


「き、貴様……、私にこんな事をしてただで済むと思っているのか!」

 ガラガラと壁の装飾が落ちる音を聴きながら半分埋まっていた足先を壁から、いや子爵の顔の横から引き抜いた所で脅えた顔をしながら此方を指差し怒鳴り散らしてくる。


「そんな事はどうでも良い、さて、こいつは何処で手に入れた?」

 そんな事は歯牙にもかけず、先ほど切り裂いた箱を子爵に見せながら話を続ける、殺気を叩き付けながら。


 どうやら本能的に感じているのかびくびくと小刻みに震えている豚。しかし白い結晶、麻薬の結晶体を見せられた途端ぴたりと固まり、先ほどと同様にぱくぱくと口を開け閉めしている。


「ち、ちがう私じゃない、私はそれを運ぶように言われていただけで」

 顔を残像が出来るほど横に振り続ける、あまりにコミカルな仕草に少し笑えてくる。このまま速度を上げていけばバターになるかもしれん。

 くだらない事を考えた頭を振り、直ぐに意識を切り替える。ふざけている時間は無い。


「中身が麻薬だとは知っていたのだろう?」

 先ほど使った食事用のナイフを手の平で弄びながら問う。


「あ、いや、知らない、し……」


「2度は無い」

 コン、と壁に刺さるナイフ。子爵の頬からはツゥ、と一滴の血が流れて行き、顔が真っ青に染まっていくのが良く分かる。


「な、中身だけは知ってる。そ、それを運ぶとかなりの金が手に入るんだ。私はただその箱をこの屋敷に持ってくるだけ、善政を敷いてるこの場所で取引が行われているなんて誰も思わないから良い隠れ蓑になるって」

 急激に饒舌になる、最初からそうしていれば良いのに小物は常に無駄な足掻きを好む。それも結局本当に無駄に終わるから小物に終わる。無駄な足掻きも無駄でなくなれば違うのだろうが。


「誰に言われた?」


「し、知らない。いや、知ってる、けど知らない。名前は知らないんだ、いつも顔全部隠すようなローブをしているし……。たぶんアンドロッド伯爵に敵対してる所のどこかだと思う、何かあれば擦り付けれるし……」

 視線があちらこちらを向く、挙動不審だ。が、おそらく本心だろう。彼はアンドロッド伯爵の敷地内でこの様な会話をしている事に恐怖している。わからないでもないが、だが、おそらくそれは違うだろう。 


「ふん、なるほどな予想通りか、誰に渡すのかも知らないのだろう?」


「な、なぜ……?」

 あちらこちらに動いていた視線が止まり、こちらと目が合う。驚愕の表情をしており、何を言ったのか理解していない様子だ。

 ほぼ放心状態といえる子爵を無視。袖を巻くり上げ、出てきた通信魔昌石にマナを通し声をかける。


「此方の話だ。聞こえるかアインス、ツヴァイ、予想通りだ結晶体は確保した、至急出入り口を封鎖しろ」


『了解しました』


『了解』

 直ぐに帰ってくる部下の声、そして同時に遠くの会場から騒ぎの声が聞こえてきた。


「わ、私はどうなる。いや、まて私は子爵だぞ。そ、そうだアンドロッド伯爵に保護を求める! 伯爵の領土内で起こった犯罪だ、これがばれれば伯爵とてただでは済まないだろう!」

 急に騒ぎ出した目の前の男。はぁはぁ、と目を前回まで見開き、涎を垂らしながら必死に喚くシトン子爵。哀れだ、哀れすぎる、豚は所詮豚か。


「だと良いがな」

 冷めた目でその男の見る、もはやその目は人ではなく汚物を見るかのように冷めており、この後殺すのだろうと思われても誰も疑わないほどに静かで黒く、平然としている。


「なに……?」


「とりあえず寝ておけ」

 ぶん、と振られる拳。ふくよかな脂肪に、これでもかとめり込み対象を気絶させた。





◇◇◇◇◇




「皆さん静粛に、帝国独立特殊諜報部隊ファングです。この場で拳状の麻薬結晶石の持込が確認されました、大変申し訳ありませんが所持品の検査と室内の捜索をさせて頂きます」

 厳重な警備の元、会場に入り込んできた武装集団。肩にはファングの紋章が光り、先頭を歩いている男のその大柄な体格から発せられる大声が、会場の隅々まで響き渡り、一瞬だけまるで嵐の前の静けさのように会場が静まる。


「なんで帝国の番犬がこんな所に」


「麻薬結晶石ですって? アンドロッド伯爵の敷地内で何でそんな物が!」

 急速に騒然とする会場、混乱する貴族、そして反対する貴族が出てくる。


「ふざけるな、我ら宮中伯に貴様ら野蛮人が介入する権限など無いわ」

 持っていたワイン、だろうか? グラスを地面に叩き付け先頭を歩いていた男、アベル=ブローズを指差し怒鳴り散らす。ちらりと其方を一瞥したアベルは特に何も表情を変えず、部下に指示を出す。


「そうですか、では斬れ」


「はっ」

 命令と共に瞬時に接近し抜刀、検討する余地も逆らうこともせず、唯一つの剣として対象を屠る。


「なっ、ま、待て、貴様ら私を誰だとっ―――――」

 命乞いすらする間も無く両断される哀れな貴族、あふれ出る血が綺麗な大理石の床を汚し、血の匂いが部屋に充満する。


「きゃぁぁぁっ」


「ひぃぃい、斬った、本当に斬ったぞ!」

 途端周囲に響き渡る悲鳴と嗚咽、涙を流す貴婦人から、こちらを怒りの形相で睨む男性。それらの視線を歯牙にもかけず淡々と部隊の先頭に立つ男がしゃべり始める。


「お忘れのようですが、我等は帝国の番犬、帝王直属の狼です。我らに敵対するという事は帝王に敵対する事と同義、反逆者には死を、当然で御座いましょう」

 何を今更、とあきれた顔で周囲を見渡す。その超然とした仕草が妙に同に入っており、悲鳴が止み、嗚咽だけが会場に響き渡る。


「ふ、ふざけるな。それはあくまで勅命があった場合……で……」

 勇気を振り絞ったのだろう、一人の貴族が前に出てきて異議を申し立てる。その問いに、あぁ、と今思い出したかのように懐から書類を出し、その場にいる者に見えるように広げた。


「これで宜しいでしょうか?」

 それは間違いなく帝王の印がなされた勅命、もはやこれで誰も何も言えなくなった。血の匂いだけ残し、会場は静寂が満ちすすり泣く声と嗚咽だけがかすかに聞こえている。


「ふぅ、騒がしいな。舞踏会場を血で汚すとは、少々やり方が野蛮ではないかね?」

 では、屋敷内の捜索を、と部下に指示を出している所、2階のテラスから一人の男が降りてくる。あきれた顔をして此方を見、目が合った後攻めるように告げてきた。


「これはアンドロッド伯爵、なにぶん話を聞いて頂けない者が多くてですね。ああ、貴方も捜査対象ですので待機をお願いいたしますよ」


「わかっておるわ」

 ふん、と鼻を鳴らし2階に戻っていくアンドロッド伯爵。

 齢60歳とは思えない豪快な足取りで付き人を連れ、おそらく2階にあると思われる私室へ戻っていく。


「ご理解頂き感謝いたします、伯爵」

 この時初めてアベルは手を胸の前に置き、頭を下げ、礼節を通した。



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