父の手紙
ようやくおちついたじいさまたちが次に言い出したのは要約すれば「おまえさんは誰かいの」ということだった。
そりゃあもう、全身の力が抜けきった感じでがっくりと膝をついたとも。
かくかくしかじか、と巧妙に作った涙ちょちょぎれる身の上話を語ってじいさまばあさまに説明する。
亀の甲より年の功。うん。そう信じよう。
「はぁ~…そんでテホンじいさん頼ってここにきよったんかー」
「残念じゃったのー。ここ数年どうもおかしいおかしい思うておったらついにボケてしもうて」
「前はしっかり者でそれこそずぅっと村長さん役を引き受けてもらってたんじゃがのう」
「あの頃は楽でよかったのう…」
いやだから、遠い目しないでよ。解決にならんから。
「どうせならここに住めばいいんじゃないかねえ?」
「そうそう。村の若い衆も美人が増えて喜ぶよ」
「私まだ12歳ですけど」
「あと3年もしたら嫁にいけるのー」
…嫁。
うわ、鳥肌たったぞ。
ダメだ。本格的にこの島抜け出さないとダメだ。
「…嬢ちゃん」
今までだまーっていたちょっとまじめに見えるおじいさんが口を開いた。
「おまえさん、さっき親父さんが残した手紙って言わんかったか?」
「あ…はい」
たしかにテホンじいさん宛に預かって…
「ああああああああああああああ!!!!」
そうだよ。この後どうするのかとか、書いてたかもしれないのに!!
なんで父様の手紙を読むってことに気づかなかったんだろう!
「こっそり読んで、また相談したいことがあったら来るがいいさ」
「はい!」
鞄をひっつかみ、どたばたと飛び出した。
貸してもらった家に駆け込み、ごそごそと鞄の底に縫い付けた手紙を引っぺがす。
10秒後、俺の肩はがっくり落ちていた。
「そうだよなあ。そんなうまい話があるわけないよな…」
手紙に書いてあったのは、頼む、という言葉とテホンの良いようにしてほしいという台詞。
そして、敵をとったり、復興しようなどと思うな、と言い聞かせてほしいという願いだった。
それ以外、なにも、ない。
そりゃそうだろう。あの短時間でささっと書いて渡して逃がしてくれたのだ。そんな暇なんかあるわけがない。
八方ふさがり。ぐぅの音もでない。
結局、とぼとぼと元の村長役のたまり場(と呼ぶことにした。おおむね正解だろう)に戻ってきた俺の目に映ったのは…テホンじいさんだった。
「おお!シャニエさま・・・!」
呼ばれたのは母親の名前だ。
もしかして、と淡い期待に胸をときめかせる。
彼は…ボケていなくて、なんとかしてくれる…?
「かわいいかわいいシャニエさま…!」
ぐげ。頬ずりするな。気持ち悪い。
「ほらテホンさん、あんまりやるとお嬢ちゃんがいやがりますよう?」
「ごめんねえ、ほんとにじいさんボケちゃって」
そそくさと引き離してくれたおばちゃんたちがテホンじいさんの手を引く。
ごはんはまだですかいのう、とか言ってるじいさんは…やっぱりボケてんだな、これ。
「元々ここの領主様に仕えてたのよ、おじいちゃん。ここの出身なんだけどね。そのお嬢様が結婚されるときに付き添いで一緒に行ったんですって。年とって引退したとかで戻ってきたのよう」
あはは、と笑って教えてくれたことは、とても重要なことだった。
まさか、ここは母の実家なのか。
すっかり断絶していたらしく、あちらの家で母の親族を見ることはなかった。
テホンじいさんは母の側仕えだった、ということか…?
なら、この領主に頼れば、もしかしたら、逃がしてもらえるかもしれない。
なにしろ、謀反人は発覚すれば一蓮托生。
母の実家で、しかもそこに俺が逃げ込んでるなんてわかれば、問答無用で一緒に処刑される。
いわば運命共同体…!
「あの!ここの領主様の町にはどうやっていけますか!?」