とりあえず小休止
真っ黒だった空が次第に光をはらんで淡い色に染め上げられるのを、ただ見つめていた。
水分を取らなかったせいか、涙が途中から出なくなった。
夜中に井戸を使うのも気がひけて、ぼんやりとしていた。
泣くこともなくなると、感情が動かなくなるものなのだな、と他人事のように思った。
今なら――――死んでも辛くないのかもしれない。
でも、そういうわけにはいかない。
父は、生きろと言った。
自分だって逃げることもできたのに、俺を逃がすために、つかまった。
自分まで逃げたら、追っ手に必ず捕まる。
そう言って、笑顔で逃げ道の通路を閉めた。
だが、この事態は予測すらしていなかったに違いない。
どうするか、頭も先行きも真っ白で、どうしたらいいのかさっぱりわからなかった。
村の女性たちに促されるまま、顔を洗って水と簡単な食事を取らせてもらった。
よほどひどい顔をしていたんだろう、気の毒そうな顔で、彼女たちは色々と気遣ってくれた。
かわいそうに、と言いながら果物を絞ったジュースも飲ませてくれたし、目元を冷やしな、と氷室からわざわざ氷を出してきてくれた人もいた。
どちらも、村では貴重品だろうに。
そんな気遣いがとてもありがたかった。
同時に、この村に長居ができないことも悟った。
この村に万が一追っ手がかかったら―――村の人たちは親切に答えるだろう。少女の格好をした両親をなくした子がいることを。
ただでさえ目立つ容姿をしているのだ。そんな危険は冒せない。
「できるだけ、人の多い町・・・この国じゃ、なくて・・・」
そこまで考えて、頭を振った。
元からあんまりまじめに暗い話を考えるような頭の構造をしていないのだ。
なのに、昨日からこっち、ずっと暗いことばかり考えていて、気が滅入る。
「お嬢ちゃん、お茶は煎れられるかい?」
お茶、ときいて顔が引きつった。
「大丈夫です」
「本当かい?じゃあ、煎れたら村長の家に持っていっておくれ。そのまんま話をしてくるといいよ。最も、どのぐらい役に立つかわからないけどねえ」
「わかりました」
大きな鉄瓶を受け取って中を覗き込むと、緑の葉っぱがたっぷりつめられていた。
そのあたりで取れた香りのする葉をまぜてお茶と呼んでいるのだろう。
お湯をそそぎ、なんとなくのタイミングでお茶を並べたカップに注ぐ。
お盆ごとそれを持って、てくてくと示された家に向かった。
中にいたじいちゃんばあちゃんに茶を出して、ぐってりと椅子に座り込む。
なんでこんなときにこんなことやってんだ。
そして村長さんって誰だろう。いっぱいいるし、なんかどっからどうみてもおじいちゃんおばあちゃんのおしゃべりするとこだし。あれだ。デイケア。そんなかんじ。
ほんとになんでこんなとこ来ちゃったんだろう。
というか、どうやってこれからすごそう。
なんだか、ほんわかしてるじいちゃんばあちゃんを見てると、悲壮な状況のはずなのに無性に脱力する。
まあいいか、とずずっとお茶をすすりあげた。
とってもおいしい。
……………無意味においしい。
そのおいしさがいっそ腹立たしい。
そう。あの能力である。
あの時にもらってしまった能力である。
ああ、なぜこんな役にも立たない能力をもらったのか。
こんなことならもっと頭が良くなるとか、喧嘩に勝てる力とか、魔法とか超能力といった特殊能力とか、いろいろもらったのに!
後悔先に立たず。
返す返すも悔しい。
お茶の煎れ方を教師から絶賛されたときにはた、と思い出したのは、あの最初の瞬間だ。
「美味しいお茶が入れられますように」
確かに自分はそう言った。
ということは、本当にアレは夢じゃなくて、そういう能力をもらってしまったのだ、と気づいた瞬間だった。
おもいっきり脱力したとも。ああ、したとも。
せめて・・・金を稼ぐ…金運をよくする、とか!
商家の裕福な家庭にうまれるとか!
百歩譲って美味しい料理が作れるとかだったら良かったのに!!
痛いのも戦うのも辛いのもキライだから、俺の辞書に最初から戦いとか騎士とか魔法使いっていう選択肢はない。
本当に…美味しいお茶だけではなにもできないっつーに…。
ああ、やだやだ。
そんなことを思いながらすすった俺の耳に、とんでもない叫び声が聞こえてきた。
「なんじゃあこりゃああああああ!!!!」
「うまああああああいいい!!」
大丈夫か、爺さんたち。死ぬぞ。
突然叫んだりして。
「そこの娘っこ!娘っこ!これはお前さんが煎れたんか!?」
「まあ・・・そうですが」
「なんと!嫁にこい!」
「あらやですよ、おじいさん。あなた結婚してるじゃありませんか」
「そうじゃそうじゃ。ここはやもめのわしの・・・」
「わしは独身じゃからのー!」
…いや、そういう問題では、ないですから。
とたんに元気になったじいさんたちにとっても脱力した俺だった。