ただひとつ、わかっているのは
引き合わされたおじいさんは本当にボケていた。
しかも耳も遠かった。
とてもじゃないけど、父の話などできるわけもない。
がっくりと肩を落とす俺に、おばさんたちが口々になぐさめの言葉を言ってくれる。
でも、慰めにもなんにもなりゃしない。
「あんた身寄りがないんだろう?ならこのままここに住めばいいよ」
「そうそう。あんたみたいな嬢ちゃん一人ぐらい村で養ってあげるよ」
決して裕福な村には見えないのだけれど、そういってくれるのがうれしい。
頷いていっそこの村で平和に畑耕して…と思わないでもない。
だが、さすがに事情はそれを許さないだろう。
そもそも、自分が男だと話すのさえはばかられる。
なんで女の格好してたのか、とかいろんなことを突っ込まれるに違いないのだ。
それに答える言葉を俺はもたない。
「今晩は空家があるからそこに泊まるといいよ。明日の朝、みんなで相談しようかね」
「そうだね」
おばさんたちがそういいながら食事の支度で忙しい最中案内してくれた空家で、俺は一人呆然とするしかなかった。
家は取り潰された。
両親は処刑された。
頼みの綱として父に残された騎士テホンはボケてしまっている。
そして――――いまだにこの身はお尋ね者である。
ここまでくればなんとかなる。
そう思っていた自分が甘かったのかもしれない。
だが、俺がいたのは、平和な日本。
この世界に生まれてからたった12年。それも、家の中に閉じこもっていた世間知らずだ。
知っているのは、家庭教師たちに教わった知識ぐらいで、こんなときにどうしたらいいかなど逆さにしても出てこない。
本当に…本当にこれはヤバイのではないかと思った。
見つからず、もし、もし追っ手がかかったら?
自分も、あんなふうに処刑されるのか。
そう思うと、歯の根が合わなくなる。
カチカチと音を立ててぶつかる歯がうるさい。
自分で自分の肩を抑えるように手を回しても、震えは止められなかった。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
まずい。怖い。
死ぬのは嫌だ。
捕まって拷問も嫌だ。
目から涙があふれて、視界がゆがむ。
死にたく、ない。
あんなふうに、首を落とされて、無残な姿をさらすのも、こんなところで死ぬのも嫌だ。
死ぬのは痛い。
死ぬのは暗い。
死にたく、ない。