そして始まる逃亡生活
俺は、両親が処刑されるのを、黙ってみていることしかできなかった。
謀反…国家転覆は一族郎党処刑と、昔から法で定められている。
だからこそ、父は俺を逃がした。
部下に命じて一人だけを脱出させて…捕まった。
街中にはまだ俺を探す兵がいる。今日のこの処刑を見に来るのでは、とたくさんの兵が出回っている。
幸運だったのは、社交界にデビュー前で、さらに母の意志で学校にも通っていなかった俺は、顔をそれほど知られていなかったことだろう。
こうして、少女の格好をしてしまえば、男の子を捜している兵の目など簡単にごまかされてしまうぐらい…の、顔だった。
地下通路から逃げ出して、母に着せられた地味な女性用ドレスに、染め粉で髪の色を変えて街中にまぎれた。都は人が多い。だから、少女一人で旅をしているのは不思議でも、買い物に来たり、街中を歩いているのはそれほど不思議でもない。
処刑までの10日間、農家の軒先や町外れの小屋を借りて少しだけ眠って。
父が持たせてくれた銅貨で食事をした。
着ているうちに地味なドレスは汚れ、ますます街中に紛れ込みやすくなっていく。
きっとあと数日で、スラムに紛れ込むことができる。
あそこは危ないけれど、金を払えばなんでもするのもいるから。
目的地まで、きっと送ってもらえる。そう思った。
最後に、自分が両親と呼んだ人間たちを、しっかり見ておきたかった。
その死に様も、すべて。
本当なら、穏やかに息を引き取るのを見送ることになるはずだろうに。
そう思いながら、処刑を見守る人々の真ん中で、俺は心の中で両親の冥福を祈った。
吹き上がる血と、転がった首。
飛び出た目も、だらりと伸びた舌も、生前の姿など思い出すことも難しいぐらい醜かった。
吐き気がする。
これは、人間として当然の反応だ。
死んだ人間を見たことがない。臨終と告げられた後の静かな死に顔か、棺の中の眠るような顔しか、俺は見たことがない。
だからこそ、強烈だった。
ずしゃっと、首を切り落として地に打ち付けられたときの音が、いつまでも耳の奥に鳴り響く。
悲鳴のような母の声。
一言も発せず、前を見つめた父の顔。
無残な、死に顔。
すべてを覚えておこうと思った。
この国を出たのは、それからすぐだった。
頼ったのは船だ。
スラムから地を行けば、金を狙うやつらに狙われるのは目に見えていた。
それよりも、身寄りを失って遠縁を頼ることになった娘を演じた方が早いと思ったのは、食事を買いに行った場所でたまたま人のよさそうな船乗りを見つけたからだった。
両親が病で死に、一人残された娘が遠く異国の親戚を頼って船旅をする。
少ない荷物ながら、汚れをできるだけ洗って、人気のない森の中で身体もこっそり清めた。
荷物は家を出るときに父が持たせてくれたお金といくつかの宝飾品と、身分を証明することができる手紙と印章。あとは…地図と筆記用具と、この世界では貴重な本だ。
紙がそれほど普及していない世の中で、無地の紙を大量にとじた一冊のノートは俺が特別に作ってもらっていたものだ。
今まで学んだ世界の仕組みや経済、雑多なことがメモしてある。まだ半分以上は白紙だから、これだけは持っていきたかった。
紙は貴重品だから、遺産と思えばそれほど不思議ではない。
宝飾品や高額な金貨はカバンの中に縫い付けて隠して、わずかな銀貨と銅貨で乗せてほしいと頼んだ俺を、船長は快く乗せてくれることになった。
目的地は島。
チャルラタンと呼ばれる、小さな隣の国の、島だった。