まずは平凡な人生がスタートした・・・のに。
そうして、俺は猛烈に後悔していた。
なんだってこんなことになってんだ。
まさかあの夢が本当だったとは思わなかった。
まったくの夢だと思って何も聞いてなかったのが本当に悔やまれる。
もっと役に立つ能力をもらうんだったとか思っても後の祭りで、しかもこんなありえない設定にされるとは露ほど思っていなかった。
目の前の鏡に映っている、お人形のような少女の姿に思いっきりため息をつく。
残念ながら赤ん坊の頃の記憶はない。
だいたい自我に目覚め始めた5歳ぐらいの記憶からがぽつぽつとあるぐらいだ。
少なくともおむつを替えられたり、授乳された記憶がないのは大変望ましいことである。
おかげで勉強が始まることには言葉もわかったし、文字も読み書きできるようになっていた。
明らかに日本語とは違うのだけれど、乳幼児の脳みそってすげえ、と思った。
が。ひとつだけ強烈な記憶がある。
鏡に映った他人の…しかも超かわいらしい外国人の女の子が自分だと悟ったときだ。
あれはもう、すべての価値観がひっくり返るかと思った。うん。
そして思いっきり泣き喚いた。両親はもちろん、周り中の大人がぶっとんできたもんだ。
鏡の中には、ふぅ、と物憂げにため息をつく美少女。
自分だとはどうしても思えない。ああ、まったく思えない。
髪は白髪とは明らかに違う白金だし、自分が瞬きするたびに揺れる視界に若干邪魔なふっさふさのまつげも白金だし、顔もどこもかしこも整ってて怖い。
まあ、中身があまり性格よくないからそのうちゆがむだろう。うん。
人の心は顔に表れるとはよく言ったもので、中身の生活環境や性格ってのは本当に現れる。
きっと顔の筋肉でもよく使う部分とか、ゆがんだ形がちょっとずつ記憶されて定着するんだろうなあ。
願わくば笑いじわのいっぱいあるじいさんになりたいもんだ。
そう。見た目は美少女、中身は美少年。
なんということでしょう。美少女は、男の子だったのです。
……人生ってままならねえよな。
おかげでご近所のマーくんには告白され、お隣のタッくんはマーくんを恋敵だと思って喧嘩し、男だとわかると今日から女になれとむちゃくちゃを言われた。
道を歩けば変質者を釣る。
そんな物心ついて以来8年、合計12年の人生。前の人生もいれるともう40超えた。
まあ、見た目がどうあれ男でよかった。
これでついてるものがついてなかったら俺はどうしていいかわからなかった。
「フロルちゃぁ~ん!」
廊下から聞こえるなんともかわいらしい声はわが愛すべき母親のもの。
だが、断言してもいい。元の母親のほうが数倍ましだ!!
前の母親…おふくろは基本放置だった。
悪いことしたときは親父にもお袋にもぶん殴られたし、やっていいことと悪いことはがっつり叩き込まれた。だが、それ以外はあんたの好きにしなさいが基本方針だった。
今の母親はそれこそ180度違う。
甘やかし放題、べったべた。
隙あらばくっついてくるし、学校も離れたくないから行かせないとごねるし、息子を私の天使ちゃんとか呼んでお願いなんでも聞いてあげる、とか言い出すし、服から物から頼んでもいないのにごっそり買ってくる。
よくもまあここまで散財するもんだというぐらい、俺の部屋には高そうなものが山とある。
俺だって、前の世界で鉄拳教育受けてなけりゃ、性格まがろうってもんだ…。
「なんですか、お母様」
「まあ!フロルちゃん!お母様とお茶をしに参りましょう!」
きゃーんとかいう甲高い声と共に部屋に入ってきたのは…うん。見た目は俺とそっくりです。
ただ、こっちのほうが化粧濃いけどね。
この美貌だけで見初められた人だ。
「すみません、今日は読みたい本があって…自分で勉強しなければ、みんなに置いていかれます」
「あらあ、フロルちゃんはお母様に似てかわいいんだから、勉強なんかしなくていいのよう?目が悪くなったらきれいな顔が台無しになっちゃうわ」
ひくっと顔が引きつる。
俺にフロルちゃんとかいうふざけた名前をつけたのはもちろんこの人だ。
フローラじゃなくてよかったというべきか、そもそも男に“お花ちゃん”なんて名づけるなというか。
まあ…この困った母親と名前と顔をのぞけば、おおむね恵まれた生活をしている。
なんと、王族のすみっこに生まれてしまったらしく、父親は先先代の王の末っ子の孫で、臣下にも下り損ね、婿入りもし損ねたために分家してもらったという曰くつきの正真正銘王族の末席だったりする。
身分もある。金にも困ってないし、勉強もそれなりに(あくまでそれなり、だが)理解できる頭に恵まれ、顔も…まあ、問題はあるものの整っている。運動神経も悪くない。
不満を言ったら罰があたる。
そんな、平々凡々な日々を、怠惰にすごしていた12才俺だった。
とはいえもちろん、あんなお約束な始まり方をした以上…次のお約束がやってくる。
俺の家が謀反の罪とやらに巻き添えをくって取り潰されたのは、それから1年後だった。